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次は、 魏志倭人伝において、卑弥呼が出てくる箇所です。

名曰卑彌呼事鬼道能惑衆
名を卑弥呼と曰い、鬼道に事(つか)え能(よ)く衆を惑わす。

ところで、 現代の日本語では、この“惑”は、だますというような意味で、悪い行為と評価されています。
質問は、3世紀末、この魏志倭人伝が編集されたころも、“惑”は評価の低い意味だったのでしょうか?

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A 回答 (2件)

>“惑”は評価の低い意味だったのでしょうか?



魏志の書かれたころの中国の物差しの基準は儒教です。
その儒教の基準にそぐわないものはレベルの低いものと見做したことはやむをえない事でしょう。
「惑」に至るまでもなく、「鬼道」と書いている時点で「野蛮な何か怪しいやり方」というニュアンスが見て取れます。
現在では何かシャーマニズムのようなものではないかという考えが主流ですが、諸説あります。
そのため「鬼道」はそのまま「鬼道」と訳しておくのが無難だと思います。

http://tw.ichacha.net/hy/%E9%AC%BC%E9%81%93.html

「名曰卑彌呼事鬼道能惑衆」の部分ですが、漢文の読み下し文にすると何か堅苦しいパターンが付きまといますが
口語訳するなら「卑弥呼という者は鬼道を生業とし、民心をつかむことができた(つかむのがうまかった)」くらいの意味です。

事:仕事、職業,生業(なりわい)
能:できる、するのがうまい
「惑」ですが、惑わすと読むよりも、魅惑したという意味に取った方が良いと思います。
つまりもう少し詳しく言うと「得も言われぬ気持にさせて民心をつかむのがうまかった」ということです。
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この回答へのお礼

御回答ありがとうございました。
1.まず、
<儒教の基準にそぐわないものはレベルの低いもの>
なのですね。
2.「惑」は、
<つかむのがうまかった>
ということです。必ずしも、惑は評価が低い、とは言えないのですね。

お礼日時:2016/11/21 08:47

魏志倭人伝は、中国の歴史書『三国志』中の「魏書」第30巻烏丸鮮卑東夷伝倭人条の略称です。



ここに並んだ漢字から分かるように、より劣った国家について記述したものです。


また、現存する熟語を調べてみました。良い意味の熟語は見られませんね。

「惑乱/疑惑・幻惑・眩惑(げんわく)・蠱惑(こわく)・困惑・当惑・不惑・魅惑・迷惑・誘惑」


最後に、鬼道に事(つか)え、というのも良い意味ではなさそう。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AC%BC%E9%81%93
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この回答へのお礼

早速のご回答ありがとうございました。
<良い意味ではなさそう>
なのですね。当時の先進国は、、
<より劣った国家>・
未開発地域で、神がかりしたシャーマンが妖しい振る舞いをし、人々を迷わしている、と見ているのですね。

お礼日時:2016/11/18 15:04

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