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親ガチャについて投稿サイトで虐待を受けて育ってPTSD(精神疾患)を発症した人に「親のせいにするな」「人生自己責任」だと言われたという投稿を見たのですが理解できません。

不適切な養育が子供の脳に与える影響について書かれた本を読んだことがあります。

人生自己責任と言われるが脳の成長や人格形成で最も重要な時期は、自分の人生を親に委ねなくては、ならない子供の頃です。
脳科学者の本にも子供の頃の脳のマイナスは、一生ハンデーを与えると書かれてました。
こういう話をすると兄弟は、同じ環境で育つのに全然違うだから本人の問題だという人もいますが、例えば上の子には、厳しいのに下の子には、甘いとか、娘には、甘いのに息子には、厳しいという事もあって兄弟でも全く同じ環境で育つ人はいないと思います。
HSCのようにストレスを敏感に感じる気質もありますそして生まれ持った気質も兄弟で違います。
仮に生まれ持った気質がストレスを敏感に感じるような気質だったとしても親がそういう家庭環境でそういう養育をやってなければPTSDとかになってないと思うのでやはり親の責任だと思います。

読んだ本に「問題のある子育てをされた人は、ゼロからのスタートでは、ないマイナスからのスタートだ」という言葉も載ってました。
努力だ努力しろという人もいますがマイナス10の人がプラス50の努力をしたら40になりますがマイナス100の人は、プラス50の努力をしてもマイナス50です。
それだけ育った環境で請け負ったマイナスが違うのだから努力さえしたらいいという考えは、違うと思います。

HSCの本に載ってた言葉ですが
「大人に成ってから子供の頃の問題を克服するよりも大人に成ったときに克服なんかする必要がないように子供の頃に予防してるほうが遥かに重要だ」という言葉が載ってました。

どんな環境で育っても本人が努力して克服したらいいという考えが広まったら虐待等で苦しんでる子供達が見捨てられてしまう世界になってしまうとも思います。

スピリチュアル的な話で子供は、天界にいるときに親を選んでいるという話を言う人もいますがこの話も好きでは、ありません。
この考えだと虐待を受けて最悪の結果になっても自らの意思でそういう親を選んだんだから子供の自己責任だから可哀想ではないという輩も出てくるかもしれません

こんな子育てをされてこんな環境で育って苦しかった親のせいだと言う人がいたら「それは、親が悪いね苦しかったね辛かったね」と共感してあげるだけでいいと思うのです。

何でもかんでも親のせいは、だめだと思いますが
自分は不適切な養育に関しては、何歳になっても親の責任であると思います。

皆さんは、どんな環境で育っても人生は自己責任だと思いますか?

質問者からの補足コメント

  • 「お前が病気になってる時点」て書いてるけど投稿サイトで見かけた他の方のことで自分の事ではないですよ。
    それと子ガチャ失敗は、ありえませんよ。
    子どもの成長は、親から、受け継いだ遺伝子と親の子育ての結果だから子供のせいでは、ないです。

    No.6の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2024/03/19 18:58
  • 回答ありがとうございます。
    興味深く読ませてもらってます。
    例えで矢が刺さることで説明してますが勿論治療も大事ですが矢が刺さった場合同時に誰の矢がいつ刺さったのか捜査されて瀕死の原因を作った人に、刑罰が下ると思うのですが、

    No.9の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2024/03/19 19:10

A 回答 (10件)

そうですね・・・「親のせい」と言ってる人には


「そうだね、そんな親の元に生まれて不運だったね」と
言ってあげればいいですよ。
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それはそんな育て方してる親に言えばいいし、言いたいことはわかるけど子の立場にしてみれば結局そんなのどうでもよくない?



自分がどう生きるか、だからマイナス100からマイナス50にする価値は充分あると思うのよ。マイナス100のまま親のせいにして共感してもらって傷を舐め合ってるのもいいけどさ。
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PTSDになったことは自己責任ではないけど、その人のこれからの人生は自己責任で切り開く必要があります。



原因論の立場をとるか、目的論の立場をとるかで変わってくるともいえます。

その人の人生を原因論で語れば、PTSDの原因は親であり、その人の人生がうまくいかないのも親のせいです。

しかし原因を特定したところで、その人の人生は好転しません。

たとえば、矢が刺さって瀕死の人がいたとして、まず大事なのはこれからの治療であって、誰の矢が当たったのか、いつ当たったのかなどは考えても意味がありません。

この、原因を考えたところでその人の未来にプラスにならないという意味で、自己責任論が出てきているのだと思います。

過去の人生がうまくいかなかったことは親が原因だとしてもいいですが、未来については自己責任で担うべきです。

目線を過去に置くか、未来に置くかで変わってくるのです。

また、「克服」というのも、ある一定のレベルを超えたら克服だってわけではありません。

年収800万円を超えたら克服したとか、共通テストで7割を取ったら克服だとか、結婚して子供を産んで一戸建てを買ったら克服だとか、そういうことではありません。その人なりの克服があっていいのです。

この意味で、どんな過去があろうとも、人間は過去を克服して、その人なりの豊かな未来を築いていけます。

「わたしはこういう過去があるから、未来もダメに決まっています」という考えは、そりゃよくないですよね。

過去は誰かの責任でいいけど、未来は自己責任です。

それだけのことです。

>努力さえしたらいいという考えは、違うと思います。

違わないです。昨日より今日を少しでもプラスにすること、それが幸せです。

マイナス50にしかなってないから幸せじゃないって思う人は、プラス50になっても「まだ周りにはプラス100の人がいる」って嘆きます。

他人と比較している限り、永遠に誰かより低いままです。

他人と比較するんじゃなくて、昨日の自分と比較してください。

他人と比較することしかできない狭い小さい人間になってしまったのは親のせいかもしれませんが、親を離れてもなお、いつまでもそこに留まっているのであれば、それこそ自分の責任です。
この回答への補足あり
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何を読んだか知らないけど、極端ですよ。


物事は白か黒かじゃないです。
親が悪くて人生狂った、そういう人もいるでしょうね、で置いておく話です。
どっちが正しいとか徹底的な議論をして白黒つける話じゃない。
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お前らは自分を基準に親ガチャを失敗したとか言ってるが


お前が病気になってる時点でお前の親は子ガチャに失敗したと
言うことになる訳だが、理解してるか?
この回答への補足あり
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その人の人格形成や知的能力の発達に影響する最も重要なファクターは社会環境です。



遺伝が6割。1割未満が親の育て方、3割強が社会環境「どの時代に生まれ、どんな地域環境の中で、誰と共に育つのか」です。

あなたが自己責任だと思うのなら、それは社会がそう思えとあなたに要求したからですし、親のせいだとあなたが思うのなら、そう思えと社会に要求されたからです。

誰かがあなたに酷いことをしたとしても、それ自体があなたに影響を与えるのではなく、誰かがあなたに酷いことをした時、社会環境がそれをどう評価したか、或いは見過ごしたか、それこそが社会生活を営む人にとって恐怖なのですし、それこそがその人にとって絶望となるんです。

虐待であったりいじめであったりDVであったりは、その事象が発生する社会構造の中で深刻化します。それは虐待されていることを誰も気付いてくれない、いじめられていることを誰も気付いてくれない、DVが今ここで発生していることを誰も気付かない。あることをないことにする社会環境にその人がいること、それがその問題そのものであるし個人では乗り越えがたいものとなります。

また実際として親に大事に育てられ必要な養育を充分に受けている子供だとしても、その社会環境がその子供に親に虐待されていると言い続けたら、その子供は実際に虐待されて育った子供と同じような人格形成をし、それはその人の確かな経験となります。
また、子供時代は何の問題もなく無事に過ごしとしても、成人した後にいわゆる「虐待関連情報」に接触し、自分は親に虐待されていたと思い込むケースも頻繁にあります。これは関連情報の錯誤ですね。虐待されて育った子供は生きてゆくことそれ自体が難しいのであれば、今現在として生きてゆくことが難しい自分があるのであれば、きっと虐待されたに違いない。という錯誤です。そして本当に虐待された記憶を語り、虐待された人と同じ心理状態になるんです。人はこれほどまでに社会情報から影響を受けます。記憶までつくり出してしまうのです。

どの時代に生き、どんな地域にいて、誰と共にこの社会に存在するのか、それは子供であろうが大人であろうが自分と切り離すことが可能でないものです。だからこそ、それは生涯その個人に多大な影響を与えるのです。

あなたはこの質問の中で、子の自己責任を否定し、「親のせい」を強調してます。それは親に親の自己責任を追求するのと同じです。であれば結局としてあなたは自己責任論を肯定してるんですよ。

あなたが自己責任論を肯定できないのであれば、どのような考え方が自分を救済するのか、そしてその考え方は他者をも救済するのか、今一度キチンと整理して何が問題であるのかを見ることが必要です。その上で自分の考えを述べれるのか述べれないのか、ですよ。
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おはようございます。



最終的には自己責任、その途中で大きな環境として親の力が影響
している、と思います。

どちらか1方が100%の責をもっているということはないでしょ
う。感覚的には本人の自己責任50%くらい、親の責任が30%くら
い、それ以外の要因が20%くらい、と思います。

親の目からみて「なんで自分の子は親である自分のいう事聞かない
んだよ」と考えたことのある親は普通だと思うんですよ。つまり子
は親に反発できないと考えているかもしれませんが、逆に親は子に
抵抗されており、親が本気を出しても、親による完全コントロール
は出来ない(親より自己の決定権の方が上である)、と思います。

多分、その上で、子は親に反発しつつも、自らの心体を守るために、
親の理不尽を100%反発せずにある程度受け入れている、と思うんで
すよ。それは自らがよかれと思った行動だと思うので、やむを得ない
とは思いますが、本人の自己責任の範疇だと思うんです。

>自分は不適切な養育に関しては、何歳になっても親の責任であると
>思います

社会的には18歳までは親(保護者)の力を使わずに生きていく事は厳
しいと思うので18歳までは親の責任は最大で30%くらいは発生してい
る、ただしそれ以降は独立できるので、親の責任は弱くなり、反対に
自分の保守の思想が強くなる、と思います。

>どんな環境で育っても人生は自己責任だと思いますか?

人生、理不尽なことはおこるでしょう、病気、まきこまれ事故、さす
がに人間ですのでそれを回避出来ないなんてことはあるでしょう。
しかし自分が選択した結果なら、多くの場合、自己責任だと思います
よ(無知という可能性もあるでしょうけど、無知だった理由は自分が
勉強しなかった事に起因する可能性が高いと思うんです)。
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あえてスピリチュアル的な角度からお話をさせていただきますとね、そういったいわゆる毒親の元に産まれる方は、霊格の高い方だと言われています。


つまり、霊格の高い方というのは、魂の中でもかなりの上級者です。要は難易度の高い環境で修行をしてそれを乗り越えられるかが試される様です。
ですから、人生の前半では当然苦労されるでしょうけど、でも、そういう方は上級者ゆえ、きっと人生の後半では前世までの知識と経験を活かしてきっと人生を立てなお直される事に期待したいです。
私も人生の後半を迎えた今、子供の頃には周囲から苦労人と言われて(笑)、何で私は周りの友達と比べてこんなに困難が多いんだろうと悩んだりしましたが、何とか折り合いをつけてここまで乗り切って来ましたので・・、とは言っても今も認知症の母親の介護をしているので、全然悠々自適の老後とはなっていませんけど、でもまぁ、そういう課題を持った人生なんだなと割り切って目の前の困難を解決とまでは行かなくても、何とか乗り切っています。ですから、誰のせいとかではなくて、何とか乗り切っていただきたいなと思います。何か重い話をして申し訳ありません。
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「親ガチャ」とかふざけた言い回しするヤツは自己責任と思います


ホントに厳しい環境の人はそんな舐めた言い回しできませんよね
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両方の影響です。



どっちか片方などということはありません。
全部自己責任というのも、親ガチャというのも間違っています。

親ガチャとは「本人にはなんの責任もない」という意味です。
こんな言葉が流行るから、それへの反発で全部自己責任という人が出てくるのです。

両方とも間違いで不毛な論争です。
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