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主語、述語、修飾語というふうに文節を分ける際に「接続語」ってありますよね。
これにはまず接続詞からなる文節がありますよね。「だから」「しかし」など。

そのほかに
「雨が降ったので、私は学校を休んだ。」
の「降ったので」のように順接の意味を持っている文節なども「接続語」になりますよね。
教科書にはほかに、
「雨が降ったけれど、私は学校に行った。」
の「降ったけれど」のような逆説、それに並立、仮定の意味を持つ文節などが接続語になることが書いてありました。しかし、「など」というのが他にどんなものがあるのか、すべては書いてありません。
そこで接続語に該当する意味としてどんなものがあるのかすべて知りたく、一覧でもないかと思ったのですが見つかりません。
これの一覧ってあるでしょうか?

それから、辞書で「接続語」を調べると「接続助詞のついた文節」といったことが書いてありました。

とすると、接続助詞の「が」や「て」のついた文節で、あまり強い意味のないものも「接続語」になるのでしょうか。
「彼はそう言ったが、ぼくは反対だ。」
の「言ったが」は逆説の接続語でしょうが、
「彼はそう言ったが、ぼくも賛成だ。」
というときの単純な「言ったが」も「接続語」でしょうか。

また、
「大声を上げて、町を練り歩いた。」
の「上げて」も接続語になりますか。
「大声を上げ、町を練り歩いた。」
の「上げ」は連用修飾語なのに「上げて」になったら接続語になるということなら、微妙に変な気がするのですが。

というのも、接続語とか連用修飾語とかいうのは、一つの文をナイフでカットしていって、一つ一つのかたまりに、「その文の中でどのような役割をしているか」を表した言葉のように思うからです。
もしそうなら、全く同じ役割をしている「上げて」と「上げ」を別の成分にするのは変ではないかと思うわけです。

調べてみると接続語を連用修飾語の一部ととらえる人もいるとのことです。
連用修飾語は連用修飾語なんだけど、そうやってほかと一緒に考えるには惜しい(?)、強い意味を持った文節を、特に接続語として切り出している、連用修飾語という大きな輪の中の一部に接続語という小さな輪がある、ということなら、あまり強い意味を持っていない「言ったが」や「上げて」は、その小さな輪から出してやって「普通の連用修飾語」の位置に置いてやった方がいいんじゃないかと。

しかし、同時に、「が」のついたものって逆説なのか単純な意味なのか区別がつかないときがありますし、それに「そして」という単純に文章をつなげているだけの文節を接続語として了解しているくせに、「上げて」になると変な気がするというのも、どうだろうという気もします。

そうやって考えてくると、単純な「が」や「て」をつけた文節を、接続語と連用修飾語のどちらに考えるべきかやはり分からなくなりました。
一覧とかって、ないんですかね。

質問者からの補足コメント

  • 書き忘れました。
    「念のため、水を飲んでおく。」の「飲んで」や、「弟はすぐに泣いてしまう。」の「泣いて」など、補助の関係の一部になっている文節も、接続語になるでしょうか。「-て(で)」のついた文節を「接続語」とする場合。

    いえ、それはおかしいから、「上げて」や「飲んで」は全部連用修飾語にしよう、と言いたいわけではありません。
    こういったものも含めて、決まっているか知りたいのです。

      補足日時:2015/10/18 23:14
  • お聞きし損ねました。

    >質問者が挙げられた下記の部分はいずれも「述語文節」です。
    とのことですが、
    「大声を上げて、町を練り歩いた。」
    の「上げて」も「述語」になりますか。

    「雨が降ったので、僕は学校を休んだ。」
    の場合、「降ったので」の主語は「雨が」、「休んだ」の主語は「私は」とみなすことができるので、たしかに言われてみれば、主語+述語からなる二つの文を「ので」でつないでいる(ただし、「雨が降ったので」は句で、主な文は「私は学校を休んだ」の方でしょうが)、ということは「述語」というあまり聞かない見解も、まんざらなくはないのかも…と思ったのですが、

    「大声を上げて、町を練り歩いた。」
    の文の場合「上げて」と「歩いた」の主語が同一で
    「(僕は)大声を上げて、町を練り歩いた。」
    のような形になるので、「上げて」を述語と見るにはもう一段難しいような気がしたのですが。

    No.2の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2015/10/19 21:10
  • すみません、#3の方へのお礼の中で「順接」という用語を間違えた認識で書いてしまっていました。
    「だから」や「ゆえに」のような、原因・理由を表すような意味だけでなく、単純な接続も「順接」というんですね。
    とすると「接続助詞『が』」のつくものは、すべて接続語ということになるのでしょうか。

    先にあげた二つの例以外に
    「日程の件ですが、後でお送りします。」
    の「件ですが」なども、接続語になるでしょうか。「が」のところにあまり強い意味は出ていませんが、それとは関係なく「接続語」ということに?

    No.3の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2015/10/19 22:56

A 回答 (8件)

No.1でコメントした者です。


 No.7のOKATさんのコメントに補足します。
 以下、デアル体で失礼します。
 No.7であげられたサイトで×や△がついていないもののなかで、「降ったので」や「言ったが」を「接続語」しているものがあるかないか。

1)接続語一覧表
http://www9.plala.or.jp/juken1/setsuzokugo.htm
 あげられているのはほとんどがいわゆる「接続詞」。注に〈接続語のほとんどは接続詞だが、副詞が接続語として一部用いられている。(たとえば、つまり、ようするに、言わば、など)〉とあるとおり、一部の「副詞」を加えている。
 もしかすると辞書によっては接続詞にしていない「連語」(句)を接続詞にしているかもしれない。
「降ったので」や「言ったが」などは入れていない。
 つまり、No.1で書いた当方の考え方と同じでは。あげている接続詞の数には相当差がある(笑)。

2)国語の達人
〈接続語(接続詞)〉と書いているとおり、このサイトの「接続語」は「接続詞」と同じものだろう。副詞の「たとえば」をなぜ入れているのかは不明。

3)文と文のつながり(接続語)
 ここであげられているのは「接続詞」。ただし、接続詞のなかには接続助詞としても使われるものが多い。〈3.文1と文2をつなぐにはどの接続語〉は接続詞と、接続助詞として使われている接続助詞を問題にしている。

 以下も同様な気がします。
 ちなみに、No.3のhakobuluさんが「2.」で引用したサイトをよく見てください。
 1つ目はWikipediaの「接続詞」ですよ。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%8E%A5%E7%B6%9A …
「接続語」とはあまり関係がないのでは。説明中に1か所だけ「接続語」が出てきますが、「接続詞」との違いは不明です。「接続語」のリンクをたどると「接続詞」の項に戻ります。推測ですが、「接続語」の項の説明が不十分なので削除したのでは。

 2つ目は、↑の1)です。質問者の「接続語」とはかけ離れているのでは。

>「降ったので」などが「接続語」になるというのは教科書に書いてあることで、そこまでは確定だと思い。(「接続詞」ではなく「接続語」です。)
 いったいどのような教科書に、正確にはどのようの書いてあったのでしょう。それがわからないと判断できません。
 これが悪名高き「学校文法」の正体なのでしょうか。少なくとも↑にあげられたサイトには、そういう記述は見当たりません。
 
 百歩譲って、「動詞+α+接続助詞」(+αは助動詞など)を「接続語」と考えるならわからなくはありません。
「(動詞+α)ので」や「(動詞+α)が」ということです。
 ただ、教科書の記述がわからないとムダになりそうなので、ここまでにしておきます。

 ちなみに接続助詞の「ガ」はさまざまな働きをします。
 当方は順接、逆接、曖昧の3つに分けて考えています。このほかに、「前置き」(冒頭に書いた〈推測ですが、「接続語」の項の説明が不十分なので削除されたのでは。〉など)もあるようです。
 明らかな逆接以外は順接と考えてよいのでは。
 さらに例外的に、「転換」(「しかし暑いねえ」など)もあります。
 むずかしく考えると迷路に入ります。
 詳しくは下記をご参照ください。
【「ガ、」の修辞学 総集編〈1〉〜〈3〉】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-3324. …
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なんだか行き詰まってしまった段階ですね。

下記のサイトをご覧ください。「×」印を付けたのは、理論的には分かるけれど、実際問題としてどう説明出来るかが分からないからです。「?」をつけたのは、『また,「この品は安いけれども悪い」の「安いけれども」も接続語に含める考え方もある。』と書いてあるけれど、含めない考えもあるわけで、むしろそれが普通だからです。

http://www9.plala.or.jp/juken1/setsuzokugo.htm 接続語一覧表

http://www.nipo.co.jp/conjunc1.htm 「接続語」×

http://www.ne.jp/asahi/kotoba/tomo/11setuzoku.html  「接続語の論理的機能一覧」×

http://kokugo.j-tatujin.com/thesis/c05.html  「国語の達人」

http://homepage1.nifty.com/moritake/kokugo/gen/s …  「文と文のつながり(接続語)」

http://www.philo-kokugo.com/reference/%E6%AD%A3% …  フィロソフィア「国語教室」

http://www.weblio.jp/content/%E6%8E%A5%E7%B6%9A% …  「大辞林-接続語」?

http://web.ydu.edu.tw/~uchiyama/bunpo/conj.pdf  「接続語~日本語文法3~」
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文法といいますが、万能ではありません。


文法をいくら学んでも日本語は上達しません。
先に日本語の感性を身に着け、その後で文法を学べば、自分なりに整理ができます。
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#3です。



1.
>文脈によって呼び方は変わってくる。
とありますが、「呼び方」というのは、「○○語」等のことでしょうか。

そうですね。厳密に表現するなら次のようになると思います。
「だから」は接続語と呼ぶこともできる接続詞だが、文脈によっては接続語としか呼べない(接続詞と呼べない)場合もある。

2.
>この「言ったが」は単純接続の例(順接や逆説や並立などの意味を帯びない例)として出したつもりでした。

失礼しました。
わたしの勘違いでしたね。
補足も拝見しましたが、順接とは分けたほうがわかりやすいと思います。

3.
>「そこにペンがあるが、それは私のだ。」
の「ペンですが」だったらどうでしょうか。
>「接続助詞のついた文節」の中で、例えば2で並べて頂いた「接続詞の意味一覧」に該当しないものでも「接続語」と言っていいのかが疑問だったのです。

これは「転換」と考えて良さそうに思います。

4.
>「花が散って、私は泣いた。」
という文の場合、「花が散った。そして私は泣いた。」をつなげた文なので、「散って」の部分が接続語になってくるでしょうか。
>それだと「接続語」は形式の面からは規定できないことになりますよね。「接続助詞のついた文節でも、文脈によっては違う」と。

そう思います。
接続助詞「て」には色々な用法があります。
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/148945/m1u/ …
【1 ある動作・作用から、次の動作・作用へと推移・連続する意を表す。「学校に行っ―勉強する」「着替えをすませ―寝る」
「春過ぎ―夏来たるらし白妙の衣干したり天の香具山」〈万・二八〉
2 原因・理由を表す。…ので。…ために。「頭が痛く―寝ていた」】
この「行って」「すませて」「過ぎて」「痛くて」などは接続語に分類して良いように思います。一方、 
【3 手段・方法を表す。「歩い―通学する」「泣い―抗議する」】の「歩いて」「泣いて」などは連用修飾語に分類したいですね。
接続語の例文の場合、
「学校に行く→そして勉強する」
「着替えをすませる→そして寝る」
「頭が痛い→だから寝ていた」
という構図だと思います。
前項と後項の結びつきが、ある意味で弱い。
連用修飾語の場合は、このような構図にするのは無理があるでしょう。
「どのようにして通学するのか」
「どのようにして抗議するのか」
という構図であり、前項と後項には密接なつながりがある。

5.
>主文の主語とは異なる主語がある場合接続語になる、みたいなことになるでしょうか。

4で述べましたように、接続語の場合、前項と後項の結びつきが、ある意味で弱い傾向があると思いますし、主語が異なるというのは、その傾向を強める要素のひとつとなり得るかもしれず、その意味では関連性があるかもしれません。(未検証ですが)

6.
>その中であえて「飲んで」の部分だけに注目したら、何語と言ったらいいのだろう、と思ったのですが、ご見解から行くと、連用修飾語的な成分の一部というより、述語的な成分の一部と見るのが妥当という感じでしょうか。

おっしゃるとおり、そうした意味です。
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「文節」という概念を考えるのは、学校文法(橋本文法にほぼ重なります)だけです。

この概念はある意味で分かりやすいのですが、橋本文法以外の文法を考える学者からは批判があります。したがって他の文法の考え方を持ち込むと混乱するだけです。
 「文節」の概念については次のサイトを参照。
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%87%E7%AF%80
 http://国語文法.com/%E6%96%87%E7%AF%80%E3%81%A8%E3%81%AF.html

 そして、文節の働きとしては、主語文節・ 述語文節・ 修飾語文節・ 接続語文節・ 独立語文節の5分類しかありません。
 「雨が降ったので、僕は学校を休んだ。」を文節に分けると、
 雨が/降ったので/、僕は/学校を/休んだ。  となり、順番に
主語文節/述語文節/主語文節/修飾語文節/述語文節  となります。
 「降ったので」は「た」という助動詞や「ので」という助詞を含んでいるけれど、文節の働きは「述語文節」です。「接続文節」ではありません。
 くどいようですが、「文節」という概念を用いる以上、これしか答はありません。もし違う文法を持ち込めばさまざまな議論は出来るでしょう。その場合は、「文節」という用語は出てこないはずです。
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大辞林によると、


[ 接続語 ]
【文の成分の一。語と語,句と句,文と文とを結び合わせる働きを持つ語または文節。】
http://www.excite.co.jp/dictionary/japanese/?sea …
[ 接続詞 ]
【品詞の一。活用のない自立語で,主語や修飾語にならず,独立語として単語と単語,また前後の文節や文を接続するはたらきをもつもの。】
のようになっています。
http://www.excite.co.jp/dictionary/japanese/?sea …
以下、これらの辞書語釈に基づきながら述べてみます。

1.
「しかし」
⇒品詞としては接続詞であり、文の成分としては接続語。
「だから」
⇒単独の品詞としては接続詞。
「彼女は美人だ。だから男性からチヤホヤされる」。
「彼女は美人だから、男性からチヤホヤされる」の場合は、「美人だから」が接続語であり、断定の助動詞「だ」+接続助詞「から」という構造。
この「だから」のような構造になっているものは、「けれども」などを含めて多数ありますが、文脈によって呼び方は変わってくる。

2.
用法一覧は以下のとおり。(ウィキから)
順接(だから・ゆえにetc)
逆接(けれども・しかしetc)
並列(および・ならびに・またetc)
累加(さらに・その上etc)
説明(つまりetc)
選択(または・もしくはetc)
転換(ところで・さてetc)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%8E%A5%E7%B6%9A …
下記サイトも大体同じようです。
http://www9.plala.or.jp/juken1/setsuzokugo.htm

3.
「接続語」は、接続詞そのもの以外に、「接続助詞のついた文節」も意味しますが
「彼はそう言ったが、ぼくは反対だ。」
「彼はそう言ったが、ぼくも賛成だ。」
などの「言ったが」は、それぞれ逆接・順接の接続語ということになるでしょう。

4.
「大声を上げて、町を練り歩いた。」
連用修飾語か接続語かの区別、結構難しいですね。
下記サイトがご参考になるかと思います。一部抜粋してみましょう。
「連用修飾語」→「どうする・どんなだ・ある(ない)」(動詞・形容詞・形容動詞)にかかる修飾語。
 例)「美しく / 花が / 咲く。」
(「美しく」は<どんなふうに花が「咲いている」のか>を説明している。「咲く」という動詞にかかっているので「連用修飾語」です。「美しく」が「連用修飾語」で、「咲く」が「被修飾語」です。)  

「接続語」→理由や条件を表したり、前後の文をつないでその関係を示したりする文節。
 例)「のどが渇いた。それで、私は水を飲んだ。」
http://www.zkai.co.jp/netplus/sysdata/ztosans/13 …
これらの説明を読むと、「どんなふうに町を練り歩いたのか?」という部分を修飾しているのが、「(大声を)上げて」なので、連用修飾語と考えて良いと思います。
「前後の関係性を現すのが接続語で、後ろの内容を説明するのが修飾語」といった違いかな、と思います。

下記サイトでは、
「急いでバスに乗った」(動詞のテ形)を連用修飾の一例として挙げています。
http://www.nihongokyoshi.co.jp/manbow/manbow.php …

5.
「念のため、水を飲んでおく。」の「飲んで」。
「弟はすぐに泣いてしまう。」の「泣いて」。
接続語か修飾語かを考える場合、文の成分について考えることになると思います。
「おく」「しまう」は補助動詞なので、それ自身では意味を持ちません。
接続とか修飾とかいうより、「飲んでおく」「泣いてしまう」で、ひとつの成分と考えて良いのではないでしょうか。(←確信はありませんが)
この回答への補足あり
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
1~3までが、教科書や辞書の「接続語」の定義ですよね。


>文脈によって呼び方は変わってくる。
とありますが、「呼び方」というのは、「○○語」等のことでしょうか。

3の中に
「彼はそう言ったが、ぼくも賛成だ。」を順接とおとらえになっている記述がありますが、
すみません、この「言ったが」は単純接続の例(順接や逆説や並立などの意味を帯びない例)として出したつもりでした。単純接続にはっきり見えておらなかったら、紛らわしくてすみません。

「そこにペンがあるが、それは私のだ。」
の「ペンですが」だったらどうでしょうか。

私は「接続詞」と「接続語」は立ち位置の違うものだということは知っているのですが、
「接続助詞のついた文節」の中で、例えば2で並べて頂いた「接続詞の意味一覧」に該当しないものでも「接続語」と言っていいのかが疑問だったのです。


>「どんなふうに町を練り歩いたのか?」という部分を修飾しているのが、「(大声を)上げて」なので、連用修飾語と考えて良いと思います。
そうですか!すっきりしました。明確な説明をいただいた気がします。

ただ、それだともしかして
「花が散って、私は泣いた。」
という文の場合、「花が散った。そして私は泣いた。」をつなげた文なので、「散って」の部分が接続語になってくるでしょうか。
(いまいち変な文ですが、なくはない。)
これが「文脈によって呼び方は変わってくる」とおっしゃるところなのかな、と思いつつ、それだと「接続語」は形式の面からは規定できないことになりますよね。「接続助詞のついた文節でも、文脈によっては違う」と。

あるいは、#2の方への補足を書いていて思ったのですが、主文の主語とは異なる主語がある場合接続語になる、みたいなことになるでしょうか。
(でもその場合も「花が散り、私は泣いた。」の「散り」が連用修飾語になることと比べると変ですかね。)


>「飲んでおく」「泣いてしまう」で、ひとつの成分と考えて良いのではないでしょうか。
補助の関係はよくまとめて「述部」とされますが、その中であえて「飲んで」の部分だけに注目したら、何語と言ったらいいのだろう、と思ったのですが、ご見解から行くと、連用修飾語的な成分の一部というより、述語的な成分の一部と見るのが妥当という感じでしょうか。

お礼日時:2015/10/19 22:22

「文節」の働きを論じるのは「国文法」(学校で習う「学校文法」)だけですね。

したがってその範囲内で答えておきます。
 「文節」の働きを述べると、次のようになります。
主語……文の中で「何(だれ)が」にあたる文節。
述語……文の中で「どうする」「どんなだ」「何だ」にあたる文節。
修飾語…文の中で他の文節を詳しく説明する文節。
接続語…文の中で文や文節をつなげる文節。
独立語…文の中で他の文節とは関係なく、呼びかけ・応答・感動・提示などを表す文節。

 この中での「接続語」は、ほぼ「接続詞」に限定されます。
 質問者が挙げられた下記の部分はいずれも「述語文節」です。ただ、注意すべきはその中の一部に「付属語」として「接続助詞」を取り込んでいることです。「接続助詞」は名前のとおり「接続」の役割をします。
「降ったので」「降ったけれど」「上げて」「飲んで」の「ので」「けれど」「て」「で」がそうですね。

>接続語とか連用修飾語とかいうのは、一つの文をナイフでカットしていって、一つ一つのかたまりに、「その文の中でどのような役割をしているか」を表した言葉のように思うからです。
もしそうなら、全く同じ役割をしている「上げて」と「上げ」を別の成分にするのは変ではないかと思うわけです。

 おっしゃるとおりです。「ので」「けれど」「て」「で」などを「助詞」だから「付属語」であり、したがって文節を作れないという理由で、「述語文節」の中に閉じ込めておくのは正当なやり方ではありません。
 これを「品詞」として考えれば、「助詞」の中の「接続助詞」として立派にその役割が認められるわけです。

 「文節分け」というのは、大ざっぱな「文中での働き」を理解するのには意味がありますが、日本語の世界の言語の中で特徴的な「助動詞」「助詞」の働きを無視してしまっている点では、この「文節」の考えに否定的な学者が多い理由があります。
 一歩進んで「品詞」に目を向けて行きましょう。
この回答への補足あり
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

>「接続語」は、ほぼ「接続詞」に限定されます。
はい、「しかし」「だから」などの接続詞と、「例えば」など一部の副詞は接続語になりますよね。
と見せかけて、よく見ると教科書にちゃんと「降ったので」や「降ったけれど」のような文節も接続語として挙げられています。
そして、それは辞書も同様です。

ですので、そこまでは了解した上で、接続語らしくない「上げて」などはどうなるのだろう?というのが質問の趣旨だったのですが、
>質問者が挙げられた下記の部分はいずれも「述語文節」です
ということは、回答者様はそれらを「述語」となさっている、ということでいいしょうか。
(「述語文節」とおっしゃるのは、挙げられた5つのうち「述語」のことと見ていいですか?)

「言ったので」(順接)や「降ったけれど」(逆説)のような文節、および「上げて」(単純接続)のような文節も含めて、教科書の言うように「接続語」とするのではなく、「述語」とするのが妥当だというご見解でしょうか?

だとすると、質問者の「降ったので」や「降ったけれど」を接続語とする前提において、「上げて」はどうなるのか(どう教えればいいのか)?
ということとは、根本的に違ってしまうということになりますね…。

・「降ったので」や「降ったけれど」を接続語とする場合、「上げて」も接続語でいいのか?
 (接続助詞のつく文節は全て接続語になるのか、それとも「たいがい接続語になる」というだけでどこかで範囲が限定されているのか)
という疑問への回答が、文法書などにあるといいのですが。
(辞書によれば、「だから」等は独立語、「降ったので」等は連用修飾語とする見解もあるそうです。)

余談ですが
>「助動詞」「助詞」の働きを無視してしまっている
いえ、むしろ「降ったので」や「降ったけれど」を接続語とするのは、接続助詞の働きを重く見ているからではないかと思います。
一文節は、一つの品詞からなる場合(自立語一つ)だけでなく、二つ以上の品詞からなる場合(自立語+付属語)があるので、文節という考え方が助詞・助動詞の働きを無視しているという訳ではないと思います。
むしろ、「降ったので」をただの連用修飾語(回答者様の見解では述語)とはとらず、あえて「接続語」として一項目たてているのは、接続助詞の働きを大きく捉えているからだろうと思います。

お礼日時:2015/10/19 20:21

「接続語」という言葉がどの程度一般的なのかは……わかりません。

明確なルールはないと思います。
 井上ひさし氏は『私家版』は「接続言」という言葉を使っていた記憶があります。たしか『私家版 日本語文法』の中でした。手元の書籍が見当たらないので、記憶で書いています。
 いわゆる接続詞よりは広い意味で使われているようで、接続詞のように使われる「句」を含んでいます。たとえば「このようなわけで」など。
 あと、「たとえば」あたりは一般には「副詞」ですが、接続詞と同様に使われます。

 ただし、「接続語」にしても「接続言」にしても質問者の考え方ほど広い範囲は考えてないと思います。
 たとえば、「言ったが」を逆接(〝接〟ですよね)の接続語と考えるなら、ほとんどの動詞に「が」をつけて「接続語」にできることになります。さらに、「けど」をつけて……、「はしたが」をつけて……と考えると「接続語」はとんでもない数になります。一般にはそこまでは考えないのでは。

 一覧は、「接続語」「接続言」「接続詞」などのキーワードでネット検索すればいろいろヒットします。
 下記は個人的にまとめたものです。もしもっと充実している一覧があったら、是非教えてください。
 これに「言ったが」「言ったけど」の類いまで含めると、とんでもないことになりそうです。
【接続詞の役割&一覧──順接/逆接/並列・追加/対比・選択/説明・補足/転換】
http://note.chiebukuro.yahoo.co.jp/detail/n125529
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

>ただし、「接続語」にしても「接続言」にしても質問者の考え方ほど広い範囲は考えてないと思います。
いえ、すみません、「降ったので」などが「接続語」になるというのは教科書に書いてあることで、そこまでは確定だと思い。(「接続詞」ではなく「接続語」です。)

その上で、逆説や順接の意味を持たない、単純接続の「読んで」や「言ったが」も接続語になるのだろうか?というのが質問の趣旨でした。
分かり難かったら申し訳ありません。

お礼日時:2015/10/19 19:02

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