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今は2022年
西暦1年はあったんでしょうか?

またこれは、誰が決めたのですか?

質問者からの補足コメント

  • みなさん、、私は皆さんが何を言ってるのか全く分かりません

    軽い気持ちで聞くんじゃなかったです……

    とりあえず西暦1年はなかったんですね( 'ω')?
    ありがとうございます

      補足日時:2022/05/26 07:53

A 回答 (5件)

イエスキリストが産まれた時を素にして西暦が作られたのだから 当時は西暦では無かった筈



なので 西暦元年は 当時の太陰暦でしょうね
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「西暦」は, 現在 ISO で規定されている. 詳細は


https://ja.wikipedia.org/wiki/ISO_8601
参照.

「西暦 1年」はあった「はず」だけど, 全世界で通用する「『年』の記法」は当時存在しなかった (し「西暦」という考え方そのものもなかった) ので記録上の「西暦 1年」は存在しない.
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国連総会ですッ!

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> 西暦1年はあったんでしょうか?



後から決まったので、
「今年が西暦1年だ」
って事は無かったです。

Wikipediaの記事によると、6世紀頃にローマの神学者が、キリストの生誕を起源、西暦1年として、今年は西暦525年だってのを提案、ローマ教会なんかに認められたとか。

Wikipedia - 西暦
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E6%9A%A6

6世紀当時から500年前の文献とかを元にしたので、実際のキリストの生誕とはズレてるのではないか?って説もあるとか。
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当時のローマ社会は、キリスト教を大迫害・大弾圧したローマ皇帝ディオクレティアヌスの即位年を紀元とした「ディオクレティアヌス暦」が広く使われていた。


協会が最初にイエスの生誕を紀元とする西暦を創ったのは、今の西暦(グレゴリオ暦)で云うと525年に神学者エクシグウスが考案したものだ。ただし、イエスの記録があやふやだったこともあり、それ以外にもいくつも考案された。

キリスト教徒が、イエスの生誕年を起源とするいわゆる「西暦」を創ろうとした動機は、大迫害者を起源とする暦法を使うのが嫌だったからだが、いざ造ろうとすると大問題があった。

「最後の審判」とそれを受けるためにイエスが再び降臨し、キリスト教徒の死者全員が生き返る「復活の日」がいつの日かという大問題だ。
神学的にはこれまたいくつも説があったが、正確なイエス生誕日が確定しないことには「復活の日」も特定できない。だから必死になってイエス生誕日(=西暦1年)を探っていた。

以上のように復活の日を待ちわびるキリスト教徒にとっては、西暦1年がいつなのかということは非常に重要だ。
現在のグレゴリオ暦は、ローマ教皇グレゴリオの命令に応じて天文学者や数学者たちなどが委員会を作って作成したもので、まとまった最終案を提出した人物はアントニウス・リリウスと記録されている。1582年から運用が始まっている。

ちなみに諸説ある「最後の審判」と「復活の日」の中で、広く信じられていた一説は「2011年5月21日」だったが、残念ながら墓場から生き返ったキリスト教徒の死者はひとりもいなかったようだ。
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