小説や漫画等で良く見るこのフレーズですが、初めて使ったのは誰なのでしょうか?
また、使われた作品も教えて下さい。

確か梶井基次郎だったと聞いた記憶があるのですが、曖昧です。
よろしくお願いします。

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A 回答 (3件)

 梶井基次郎の『桜の樹の下には』(昭和3年)です。



 「青空文庫」というサイトで全文が読めます。
http://www.aozora.gr.jp/cards/kajii/sakura.html

 ちなみに以前、このサイトに同じご質問がありました。皆さん気になるフレーズなんですね。

参考URL:http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=19049
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この回答へのお礼

ありがとうございます、早速読みました!
幻想的で怖い綺麗な文章ですね。
何とも惹かれるフレーズです。

お礼日時:2001/08/09 23:52

梶井基次郎の「檸檬」の中に出てくる、「桜の樹の下には」という掌編の中に出てくるものが最初のような気がします。

1927年

坂口安吾の「桜の森の満開の下」の台詞が有名なのですが、1947年(昭和22年)の発表なので、梶井基次郎の方が最初のようです。
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この回答へのお礼

坂口安吾の「桜の森の満開の下」は読んだことがあります。こちらも幻想的ですよね。
今度「檸檬」も読んでみようと思います。
ありがとうございました。

お礼日時:2001/08/10 00:04

正解ですよ。


参考URLをごらんください

参考URL:http://www.excite.co.jp/season/sakura/tips.dcg?05
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この回答へのお礼

早速のご回答、ありがとうございます。
ご紹介いただいたURL、ちょっとした知識が付いて楽しめました。

お礼日時:2001/08/09 23:41

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Q坂口安吾の『堕落論』の一節の英訳をお願いします。

坂口安吾の『堕落論』の一節の英訳をお願いします。

「戦争に負けたから堕ちるのではないのだ。人間だから堕ちるのであり、生きているから
堕ちるだけだ。だが、人間は永遠に堕ちぬくことはできないだろう。なぜなら人間の心は
苦難に対して鋼鉄の如くでは有り得ない。人間は可憐であり脆弱であり、それ故愚かなものであるが。堕ちぬくためには弱すぎる。」

Aベストアンサー

英語版のWikipediaの坂口安吾の項目
http://en.wikipedia.org/wiki/Sakaguchi_Ango
を読むとDarakuron" ("On Decadence")とあります。
残念ながら当随筆の英訳本は手元にありませんので拙訳となります。

堕ちる fall
堕ちぬく fall to the bottom
と表現しましたが、fall to the bottom は stop falling または finish falling と言えるかもしれません。

Not that we fall because we were defeated in the war. We do fall because we are living human beings. We do nothing but fall as long as we live. However, it will be permanently impossible for us to fall to the bottom. This is because our mind cannot be so strong enough to endure hardships as steel. We, humans beings, are delicate and fragile. That is why despite our stupidity we are too weak to fall to the bottom.

英語版のWikipediaの坂口安吾の項目
http://en.wikipedia.org/wiki/Sakaguchi_Ango
を読むとDarakuron" ("On Decadence")とあります。
残念ながら当随筆の英訳本は手元にありませんので拙訳となります。

堕ちる fall
堕ちぬく fall to the bottom
と表現しましたが、fall to the bottom は stop falling または finish falling と言えるかもしれません。

Not that we fall because we were defeated in the war. We do fall because we are living human beings. We do nothing but fall as long as we live...続きを読む

Q梶井基次郎『檸檬』 「中山寺の星下り、花合戦、枯れすすき」とは?

梶井基次郎の『檸檬』に、
「私はまたあの花火という奴が好きになった。花火そのものは第二段として、あの安っぽい絵具で赤や紫や黄や青や、様ざまの縞模様を持った花火の束、中山寺の星下り、花合戦、枯れすすき。それから鼠花火というのは一つずつ輪になっていて箱に詰めてある。そんなものが変に私の心を唆った。」(『ちくま日本文学全集 梶井基次郎』より)

とあります。

この文中の「中山寺の星下り、花合戦、枯れすすき」とはどのようなものでしょうか。

書籍によっては語句注釈があるかと思い、複数のテキストを確認してみたのですが、注釈のあるものが少なく、付いていてもこの部分の説明はないものばかりでした。(この後に出てくる「びいどろ」や「南京玉」などには付いていたのですが。)

前後の文章から察するに、花火の種類(図柄?)かな?と思うのですが、うまく想像できません。
ネットで検索もしてみましたが、検索のかけ方が悪いのか、そもそもの(花火の種類という)前提が間違っているのか、それらしいものにヒットしません。

そこでどなたか、ここに登場している「中山寺の星下り、花合戦、枯れすすき」が何(どのようなもの)であるか知っている、もしくは、これらの解説が載っている書籍やサイトなどを知っているという方がおられましたら、どうぞお教えください。よろしくお願いします。

梶井基次郎の『檸檬』に、
「私はまたあの花火という奴が好きになった。花火そのものは第二段として、あの安っぽい絵具で赤や紫や黄や青や、様ざまの縞模様を持った花火の束、中山寺の星下り、花合戦、枯れすすき。それから鼠花火というのは一つずつ輪になっていて箱に詰めてある。そんなものが変に私の心を唆った。」(『ちくま日本文学全集 梶井基次郎』より)

とあります。

この文中の「中山寺の星下り、花合戦、枯れすすき」とはどのようなものでしょうか。

書籍によっては語句注釈があるかと思い...続きを読む

Aベストアンサー

Robert Ulmerという人の英訳です。質問者さん同様に「花火の名前」と解しているようです。

I also found solace in gazing at packages of cheap fireworks. Some came in garish striped bundles of red, purple, gold, and blue and had names like ‘Falling Stars of Chusanji Temple’, ‘Flower Wars’, and ‘Withered Pampas’. Others, called ‘rat firecrackers’, were stacked like pinwheels in a box. Things such as these held a strange appeal.

Q「堕落論」の読みと意味

坂口安吾の「堕落論」が好きなのですが、導入の部分の読みと意味が分からないところがあります。分かる方、教えてください。

"半年のうちに世相は変わった。醜の御楯といでたつ我は。大君のへにこそ死なめかえりみはせじ。若者たちは花と散ったが、同じ彼らが生き残って闇屋となる。ももとせの命ねがわじいつの日か御楯とゆかん君とちぎりて。"(角川文庫クラシックス『堕落論』より引用)


「醜の御楯といでたつ我は。」の意味は?
「大君のへにこそ死なめかえりみはせじ。」の読みと意味は?
「ももとせの命ねがわじいつの日か御楯とゆかん君とちぎりて。」の意味は?


どうか宜しくお願い致します。

Aベストアンサー

こんばんは。
興味があったのでちょっと調べてみました(自己満足です^^;)

大まかな説明がされているサイトがありました。
まずこちらの該当部分をお読みください。

 『菊と刀』の勉強(45)
 http://www.sutv.zaq.ne.jp/ckapj600/benkyo/BEN45.htm

各部ご質問としては、

>「醜の御楯といでたつ我は。」の意味は?

万葉集 巻第二十

今日よりは顧(かへり)みなくて大君の醜(しこ)の御楯(みたて)と出で立つわれは
 
【現代語訳】
 今日からは後ろを振り返らず、大君の醜の御楯として出立するのだ、私は。
 
(注)醜の御楯 ・・・ 「醜」は自分を卑下する語。

 引用サイト 『 古典に親しむ 』
  http://www.h3.dion.ne.jp/~urutora/manyo20.htm#20

>「大君のへにこそ死なめかえりみはせじ。」の読みと意味は?

万葉集 巻第十八 
陸奥国で黄金が出たという詔書を祝賀する歌(大伴家持)

(前略)...大君(おほきみ)の 辺(へ)にこそ死なめ 顧みは せじ...(後略)

【現代語訳】
 大君のお側でこそ死のう、わが身を顧みるようなまねはするまい

 引用サイト 『 古典に親しむ 』
  http://www.h3.dion.ne.jp/~urutora/manyo17.htm#18
 
 参考サイト 通信用語の基礎知識 - #海ゆかば
  http://www.wdic.org/?word=%B3%A4%A4%E6%A4%AB%A4%D0+%3ACUL

>「ももとせの命ねがわじいつの日か御楯とゆかん君とちぎりて。」の意味は?

ももとせ(百歳)の命を願わず、いつの日か大君の御盾として逝こうとするあなたと契りて。
(以下、意訳=当方の拙訳)
 「 長生きを願わず、いつの日か天皇陛下の御盾として死のうとするあなたと結ばれて 」

 参考サイト 引用のかたち-全ての言葉は潜在的に引用されている!
       -(「って」「と」を使わないで引用を表す)
 http://www.manabi.pref.aichi.jp/general/10018257/0/kouza/section6.htm

以上、参考になったかしら?
 う~ん、拙くて申し訳ない.....<(_ _)>

こんばんは。
興味があったのでちょっと調べてみました(自己満足です^^;)

大まかな説明がされているサイトがありました。
まずこちらの該当部分をお読みください。

 『菊と刀』の勉強(45)
 http://www.sutv.zaq.ne.jp/ckapj600/benkyo/BEN45.htm

各部ご質問としては、

>「醜の御楯といでたつ我は。」の意味は?

万葉集 巻第二十

今日よりは顧(かへり)みなくて大君の醜(しこ)の御楯(みたて)と出で立つわれは
 
【現代語訳】
 今日からは後ろを振り返らず、大君の醜の御楯とし...続きを読む

Q梶井基次郎「檸檬」の中の”瀬山極”・・・

梶井基次郎の「瀬山の話」の中の挿話「檸檬」の中に登場する”瀬山極”という名前は何て読むんですか?

本には「ポール・セザンヌをもじった」と書いてあったので、”せざん ぽーる”と読むのか、そのまま”せやま きわむ”と読むのか気になります。

学校の課題で必要なので、困っています。
どなたか教えて下さい。

Aベストアンサー

…学校にいると、なんにでも「正しい答え」がつねにあるように思わされるので大変ですね(^ ^)

「答え」を知ることも大事だけど、相手が納得する理屈を見つける練習が大事なんですね。

“瀬山極”は“せやまきわむ”でしょうね。タイトルは「せやまのはなし」でしょ?

教科書(?)にはお節介にも「ポール・セザンヌをもじった」なんて書いてあるけど、作品として発表する場合は注意書きなんかつけませんよね。

もともとは作家のウィットですよ。セザンヌの名前も作中に出しているし、気がついた人がにやりとして喜べば成功ということでしょう。

だからまずは“せやまきわむ”と読まされて、気が利く読者は「なんだ、セザンヌか」と笑う。そうしたらこんどは“セザヌ ポール”と読んで遊ぶこともできます。

学校でおそわると「遊び」もかたっくるしいね。

Q三島由紀夫が少年時代坂口安吾のようなスポーツマンだったら?

三島由紀夫が少年時代坂口安吾のようなスポーツマンだったら?

坂口安吾と三島由紀夫の少年時代は対照的です。
坂口安吾は柔道が強く、陸上部ではないのに大会の時には助っ人を頼まれる程スポーツが得意だったそうです。三嶋由紀夫は虚弱児で、剣道やボディービルをやり始めたのは(或いは、そういうことが出来るようになったのは)大人になってからです。私は、ふと、もし三島由紀夫が少年時代坂口安吾のようなスポーツマンだったら小説家にはならなかったのではないかと思うことがあるのですが、みなさんはどう思いますか?

Aベストアンサー

cpbrさん、こんにちは。

一介の安吾ファンですが、なかなか興味深いご質問を立てられましたね。
三島が書いた安吾論は、ほとんど安吾に対する絶賛、オマージュで貫かれていると思います。
安吾も、《戦後派》一色に塗りつぶされていた文壇に、『仮面の告白』を引っ提げて殴り込みを掛けてきた三島を大いに買っていたようです。

とは言っても、もし安吾がもう少し長生きをしていたとしたら、その後の三島の文学をどれだけ評価したかとなると、私としてはちょっと疑問を覚えますね。
その意味では、二人の関係は、三島の方がもっぱら自分の中にない人間的魅力を安吾の内部に見出し、一方的に片思いをしていたのではないかと思われてなりません。

>三島由紀夫が少年時代坂口安吾のようなスポーツマンだったら?

う~ん、生まれてから小学校に入学するまで、看護婦付きの祖母の病室で育てられた三島に、やんちゃ坊主でガキ大将だった安吾のような幼少年期は望むべくもないような気がします。
で、三島が「安吾のようなスポーツマンだったら」と仮定することは、乳幼児期の三島が祖母に溺愛されなかったらと仮定することでもありますが、その場合、祖父や父親と同じように、エリート官僚として大蔵省を勤め上げ、現在も存命中なら、満85歳になっていますから、今頃は悠々自適の隠居生活を送っているのもしれませんね。

>坂口安吾は柔道が強く、陸上部ではないのに大会の時には助っ人を頼まれる程スポーツが得意だったそうです。

はい、それも、三島のような、付け焼き刃のスポーツ憧憬ではなく、幼少時の忍者ごっこの成果なのか、中学時代にはハイジャンプで全国優勝していますし、自分ではヘタだと言ってますが、野球にもずいぶん熱心だったようです。

でも、この点では太宰治と似ているのかもしれませんが、素封家の大家族の中で生まれたこともあって、平均的な家庭の子のように両親の愛情を受けて育ったわけでもなく、幼くして自分探しを余儀なくされ、早い段階で文学にのめり込んでいますよね。
そのことが、彼のふるさと思慕、しかも親とか、先祖とか、生まれ故郷とか、自然とかをも超越した、もっともっと形而上学的な、しかも生きることの現実的必要性から決して遊離しないふるさと憧憬へと彼を向かわしめたような気がします。

cpbrさん、こんにちは。

一介の安吾ファンですが、なかなか興味深いご質問を立てられましたね。
三島が書いた安吾論は、ほとんど安吾に対する絶賛、オマージュで貫かれていると思います。
安吾も、《戦後派》一色に塗りつぶされていた文壇に、『仮面の告白』を引っ提げて殴り込みを掛けてきた三島を大いに買っていたようです。

とは言っても、もし安吾がもう少し長生きをしていたとしたら、その後の三島の文学をどれだけ評価したかとなると、私としてはちょっと疑問を覚えますね。
その意味では、二人の関係は、...続きを読む

Q梶井基次郎 「温泉」の中の〈白い手〉は?

梶井基次郎 「温泉」の中の〈白い手〉は?

白い手にかぎ括弧が付いているのでなにか作家にとって特別な意図が
あるのでは、と思いますけれども、ご存知の方、教えてください。
いろいろ調べたら、「器楽的幻覚」という作品の中にちょこっとピアニストの白い手が出ますけど、それとなにか関係があるのでしょうか。

初めは都市に住んでいるインテリーやホワイトカラーの人たちのことを指しているのかなとも思いました。

何かご意見があったら教えてください。

Aベストアンサー

こんにちは

質問者さまが、最初に思われたように
「白い手」は、土にまみれたことのない都会暮らしの人の手の
ことだと思われます。ピアニストは、この小説には無縁でしょう。
「白い手」の出てくる段落の前に、この山里の若者が
森林の伐採、漁業、自然薯掘り、そして山葵沢での
椎茸のぼた木作り、などの作業場面が出てきますね?
「………彼らはなにも「白い手」の嘆賞のためにかくも見事に鎌を
使っているのではない。………」とあります。
かくも見事に、とは、こうした田園での暮らしとそのための生活の知恵のことですよね?
それは「食えない!」からやっていることであって、都会の
田園で生活したことのない、土や汗にまみれたことのない「白い手」に
嘆賞して(褒めて)もらうためではない、と言っているのだと思います。

参考までね

Q坂口安吾

坂口安吾とはどんな作家なのでしょうか?
また、お勧めの作品を教えてください。

Aベストアンサー

 「安吾巷談」「安吾新日本地理」「日本文化私観」をお勧めします。
坂口安吾は戦時中、自由な文筆活動が出来なかった頃に日本の歴史研究に没頭し、戦後に彼独自の歴史観を世に問いました。平明にして常識的な記述ながら人間精神の本質に迫る彼の考察は一読に値すると思います。
 現在活躍されている歴史学者には彼の影響を受けた方が多数いらっしゃると思います。

Q曖昧な記憶なのですが

もうテレビで見たのか何かで読んだのかも忘れてしまったのですが、ヨーロッパ辺りの言葉が何に適してるかというのを見た事があるんですがどうも何が何だったのか思い出せずにもやもやしてます。
覚えてる限りでは、
「女を口説く時はイタリア語。男を口説く時には?語。神への言葉を唱えるなら?語が最も適している」といったようなものなんですが「?」の部分を忘れてしまったんです。
思いつく限りにフランス語、ドイツ語・・・とあてはめていったんですがどうもイマイチな気がして・・・
どなたか覚えのある方がいらっしゃったら教えて下さいませ・・・!

Aベストアンサー

これもどうぞ

参考URL:http://www.asahi-net.or.jp/~IT8K-ITD/spain/07.html

Q坂口安吾の小説

坂口安吾に『子を連れて』という小説がありますか?
他の無頼派の方の作品かも知れませんが・・・

Aベストアンサー

ANo.#1と2の指摘通りです。

現在入手可能なのは:

哀しき父・椎の若葉/ 講談社文芸文庫/葛西 善蔵 (著)/
¥951/1994.12.01発行/ ISBN: 4061963023

アンソロジー集です、代表作のみですが。

P.S.ちょっと渋いというか「忘れ去られる作家」に近い葛西善蔵も「子を連れて」があるからかろうじて文庫入手可能なのでは?(新潮など他社の文庫はとっくに品切れです)

無頼派なら石川淳(でも無頼派とか何々派というのは大抵作家本人は迷惑な、メディア側の押付分類。第三の新人とか‥)

ちなみに、坂口安吾逝去の際の「安吾のいる風景」は凄い文章です!

では~♪♪♪

Q小説家(純文学)の印税生活の実態を教えて下さい。確かな筋で知ったことで

小説家(純文学)の印税生活の実態を教えて下さい。確かな筋で知ったことですが、小説で食っていける人は例え芥川賞をとっても、10人のうち一人が精一杯だそうです。その他の「作家」の人たちの年収なんて、200万円なんてざらだそうで、ほとんどの「作家」の人たちは他に職業を別に持って何とかやっていると聞きました。自分は純文学の造詣は深い方に入ると思いますが、年収200万円のために芥川賞は目指せないと思いました。もう小説はやめようと思っています。何せいい事は芥川賞を例え取っても、待っていないと本能的に思うからです。自分はマンガの原作に行こうと思っています。マンガならもし当てれば巨万の富を手にできるからです。さらにマンガなら認められないという事も起こらないと思います。面白ければ人は必ず認めるだろうからです。芥川賞を取ってフリーターより年収が低いなんて、最低な職業だと思いました。

Aベストアンサー

僕は文筆業に携わっていますが、収入はかなり低いのが現状です。文章は誰でも書けるからです。特に軽薄短小の今の日本社会では、純文学の本はまず売れないでしょう。漫画の原作者になって、漫画家とコンビを組んで、講談社に売り込むのがいいかもしれません。純文学の作品が書けるなら、原作者として成功できるかもしれません。


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