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数学苦手なのですが、一念発起してホグベン「百万人の数学」を読み始めました。
しかし、最初のページからつまづきどおしです。
いま現在、次のアキレスと亀についての記述が理解できず、先に進めません。どなたか教えて頂けませんか?

>ゼノンと論争した賢人たちが、アキレスがほんとうは亀を追いこすことを知らなかったと思ってはいけない。わからなかったのは、どこで追いつくかだ。

これは、“賢人たち”が数学的に計算することができなかった、と解釈すれば良いのでしょうか?
「どこで追いつくか」は、定規で実際に線を引いてみればわかるはずですし、その方法を“賢人たち”が思いつかなかったわけもなく、どうしても
>わからなかったのは、どこで追いつくかだ。
の意味がわかりません。


この項でいわんとすることは理解できたつもりです。
古代ギリシャの数学には、時間の概念がなかった、「0」の発見前で適切な数学的記述方法がなかった、など。

「アキレスと亀」が有名なパラドックスの話であることは承知しております。あくまで「百万人の数学」の記述に関しての解説を希望しております。よろしくお願いいたします。

A 回答 (2件)

問題なのは、幾何学的交点として追いつく事を認識する事ではなくて、無限分割がいつ終わるかがわからない事にあると言っているんだと思います。


ですから、現実にアキレスと亀が競争したら、追いつくのは、誰でも現認できるわけですから、それを無限級数の収束で説明しても意味が無いと言う事だったと言う事です。(ギリシャ数学において、その置き換えが可能かどうかは保証されていなかったと言う事でしょう)
「アキレスと亀」のパラドックスでは、無限分割が終了しなければ、アキレスが亀に追いつく点は定まりません。(限りなく、ある点に近づいていくことはわかりますが、その先はいつまでも決定できないわけです)
この議論の方法では、追いつく点はアキレスの前のどこかにある事しかわからないです。(最終的には、ある点でアキレスと亀は同じ点もしくは、同じ距離にある事が証明されなければいけません)
0の発見はあまり意味は無いでしょう。 時間の概念も実際にはあまり意味はありません。(問題は点だからです)
無限分割ですから、その行為が終わらない事に問題があるわけです。(これを回避するには、無限小により、有限の長さを作れる事が証明されなければいけません)
無限小≠0である事に注意しなければいけません。(0を加算しても有限の長さはつくれません)
ホグペンがその記述で何を意図したかは、先を読まれればわかると思いますが、ギリシャ自然学として、幾何学で自然を記述できるという流派と、そうでは無いと言う流派があったわけです。
一種詭弁と言えなくもないですが、それは幾何学での自然の描写が保証されているかと言う事を問う問題と言う事です。
これは、数学で自然が記述できるかどうかを問う事でもあります。(実際は、数学は有用な道具として利用可能な場合が多いわけですけどね)
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この回答へのお礼

詳細な解説をありがとうございます。
お使いの用語がよくわからないのは自分でも情けない限りなのですが、これから勉強します!
ギリシャ自然学の解説をして頂いたので、とりあえず先に進もうと思うことができました。
>数学で自然が記述できるかどうか
なるほど。
といいつつ、よくわかりません(汗)。でも、諦めずに読んでみます。
また、質問すると思いますので、機会がありましたら、よろしくお願いいたします。

お礼日時:2016/09/25 21:18

質問文を読んだだけの印象で答えます。


本を読んだことがないので、外しているかもしれませんが。

賢人は、当然ながら、どこで追いつくかは「定規で実際に線を引いてみる」など、ゼノンの主張の枠組みとは全く異なる方法で説明することはできます。
しかしながら、パラドックスを解決する(論破する)には、ゼノンの主張の枠組みに乗った上で、アキレスが亀を追い越すこと、を説明しないと駄目でしょう。

具体的には、ゼノンの論法
・アキレスが亀が元いた地点にたどりついたとき、亀はすでに(ほんの少しだけど)先に進んでいる
・この論法は、いくらでも(無限回)繰り返し適用できる
という2つの主張を認めた上で(実際に、この2つの主張は正しいです)、
それでもなお、アキレスが亀を追い越すこと、を説明しないといけません。

具体的には、
・上の論法で、アキレスが亀の元いた時点に到達するまでの時間は、どんどん(等比数列で)短くなっていく。
・(公比1未満の)等比数列の無限個の項の和は、有限の値になる。
ということなんですが、とくに後者(等比数列の無限和が有限の値になる)は、直感的には納得いかない部分はどうしても残るでしょう。
(このカテでも 1/3=0.333… はおかしくないですか、みたいな質問が定期的に出されますし)
結局のところ、直感だけでは駄目で、議論の前に、とにかく絶対にこれは正しいと認めるルール(数学の世界では「公理」と言っています)を最初に決めることが必要になります。

そして、数学の歴史を振り返ると、これら「無限個の数の和」に関するルール(公理)が必要だという共通認識が数学者の間にできて、実際に今も使われている公理がきちんと整備されたのは、
実に19世紀初頭になってから(ゼノンの時代から2400年後!!)です。
「0」の発見は7世紀と言われていますから、それよりも千年以上後の話です。
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この回答へのお礼

初心者にご配慮頂いた、とても判りやすい解説をありがとうございます。
素人として「どこが百万人だよ~泣」と、めげまくっていたところなので、たいへんに励まされました。
解説いただいた数学の歴史も興味深く、嬉しかったです。そのうち本を探して読んでみます。
今回はホグベンの記述に関して、との限定もあり、ベストアンサーを差し上げられず、申し訳ありません。
それでも、ぜひお礼を申し上げたくて。
本当にありがとうございました。

お礼日時:2016/09/25 21:10

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