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江戸時代、貧しい家の子は吉原に売られた、なんで話をよく聞きますが、実際いくらで買われていたのでしょうか。

A 回答 (3件)

金出して女を買う人間がいるから、人買いのビジネスモデルも性商売がなくならないんだよ。

今でも性風俗店がありますよ。戦後の焼け野原、朝鮮人が立地がよい駅前占拠して、そこに闇市や性風俗店を作り今の繁華街になっていきました。女買いするような破落戸がそれに金を払い、日本人の価値を貶めている。
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貧農が幼い娘を3~5両で女衒に売っている、とあります。

(文化13年の世事見聞録)

(当時と今の比較)
米の値段で比較すると、1両=約4万円
大工の手間賃(日当は銀5匁4分。今のお金で1万2000円弱)で比較すると1両=30~40万円
お蕎麦の代金で比較すると1両=12~13万円
の差があります。

1両=13万円として、当時物価は、お豆腐は1丁12文で約390円、お味噌は12~100文(390~3250円)、お蕎麦は1杯16文(520円)、銭湯5~12文(160円~390円)、お酒お銚子1本で12文(390円)、床屋・髪結床の利用料は30文(1000円程度)、鰻丼は1杯100文(3250円)、お寿司は一つで60文(1950円)・・・文政の頃で年代により異なる。
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今調べたら3両〜5両 現在で言うと45万円位で売買されてたみたいですね?

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