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旅先で楽しみにしていたホエールウォッチングが悪天候で中止となり、
本物のクジラを見たことがありません。一度でいいから見てみたい...

あなたのクジラに関する思い出を教えてください!

【注意】
このお題は教えて!gooウォッチ編集部から出題された記事と連動するアンケートとなります。
回答は記事に掲載される可能性がございます。
なおベストアンサーの選出はない点をご理解いただき、回答をいただけますと幸いです。
皆様のご理解と回答に心から感謝いたします。

質問者からの補足コメント

  • うれしい

    【教えて!gooウォッチからのお題関連記事をリリースしました】

    日頃より『教えて!gooウォッチ編集部からのお題』へのご回答感謝いたします。
    上記のお題と連動した記事をリリースいたしました。ぜひ、ご一読ください。

    捕鯨の町から世界を見つめる…映画『おクジラさま』で監督が目指したものとは?
    http://oshiete.goo.ne.jp/watch/entry/9280383b37d …

      補足日時:2017/10/19 10:20

A 回答 (17件中1~10件)

捕鯨はやめたらいいということ。


クジラなんて捕る必要はまったくないし、捕鯨に限らず消えていった文化はいくらでもあります。
外国が文句を言ってきたからといって、意地になって続けるようなものではありません。
私は昔、給食で嫌というほど食べましたけど、不味いですよ。
私の学校では大和煮でした、あのパサパサした肉は思い出すだけで気分が悪くなります。
今日本からクジラ肉がなくなって、困る人はごく一部ですよ。
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僕は、捕鯨反対に対する偏見と偏狭な視点、価値の押し付けが矢張り好きには成れません。


 いや、ハッキリと嫌いです。
 異なる文化に対して、不寛容なモノには、寛容になれません。

 しかし、事、問題が、グローバリズムと、ローカリズムに、対して言うならば、グローバリズム側に立場を取ります。
 何故ならば、ローカリズムの方がズーッと不寛容だからです。
 なぜならば、ローカリズムで必然的に発生する、偏見と偏狭な視点、価値の押し付けが、嫌いだからです。
 ローカリズム、、、メンバーを固定化された、選択の自由の利かない ムラ社会 。
 多様なモノ、価値観を、当たり前、普通、常識の元で、の、固定観念の元で、排除、或いは洗脳、、、認識の同化の強要する事、ポジション、分を弁えさせ口を噤まさせること。
 コレが、イジメ、差別、そしてその先の大鑑巨砲主義の、根幹であると考えるからです。
 そして、ソレが、世界有数の自殺大国に我が国をしている、元凶だからです。

 ローカリズムは、 裸の王様 と、言えない クウキ を、造りやすい。
 之は、一番解り易いのは、田舎に行くほど睨めっこと自己紹介のみで、存在価値を示す マイルドヤンキー が、幅を効かす?事が或いは最も解り易いかと思います。
 ローカリズムは、グローバリズム以上に、偏見と偏狭な視点、価値の押し付け、そして当たり前ですが、、、排他的です。
 その理由は、メンバーが固定化され、出来上がったポジションにより安定していることにより保たれる群生的な秩序が、公平の元での法の秩序以上に重視される傾向が強いからですが、当たり前ですが、ソレは公平でないばかりでなく、時として、酷く非寛容で、因習的であり、整合性の付かないものであったりします。
 極端な話、八墓村ですが、その群生的秩序型の和の元では、純然たる競争原理が働かないので、基本レベルの停滞が生まれます。
 解り易く言えば、睨めっこと自己紹介しかしない、地方のマイルドヤンキーは、実際に殴り合わせるならば、弱いって事です。
 また、クウキは、本来的に正されるべき、公平の元で裁かれるべき、事柄を蔑ろにしてしまいます。
 鯨を、食することが、本来的に正されるべき事とは、思いませんが、本来的な目的を忘れたクウキが、大鑑巨砲主義を産み、秩序を保つ為の和が国ソノモノを滅ぼしたのは先の大戦の最も反省すべき処だと思います。
 つまり、常に、 裸の王様 は、言えなければならない。
 捕鯨反対と言う 正義 は、穴だらけの 裸の王様 ですが、、、
 同時に、ムラ社会は、より、 裸の王様 を、温存させやすい。
 ツマリ、非寛容に陥りやすい。
 この事も、忘れては、成りません。



 そして、我日本は、このムラ社会、非寛容を、常にドコでも発生させやすい。
 メンバーシップを固定化させて、競争原理を純然として働かせず、固定化されたメンバー間での秩序の序列で、安定させる傾向が強い。
 ソレにより、安定の元での、細部に特化した個々の技術向上が、農耕、そして工業化、フォーディズム体制の、社会浸透化、つまり、規律の取れた軍人を量産する事を可能にしてきた、、、反面、イジメと、差別と、大鑑巨砲主義的な結末と、自殺の量産を産む非寛容を放置し続けた。
 之は、繰り返しになるので、ここまでにしますが、ツマリは、原理原則からの 法 よりも、そういった群生的な秩序が強くなる背景の根幹にある日本人のメンタルとは、有史始まり以来の 和を持って尊しとす から始まる 大和 に、その期限があるのだと思います。

 対して、、、 今回の議題に挙げられた、捕鯨に対する差別は、完全な無知。
 自分たちが信じている主張、自分たちが信じている通り一遍等の善、相手側の事を知りもしないで押し付ける 一神教的な独善 が、背景にある気がして成りません。
 之が、グローバリズムと言うなら、明確に、僕は拒否の立場を取るし、ムラ社会的な同化の強要と、同じく、不寛容な、モノだと思います。
 そして、ソレが、異教徒の弾圧、魔女狩り、そして異教徒の国家への植民地支配の元での搾取、そしてイデオロギーによる粛正と弾圧を、可能としてきた忌むべき精神性として、嫌悪します。



 しかし、この、 不寛容 と、多様性 の、関係は、もっと長期的、マクロな視点を入れると、別の側面が見えてくると、も、思います。
 ソレは、絵の具の色をすべて混ぜると黒にしか成らない。
 色の付いた光をすべて混ぜると透明にしか成らない。
 つまり、本質的に 多様性 を、温存させるには、非寛容なムラ社会を温存させ、群生的なその場その場での秩序、クウキに寄っての支配を保たせることが、或いは、必要なのではないか?と、成ると言うことです。

 之は、自然界に於ける 富栄養化問題とも重なる処があるのですが、土壌や、水質に於いての、高有機化?栄養が豊富な現象が現在、大規模的に起こっていて、ソレによって、主の単一化が進んでいるという事と、重なる処があると思われます。
 鯉や、アメリカザリガニ、ブラックバスなど、が、解り易いでしょうか?
 しかし、僕の個人的な好き嫌い?から言うならば、それでも、有機物が、有機物のサイクルのまま、循環していくことは、循環していくことが好ましいと思っています。
 之は、原始仏教、南上座仏教、本来的な仏の教えの、影響に基づいての事と思われます。
 なので、質問の議題発生の鯨問題の記事に在る日本の食料廃棄率の高さは、大変問題だと思っている。
 もちろんソレが、マクロな視点、長期的視点で言えば、富栄養価を進めていることになることも、理解しています。



 大分、話がズレていますが、更に、この富栄養価と言った現象から起こる単一化現象と重なることなのですが、ペットの殺処分問題。
 某都知事が、公約として取り上げているわけですが、犬や猫も、ヒトの社会の広がりと共に、その種を増やしてきた種です。
(ペットとは違うけどカラスもかも。)
 僕は、ヒトの都合で生まれてきた 命 を、ヒトの都合で、ゴミのように処分することに嫌悪感しか感じない。
(或いは、之は、廃棄食物とも、重なる問題ですし、また、この二つを同時に解決することは、可能で、ソレは人件費含めて予算も必要ですが、 命 の問題であることを考えれば、やる価値はある、と、思います。)
 そして、之は、僕の持論と結び付くのですが、、、
  野良犬、野良猫の、住めない国は、 自 殺 を量産するよ。
って、事なんです。
 共同体の、要、不要により、 命 が取り捨て選択される。
 鯨 の、問題とは違い、食すために捕獲されるのではなくて、ただ愛玩のために造られ処分される 命 は、多分、矢張り、、、命として、正しくない。
 そして、ソレは、世界一、二の自殺大国であり続けたこの国の姿とも重なるのだと思います。

 問題は 命 と、言うこと。
 養殖の家畜と、ジビエとして捕獲される獣と、ドチラの生を生きたいかと言えば、僕は間違いなく後者です。
(そして捕獲された鯨たちは、間違いなく後者だと言うことです。)
 勿論、捕獲されたことは、不本意であったとは、思いますが、、。


と、お題である、鯨の思い出とは、大きくズレてしまいましたが、この 鯨の問題 は、深く考える素材になり得ます。
 ユーチューブの「テキサス親父」だったっかな?非捕鯨圏の文化の人にも、様々な意見があって、捕鯨いいんじゃないのぉ~って、人もいる。
 非寛容な、不合理な主義を、押し付けること、押し付けられることは、嫌だし、避けたい。


 ムラ社会による、「王様を裸と言えない」不寛容、不自由は、インターネットの普及で淘汰されては来ているけど、それでも、まだまだ、工業化のパーツ生産工場として、演繹法による学習序列に寄る社会規範は強く、ネットは叩き合いの場、不寛容な炎上を繰り返すことが多い。
 また、ハラスメントと、言った本人が意識しないで行っている?或いは本人の中での当たり前の在り方が、スタンダードによって、否定されることも増えてきた。(例えば、クチャラーとか?)
 「王様が裸で居ることを認められない」不寛容、不自由も、また、増えてきた。



 この 鯨問題は、実に考えさせられることが、多い。
と、給食で、食べたくらいかな?
 甘く煮つけた、レバー。
 嫌いではないけど、もの凄く好きでもなかった。
が、僕の思い出かな?かな?
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子供の頃、良く給食で、クジラ肉の竜田揚げが、出てました。

家でも、クジラ肉の大和煮の缶詰、ベーコンとか、かなり食べてた記憶があります。半世紀前くらいです。笑笑
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小学校の給食の、鯨の竜田揚げ、です。

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ニュージーランド沖に群れで泳いでました。

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沖縄でクルージングしてる時クジラがザパーンです。


怖かった〜。
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小学生の頃クジラの肉が給食に出て全部食べないといけなくてつらい思いをしましたどうしても食べられない時はごっそり捨てました凄く固かっ

たのを覚えてます
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子供の頃クジラの解体を見たことがあります。

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大和煮の缶詰は甘ったるかった。


他の調理法なら美味しかったのかなー。
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学生時代(まだネットが一般的でなかった頃)の冬、アメリカに一人旅で行きました。



地元の週刊誌か情報誌を見たら、「メキシコとの国境からバスで2時間程度の港町からクジラウォッチングの船が出ている」と言う情報があって、スペイン語もできないのに行先をメキシコに変更しました。

その港町について、散々迷った挙句英語を話せる人に「ここでクジラウォッチングができるのは夏だよ」と言われ残念だったことがあります。

多分、英語を読み間違えた・読み落としたか、情報誌が古いものだったのかどちらかでしょう。

今ではネットや自動翻訳があるので、こんな経験をする人は少ないのでしょうね、きっと。
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