大人になっても苦手な食べ物、ありますか?

例えばの話でこんなことありえますか?
今日、多重人格について調べていたのですが、発症の原因が過去の強烈な体験による精神の損傷みたいなことが書かれていました。解離性のそういった精神病が起こるには必ず外部からの何かしらの力が働いているということですよね。そこで、もし内部からの強い衝動によって精神が異常をきたすこともあるのでしょうか。すぐに浮かぶものでは、断食などの修行による極限状態における発症であるとか。
人格が狂ってしまうほどの発症がもし自身で起こせるなら個人的に興味があるので心理学系統の知識をお持ちの方がいらっしゃいましたらよろしくお願いします。

A 回答 (3件)

自分自身でしていることなので外部からのストレスから見たら比較にならないほど小さいと思います



辞めたいけど、、、もうちょっとやろう

そう思った時点で自分が望んでいるのでトラウマになり得ません

ので自発的に起こすストレスではならないと思います

マッスル北村が二重人格てのも聞いたことないですし
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DSM-4には《294.0[一般身体疾患を示すこと]による健忘性障害》《[291.1アルコール、292.83鎮静剤・催眠剤または抗不安薬、292.83他の物質]による健忘性障害》《特定不能の健忘性障害》《300.12解離性健忘》《解離性同一性障害》《特定不能の解離性障害》などがあがっています。

解離症状が起きるのは、過去の強烈な体験による精神の損傷みたいなことばかりではないです。脳卒中や頭部打撲でも、薬物でも、大手術後の回復途中でも、一種の健忘はおきます。そうしたものは普通は精神障害とはいいませんし、治療の対象にするようなこともないですが、一過性であってもその解離状態は精神障害であることには違いはないです。アルコールや覚醒剤、医療医薬品で起きるだけではなく、極度の疲労、睡眠不足、過度の気の集中と興奮でも起きることです。 通常一過性ということは、中にはそれがきっかけになって長期に解離症状が時々現れるというようなこと(間欠)はあります。 統合失調でも中には、特別の体験や事故でおきるようにみえることは多く、完全に自然発症とは限らないです。
ただ、医療というのは、心理療法でも、真の原因それ自体にはあまり関心は持たないのだと思います。
治療上で役立つ情報や概念が重要です。 集団食中毒やインフルエンザ発症、コレラ、ジカ熱、アスベストで話題になる中皮腫のようなものでも、おなじような状況あるいは発症者よりも被曝が強よそうな人でも、発症しない人がたくさんいます。現状の医療で防疫や治療あるいは本人や家族などの納得をえるには、細菌やウイルス、発がん物質と説明してしまうのがべんりというだけのことです。 数百年前なら食べ物にあたる、憑きものや神罰、悪霊、運命というような説明の方が納得性は高かったでしょう。20年後、30年後なら、遺伝子の分子構造が主要な説明になっている疾患や障害も多くなるのではないでしょうか。
心理学もそうした神経生理、脳の器質的あるいは物質的な研究結果を取り入れ、環境や刺激とシステム的な統御機能研究に進むこともあるでしょう。 臨床実践を重視する心理臨床も現状の知識理解が現状レベルであるという止む得ない事情で今のようなスタイルになっているだけという面はあるので、少しづつ変わるということもあるのだと思います。

長々とどうでもいいような御託並べていますが、《人格が狂ってしまうほどの発症がもし自身で起こせるなら》に関しては、覚醒剤を常用する、パチンコに没頭する、セックスに没頭する、ヘイトスピーチ集n団に属していつもそうした行動をする、返済不可能なほど借金して知人友人にばらまいて借金取り立てに対しヤミ金から借りて返しあとは身を隠して逃げ回るなどをすれば、昔の知人からみれば、《人格が変わってしまった・狂った》とみえるでしょう。悪い方向にだけでなく、いい加減でだらしないという典型的な人格者が、心機一転、まじめにコツコツ誠実精励で他人にも配慮する生活に切り替えるなら、瞑想や断食、信仰に走らなくても、《人格が変わってしまった・狂った》とみえるでしょう。
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外部の環境の影響はあるでしょう。

しかし、同じ外部の環境におかれても、精神病になる人もいればならない人もいます。当人が、外部の環境を知覚神経系統を通してどの様に受容し、自分との関係をどの様に結んだのかで違ってきます。

断食修業の場合、原因なる物が分かっていますので、例え発狂したとしても解消の方法は簡単でしょう。精神病になる人は、最初は無意識に考えている「脅迫観念」が、行動や言葉となって表れます。その表れ方が異常なのです。幻聴とか幻視による現実の秩序の破壊から始まります。

無意識に考える「強迫観念」をなぜ考えるようになったのか。その様な切っ掛けでそう考えるようになったのか。こういう点を少しずつ分かって行くと、人間は誰でも気持ちの「安心」がなければ生きていけないのだ、ということが分かります。
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