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閲覧ありがとうございます。
タイトルの通りことで少し悩んでいます。

勉強や読書、はたまた楽器の演奏など、何かをするときは、そのことに気持ちを集中した方が効率も成果も上がることはよく言われていますし、自分もそう思います。
 しかし一方で、1つのことに気持ちを集中することは心身に緊張をもたらし、視野を狭め、逆に成果が上がらないということもあります。自分自身、根詰めて教科書を読んでいて理解できなかったことが、数日後に優雅にお茶を片手に適当に読んでいたら何ともなしに理解できた、という経験があります。

 集中しつつも、リラックスしている状態が一番いいのでしょうが、どうもその感覚をうまくつかめません。
集中しようとすると身体に力が入り、神経が緊張するのを感じるし、
それに気づいてリラックスしようとすると、一気に身体の力が抜け、頭も働かなくなります。

 例えば、勉強内容を集中して写経しているときに、ペンを持つ手が緊張していることに気づき、
緊張を解いてみると、力が抜け、自分でも読めないようなふにゃふにゃな字になり、
頭もあまり働かなくなり、気持ちが緩んでしまい、色々雑念が入ってきて集中が乱され、能率が極端に低下してしまいます。そしてまた集中すると、緊張してしまいます。

特に、僕が最近取り組んでいることが、主にあまり慣れないことが多い、ということがあるのでしょうが、
それを踏まえても、自分は集中力とリラックスを両立させるのが不得手だと感じています。

集中しつつも気持ちをリラックスした状態を保つような、良い心がけや方法はないでしょうか?

A 回答 (3件)

集中力は使わないほうが良いと、別の質問にお答えしました。



質問者さんが経験した、集中しないでいて、成果が上がったという経験。

コレが大事だと思います。

人には意識と無意識があります。

ほとんどの作業は、無意識が行っており、

意識のほうは、「あ、xxxしなくちゃ」くらいに思っています。

これを先取りして、手が勝手に動いたりしていますよね?

勿論、体の動きすべてに対して、逐一指示を出し、確認することもできます。

歩くときにやってみてください。

足の動かし方を見て、制御しつつ、一つ一つ集中して指示してみましょう。

疲れ果てた割には、歩が進まないはずです。

無意識にまかせたほうが、効率が良いはずです。

日常でも、当たり前に無意識は大変高度な仕事をしています。

もしこの無意識に、歩く行為と同じ様に、小説を書かせたり、

プログラミングをさせたり、絵を描かせることが出来たら、

理想的だと思いませんか?


人は歩くことでは出来ても、

いまあげた「世に尊ばれる行為」は為しえていません。

どうしてでしょう?

テンパルと自意識が飛び出てきて、無意識が活動することを阻害するからです。

ということは、

緊張感を保ちつつ、リラックスすると言うののではまだあまい。

リラックスどころか、歩いてるときに、歩の歩みを意識しないくらい、

まったく関知しないのがベストです。

しかし、こうしたとき、

客観的に(つまり医学的に)脳の状態を調べたらどうなるでしょう?

リラックスしつつ緊張していると言う結果が出るはずです。

無意識が活動しているときも、自意識が無くなる訳ではないからです。

今語り合っている私たちは、目的意識という存在であり、

意識の塊に近いでしょう。

しかし、無意識ですら、私たちの半分くらいの目的意識を持っているようです。


合理的に考えれば、目的意識の塊、作業に集中する機能の無意識が

並列処理をして連携しているはずです。

緊張とリラックスを併用するならば、

私たちの意識は0でなければなりません。

こうした状態をスポーツではゾーンと呼んでいるようです。

日常でもボンヤリしつつ歩いていると、いつの間にか長距離移動していることが

あるとおもいます。


肉体的な消耗を抑えつつ、その距離を移動できたとき、

少し歩いただけで疲れたとき、

このどちらの経験もあるはずです。

これの違いは何かを考えてみます。

すると、やはり私たちの自意識は、実行において阻害しかしていないのです。


音楽などでベストな演奏をしたとき、

演奏家は、無意識と意識の半分のような状態と言います。

これをそのまま受け取ると、質問者さんのように疑問がわきます。

ですが、

歩いているときでさえ、道の分岐にきたら、

左だ右だ程度は意識が戻りますよね。

これのことを言っているだけだとは思いませんか?

しかし、足の動きに逐一指導するということをしたら、

どんな場所でも歩けませんよ。

これは緊張しすぎですよね?

「どのくらい足に集中したらいいんですか?」

と質問されたら、

「まったくしないでいいです」

と応えるのが親切でしょう?


また、知らない町を歩くときより、知っている町を歩くほうが、

意識のレベルは下がります。

しかし、知らない町を歩くときより、早く目的地につきますよね?

それくらい無意識のほうが、成果を残します。



自意識は、成し遂げたときメリットがあるものに対して興味を持ちます。

単純に言うと、人に褒められそうだと思うと、中々ひっこみません。

そういうカテゴリになると、無意識が活動するのを阻害し、

前に出て粘ります。

これで、結果が悪くなります。

誰かに自慢できそうなカテゴリほど、上達できないようになっています。


だとしたら、

特に誰にも褒められないルーチンワークほど、

上達を示すはずです。


また、難しい本ほど頭に入りませんよね。

これは自分にとって必要ないからです。

しかし、ポルノ小説は意外と頭に入ります。

集中も適度です。


後者は褒められはしませんが、

男性にとっては無くてはならないくらい必要なもの。

だからです。


もし、全ての学術書をポルノ作家が、エロティックに描きましたら、

ほとんどの人は競って大統一理論を完成させようとしているはずです。


質問者さんが求める答えはこれです。

男性が、少し難解なポルノ小説を読むときの感覚。

これを想定すると良いと思えます。



人は他者に対して優位に立とうとしたとき、余計な目的意識が生まれます。

逆に自分の欲求を満たそうとして、必要と感じたときは、

中庸な集中力が生まれます。

誰にも褒められないと確信し、

なおかつやりたいと思ったとき、

本格的に無意識が協力するのだと思います。


お腹が痛くなって、我慢に我慢を重ね、やっとトイレにたどり着いた。

そういうときを想像してください。


たどり着いたのはいいのですが、

ここで気を緩めたら意味がありません。

こういうとき、どんな感覚になっていますか?


「よく頑張った、でもまだだめだぞ。

 気を緩めるなよ。

 次はこれだ、よしよし、

 その次はそう。

 おっと、ちょっと急ごうね」

こんな心の声を自分の中でつぶやきませんか?

いったい誰に対して語っているのでしょう?


本当に自分の事情で集中しているときは、

このときと同じじゃないでしょうか?


つまり、無意識と意識のコラボレーションを使っています。


しかし普段の自意識は、

意識レベルが低い他の自分の存在に対して懐疑的です。

それが故に、心配をし、

「完全にまかせると、大変なことになる」

そういうガードが働いてしまいます。

「歩くくらいは、大丈夫だよ。まかせた」

くらいに信頼しているものは、無意識が上手に働きます。



人にはミラーニューロンと言うのがあり、

一度見たものは、真似て再現できるそうです。

本来はこういう力があり、物心=自意識が芽生えるまでは、

盛んに使われているそうです。


ここで明らかなのは、自意識はデ・チューンのための機構です。

これらがしぶしぶと無意識を解放するときは、

自己顕示欲などの無駄な目的意識を排除したときです。


上手に無意識を活用するためには、

体感で「自分の体の感覚としてメリットがある」と教えなければならず、

自意識が怖がらないように、

「無意識にやっても、事故が起こらない」

と何度も証明しないといけません。

これには大変な回数が必要になります。

意識して練習をしたほうが上達が早いのではなく、

意識して、「無意識にやっても事故はおこらない」と安心させることが

本質的な意味に近く、上達の早道なのだと思います。


では集中が尊ばれる理由はなんでしょう?


集中して作業に取り組みますと、

実際は消耗が早く、疲れやすいです。

実はこれが結果として、偶然良い成果を導きます。

自意識が早く消耗し、維持できず、

うっかり無意識にまかせてしまうからです。

ここで、意識を緩めても、結果が悪くないとわかり安心し、

自意識がおくにひっこみはじめます。疲れているからです。

こうなると、目的意識をわずかに残すのみとなり、

上手にことを運べるようになります。

これを人は経験則から、

「練習の成果により、自信がついた」と言います。


集中すると言う行為は、自意識を早期に疲れ果てさせるノウハウです。

自意識が阻害しているため、人の潜在能力は抑制されているため、

集中と言う毒が功を奏すわけです。


しかし集中を活用しすぎますと、

消耗の痛みばかりを覚えてしまうことになり、

「人に褒められそうなものを頑張る」

と言う行為全般を諦めてしまいます。

これにより、人は凡庸に収束するのです。


メカニズム自体は、すでに日常で体現していますので、

既に獲得していると考えましょう。

ただし人に褒められそうなジャンルに適用できないだけです。

人に自慢できそうだと思うと、能力が封じられると言う事です。


そこでこういうときは、

これまで述べてきたメカニズムを逆手にとって対応します。

「餌をとる行為」

と体に錯覚させる。

つまり、糖分を摂取すると、仕方なく無意識の部分にインストールする

ことを許されます。

(わたしが音痴を治したときは、コーラを使いましたね)


また、

人に褒められない、恥ずかしい私欲を探し、

それが本当の目的だと自分に信じ込ませます。

嘘じゃないので、

最後はそっちが本当の目的だと思えてしまいます。

これが上手くいくと、

目的意識と無意識の息が上手にかみあい、

人が驚くほどの成果を残します。


どれだけの人が、海外のポルノサイトを探すことで、

インターネットの文化と技術に精通したのでしょうか?



私は全ての技能を、何かに結び付けて、それを活用しようと

自分に信じ込ませてから、実践する様にしています。


集中しようとしたり、リラックスしようとしたりしては逆になります。

恥ずかしい目的を設定すると、結果的にそうなります。

何かエロティックなものに、その技能を活用しようとまずは考え、

本当にそれが出来たら素晴らしいと納得してから、

難しいことにチャレンジすると、何でもこなせます。

以上、ご参考に成れば。
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この回答へのお礼

お礼が大変遅くなってしまい申し訳ありません。
とても興味深いお話でした。たくさんの例を挙げていただき、とてもわかりやすかったです。
やはり良いパフォーマンスを発揮するには、行為を無意識に落とし込むことが大事なんですね。

でもパフォーマンスを上げるために
自意識を抑えるというのは結構工夫がいりそうですね…

回答者さんのおっしゃられたように
目的をいつでもエロスに結び付けられないまでも、
この仕事を終えたら好きなお菓子を食べられる、とか
身体的快楽をもたらすリワードを設けてやるように
普段から心がけたいと思います。

ご解答ありがとうございました。

お礼日時:2015/04/05 22:30

仕事の効率などを科学的に研究は進んでますが、それによれば、緊張(≒集中)し過ぎても、リラックスし過ぎても、効率は落ちるそうです。



すなわち、放物線の様なグラフで、真ん中辺りの山の頂点付近が効率的と言うことですね。
従い、質問者さんの「集中しつつも気持ちをリラックスした状態」と言う結論は『大正解』です。

究極の状態は、アスリートなどが言う「ゾーン」と言うヤツで、心身はリラックスしているのに、神経は極限まで研ぎ澄まされている様な状態かと思います。
では、なぜアスリートが、そう言う理想状態を体験出来るのか?と考えますと、アスリートは彼らが得意とする種目に、日々、特化しているからでしょうね。

サッカーで言えば、たとえば一般の人だと、「このPKを外したら負け」みたいな状態だと、緊張するか力み過ぎ、失敗する場合も多いと思いますが、一流アスリートのメンタルは、一般とは確実に違うでしょう。

一方で一般の人は、「このPK」のメンタルなど、余り必要は無いし、そんな重大な局面に出くわすことも少ないので、趣味とか勉強など日常生活を反復している内に、それなり,自分なりの「ゾーン」は形成しているとは思いますよ。

後は、そういうことを、普段から意識するかどうか?くらいの差じゃないでしょうか?
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。お礼が遅くなり申し訳ありません。
やはり、なにごとも「無意識にできるようになるまで、意識しながら反復すること」ですかね…

お礼日時:2015/04/05 22:39

いい質問ですね。


誰でもそういうことはあるでしょうね。
「集中とリラックス」についてですが、私は次のように考えています。
欧米など諸外国の考えでは「集中するためにリラックスする」のだと思います。
リラックスした方が物事に集中できるということです。
陸上競技で競技前ににイヤホーンでリズムカルな音楽を聴くなどです。
つまり、”動"です。
一方、日本伝統の精神風土では集中するということは雑念を取り払い、無の心境になることとされてきました。例えば座禅などです。
つまり、”静"です。
ご質問では、noiman_tensaiさんは日本の集中と諸外国のリラックスが混在しているのですね。
欧米など諸外国の考え方のほうが合っているのではないかと思われます。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。お礼が遅くなり申し訳ありません。
確かに僕としては、意識して脱力しようとするよりも、イヤホンで軽いBGMを聞いていたほうが自然な脱力感が得られますね。その流れで集中につなげられるような気がします。

お礼日時:2015/04/05 22:37

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