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遺跡に残らないので、定説はないのかもしれませんが、稲作に限らず、いったん種から苗を育ててから、植え替えるという農業方法はいつ頃始まったのものなのでしょうか?

A 回答 (1件)

田植え前の稲苗はたしかに残らないかもしれませんが、まわりの状況が育苗している事を表しているようです。


おそらく一番の根拠は水田の痕跡自身が田植えを示しているのでしょう。
なぜなら、水の溜まったところに直に籾を播いても、酸欠で芽は簡単には発芽しません。
大昔は灌漑などがあまり発達していないと思いますので、田んぼは温暖な湿地の河口域にあったでしょうから、ますます直播は難しいと思います。
現在でも省力化のために、直播を行う方法がありますがこれも乾いた状態で籾を播いています。

おそらく最初は直播だった思いますが、発芽の安定性や管理面などから育苗に変わっていったのだと思います。
他にも器具などからも田植えが行われていた証拠となるようです。
その中でも大足(おおあし)といわれる田下駄が出土する事が一つです。
http://www.kyoiku-shuppan.co.jp/shousha/qa/qa-3. …
http://www.chida.co.jp/chiiki/ijin-siseki/minzok …

これらから田植えは紀元前1世紀頃から3世紀頃に始まった推測されるようです。

参考URL:http://www.yuzawasabo.net/fm/chishiki/rekishi-14 …

この回答への補足

「!」登呂遺跡のあの復元図は、根拠のあるものだったのですね。
現代からの推測・憶測じゃないかと疑っていました。

日本列島に水稲作が導入された時点で、田植システムは確立されていた!という事のようですね。

ご指摘の内容の内容から検索したら

http://www.chida.co.jp/chiiki/ijin-siseki/minzok …

などでは、もう田植システムがあったように書いてあります。

いつ始まったのでしょうか?
始まってから、日本に導入されたと言うことのようなので。

補足日時:2005/04/09 08:12
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