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いまのピアノと同じような形の鍵盤になったオルガンが初めて登場したのはいつですか?

質問者からの補足コメント

  • 狭めます。8つの白鍵と5つの黒鍵で1オクターブの形の鍵盤楽器ができたのはいつですか?

    No.2の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2022/04/10 21:37
  • 白鍵8つと黒鍵5つで1オクターブ、またはそれに類似する鍵盤を有する鍵盤楽器が初めてできたのはいつですか?

      補足日時:2022/04/10 21:43
  • 音律の知識、ありがとうございます。
    知りたいのは表面上のデザインです。

    No.3の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2022/04/11 17:54

A 回答 (4件)

No.3 です。

「鍵盤」そのものの歴史ですか。

下記の Wikipedia には、
・鍵盤楽器に相当する最古のものは紀元前3世紀のヒュドラウリス(水オルガン)
・15世紀の「ヘントの祭壇画」では、ほぼ現在の形の鍵盤を見ることが出来る。
などと書かれています。

↓ Wikipedia「鍵盤楽器」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%8D%B5%E7%9B%A4 …

↓ ヘントの祭壇画。上段の右から2番目がオルガンの図らしい。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%98%E3%83%B3 …

おそらく現存するものはほとんどないので、「絵」や「古文書」に書かれたものから推測するしかないのでしょうね。
「楽器」なんて、職人の道具みたいなものですから、貴重な紙や絵の具を使って記録を残すほどの価値はほとんどなかったのでしょう。

また、オルガンとは別に、「弦」をはじく、たたくという楽器(最初は竪琴だったのでしょうね)が発達して、「弦をはじく、たたく」メカニズムとして「板を指で押す(たたく)」ものが追加され、14世紀には「クラヴィコード」という楽器になっていたようです。

https://www.yamaha.com/ja/musical_instrument_gui …
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%A9 …

上記のような「発展の歴史」は、交流や技術革新の乏しい時代には、今日のような「世界標準」のような発想のない「地域ごとの閉鎖的な歴史・伝承」の中で様々な道筋をたどって行ったのだと思います。

その後の「鍵盤の白黒」に関しては、いろいろな記事がありますので、ご参考まで。(「白」鍵盤の材料となった「象牙」は高価だった、という事情のようです)

https://www.suganami.com/info/40426
https://allabout.co.jp/gm/gc/456157/
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

お礼日時:2022/04/12 12:10

お知りになりたいのは「鍵盤、キーボード」の起源でしょうか。


それとも「オクターブを 12 の半音に分割し、それを全音と半音の組合せで「7音の音階、7種の旋法」に整理したもの(つまり「音律」)の起源でしょうか?

「音律」であれば、古代ギリシャのピタゴラスにさかのぼります。
ピタゴラスの音律

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%94%E3%82%BF …
https://www.idaj.co.jp/blog/solution/cae-consult …

ただし、「音律」については結構奥が深いので(理論と人間の感性との間の妥協の産物)、興味があれば「純正率」や「平均律」について調べてみてください。

https://tabatalabo.com/%E9%9F%B3%E5%BE%8B%E3%81% …
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9F%B3%E5%BE%8B

鍵盤楽器やオルガンは、これらの音律に従った音を出す「管」や「弦」を並べて、それを「キーボード」(鍵盤)を「スイッチ」として音を鳴らせるようにしただけのことです。
ましてや「白か黒か」は単なる「表面上」のデザインに過ぎません。
この回答への補足あり
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「鍵盤楽器の歴史は紀元前3世紀にアレクサンドリアのクテシビオスの発明したヒュドラウリス(水オルガン)に遡ります。

この楽器はローマ帝国時代に盛んに使用されましたが、残念ながらその音楽は残っていません。」

つまり「いまのピアノと同じような形」は、曖昧ですよね。
例えば、白鍵、黒鍵がなくても、広く解釈すれば、当てはまる
でしょ。
この回答への補足あり
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バッハの時代、鍵盤楽器といえばオルガンかチェンバロでした。

チェンバロとピアノは形がよく似ていて、どちらも鍵盤を指で押さえて演奏します。見た目に大きな違いはありませんが、性能にはさまざまな違いがあります。例えば、チェンバロは、爪で弾くことで弦を振動させて音を出す「撥弦楽器」ですが、ピアノはハンマーで叩いて弦を振動させ音を出す「打弦楽器」であること。また、チェンバロは音の強弱をつけることができません。ピアノは、強い音も弱い音も出すことができ、音を持続させるペダルもあります。

ピアノの誕生
現在のピアノの原型を作ったといわれているのは、バッハと同じ時代のイタリアの楽器制作家であるクリストフォリ(バルトロメオ・クリストフォリ 1655-1731)です。クリストフォリは、爪で弦を弾いて音を鳴らすチェンバロの音が強弱の変化に乏しいことを不満に思い、ハンマー仕掛けで弦を打って音を鳴らす現在のピアノ・メカニズムを1700年代頃に発明したといわれています。
発明当初クリストフォリは、このメカニズムを備えた楽器のことを「クラヴィチェンバロ・コル・ピアノ・エ・フォルテ(イタリア語で、弱音も強音も出せるチェンバロ)」と名付けました。ピアノの誕生です。
しかしクリストフォリが発明したこのピアノは、現在のピアノと大きく異なりチェンバロに近い音色だったといいます。つまり、バッハがいた時代に現在のピアノはありませんでした。

少年時代、ボーイ・ソプラノとして特待生の待遇を受けるほど美声を持っていたバッハは、声変わりでその美しい声を失ってしまいます。そんなときに彼の支えとなっていたのが、オルガンやチェンバロといった鍵盤楽器でした。バッハは『フランス組曲』『平均律クラヴィーア』『ゴルトベルク変奏曲』など鍵盤楽器のための曲をたくさん残しています。今日ではピアノで演奏されることが多く、ピアノ曲だと思っている方もいらっしゃるかもしれませんが、これらは元々チェンバロのために作曲されました。

ピアノの歴史
「クラヴィチェンバロ・コル・ピアノ・エ・フォルテ」がクリストフォリに発明された後、ドイツのオルガン制作家であるジルバーマンが改良を重ねて、新しいピアノを作ります。
ジルバーマンがアドバイスを求めたのが大作曲家バッハです。そうして作られたピアノはポツダムの宮廷で使われるようになりました。1747年、バッハは宮廷を訪れ、そのピアノでフリードリッヒ大王から与えられた主題(メロディー)を即興演奏します。後にバッハは、『音楽の捧げもの』という題でこの作品を大王に捧げたといわれています。
さて、18世紀後半になるとピアノ製作はウイーンを中心として盛んになります。モーツアルトやハイドンが活躍した時代です。
19世紀には産業革命も後押しし、ピアノは大きく改良され現在の形に近づきます。ベートーヴェンをはじめ多くのピアノの名手たちが現れました。家庭にも、チェンバロにかわってピアノが置かれるようになり、シューベルトやメンデルスゾーン、シューマン、ブラームスなど多くの作曲家がたくさんのピアノ曲を残しています。
この頃までのピアノは現在のピアノと区別して「フォルテピアノ」と呼ばれています。
そして19世紀後半になると、ほとんどピアノの曲だけを書いたショパンや、「ピアノリサイタル」を最初に開いたといわれるリストといったピアニストらが活躍し、オーケストラに匹敵する楽器としてピアノはその表現力を磨かれていきます。こうして現在のピアノの形が出来上がったのは19世紀末ですが、今でも細部の改良や新しい技術の研究が続いています。

オルガンやチェンバロの名手だったバッハがいた時代に誕生したピアノ、「クラヴィチェンバロ・コル・ピアノ・エ・フォルテ」は、チェンバロに近い音色で現在のピアノと大きく異なります。バッハが亡くなった後、何度もピアノの改良が重ねられ、現在のピアノになったのです。
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