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1980年代なかば(S60年頃)にPCが家庭に普及した理由は・・・・・?
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 お教え下さいませんか。1980年代なかば(S60年頃)にPCが広く家庭に普及したそうですが、それは、どういう条件が整ったからでしょうか。(NECのPC9801などが人気機種だったと聞きました。)
 社会で「PCが欲しい」という要望が熟したというような事情があるのでしょうか。
 お教え下さい。お手数をおかけします。

A 回答 (12件中1~10件)

初期のパソコンは、BASIC言語などでプログラムを自分で作成して使うものでした。


パソコンは買ったけどプログラムの書けない人の多くは挫折し、他人の作ったプログラム(雑誌に掲載された読者投稿ゲームなど)を入力して動かすだけの人は「ロードランナー(プログラムを読み込む『LOAD』命令と実行する『RUN』命令しか知らないという意味と、当時の人気ゲームのタイトルのもじり)」と呼ばれて馬鹿にされていました。

やがて市販のパソコンソフトが増えてくると、パソコンは「プログラムを自分で作成して使うもの」から「市販ソフトを動かすためのもの」に変化していきました。当時は各社のパソコンにソフトの互換性が無かったので、利用者は「市販ソフトの種類が多いパソコンを買いたい」、ソフト会社は「利用者の多いパソコン向けにソフトを作って売りたい」と考えます。そのような中、一番うまいことやったのがNECのPC-9800シリーズでした。ソフト会社さんの技術サポートを手厚くしたりとか。
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この回答へのお礼

詳しい回答に御礼いたします。

お礼日時:2017/02/22 21:13

GUIは確かに、利便性を高めますね。



1984か1985にNEC9801F2を買ったオジサンは、GUIではなかったと言っていました。
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この回答へのお礼

回答に感謝いたします。

お礼日時:2017/02/22 21:13

当時の話だとクロード・チアリさんの出版物を読むのが分かりやすいと思います。


日本からアメリカへのパソコン通信を個人ではこの方が初だったのでは?
当時にNHK出版とかいう所から出ていたと思います。
この頃は日曜日のビルボードヒットチャートが日本からアメリカに国際電話で確認、
と言う話でしたが、
JVCはこの頃からパソコン通信を使っていたのでパソコンで確認と言う話も、
有ったと思います。
マイケルジャクソン活躍の頃だとアメリカのパソコン通信には、
「マイケルジャクソンです貴方の作った曲を高く買います。」とか
パワー・オブ・ラヴで全米大ヒットのヒューイ・ルイス&ニューズからも、
同じ様な募集が有りました。
その時の機材はクロードチアリさんのはIBMだったと思います。
私だとFM-8を買ったのが最初ですが、
漢字ロムは自分で組み込み、
フロッピーもシングルのを買って自分でダブルにしました。
この頃だと老人会の案内状など簡単な書類作成でも、
毎月の契約で数十万円にはなりましたので、
実行された方は多いと思います。
私は本業が有りますので老人会の話が有りましたが断りました。
その後に市議会議員候補の方に頼まれて後援会名簿を作成がPC-98でした。
名簿作成完了で10万円、その後の選挙戦で街宣車の運転手もして、
合計20万円いただきました。
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この回答へのお礼

詳しい回答ありがとうございます。

お礼日時:2017/02/22 21:13

NIFTY-ServeやPC-VANといったパソコン通信ができたからでは?


まだMS-DOSの時代
ワープロ専用機にも 当時は文字だけですが、パソコン通信機能が入っていたりもしていましたし。
フォーラムというのでカテゴリ分けされてた、昭和の教えてgooみたいなもので
モジュラージャックをつなげて、今じゃ考えられない速度でぴーひょろひょろ繋いでたとか。
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この回答へのお礼

御回答に御礼申し上げます。感謝いたします。

お礼日時:2017/02/22 21:12

・価格。


・流通。
この2点ではないかな。

ただ…一部の家庭には普及はしたが、一般にといえるほどの広まりは無かった。
むしろニンテンドーのゲーム専用機「ファミリーコンピュータ」の名前で認知度が上がったと考えるべきではないだろうか。

1995年のMicrosoft Windows 95の販売でパソコンが一般化したと言うべきと自分は考える。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。たすかりました。

お礼日時:2017/02/22 21:11

皆さん回答されているとおり、80年代なかばに家庭に普及したとはとても言えません。


ヒットビットやベーシックマスター、MZ、タウンズなど、家電メーカーまでタモリや松田聖子などのアイドルを使って売り出してはいましたが、購入していたのは一部のマニアだけです。
NECの98シリーズが出てから、一太郎や花子などの日本語で使いやすいソフトが出てきたのに合わせて、ワープロから乗り換える人も増えてきました。(ファミコン(任天堂)はゲーム機なので別格とします)

80年代の普及の条件に関しては、「価格低下」と「使いみちの多様化(ソフトの充実)」にほかならないと思います。
80年台にネット(電話線)にPCをつなぐというのは、非常にマニアックでディープな世界という印象ですのでこれは関係ないでしょう。ネット環境が条件になってくるのは90年代以降の話です。
90年代になるとマニアでない人も興味を持ち始めたので、「使いやすさ」も普及の条件に加わってきます。
その需要でいわゆるGUI操作ができるWindowsが進化し、MacOS(当時は漢字Talk)が見直されて一定の人気を得たわけです。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。感謝いたします。

お礼日時:2017/02/22 21:11

手に入りやすい価格帯になった当時はマイコンと言っていましたが、そのブームからでしょう、家庭にコンピューターが普及


し始めたのは。
当時はBASICと言う言語でしたので、自分でも簡単にプログラムが組めると言う所から一気にヒットした物と思います。
結構プログラムを載せた雑誌も多くありましたし。
と言っている私自身もマイコン世代でしっかりブームの渦の中に嵌った一人ですが。(笑)
その頃はNECのPC-8001が人気で標準的に使われて居ましたね。
BASICも基本BASICと言うのが有り、それ以外に各社が独自に作ったコマンドが有りましたので、機種間(メーカー)での
プログラム移植が結構楽しかった物です。(笑)
その時代の次に来たのがパソコン。
速度もアップし市販のAPも増えてきましたのでそれによって普及が加速したのでしょう。
更にはWinsowsやインターネットと言う新しい世界が広がって、今では誰でも手軽に買えるようになった。
と言う所でしょうね。
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この回答へのお礼

詳しい説明に感謝します。ありがとうございました。

お礼日時:2017/02/22 21:10

>それは、どういう条件が整ったからでしょうか。


 要は、価格です。

会社にPCが普及してきた頃は未だDOSマシン。
IBM 5550 の本体が200~300万円くらいで、
その後、Windows 3.1が登場してもメモリーを拡張(1枚20万円くらい)
しなければまともに稼働しなかった。
当然に個人で買う人はマレだったし、売り手も相手にしていなかった。

ほどなくして、Windows95が98~98SEになるに従って
30~50万円に価格が下がり、
ボーナスで購入する人がチラチラと出始めて来たが
未だ「パソコン買って、何に使うの?」という状態に近かったかと。

既にインターネットサービスは始まっていたが、
回線がISDN(64kbp)で遅く、
メールなら問題は無いが写真はギリギリで、動画は不可能なレベル。

なので、ADSLや光などの高速通信サービスが始まり
Youtubeなどネットがサクサク使えるようになった頃
はじめて買ったPCの買い替えと共に「一家に数台」の勢いで
ドカッと普及したのが現実かと思います。
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この回答へのお礼

御説明ありがとうございました。御礼申し上げます。

お礼日時:2017/02/22 21:10

技術的な話はキリが無いので「当時PCが広く家庭に普及した」という質問に絞って回答します。


簡単に一言で説明すると、松田聖子のCMに大変な影響力がありました。
ソニーのHITBITのCMの影響力「ソニーから出ました。ウォークマンみたいに楽しいもの。なんだと思う?」というフレーズと、
「ひ〜とびと〜の HIT BIT ♪」って言う口ずさみやすいメロディは当時誰もが鼻歌で歌っていました。

もちろんその前にはマッキントッシュやPC98シリーズで「個人がコンピューターを使える」という下地があったからこそですが、98シリーズは1982年10月発売。そしてその翌年の1983年に「あくまでも家電メーカーの、そして当時みんなの憧れだったソニー」が、「なんだか面白いもの発売した」というインパクトで一気にPC(当時はマイコン【マイ・コンピューター】、【マイクロ・コンピューター】と呼んでいた)が普及しました。

もちろん理系の方達がその牽引役だったことは言うまでもなく、その牽引者達はPC98を愛用、エンドユーザーはHITBITを使っているイメージがありましたが、PC98などを愛用するユーザーからは「HITBITはミーハーだ」と揶揄される対象でもありました。

それでも当時ソニーのCMが果たした功績は大きく、「誰でもPC(マイコン)を楽しむ事ができる」というイメージを提示したことが文系のユーザーにも購入意欲を掻き立てて、HIT BITだけではなく、市場レベルで広く家庭に普及させたことには間違いないでしょう。

思わず懐かしくなったので、YouTubeで当時のCM動画を見てみました。
そういえばあの頃は、車や新しいモノを自慢するのが今とは比べ物にならないレベルで高かったなぁ、と感傷に浸ってしまいました。CMを見れば、当時の感覚が肌で理解できるのではないかと思います。
「1980年代なかば(S60年頃)にPCが」の回答画像4
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この回答へのお礼

わかりやすい回答ありがとうございました。感謝いたします。

お礼日時:2017/02/22 21:09

一般家庭に広く普及したのはもっと後、インターネットの商用利用がはじまり、それまで善意のフリーソフトを使用しないとインターネットへの接続が出来ず、しかも相応の知識と作業を必要としたWindows 3.1から、Macintoshなみに比較的容易に接続出来るようになったWindows 95(1995年発売 アメリカは98月、日本は11月)の発売がきっかけです。

なので1996年以降ですね。

それ以前だと、1979年に発売されたNECのPC-8001から同PC-8801と続くパソコンブームでしょう。8ビットパソコンの普及版でBASICを使って自分でソフトを作ってパソコン雑誌に投稿し、人気ソフトが流通する、、、という流れが出来ました。
両機の詳細はWikipediaの解説記事に詳しいです。

なお、以下も大いに参考になるかと思います。

http://jibun.atmarkit.co.jp/ljibun01/index/index …

ちなみにMacintoshはこのDOS→Windowsという大きな流れの外にいたように感じます。
熱烈な支持者は日本にも当初から多く居て私も4台ほど続けて使いましたが、本体が高価であること、安定性があまりよくなかったこと(ハードの問題よりOSの品質問題が大きい)から家庭用としても主流になることはなかったです。
そのことと販売戦略の違いから企業に浸透しなかったことがMacの現在の状況につながりました。
その辺りの流れはWikipediaでApple社やMacintoshなどの解説記事を読まれるとわかります。
1996年の12月にスティーブ・ジョブズがAppleに復帰する直前は倒産の危機にあり、Macintoshファンの間では「Appleの株を買って支えよう! どうやったら日本でアメリカの会社の株を買えるか?!」といった話が盛んにされていたので、Macだけを見ても「よくここまで盛り返したものだ」と感じます。

参考まで。
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この回答へのお礼

詳しい御回答に感謝いたします。ありがとうございました。

お礼日時:2017/02/22 21:08

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