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仏そのものがまるで悪魔そっくりにばけることにより人間へ誘惑のワナをしかけますか。それとも別に、仏は悪魔とウラでつるんでひとつとなり表社会の人間を誘惑しますか。

ほとけの計らい、さらには、ほとけの仏罰、それらを、人間というのは、うける/断る、といった2択の選択権は、あるのでしょうか。

A 回答 (6件)

No.2です。



>罪人に裁きしたてあげるかぎり。

罪人なんかにはしていませんよ。

ただ、仏と悪魔を同時に論じるのには、無理があるという事を言っています。

①.そもそも、『仏』というものは『仏法』の概念。
『悪魔』というものは『キリスト教』の概念。
これを、合わせて論じるのはいかがかと思います。

【仏教的概念から】
①.仏の世に出る目的というものは、最高の智慧と慈悲を持って衆生をして仏に導くためです。

②.仏教に『悪魔』といった概念はないが、『第六天の魔王』といったものはあります。通常『魔』とも言いますが、『第六天の魔王』の目的は、衆生の仏道修行、成仏を妨げる事を目的とします。

【キリスト教的概念】

①.神⇒宇宙の全てを支配、統御と考えられる超越神。

②.悪魔⇒神の敵対者で神に反逆し地獄に堕ちた天使をいう。


その上で質問に回答するならば、、、

>仏そのものがまるで悪魔そっくりにばけることにより人間へ誘惑のワナをしかけますか。

・しかけることはありません。
『仏』と『魔』は別のものだからです。

>それとも別に、仏は悪魔とウラでつるんでひとつとなり表社会の人間を誘惑しますか。

・仏と悪魔は裏での繋がりはありません。また、誘惑する事もありません。
しかし、先に述べたように、『魔』は衆生の仏道修行、成仏を妨げるために、衆生の生命に直接的。間接的に入り込み、邪魔をしようと試みます。

>ほとけの計らい、さらには、ほとけの仏罰、それらを、人間というのは、うける/断る、といった2択の選択権は、あるのでしょうか。

意識的に、、、という事はありません。

むしろ、あるとすれば、それは『縁』であり『過去世からの宿縁、業』に依るでしょう。


■哲学、宗教学のカテゴリー上で論ずのならば、最低でも宗教・宗派の違いによる概念の違いは踏まえるべきだと思います。
良く哲学カテゴリーでは『神』をテーマにした質問がありますが、こうした質問の際にいつも言うのですが、“宗教・宗派の違いに依って、『神』という存在の扱いが違う”という事を申し上げています。
そうでないと、正確な議論、回答ができないからです。
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魔が誘惑したという話は仏典にはでてきますが、仏が誘惑するなどというのはでてきません。

そして仏典のどこをみても「仏は悪魔とウラでつるむ」ということは全くないです。
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仏も悪魔も心の中にだけいます


物理的に存在している訳ではありません
誘惑を仕掛けるのも、仏罰を与えるのも、人間です
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そういう事は、


ほっとけ。
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そもそも、質問者の持つ概念が間違えている。

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この回答へのお礼

どう思う?

ks5512 さん本人が、シーラさんを、永遠の間違いである、と、罪人に裁きしたてあげるかぎり。そんな気がします。黒を見ても白と言え、と。しかしながら、ks5512 さん本人は、シーラさんを、大丈夫まちがってなんかない、しかし、まったくべつのなにがしかを軸にするのであれば、シーラさんを、間違いなのだと断罪しているよ、そう伝えているのですか。ここは、みわけ、見極めが必要なのだとおもいます。

お礼日時:2022/09/21 11:02

門外漢ですが、


仏教に悪魔は存在するのでしょうか……。
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