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今日はJAL123便が墜落してから37年経過した日になりますが、123便がレーダーから消えて消息を絶つとの速報が出てからの18:30以降のことを今でも覚えている方はいますか?
123便が消息を絶ってからは、番組は全て緊急特番に切り替えられていたようです。
私が一番不審に思ったのは、当時首相だった中曽根康弘がこの件については一切触れず、また123便が力尽きて墜落した群馬県御巣鷹の尾根へ行くこともなく、墜落の翌々日に靖国神社参拝したことでありました。
中曽根は123便が墜落した日には軽井沢の別荘にいて、秘書官からその一報を聞くとすぐさま帰京し、自衛隊から123便に関する重大な決断を迫られていたとも言われています。

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A 回答 (2件)

>123便が消息を絶ってからは、番組は全て緊急特番に切り替えられていたようです。



自分が記憶している限りですが、消息を立った時点では速報が出たり、番組中に「日航123便が相模原近辺での航行を最後に消息が途絶えた」といった報道センターからのアナウンスがインサートされる程度で、番組自体は続行したように思います
確か7〜8時台の番組までが続行で、その後は全て特番に切り替わったのではなかったでしょうか

>また123便が力尽きて墜落した群馬県御巣鷹の尾根へ行くこともなく、墜落の翌々日に靖国神社参拝したことでありました。

当時は今のよーに携帯電話もGPSもないし、墜落したのが夜間だったので、捜索や救出がすぐにできなかったんですよ
しかも、墜落現場の御巣鷹山はただの「山」で、人が入れるように道があるわけじゃないから、墜落現場までは自衛隊が分け入って道を作ったり、平地もないのでヘリも着陸できないから、ヘリポート作ったりという作業から始まったんです
そんな中に、いきなり総理が行けると思います?

個人的には、機体の操縦が不能になったことを悟った機長が「せめて一般の人を巻き込まないよう」人里離れた群馬の奥地まで自力で飛ばしたのではないか、という憶測も語られていたことが印象に残っています
当時、厚木の米軍基地からも、厚木への不時着を打診する連絡を入れて、滑走路を開ける準備も進めていたそうですが、付近の住宅地などに万が一墜落したら、乗客だけでなくそこに住む人たちも巻き添えにしますからね
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先ずは、この件に関して中曾根は、墓場まで持って行くと言ったとか!


組織の力は、恐ろしいですな!政府が圧力をかけ、事故調、国土交通省、警察、日航等これらがグルになって隠蔽そして!フライトレコーダーの一部が消され肝心な証拠となる垂直尾翼の引き上げ中止それから事故機の乗客の救出の大幅な遅れ又、遺族が日航へフライトレコーダーの公開を要求するも拒否!驚くのがボーイング社が圧力隔壁修理ミスでは絶対にないと言い張っていたのに手のひらを返したように修理ミスを認めた事!この他にも問題は、多々あります。こういったことからこの事故には、自衛隊か若しくは米軍が関与していると思わざるを得ません!
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