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長いタイトルがもつ価値

打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?
英語では Fireworks!
あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない
英語では Anohana (The Flower We Saw That Day)
心が叫びたがってるんだ。
英語では Anthem of the Heart
さよならの朝に約束の花をかざろう
英語では Maquia (When the Promised Flower Blooms)

わたしは日本のアニメが好きですが、映画のタイトルが超ながいものが多いです。英語には “The KISS Principle (Keep it short and simple)” という慣習があって、ながい言い回しは好まれないのですが、日本語では、こうしたながい題名に、文化的な特別な価値観とか、マーケティング戦略上の特別な理由とか、そういったものがあるのでしょうか?

そぼくな質問です。

質問者からの補足コメント

  • ご回答にもありましたが、なにに「こだわる」と、長くしてみたくなるのでしょう?長い題名に求めているものは、「文学的な」とか「理知的な」要素とかでしょうか?

      補足日時:2018/03/22 13:47
  • みなさんご回答ありがとうございます!
    文化的な背景の違いなのか、それとも例外やトレンドなのか、という点で、ご意見に違いが見られます。どっちなのでしょう?どちらもアリなのでしょうか?

      補足日時:2018/03/26 19:55

A 回答 (6件)

#3です。

お礼ありがとうございます。補足も拝見しました。

>文化的な背景の違いなのか、それとも例外やトレンドなのか、という点で、ご意見に違いが見られます。どっちなのでしょう?どちらもアリなのでしょうか?

どちらもありだと思います。
#5さんが「英語の原題で長いもの」を提示されていますが、これ見て1970年前後が多いことに気がつかれたでしょうか。
この時期アメリカでは「映画の芸術性」とか「芸術の持つ人間的な普遍性」の議論が高まっていて、それに応じて「芸術としての映画」が模索された時期だったのです。

ですから♯3に書いたような「大衆娯楽として分かりやすい直截的な題名」が一般的でありつつも「芸術性を主体とした難解な映画題名」が許容される傾向が強かったのです。

この時代のアメリカの時代背景をちょっとだけ説明すると、国内は公民権法施行前後で「人権」という概念で揺れており、対外的にはベトナム戦争が泥沼化していて国内で平和運動が盛んになり始めた時期が1970年前後であり、ヒッピーの台頭とともに「人間性と芸術」にスポットが当たった時期であったわけです。

日本において「長いタイトル」が目立ち始めたのは、たぶん「ライトノベル」いわゆるラノベがジャンルとして確立した時代以降だと思います。

日本の小説や映画などは芸術性と大衆性の狭間にあるものの、日本人そのものの情報能力(咀嚼力)が高いため、それまでも様々な試みがなされたものの、結局「背表紙に印刷できる字数」にどうしても制限を受けていた、といえます。
 
 本として手に取ってもらうには、キャッチ―でありつつ「誰でもぱっと読めるフォントサイズ」でなければならなかったからです。この限界を取っ払ったのがライトノベルであると考えています。

ではなぜライトノベルは長いタイトルになっていったのか、
ひとつはライトノベルが21世紀に入ってから本としてのほぼ唯一の成長枠だったことと、その対象が若年層だったことでしょう。若年層は相当細かい文字でも読めますが、逆にダブルミーニングや本歌取りのような基礎的な素養を必要とする凝った題名は理解できなかったからです。

しかし、長い題名が使われる理由に「トレンド」という点はアメリカと同じでも、アメリカのように「芸術性」というような「社会的なトレンド」で変化している、ということは日本では少ないような気がします。

昔、ゴジラが第五福竜丸事件を契機に「放射能を吐く怪獣」として描かれたように、時代時代の要請によって「モチーフとプロットが変化する」ということはあっても、そのタイトルがやたら難解になったり、逆に簡素になったりする傾向はないと思います。つまり「社会的なトレンド」は題名にはあまり影響していない傾向が日本では強いのではないか、ということです。

ですから、21世紀に入ってからも大人向けの東野圭吾とか宮部みゆきなどのベストセラー作家は特に長いタイトルにしませんし、芥川賞で話題になった又吉直樹の作品も「火花」であり、長い名前ではありません。普通の邦画もライトノベルの影響がないものは長いというより

さて映画のタイトルに戻ったとき、やはり英語のものでは「キャッチ―にするがゆえに短い」というのは非常に重要なのだと思います。

特にアニメに関しては特徴として「とても短い」といえるのではないでしょうか。アナ雪が「Frozen」なのは有名ですが、「カールじいさんの空飛ぶ家」も「Up」です。他にもディズニー映画は「白雪姫」や「101匹ワンちゃん」などの原作がある場合を除き、ほぼ1単語です。
 またディズニー同様アニメに力をいれているピクサーの題名も短いというか「直截的」です。「Up」はピクサーでしたが、ほかにも「レミーのおいしいレストラン」は原題「Ratatouille」でアメリカの子供のどれぐらいがこのフランス語由来の単語になじみがあるかは疑問ですが、とにかく「直截的」であることはたしかでしょう。

ここから言えるのはアメリカの映画はやはり「大衆娯楽」であるし、アニメの想定年齢層は小学生レベルである、ということです。
ただ、そうは言っても「The Sword in the Stone」のように明らかに名剣エクスカリバーを想定しているアーサー王の物語の程度になると、日本のほうがそれを知らないので「王様の剣」という邦題になっています。

日本のほうは、はやりちょこちょこと「情報を入れる」ということをやります。たとえばエディ・マーフィー主演の「星の王子さま NYに行く」は原題が「Coming to America」なので本来は「アフリカの王子様 NYに行く」または「アフリカの王子さま アメリカに行く」で良かったのにわざわざ「星の王子さま」としています。

これは当然サン=テグジュペリ作の「星の王子さま」が下敷きになっていて、その中からバオバブの木とかサハラ砂漠のようなアフリカの大地の王子様がNYに行くこと、「星の王子さま」同様そこで孤独を知り原作の« Le plus important est invisible » 「大切なものは、目に見えない」を恋と大切な人という形で見つけるわけです。

日本人であればかなりの人がこの物語を知っているので、邦題なら「アフリカの王子さま」を「星の王子さま」に変えてもメッセージ性がつたわるのですが、アメリカではそもそも無理なんでしょう。というより、現地を知っていますので「無理」と断言してしまいます。

このような「日本文化における情報能力の高さ」が大衆娯楽である映画やアニメなどの題名に影響していて、アメリカは大衆娯楽であるからこそ「簡単でキャッチ―な題名になる」ということだと思います。
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この回答へのお礼

なるほど、長い題名の背景にあるものは、アメリカでは人間性や芸術性の追求という社会的なトレンドで、日本では情報能力の高さゆえ、ということになるわけですか。どちらも納得できる!キレッキレッですね!

とても興味深いです。スゴイご回答でした。たいへん勉強になりました。ありがとうございます!!!

お礼日時:2018/03/27 11:35

英語作品にも長いタイトルの作品はありますよ。

ただ、アメリカでは外国語作品だという事だけでも足枷となるので、原題が長い外国語作品は短い英語題にしてしまうのでしょう。

映画に関しては、日本の映画会社が英語題を決めて、海外の配給会社に売り込みます。配給権を買った会社がその英語題をそのまま自国でも採用するか、自分たちで英語題を付け直すのかは、作品によりけりだと思いますけど。

英語作品で長いタイトルで有名な例:

"Those Magnificent Men in Their Flying Machines or How I Flew from London to Paris in 25 hours 11 minutes"
 映画『素晴らしきヒコーキ野郎』(1965年)の原題。アカデミー賞脚本賞にノミネート。石原裕次郎も出演しているオールスターキャストの映画。

"Who Is Harry Kellerman and Why Is He Saying Those Terrible Things About Me?"
 映画『ケラーマン』(1971年)の原題。アカデミー賞助演女優賞にノミネート。

"Dr. Strangelove or: How I Learned to Stop Worrying and Love the Bomb"
 映画『博士の異常な愛情』(1964年)の原題。スタンリー・キューブリック監督の名作。邦題は『博士の異常な愛情/または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか』とも。

"Borat: Cultural Learnings of America for Make Benefit Glorious Nation of Kazakhstan"
 映画『ボラット 栄光ナル国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習』(2006年)の原題。アカデミー賞脚色賞にノミネート。

"Everything You Always Wanted to Know About Sex * But Were Afraid to Ask"
 映画『ウディ・アレンの誰でも知りたがっているくせにちょっと聞きにくいSEXのすべてについて教えましょう』(1972年)の原題。

"Don't Be a Menace to South Central While Drinking Your Juice in the Hood"
 映画『ポップ・ガン/サウスセントラル狂騒曲』(1996年)の原題。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます!

たしかに長いタイトルの映画はアメリカにもあります。短いのがふつうなのに長い題名でインパクトのあるものにする狙いですよね。

こうした長い英語の題名について、TIME MAGAZINE では、

For marketing reasons alone, you’d think movie studios would go with short and sweet rather than long and hard to remember, but sometimes filmmakers apparently insist that you need the full eight or 10 or 15 words for maximum comic or dramatic impact.

とあります。出典:http://entertainment.time.com/2013/02/12/word-po …

日本語では、長い題名のほうがこのまれるのか、あるいは、長い題名のほうが価値が高いという判断の基準があるのかな、というのがわたしの疑問でした。それとも、英語の世界と同様に、インパクトを狙う例外としての存在でしょうか?(それだと、文化的なちがいにはならない、ということになります)

お礼日時:2018/03/26 19:30

はじめは覚えてないですが、何かのラノベ?がヒットしてから長いタイトルが流行ってる気がします。



たまに、意味深なやつもあります。
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この回答へのお礼

ありがとうございます!

お礼日時:2018/03/24 21:16

欧米というかアメリカの”The KISS Principle”というのは「多様な価値観や必ずしも教育的によいレベルに達していない人々にも響くキャッチフレーズ”というところから出発しています。



たとえば「Frozen:アナと雪の女王」はポスターを見れば「アニメ・女の子が主人公・氷の世界の話」ということはすぐに理解できます。問題は受け手(消費者)がそれ以上の情報を咀嚼するかしないか、という部分にあるわけで、基本的にアメリカ人はそういう咀嚼能力が低い、というか価値観が多様なので対応しきれないし、言葉(英語)が完全ではない移民もたくさんいるから”The KISS Principle”が有効になる、ということです。

じゃあ、日本の受け手は情報の咀嚼能力が高いのか、と言われれば「はい、高いです」ということになります。
だから、日本の映画タイトルなどは長くこだわりのあるものになっていくといえます。

また外国の映画の題名を日本にもってくるとき、その題名には現地でしか通用しない何かがある場合があります。たとえば映画「Bonnie and Clyde」はアメリカでは知らぬ人はいない男女カップルの銀行強盗でその結末も有名ですが、日本では知られていないので邦題は「俺たちに明日はない」となりました。
 ラストシーンをご存知ならこの邦題の意味するところは明白なのですが、こういうペーソスというか「言葉の余韻」を感じさせる題名は日本では非常に多く、たとえば邦画でも「君の名は(アニメじゃなくて50年代のやつね)」なんてシンプルですが余韻のある題名だったりします。

逆に日本の映画の題名を英語にするときはたいへんですし、そもそも邦題が長い、というか原作がある場合、原作の題名が恐ろしく長かったりします。

質問者様が提示している「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない」とか「さよならの朝に約束の花をかざろう」なんかもそもそも長い名前が最初からついていてるし、小説からアニメ化などがされた「君の膵臓を食べたい」なんて題名としては短いですが、ある意味難解な題名でもあります。

これは多分に「オタクも満足させる必要があるから」です。
最初に書いたように「日本の受け手は非常に咀嚼力が高い」というは、アニメオタクのような層を生んでいるのと同義でもあります。

欧米ではアニメや漫画は「子供のためのもの」ですが、日本では1980年代から「大人も楽しめる漫画・アニメ」が発展してきていて、それを支えているのがオタク層とオタク気質の大人、であるといえます。

このような人たちはアニメやストーリーに対する感受性が高いのと、それを支える知識が膨大である、という特徴があります。
一例をあげればちょっと前の作品になりますが、ガンダムシリーズに「ターンA」というのがありました。Aを逆さまにしているのですが、これは集合式や論理式の「全ての〜」を表すそうで、そういうことをシレッとなんの説明もなくやっても日本では許されるし、それを受け手がきちんとフォローするんです。
ですから、作者側はそれにこたえるようにどんどん難解なタイトルをつけ、難解なストーリーをつくり「もはや誰も理解できない結末」を作ってしまったのがある意味「エヴァンゲリオン」だったりするわけです。

これはある意味日本は日本語という環境、歴史や文化が一定のレベルで共通しているという条件から「作り手も受け手も同じ土俵で表現物(漫画やアニメ・実写など)を楽しめる」からだと思います。補足のご質問に答えるなら「だから作り手は『こだわりのあるもの』を作れるし、受け手はその『こだわりを理解する』能力をもっている」ということであり、これを文学的に表現するのか理知的に表現するのか芸術的に表現するのかはその時の表現方法に寄るのだと思います。

日本はそういう単一的な土壌であるがゆえに「難しいこと(長い題名とか)」をやっても受け手がついてくる、からそういう風に進化した、ということです。

後、もう一つ言うなら「英語がだんだん普及するにつれて、その膨大な知識量に負けないように日本語の限界点を探る試みがなされている」という部分もあります。でもこれも「作り手も受け手もそれを理解できる」からできることである、といえるでしょう。

では欧米の場合、そういう「作り手と受け手が理解しあう土俵」というのがまったくないか、というと実はひとつだけあります。それは「キリスト教」です。

たとえばマトリックスのシリーズを見てもらうと分かりやすいのですが、あれは結局「救世主」の物語です。だからキリスト教的なモチーフをちりばめると深い内容も入れることができるようになっていきます。
 そういう点ではスターウォーズもそうです。アナキン(ダース・ベイダ―)やカイロ・レンなどは告解するがゆえにダーク・サイドに落ちるわけですが、あのやり取りはキリスト教的で「だから暗黒面に落ちた」というのは日本人にはものすごく分かりにくい部分なのですが、キリスト教徒にとっては「ああ、落ちちゃった・・」とすとんと納得できる作りです。

ただ、キリスト教的なモチーフだけだと原理主義者ばっかり賛同することになるので、そこにアジア風の精神修養なども取り混ぜて、世界で受け入られるものを作り、そのモチーフに感銘を受けた「欧米のオタクたち」が熱狂的に支持したから大成功した、ともいえます。

>日本語では、こうしたながい題名に、文化的な特別な価値観とか、マーケティング戦略上の特別な理由とか、そういったものがあるのでしょうか?

最終的に答えるとすれば
文化的な特別な価値観として「日本では作り手も受け手も同じ価値観の中にいるので、特に凝ったことをしても受け入れられる」という部分があり、逆を言えばそれが「マーケティング上の特徴」になっているといえます。

なにせ莫大な費用、凝ったプロット、CGや撮影法の特殊性などではどうやってもハリウッドには敵わないわけですから「邦画」という中で「少しでもマーケティングに資するやり方」となると、シンプルの逆を行く、ということになる場合もあります。だから洋画も原題はシンプルなのに、邦題はメンドクサイ長い題名だったりするわけです。

もっともミッション・インポッシブルのような誰でも知っている洋画はM・I-2のように短くなるし、キャラクターが分かりやすいものは「アウトロー(トムクルーズが悪役なのね)」とか「ジャック・リーチャー(トムクルーズが別のヒーローなのね)」でもいいわけです。

でも洋画でも分かりにくいものは「ヤギと男と男と壁と:The Men Who Stare at Goats」のような難解な題名でマーケティング上の引っ掛かりを作ろうとするわけで、原題がそこそこストレートであること考えれば、やっぱり日本の映画ファンは「オタク」が多くて、そういうものを期待している、ということなんだと思います。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました!

ご回答を熟読して理解するまで時間がかかり、お礼が遅れました。ほかのご回答とことなり、日本語の文化には、ことばや意味の複雑さへの咀嚼力の高さのゆえに長い題名への許容度がもともとある、という説と理解させていただいております。

文化的な背景に根拠をおいたとても強い論点のご回答で、わたしに吸収しきれるまで、読み返してます。ありがとうございました。

お礼日時:2018/03/26 19:44

前述したとおり海外のタイトルを邦訳する場合


たとえばcarsは「カーズ」ですがFrozenは「アナと雪の女王」です
もろもろ権利がひっかかるかどうかも重要なファクターでしょうし
Frozenでは子供のこころに刺さらないという判断もはたらいていると思います
どうせ変えるならということでうけそうな題名にするというのが
コピーライターのこだわりです(さすがに「凍ってる」とかつけたらバカですからね)
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この回答へのお礼

再度のご回答ありがとうございました!

お礼日時:2018/03/26 01:45

アメリカは配役やストーリー重視なのでタイトルはなるべくシンプルで


直感的なワードにしがちですよね
日本は商標の問題やコピーライターのこだわりが強いのもあるし
海外タイトルを和訳するときにこねくり回す傾向がありますね
日本オリジナルのタイトルについては、原作が小説やマンガだったりすると
どうしても文字の文化ですからインパクトを狙って変なタイトルを付けがちな気がします。
やたら長い名前をつけがちだった90年台のJPOPみたいに、時代のはやり
みたいなものも少なからずあるでしょう。
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この回答へのお礼

ありがとうございまぁす!
商標権とか、クリエイターのこだわりとか、ですか。日本の文化に根ざしたコアなところ、ではない感じ、ですね。

お礼日時:2018/03/22 12:56

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