ライブレポ!コーネリアス独自の世界観をお届け!

北海道置き去り事件、まだ見つかってませんよね。

男の子が山林にいたとしても、普通はそう簡単に見つからないものなんでしょうか?
たとえば樹海などに自殺しにいった人を探しに行こうとしても、
見つからないものなんでしょうか?

この北海道の事件においては他にも要因があるのかもわかりませんが、
一般的に考えて、山林を探して見つからないのはよくあることなんですか?

このQ&Aに関連する最新のQ&A

A 回答 (13件中1~10件)

見つかりましたね。

良かった。
    • good
    • 1
この回答へのお礼

見つかりましたね。
みなさんがいろいろと勘ぐりすぎだということがわかりました。

お礼日時:2016/06/03 12:37

北海道の原野は原生林ですよ。

全然人の手が付けられてない森を見たことありますか?それと富士山の樹海を見たことないでしょう?一度見に行かれたら分かりますよ。早い話が地震で家の中の物がひっくり返した状態ですからね。年に一度位やるんですが、樹海の中の捜索は(自殺者)ビニールテープを入り口の木に結んでそれを持って入っていくんです、じゃないと出てこれませんから。営林局が管理してるとか私有地なら手入れされてますけど。
    • good
    • 1

山とはまた別の場所にいるのかな?と考えてしまいますね。

誰かに拾われて監禁されてるとか。。。命が助かっていればいいのですが。
心配で1日に何回もニュースチェックしますよね。
    • good
    • 4

これだけ時間が掛かると、考えてはならない事を考えますね。


何年か前に私の家の近くで行方不明者が、池で見つかった事がありました。池とかも探されて居ますよね。
うちの知り合いも未だ見つかりません、、。
本当にどうしてなのか?
理解出来ませんか。
    • good
    • 4

石を投げたたぐいのことが事実だとすると、子どもは発達障害っぽい。

父の証言を見ても、父も発達障害っぽい。疲れて、崖から突き落としたり、殺して遺棄した可能性はある。また、そういう子は自分でけっこう突き進んで奥に入る。穴倉にいるかも。
    • good
    • 14

小学二年生の子供の捜索なら、130人+警察犬+ヘリ+猟師など山を知ってる何人かの地元民がローラー作戦で捜索すれば見つかる可能性はかなり高いはずです。



親がどこまで本当のこと言ってるかですね。
本当は放置して何日か経ってたのかもしれないし、置き去りにした場所も全く別のところなのかもしれません。
親が要望して捜索エリアを変更させたのも、捜索隊を遠ざけようとしてるんじゃないかって勘繰ってしまいます。
    • good
    • 15

現場の山中には熊が生息しており、身の危険を思わせる熊のフンが発見されたとか。


http://gatyapin.info/2016/05/31/%E5%8C%97%E6%B5% …
    • good
    • 4

見つかるわけがありません、狂言ですから。


親が殺害し行方不明事件へとでっち上げたのです。
    • good
    • 31

大昔、立川談志が司会をやってた頃の笑点での回文のお題を思い出しました。


「談志(●子)は死んだ」
    • good
    • 1

ああいった熊笹が生い茂った原生林では1m先に何かがあってもわかりません、谷や穴に落ちれば近づく事も困難ですから発見するのは至難の業です。


飛行機でさえすぐに発見されない事でも分かるでしょう。
    • good
    • 8

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aを見た人が検索しているワード

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Qたくさんの方に教えて頂きたいです!結局、部落差別って何なのでしょうか?

僕は北海道出身です。
北海道には『部落』と呼ばれる地域がありません。
ですから部落差別と呼ばれるものも存在しないと思います。

青春時代を関西の田舎町で過ごしましたが、その時初めて『部落差別』なるものの存在を認識し、とても大きな衝撃を受けました。
『同和教育』なるものも北海道の小学校では教わった記憶がありませんし、未だに根強い差別意識が残っている事に疑問を感じています。

部落地域に住む方々の過去などは関西在住時に友人達から説明を受けましたが、いまいちそれも良くわかっていないというのが現状です。

『なぜ部落と呼ばれる地域の人たちは差別の対象となるのでしょうか?』

ちなみに僕自身は『部落』が何なのかという認識が薄く、周囲の人たちが言う事を全く気にせずに(詳しい事を知らずに)普通にお付き合いをしてきた経緯がありますし、今もそのような認識をもっています。

なお、差別的な認識は全くない状態でこの文章を作成しましたが、何か問題があれば質問自体を削除して頂けるように管理人さんにお願いするつもりです。

Aベストアンサー

多くの方が現代の事柄を中心に回答されているので、私は近世地方史(加賀藩)研究者としての立場から、江戸時代の実態について少し述べてみます(ただし、こうした差別は江戸時代以前からあったと考えられています)。
江戸時代までの日本には仏教の影響もあって四つ足の動物を食べる習慣がありませんでした。また、人や動物の死骸に触れることは忌み嫌われていました。
しかし、世の中の誰かがそれをやらねばならなかったのも事実です。例えば道端で死んだ牛馬の処理、死刑に処せられた人の始末、皮製品の製作等々の作業です。
そこで、古代、あるいは中世ころからこれを家業とする一族を作り(あるいは自然に生まれ)、専門家集団として一般農民とは一線を画していたのです。
いつのころからか(少なくとも江戸時代初期以前)、こうした一族は人間以下のものとみなされ、不当な差別を受けるようになっていきます。差別は生前のみとは限らず、ある地域では死後においても墓石の法名に「畜○○」などと書かれました。
一説には、農民にしっかり働かせるため、農民以下の存在として工・商を置き、さらにその下に非人を置いたとも言われています。
一族は差別を受けた反面、法的な保護も受けていました。例えば牛馬の処理はこれらの一族が独占しており、刑場での作業も一般の農民や町民が使われることはなかったのです。
こうした差別は明治政府によって撤廃されたのですが、そのころに作られた壬申戸籍では「新平民」と記載されてしまいました。そのため、戸籍を見ると部落の出身であることがすぐに分かってしまい、色々な悲劇を生み出すこととなりました。
明治維新からすでに130年以上経過しております。インドのカースト制度などでは、名前で階級が分かってしまい、また宗教上の理由からも差別の撤廃が困難なようですが、日本では戸籍を調べるにも限界があり(明治期の戸籍はもうほとんど調べられない)、いずれはなくなるものと思います。またそうであることを願ってやみません。

多くの方が現代の事柄を中心に回答されているので、私は近世地方史(加賀藩)研究者としての立場から、江戸時代の実態について少し述べてみます(ただし、こうした差別は江戸時代以前からあったと考えられています)。
江戸時代までの日本には仏教の影響もあって四つ足の動物を食べる習慣がありませんでした。また、人や動物の死骸に触れることは忌み嫌われていました。
しかし、世の中の誰かがそれをやらねばならなかったのも事実です。例えば道端で死んだ牛馬の処理、死刑に処せられた人の始末、皮製品の製作...続きを読む


人気Q&Aランキング