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大学生です。文学部に入っています。

文学や哲学を勉強しているんですが、そのどれも馬鹿馬鹿しいものに思えて仕方なくなりはじめたんです。
文学は、自分が小説を書くのが趣味だったので「おもしろそう」という考えで入ったんですが、あまりにも暗いものばかりで気が滅入ります…(面白いんですけどね)
また、どんなに凄いことを書いていても、ふと我に返ると「けっきょく自己陶酔じゃないの?」「人の闇を見続けるなんて、自分を苦しめることにならない?」「感動的なモノを書いたつもりで、誰かを傷つけたらどうするの?」
という疑念が湧いてきてしまいました。それで、趣味であり生き甲斐だった小説も書けなくなっちゃいました。
また、哲学もおもしろいのですが、やっていく内に「こんなことばっかり考えるより、楽しく生きた方がよっぽど有意義じゃないの?」と言う疑念が。身も蓋もないですけど。
文学者や哲学者に自殺が多いのもうなずけます。しかも死ぬことが美学みたいにされてるところもあります。気持ちは分かりますが、「自己満足じゃん」と思わなくもありません。
テレビの文化人や偉人を見て、「すごいなぁ」と思ういっぽう、彼らを見るとめちゃくちゃ苦しんで生きているように思えます。
大学の先輩とかのブログを見ても、自意識こじらせまくっていて生き辛そうです。
好きなアニメに長々考察をたれて、他の人たちと論争しています。気持ちがわかるだけに、見ていて可哀相です。好きなモノは好き、それでいいと思うんですけどね。(それが難しいんですけど)

でも、課題をやるには考えなくちゃいけません。真面目にやりすぎて、3ヶ月ほど寝たきりになってしまいました。自意識がふくれて、つらいです。プライドを捨てたいです。
でもプライドを捨ててしまったら、課題は出来ないし…まいった。
踊る阿呆に見る阿呆、っていう言葉がありますが、わたしは今まさに「見る阿呆」です…。踊る阿呆になりたいな、と切に思います。

学問から離れて幸せに生きる方法って、あるでしょうか?

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A 回答 (8件)

秋空の下で「適当最高!」と叫んで下さい。

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哲学も文学もまともに学んだ事のない人間です。

ただ文化研究の一環で言語学とか、政治学とか社会システム論とかかなり抽象的な分野を勉強していたので参考までに回答させて頂きます。

もう少し社会学の正統派を学んだらどうでしょうか。
文学部の範囲内での哲学はツマラナイかもしれませんし、バカバカしいかもしれません。
しかし社会学の中心は人であり、その人を取り巻く社会を哲学的に考えるのは面白いし、実生活に活きるものと思います。

まぁ学校した後の仕事に使えるか、というとかなり厳しいものであるのは間違いないのですが…。それは文学も同じということで…笑

はっきり言っちゃうと有意義に思えるような生き方しても、人生なんて自己満足な部分がかなり強いです。
本当の意味で有意義な人生を送れる人って偉人かオリンピック選手ぐらいなんじゃと思います。
だから肩の荷を下ろしてみてはいかがでしょうか。
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歴史に残ってる文学は多くがくだらない。


トルストイとドストエフスキーだけを読みなさい。飽きてもだ。
二人ともロシア人なんて。
ほかにもあるが弱気になってしまった人間には多くは却って悪い。
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この世の中、自分の未来は誰にもわからない。

でも、そんな手探りの世界で生きて来た経験のある人に確実に解っていることが一つだけあるのですよ。それは、自分の思い通りには絶対にならないということです。どんなんに未来を予測し、それの準備をしても、必ず想定外の偶然な出来事が起こって、自分の人生の路線を変えさせられてしまう。だから、こんなはずじゃなかった、なんてことで人生を送っている人は絶対に幸福にはなれません。

ではどうするか。今貴方がいる状況は自分の意思で選んだかもしれない。でも、その意思だって、偶々貴方がいた環境と言う偶然の成り行きが、そのような意思を生み出したに過ぎない。もしかしたら、小学校や中学校の時、誰かに国語や文学的センスを褒められたから、それらが好きになったのかも知れない。そのころ、もし偶々数学的センスを褒められていたら、理系の大学に進学していたかもしない。いかにも自分の意思や決意がそうさせているように思っていても、人生の圧倒的な部分は偶然な成り行きが決めているのです。そもそも、貴方が日本人として生まれて、日本語で世界を考え、ネットが使え、さらに、中東やウイグルやチベットなどでいつ殺されるか分からないような世界でなく、命の安全が保障されている日本という世界的に見て相対的に恵まれた環境に生きているのも、偶然のなせる技です。

どんな環境にいても貴方にできることは、与えられた環境の中で精一杯生きることです。何が次に起こるか誰にも分からない世界に貴方は生きているのですから、必ず想定外のことがいつか起こってくる。その時に、今までの生き様が決定的な役割を演じるのです。投げやりに生きて来た人にはその想定外の時に、投げやりの結果が出る。自分のやっていことが何だか解らないけど、一生懸命にやって来た人には、あって驚くような新しい世界が現れてくる可能性がずっと高くなる。

すべての人の人生は、自分で選んだ人生のつもりでも、よく考えてみれば、偶然の成り行きで選ばれてしまった人生なのです。そして、想定外なことが起こった時に、今までの生き様が試されるのです。運命の女神は、彼女に従う者を優しく導いてくれ、彼女に従わない者の前髪を引きずって行きます。後で後悔しないために、次にやってくる想定外なことが起こる時まで与えられた環境の中で精一杯生きてみる。これが、人間に与えられた幸福の道への唯一の方法のようです。
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離れている人でも幸せに生きていない人は山ほどいます


哲学しているのなら
世の中は無だという結論に到達していないのですか?
文学を読んでいるのなら
要約したら空 虚しい
宗教に辿り着きませんか
作品のほとんどは 自分史 
自分の体験を角度を変えて書く事で原稿料をせしめてきただけの事
特に新聞に連載された物は 文節が新聞サイズ 
書く事が無くなった真面目な人はたいてい自殺しているか
病気になって死んでます。
プライドねぇ
そもそも他人と比べて誇れるようなもの あるんですか あなたに
裸で産まれてきて
親に餌と服を与えられて 親の言う通りにいきてきた
ほとんどの人間がしている事 してきただけの人間の
どこにプライドなんてあるんですかね
無い物を捨てるっておかしな話しですよね
山折さんとかの本読みました?
徒然草の仁和寺にある法師 みたいな 浅はかさ
笑うしかありません
ただのおばちゃんでもこの程度の本よんでますよ
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私は半沢直樹をTVで知って面白かったので本も読みました。


娯楽という文学もあっていいと思います。

学生の頃学校の先生の推薦で モッキンポット師の後始末 という本をよみました。
確か大学生がハチャメチャをする内容でモッキンポット師が後始末をしたのかな?
とにかく楽しかったです。

日本では漫画をはじめ 娯楽小説は低く見られますが
小説の最後に数行でもたとえば教訓のようなものでも
あるとこの本を読んでとても有意義だと思い感謝することがあります。
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77歳男性です。



>文学や哲学を勉強しているんですが、そのどれも馬鹿馬鹿しいものに思えて仕方なくなりはじめたんです。
>学問から離れて幸せに生きる方法って、あるでしょうか?

⇒ 確かに、文学や哲学は、生きて行く上で参考になるヒントを得られることもありますが、突き詰めて考えると、貴方の仰るとおり、馬鹿馬鹿しいと思います。
貴方が、まじめで、物事をとことんまで考える性格だから、そう思うのだと思います。

私は、もともと文学はとことん突き詰める価値を感じないので、やりませんでしたが、哲学は宇宙の真理を解明してくれるだろうとの期待から、いろいろ勉強しました。
しかし、結局、人間の知恵の限界を思い知らされるだけでした。

貴方が馬鹿馬鹿しいと感じるのは至極もっともだと思いますので、あまり深く追求するのは辞めて、でも、折角文学部に入っておられるのですから、今やめるのはもったいないので、教師の資格を取って、学校の国語の先生にでもなられたらどうでしょうか?
今、全てを辞めて、一から出直すのは、大変もったいないと思います。

大学を卒業して実社会に出て、学校の先生にでもなれば、学校の生徒の成長を楽しみにしながら、学問から離れて楽しく生活できると思いますが、どうでしょうか。
卒業までの、あと少しの辛抱だと思います。
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葉山辺りでスローライフをおくってみては?



基本、文学や哲学や音楽や美術、宗教などは、賛同者と非賛同者に分かれます。
何人に賛同される作品なんかは存在しないのだと思うので、もう少し気楽に考えれば良いですよ。
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Q大学に通えなくなってしまった(長文になります)

大学3年生です。10月から後期が始まりました。
最初は講義に出席できていたのですが、3週目以降全く行くことができなくなりました。
そして先週、実家の母の元に所属しているゼミの先生から連絡が行き渡り、ゼミを無断欠席したことがバレてしまい、連休に母が私の元を訪ね、お前は私を馬鹿にしているのかと散々怒られてしまいました。

それでも私はどうしても大学に行くことができません。突然行きたくなくなったわけではないです。
始まりは今年の9月頃からでした。唐突に漠然とした不安を感じるようになったのです。

講義に出席すると、どうにも集中力が続かない、やる気が起きないといった症状が出るようになりました。それ以降、朝から無気力に襲われる、だるいと感じるようになり、他人と関わること、外に出ることすら嫌に感じるようになりました。買い物に行かなければならない時は大体日付が変わる頃の時間帯を狙って、できるだけ人にあわないようにして出かけています。日中に出かけるときはマスクをつけることで外界と隔離したような気分にしています。

講義を休んでしまったことへの罪悪感から、動悸がしたり、胸に圧迫感・不快感を感じ息苦しく感じるようにもなり余計辛くなりました。

フェイスブックで、大学には行かず、働いて毎日を楽しんでる写真を投稿している友達を見かけるととても羨ましく思えます。私も正直、大学に行かないでコンビニでもパートでも、とにかく働き自立したかったです。
私の家は母子家庭で、私の他に大学1年、高3、高1の兄弟がいます。決して裕福な家庭ではないし、母がとてつもない苦労をしながら私たちを学校に通わせているのは理解しています。だからこそ、高い金を払っているのに結果を出せない自分がいるのではないかと不安になっていたのかもしれません。私は公務員講習にも通わせてもらっています。母親が頑張って工面してくれたことがとても嬉しく思えたのですが同時にプレッシャーのようなものも感じていました。

大学に行くのもつらい、行けないのもつらい、幼稚にも程があると思います。
ゼミを無断欠席した日は、そんな自分に嫌気が差し98度の熱湯を自分の左手にかけました。ろくに冷やしもせず放置したもののただ皮膚が黒ずんだだけで済みました。
その日、家族LINEで自分が誤って火傷したとかるい感じで報告しました。親や弟からしっかりしろよなって感じで軽く注意される程度のメッセージをもらったのですが、妹からはなぜか全く関係のない散々な罵倒言葉をもらってしまいました。それが決定的になったかもしれません。

『バカじゃねえのw』
『てめえら親離れできないのが悪いんだろ』
『成人にもなって、すねかじりども』

最後の言葉が泣きたくたるほどそのとおりだなと思いました。自分でも薄々思っていたからです。
実際に妹からそれを言われてかなり堪えてしまった部分があります。

日に日に常に悲しいと思うようになり、大学に行くことができない自分には価値がないように思えて、死にたいなとさえ考えるようになってしまいました。

今日4回目のゼミを欠席しました。多分これで単位がもらえないことが決まったと思います。
無事卒業することが叶いません。

今日、初めて左手首を傷つけてみました。やっぱり痛かったです。
私には楽しみにしていることがたくさんあります。
死にたくないです。
でも大学に通えない自分は不要です。
死ねない自分は臆病者だと泣いてしまいます。

自分が自傷行為をしてること、悩んでることを母にまだ告げられずにいるのですが、なにか言われるのが嫌で携帯にでることができません。怒られるのがこわいからです。

できたら大学を辞めてしまいたいのが本音です。

大学3年生です。10月から後期が始まりました。
最初は講義に出席できていたのですが、3週目以降全く行くことができなくなりました。
そして先週、実家の母の元に所属しているゼミの先生から連絡が行き渡り、ゼミを無断欠席したことがバレてしまい、連休に母が私の元を訪ね、お前は私を馬鹿にしているのかと散々怒られてしまいました。

それでも私はどうしても大学に行くことができません。突然行きたくなくなったわけではないです。
始まりは今年の9月頃からでした。唐突に漠然とした不安を感じるようになったの...続きを読む

Aベストアンサー

>昨日、思い切って大学に行ってみました。
外に出てみるとどうしても周りの目が気になってしまい、動悸が激しくなって、
寒いのに嫌に汗をかいて、終いには泣いてしまいました。
自分でもなんでそうなるのかわけがわからなくて軽くパニックでした。
すぐ自宅に戻って、そんな自分に自己嫌悪して、腕を傷つけてしまいました。


私が思うには、
お風呂に入らなかったり、ネットをしているだけであれば、
まだ問題ありません。

しかし、動悸が激しくなったり、
感情のコントロールができない、
自分を傷つけているという状態になっているのは、
うつ状態がかなり進行していると思います。


大学事態か、それとも就職活動や就職についてなのか分かりませんが、
何か大きな不安を感じているようです。


人間は、一度覚えた恐怖や不安からは逃げようとするものです。
たとえば、溺れた経験のある人は、海やプールで泳ごうとしません。
無理に泳がせようとすると、パニックを起こしてしまいます。


それは悪いことではなく、
自分の事を守ろうとしているサインです。

2度目に危険なことが起こらないように、
脳が制御してくれているのです。


ただ、あなたの場合、感情がコントロールできていないのは、
大学に対する恐怖心があるだけではなく、
脳が誤作動を起こしている状態でもあります。
恐怖心に対して、過剰反応しています。


今のままでは、通うことはおろか、休学しても復学することは難しいでしょう。

どうして不安を感じるようになったのか、
どうやったら不安を感じないようになるのか、
といったカウンセリング(認知行動療法)を行わないと、
いつまでも、動悸がはげしくなったり、感情のコントロールができない状態です。



精神疾患は、
まだ多くの方から認知されていない病気で、
勘違いされている病気でもあります。

多くの人は、うつ病の人のことを、
「怠けている」
としか思っていません。
しかし、最悪の場合は、死を選択する病気なので、
末期のガンと同じくらい怖い病気です。


ご家族は、それを認識していないと思います。
(あなたも、現在のあなたが、それくらい危険な状態だと認識していないと思います)


1日も早く、精神科や心療内科を受診して、
その結果を、あなたからではなく、
医師や看護師からあなたのご家族に電話をしてもらった方が良いです。


病気は、早期発見早期治療が一番です。
それは精神疾患も同様です。

うつ病の再発は、80%で生涯で5,6回発病します。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%86%E3%81%A4%E7%97%85


そうしたら結婚や仕事どころではなくなります。
行くのは気が重いかもしれませんが、
行かない期間が長ければ長いほど、治るのも遅くなります。

将来のためにも、早く受診して、早く治しましょう。

>昨日、思い切って大学に行ってみました。
外に出てみるとどうしても周りの目が気になってしまい、動悸が激しくなって、
寒いのに嫌に汗をかいて、終いには泣いてしまいました。
自分でもなんでそうなるのかわけがわからなくて軽くパニックでした。
すぐ自宅に戻って、そんな自分に自己嫌悪して、腕を傷つけてしまいました。


私が思うには、
お風呂に入らなかったり、ネットをしているだけであれば、
まだ問題ありません。

しかし、動悸が激しくなったり、
感情のコントロールができない、
自分を傷つけている...続きを読む

Q哲学科に進学したことをとても後悔している

私は、現在、大学で哲学を専攻しています。
大学の哲学科に入学する前は、哲学が好きだったのですが、
大学の哲学科に在籍する内に、日本における哲学に対するネガティブなイメージに押しつぶされ、自分が哲学科の学生であることに強いコンプレックスを感じるようになり、哲学に対する意欲を失ってしまいました。また、大学の哲学科のカリキュラムも(一応、世間的には一流大学と評価されています)ひたすら語学の学習ばかりをやらされ、
肝心の哲学の授業は、教授がぼそぼそと聞き取りづらい声で、
話すのを聞かされるだけで、こんなことなら、法学部にでも行って、
趣味で哲学書を読んでいた方が、よっぽどマシだったのではないか
と今になって気づきました。

そして、哲学科であると言うと、周囲に奇異な目で見られることが頻繁にあり、(たとえば、文学部で英文学を専攻しているというのと、哲学を専攻しているというのでは、明らかに相手の反応が異なる。)
それが原因で、元々内向的だった性格が更に内向的になり、
情緒不安定な状態になっています。

哲学専攻の同級生は、哲学研究者を志望するとても勉強熱心な優等生タイプと、哲学は単位を取るのに必要なだけ手際よく勉強し、一流企業への就活にエネルギーを費やすタイプに二極化しています。しかし、
自分はそのどちらでもなく、いたずらに無為な日々を送っています。

このまま大学を卒業して、「哲学科卒という十字架」を一生背負って生きていくことに底知れぬ不安を感じます。このまま文学部哲学科を卒業するべきなのか、疑問を感じています。中退や編入も真剣に考慮し、某旧帝大の経済学部の編入試験に合格したのですが、なぜか、入学辞退してしまいました。

現在、自分は4年生で卒業間際ですが(就活はしなかったので、
内定は得られず、卒業後の進路は未定です)
自分が今選択に悩んでいるのは、
一このまま哲学科を卒業する
二今からでも、哲学科卒という経歴を回避するために卒業せずに、
他大学他学部への編入を再び目指す、あるいは中退してしまう
という選択をどうするべきかということです。

勿論、以上のような悩みは神経症・強迫症的な悩みであり、
自分の精神的未熟さや弱さが基底にあることは自覚しています。
また、大学で哲学を専攻すると決定したのは、自分自身であり、
誰に強制されたわけでもありません。

それゆえ、自分の悩みが嘲笑とともに、黙殺されるのも覚悟しています。だが、自分にとっては、非常に深刻な問題で、日々、過去の進路選択への激しい後悔と、将来に対する不安に、押し潰されそうなのです。

自分自身で色々考えていても、思考が堂々巡りをして、
突破口を見出せない状態が続いております。
そこで、皆様から、多角的な視点からのアドバイスを頂ければ、
幸いです。何卒、よろしくお願い致します。

私は、現在、大学で哲学を専攻しています。
大学の哲学科に入学する前は、哲学が好きだったのですが、
大学の哲学科に在籍する内に、日本における哲学に対するネガティブなイメージに押しつぶされ、自分が哲学科の学生であることに強いコンプレックスを感じるようになり、哲学に対する意欲を失ってしまいました。また、大学の哲学科のカリキュラムも(一応、世間的には一流大学と評価されています)ひたすら語学の学習ばかりをやらされ、
肝心の哲学の授業は、教授がぼそぼそと聞き取りづらい声で、
話すの...続きを読む

Aベストアンサー

どのような「ネガティブなイメージ」でしょうか。
アカデミックな場面でもたれているイメージと、
世間一般でもたれているイメージでは、ちがうような気がします。

世間一般のほうですが、就活で困るというのは深刻です。
が、哲学科でも、学部卒のことなら、それほど気にしなくてもよいのでは。
修士や博士卒なら、偏見の目で見られても仕方ありませんが、
それは哲学科だけに限られることではないでしょう。
学部卒でそこまで偏見の目で見るのは明らかにおかしいので、
運の悪い面接官に当たったくらいに思うしかないと思います。
できれば、偏見の目で見られているからこそ、発奮していい就職をしてやるぞ、
と思いきることができればよいのですが。
哲学科の友人がそうでした。

日常生活であれば、てきとうに切り返す方法を身につけるしかありません。
そういう場面での偏見は、抑圧ど同時に促進になったりもするので、
かえってそういった偏見を生かしてうまくキャラづけするか、
うまくそういう話題にはまらないように言動を調整していけばよいと思います。
仲のいい友達からそう思われているのであれば、
コミュニケーション上の振りだと考えていけばよいのでは。
そこまでするような相手でなければ、話すことを避けるか、
無視すればよいと思います。
無視できないのであれば、それは、耳に飛びこんできた自分への評価を、
すべて自分のなかに位置づけていかないと、
と強迫的に思っているのかもしれません。
ときには、評価を無視することも大事だ、
と意識して自分に言い聞かせるようにしないと、切りがありません。
自分にたいする肯定的な評価、否定的な評価のどちらについても、
正当として受けいれなければならないもの、
不当として拒否し、正さねばならないものに加えて、
正当だろうが不当だろうがどうでもいいものがあります。
その辺りを選別していければ、だいぶ気が楽になるのではないでしょうか。

カリキュラムについて。
哲学の本を読むと、その語学力に舌を巻きます。
日本語で読んでさえ複雑な論理で書かれていて難しいのに、
それを英語だけでなく、フランス語やドイツ語で学んでいるわけで。
専門家になれば、ただ正確に読めればよいというわけではなく、
限られた時間で正確に読み解くことが求められるのでは。
語学の学習があるというのは、
本来なら個人で訓練してもおかしくないところを、
わざわざ教員がつく上に単位が出るのだから、むしろ贅沢な話では。
……という感じで、各授業に意味を見出せばよいと思います。
この語学の講義では、これを目標にする、のように。
予習も、ただ読むのではなく、短時間で読みきれるように練習するなど。
そうでないと、語学が多いのは辛いかもしれません。

ただ哲学書を読むだけなら、ほかの学部でもできると思いますし、
がんばれば今年出た現在の哲学者の論文を読むこともできます。
しかし、その論文の生の評価、いまの雰囲気といったものを知るには、
やはり哲学科に在籍しないと無理なのではないかと思ったりもします。
部外者として哲学をかじっていたほうが楽しいのは当たり前で、
研究者になるための訓練としては面倒なことのほうが多いだろうと思います。
加えて、教員にやる気がなかったりすると、
学生のほうも面倒なことをやる気さえ起きないかもしれません。
ただやはり、質問者さんについては、部外者ではなく哲学科で学ぶメリットに
まったく目を向けていないところが気になりました。
哲学科に在籍していなければ、もっと後悔しているかもしれません
(どちらのほうが後悔することになるかはわかりませんが)。

いずれにしても、後悔先に立たずということで、
まずいまの自分の立場を肯定するところから始めてみては。
メリットを最大化し、デメリットを最小化する方向に努力するしかありません。

どのような「ネガティブなイメージ」でしょうか。
アカデミックな場面でもたれているイメージと、
世間一般でもたれているイメージでは、ちがうような気がします。

世間一般のほうですが、就活で困るというのは深刻です。
が、哲学科でも、学部卒のことなら、それほど気にしなくてもよいのでは。
修士や博士卒なら、偏見の目で見られても仕方ありませんが、
それは哲学科だけに限られることではないでしょう。
学部卒でそこまで偏見の目で見るのは明らかにおかしいので、
運の悪い面接官に当たったくら...続きを読む

Q女子大に通う者です。大学を辞めたい。通う意味が分からなくなりました。

今月の初めに、3Sの一つに入学した女子大生です。
まだ入学して2週間程度しか経っていませんが、早くも大学生活がとても嫌になってしまい、毎日家に帰ってからは泣いてばかりの日々です。

私は、女子同士で群れて行動するのが苦手なのです。高校はサバサバしている女子校だったので、単独行動も平気でしたが、大学ではそうはいきませんでした。時間割一つ自分で決められず、トイレにも一人で行けないような人たちばかり…。だからと言って、お嬢系女子大では、周りを気にせず単独行動も出来ず、無理に誰かのグループに入りたくもなく…。周囲を気にして生きることに、疲れてしまいました。

また、学科をなんとなくで史学科に決めてしまい、将来にも希望が見えません。(これは全て自分が悪いのですが…。)授業や教授の質も特別良いとは言えず、90分真剣に授業を受けていても、終わってしまうと何も残りません。今日一日の授業を通して得た物を聞かれたら、何も答えられないと思います。高校の頃の方がよっぽど充実していて、得るものも沢山ありました。史学科では、就職もどうなるのか見当もつきません。

毎日そんな日々を送っていくたびに、高い学費と時間を無駄にしているような気がしてならなくなり、やめてしまいたいという気持ちが強くなってしまいました。満員電車に1時間近く揺られて通い、面白くも何ともない授業を受ける日々はもううんざりです。学生の質も、高くはないと思います。毎日通えば通うほど、大学の嫌な部分ばかりが目に付いてしまい、これからの大学生活に希望が持てません。

それと、第一志望だった津田塾大にもまだ未練があります。補欠合格をいただいたのですが、結局繰り上がりませんでした。だからこそ、あと一歩で受かったのではないかと思ってしまい、諦めがつきません。もう、今の大学を辞めるか休学をして、これから一年勉強をし直し、津田塾大を再受験しようかと考えています。

親は恐らくOKしてくれると思います。(ついこの間、再受験について話し合いをしました。)無駄になってしまった学費などは、バイトをしながら親に返すつもりです。このまま中途半端な気持ちで4年通う方が、学費を無駄にしているように思えてしまうのです。

大学への愚痴も多くなってしまいましたが、これが私の考えです。
もし皆さまが私の立場だとしたら、どうお考えになりますか?
最後に決めるのは自分自身ですが、色々な方の意見をお聞きしたいです。
回答、よろしくお願いします。

今月の初めに、3Sの一つに入学した女子大生です。
まだ入学して2週間程度しか経っていませんが、早くも大学生活がとても嫌になってしまい、毎日家に帰ってからは泣いてばかりの日々です。

私は、女子同士で群れて行動するのが苦手なのです。高校はサバサバしている女子校だったので、単独行動も平気でしたが、大学ではそうはいきませんでした。時間割一つ自分で決められず、トイレにも一人で行けないような人たちばかり…。だからと言って、お嬢系女子大では、周りを気にせず単独行動も出来ず、無理に誰かの...続きを読む

Aベストアンサー

同じ女性ですが、質問者さまの文章を読んでいて、もし私が質問者さまと同じ状況だったら…とぞっとしました。

私は共学の総合大学に通っていましたが、友達に「いっしょにご飯食べるのめんどいからこれから一人で食べるね」って言っちゃうほど群れるのが苦手な人間なので、質問者さまの今いる環境にいたら、本当に病気になってしまうと思います。
とってもお辛い状況ですね。

しっかりと考えもあるようですし、津田塾に補欠合格という実力を考えると、もう一度受験するのもアリだと思います。
この時期に乱立する「学校が嫌だ」という質問の中で、真剣に現状に向かい合っていて、すごいな、と思いました。
ただ、私だったら退学じゃなくて休学にしておくかな。

あと、気になるのは、他の方も言われているように、津田塾で大丈夫なのかな?ということです。
私は津田塾のことは詳しくわかりませんが、やっぱりお嬢様が集いやすいという話は聞いています。
もしかしたら同じことを繰り返すことになるかも。

どうしても、という理由がなければ、共学の総合大学に通うのが楽だと思いますよ。
一人でいても目立ちませんし、群れなくても友達もたくさんできます。
いろんな種類の人間がいますから、勉強にもなります。

あとは学部の選び方です。
「なんとなく」で決めてしまったということですが、これだって再受験してもやっぱり「面白くなかった」ということになりかねません。
まぁ、私は経済的に問題がないのなら、いろんな大学に少しずつ入ってみるという考え方(たまにそういう人もいます。1年ずつ、早稲田、慶応、東大に入って落ち着く学部を探している人を知っています)には賛成なのですが、そのあたりは大丈夫でしょうか?


ちなみに私が質問者さまの立場だったら、夏までは我慢して通ってみて、本当に今の大学が向いていないか検討してから、もう一度考え直してみるかなぁ。
入学金だって馬鹿になりませんし、半期分の授業料はすでに収めているのですから、その分だけでも通わないと親に申し訳ないと思ってしまいます。

同じ女性ですが、質問者さまの文章を読んでいて、もし私が質問者さまと同じ状況だったら…とぞっとしました。

私は共学の総合大学に通っていましたが、友達に「いっしょにご飯食べるのめんどいからこれから一人で食べるね」って言っちゃうほど群れるのが苦手な人間なので、質問者さまの今いる環境にいたら、本当に病気になってしまうと思います。
とってもお辛い状況ですね。

しっかりと考えもあるようですし、津田塾に補欠合格という実力を考えると、もう一度受験するのもアリだと思います。
この時期に乱...続きを読む


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