こんにちは。
地図で日本の半島を見ていて気になったことがあるのですが、紀伊半島って何処までが[半島]なのでしょうか?境界が良くわかりません。知っていたら是非教えて欲しいです。宜しくお願いします。

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A 回答 (2件)

紀伊半島の範囲については、つぎのように考えます。



(1)半島とは、大きい陸地から小さい陸地が飛び出している形態をいうもので、半島に含まれる地域と含まれない地域を区別する定義はありません。したがって、「紀伊半島の面積」といった数値を決めることはできません。

(2)しかし、文化、経済、行政の観点や、地域の人々の意識から、ある地域をばくぜんと一まとめにしたものを半島地域として考えることができます。

(3)和歌山・奈良・三重の3県については、紀伊半島三県と呼んだり、「紀伊半島知事会議」「紀伊半島振興対策協議会」「紀伊半島快適環境圏」といったものを設定していることから、これらの3県を紀伊半島地域と呼ぶのが一つの方法と考えられます。

(4)半島振興法という法律があり、紀伊半島も含めていくつかの半島地域が「半島振興対策実施地域」として指定されています。法規ですから範囲は明確です。
http://www.mlit.go.jp/crd/hanto/
ここの「制度紹介」にあるいくつかの資料をご覧ください。この場合の範囲は、いわゆる紀伊半島南部に限られているようです。これは地理上の『半島』の範囲を定義するものではなく、振興の対象となる地域を指定するものです。
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この回答へのお礼

細かい説明、ありがとうございます。紀伊半島三県や半島振興対策地域の事は初耳でした。紀伊半島に限らず、「半島振興対策実施地域」に指定されている半島には本当に色々な決まりがあるんですね。勉強になります。

お礼日時:2005/04/25 23:42

明確な境界線はないですね。



地図で見る限り純粋には大阪府なども紀伊半島の一部というほうが正解となるでしょう。
しかし、現実の感覚としては大阪府民はあまり自分たちが紀伊半島に住んでいるとは思っていないでしょう。

私は和歌山に住んだことがありますが、和歌山県、奈良県南部、三重県南部の住民には紀伊半島という意識があるので実感としてはそれら地域ということになるのではないでしょうか。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。住民に、紀伊半島に住んでいるんだ、と言う意識があるかないかというわけ方ですか~。結構ぴったりくるかもしれません。人の意識が境界線を作っているみたいな感じですね。

お礼日時:2005/04/25 23:42

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Q人間は考える葦である とは?

ふと頭をよぎったのですが、、
「人間は考える葦である」とはどういう意味なのでしょう? また誰の言葉なのでしょう? 簡単な質問ですみません。 よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 
  「人間は考える葦である」というのは、フランスの17世紀の思想家・数学者であったブレーズ・パスカルの手稿にあった言葉の翻訳です。普通、『パンセー Pensee(思索)』という著作のなかの言葉だとされますが、『パンセー』はパスカルの著作ではありません。パスカルは、もっと系統的に、人間、世界、神の秩序や矛盾などを考察した、体系的な浩瀚な著作を著すことを計画していて、そのメモを多数書いたのですが、構想が難しかったのか、または若くしてなくなった為か、計画した著作を完成させずに死去しました。
  
  残された膨大なメモを元に、パスカルが計画していた著作に似たものを編集することも考えられたのですが、とても、それは無理なので、断片集として、計画のまとまりや、内容の関連性などから、おおまかに断片メモを整理してまとめて、一冊の本に編集したのが、『パンセー』です。当然、パスカルの死後出版されましたし、内容は、緩やかなつながりで、長短の断片文章が並んでいる構成です。従って、本のなかの文章はパスカルのものですが、本は、パスカルの「著作」とはちょっと云えないでしょう。ほとんどできあがっていて、足りない部分などを、他の文章で補ったりして、計画通りかそれに近い本を作ったのならともかく、当初の計画とは違う、「箴言集」か「随想集」のような本になってしまっていますから。
  
  それはとまれ、「葦」が弱いものの代表として人間の比喩に取り上げられているのは事実ですが、何故「葦」だったのか、という疑問が起こります。例えば、「人間は考える蟻である」とか、「人間は考える蝶である」とか、また「人間は考えるクローヴァーである」とか、幾らでも考えられます。
  
  これは、誰かの説明であったのか、わたしが勝手に考えたのか記憶がはっきりしないのですが(おそらく誰かの説明です)、人間が「葦」であるということの比喩は、ナイルの河畔に生える葦は、強い風が吹くと、弱いために、すぐしなって曲がってします。風に抵抗できない。いや抵抗せずに、しなって敗北するのである。しかし、その他方で、偉大な樫の樹などは、風が吹くと、しなることはせず、抵抗するので風に勝利するが、しかし、繰り返し風が襲って来た時、何時か強い風に倒され、根元から折れてしまうのです。しかし、賢明に自らの分を知る「葦」は、風が吹くとそれに身をまかせてしなり、逆境のなかで、一見屈服したように見えるが、しかし、風がやむと、徐々に身を起こして行き、再びもとのなにごともない姿に戻って微風に揺れているということが、人間への「比喩」の意味だったはずです。
  
  少しの風が吹くとしなり、風の前屈して曲がるが、風が去ると、また元のように立ち上がる。人間とはこのように、自然や運命の暴威に対し無力であるが、それに従順に従い、そして暴威をくぐり抜けて、また元のように、みずからの姿で立ち上がる。自然界のなかでたいへん弱く、簡単に風にしなるが、柔軟性があり、運命にも暴威にも屈しない。そして何よりも、「考えることができる」すなわち「精神を持つ」ことで、ただ、自然の力、暴威として、力を無自覚に揮う風に較べて、遙かに賢明で、優れた存在である。……このような意味の比喩ではなかったかと思います。
  
  この葦の比喩は、パスカルという人がどういう人だったかを知ると、パスカル自身のことのようにも思えて来ます。パスカルは、四十に満たないで亡くなっています。彼は、少年の頃から神童と言われたのですが、病弱で、一生、病気や身体の苦痛とたたかいながら、思索し実験し、研究し、晩年は、修道院に入って信仰生活を送ることを決意して、自分自身でも、そのことについて、悩み考えつつ、世を去りました。パスカルは、自分に襲いかかる不条理な病や、身体の不調などと、「たたかう」というより、それを受けて耐え、病の苦しみのなかで思索や研究を続け、「精神」において、自然が与えた病の暴威などを、乗り越えて生涯を送った人だとも云えるのです。
  
  暖めた流動食でないと、喉を通らないというようなこともしばしばあったということは、解説書などには必ず記されているはずです。弱々しい「葦」のように、襲って来る風に身をまかせつつ、思索した精神、それがパスカルなのでしょう。パスカルは「人間とは、運命に従順であるが、しかし、精神で、運命に抵抗し、不屈の意志で、思索することで、運命や自然の暴威を乗り越える自由の存在なのだ」という意味で、この言葉を記したのではないかとも、思えるのです。
  

 
  「人間は考える葦である」というのは、フランスの17世紀の思想家・数学者であったブレーズ・パスカルの手稿にあった言葉の翻訳です。普通、『パンセー Pensee(思索)』という著作のなかの言葉だとされますが、『パンセー』はパスカルの著作ではありません。パスカルは、もっと系統的に、人間、世界、神の秩序や矛盾などを考察した、体系的な浩瀚な著作を著すことを計画していて、そのメモを多数書いたのですが、構想が難しかったのか、または若くしてなくなった為か、計画した著作を完成させずに死去し...続きを読む


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