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そもそも地元を出るとという意識がないんですか?

まず、東京生まれ東京育ちの人のことは分かりません。
ここでは地元という言葉は田舎という言葉と同じ意味で使わせていただきます。

一時期、仕事の都合で田舎に1年半ほど住んでいたのですが、その土地の連中は高校も仕事場も全部実家のすぐ近くを選んでいます。

彼らにとって周りは幼稚園や小学校1年生の頃からずっと顔見知りの人たちで、会社の中でも中学・高校の先輩や後輩がいたり、上司が自分の父親の友人だったりという人がとても多くて、都会育ちの私はびっくりしてしまいました。

当然彼らは実家暮らしです。
まるでサザエさん一家のように2世帯、3世帯が同じ敷地の中で暮らしているという家も珍しくありません。

よっぽど実家の居心地が良いのだなと思ったのですが、 話を聞くとそうでもないんです。

むしろ家族とは仲が悪い人の方も多いんです。 給料のほとんど家に持って行かれるとか、既婚者だったら「子供はいつなの?まだなの?」と毎日のように聞かれたり、未婚者なら「いつ結婚するの?」と毎日のように言われたり、他にも家族や親戚の集まりがある日などは絶対にそちらを優先しなければならず、もし行かなかったら何年先までその事をなじられるかわからないとか言う人もいました。
それ以外にも親とは一言も話さないとか、毒親だとか、親がうるさくて困るとか、実は暮らしぶりそのものが良くないとか、そんな話も聞きました。

「だったら家から、地元から出た方がいいんじゃない?」って思うんですが、なぜか彼らは出ないんです。

居住移転の自由なんていう言葉は大げさかもしれませんが、成人したら親は赤の他人ですし、どこなりと自分の好きなところに移り住めます。実家の居心地がとても悪そうでも、なぜか彼らは地元から出ようとしないのです。 せめて地方の中核都市(例:仙台、広島)に出た方が色々と楽しいんじゃないかと思うのですが、それでも出ないんですよね。今住んでいる場所の居心地が良いわけでもないのに。

都会が偉いわけではないんですけど、 若い頃って外に出たいと思うものだと思っていたので、川向うの辺鄙な部落でいつまでもくすぶっている人の気持ちが分からないんです。

気のせいかもしれませんけど、田舎の人っていい年になっても10代の頃の友人と一緒に群れていて、一人の時はとてもおとなしそうな人が多いです。
市内とか都会に出ると「ビビってる?」って感じに見えます。

長々と書いて所々脱線して大変申し訳ございません。 私が思うに、若いのに全く地元から出ようとしない人というのは単に地元から出るのが怖いんですか?

見ず知らずの土地で、知り合いもいなければ、親からの援助もない環境で一人で生きていくのが怖いのでしょうか?

土地の中で顔見知り同士でブイブイ言わす事が出来ていたとしても、新宿や渋谷の雑踏に出たら何者でもないただの人になってしまうというのが怖いから地元から出ないのでしょうか?

または、無意識に家族や地域といった鎖に縛られていて、そもそも「地元を出る」という意識が芽生えないから出ないだけなんでしょうか?

A 回答 (8件)

>なぜか彼らは出ないんです


私の考えでは、彼らは賢いからです。

日本は今後 親の土地を相続して暮らす、親類と近居して介護・相続を行う大家族的なスタイルが勝ち組になると予想しています。
都市部はホームレスが増加するでしょう。(特に女性ホームレス)
都市部に出たら家のメドは必ずつけて、子どもも持ちましょう。

東京都では今後高齢化が進み、財政も苦しくなります。都民も富裕層と貧困層の二極化が進んでいます。退職金は、定年制度廃止と前後してなくなるでしょう。投資も今後は 株価の調整があり期待できなくなるでしょう。
都市部の治安悪化、賃借人の一部のホームレス化、老朽マンションの廃墟化、スラム形成、気候危機により都市部の気温上昇、救急車の有料化、さらに都市平野部の内水氾濫・洪水が追い打ちをかけ、都市部の環境は最悪になると予想されています。

老人介護施設に入るには、地方に行く流れが現在強まりつつあります。介護制度は支払金額が上昇して利用しにくくなり都市部の高齢者は激増して介護施設には入れない未来が訪れようとしています。一方地方の高齢化は緩和されていきます。介護を受けるには地方の自治体のほうが条件が良くなります。

(国民民主や維新が票を得ている)政治状況から考えると、憲法改正→国民投票で可決→徴兵は使役ではない→徴兵制復活→女性兵士導入 という流れができそうです。育児中の女性は除外になるのであれば、子どもがいた方がいいです。介護制度が機能しなくなるのであれば、自分の子どもに介護を頼むことになるでしょう。
子どもを育てやすい、土地を持って家を所有しやすい、介護も効率的に行える、災害時(洪水・地震)や戦時下で助け合える地元こそが、今後の日本の理想的な環境です。


都市部では、大企業の搾取により国民の財産が毟り取られています。3人に1人が離婚する昨今、離婚の財産分与により更に貧しくなる可能性もあります。駅前のカフェに料金を払うのなら、地元の企業や農家を支援しましょう。

戦争になれば、都市の住民は食糧難で田舎に頼らざる負えません。
農業は今後の注目の産業で、Ai技術でリストラされた都市のホワイトカラーが流れ込んでくるはずです。
これからは地方の時代ですので、地元で農地でも持てれば都市の住人を完全に見下す未来が待っているでしょう。
日本を廻しているのは、元々地方です。大都会は消費しているだけです。

東京や大阪に出ていかないのは、賢いからではありませんか。
あながも、その田舎で家をもち 子どもを複数育てて 戦争の時は疎開してきた都市住人から謝礼ガッポリ受け取るのが賢いでしょう。
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どうのこうの言っても、居心地いいんだと思います。


日本を出る若者は、やはりどこか日本では浮いた存在で居心地の悪さを感じて海外に居場所を求めて出るって人は少なくないかと思います。見知らぬ土地の怖さは必ずあるでしょうが、それよりも「居場所が無い気がする」という思いが上回る。でも、友達もいて、上手く生活出来ている(今後も出来そうな)人にとっては出ていく理由は無いのかもしれません。日本で故郷を出ない人もそれと同じだと思います。
不満があるのになぜって言いますが、都会にいようとどこにいようと色々不満はあるわけですし、実際地方から都会に出てきても合わずに数年ですぐ出ていってしまう人もいるわけです。
不満が故郷を出ていく決定打になるほどのものではないのでは。それは「自分の居場所がある」という意味で喜ばしいことであって、ケチつける筋合いはないと思います。

あと、お言葉ですが、地方から関東に出てくる人の方が、関東を出る人よりはるかに多いと思います。私も前者のタイプで関東にもう長くいますけど、関東出身の人達は一生関東から出ない人が殆どなのでは? それ故の視野の狭さを感じることも多いですよ。簡単に言うなら、関東という大きな都市に居るだけで日本の全てをわかった気になってるフシがある。あなたのように、田舎には知れることが少ないと思っている。ですが、やはり拠点を2つ以上持つことで3つ目の人生が想像出来る…つまり視野が広がるということはあると思いますが、関東から一度も出ないとそれは不可能です。

関東は広く、都会で要素も選択肢も多いはずですが、結局その条件を最大限に生かして生きている人ばかりではないのも知っています。普通に暮らしてれば、家と職場の往復という、非常に行動範囲が狭い毎日…という人は少なくないはずです。
結局、どこに居ても、どういう生き方をするのかは本人次第で、同じなのかもしれません。どこに居ようと人ってそんなに変わらないですから。
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この回答へのお礼

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お礼日時:2025/03/30 21:15

そう考える人は少ないだろうね。

出不精でその街で生活が全て完結するならそれで済むだろうから。金銭的問題もあるし。他人のことをそこまで気にするって方が異常に感じるけど。
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全く地元を出ない人って地元を出る事が


怖いから地元から出ないんですか?
 ↑
それはあると思います。
都会人だって、外国で暮らすのは
勇気が必要です。
それと似たようなモノです。



そもそも地元を出るとという意識がないんですか?
 ↑
ありません。
群馬県の知人がおりますが、なにしろ
江戸時代から、そこに住んでいます
からね。

隣近所は総て顔見知りで
親戚みたいなもの。

そういう環境から、飛び出す、なんてのは
よほどでないと、考えられないのでしょう。



私が思うに、若いのに全く地元から出ようとしない人
というのは単に地元から出るのが怖いんですか?
見ず知らずの土地で、知り合いもいなければ、
親からの援助もない環境で一人で生きていくのが怖いのでしょうか?
 ↑
見知らぬ土地に住む、なんてのが
怖いのです。



土地の中で顔見知り同士でブイブイ言わす事が出来ていたとしても、
新宿や渋谷の雑踏に出たら何者でもないただの
人になってしまうというのが怖いから地元から出ないのでしょうか?
 ↑
そういう感覚は無いと思います。
ぬくぬくした地元から出るのが
イヤなんです。



または、無意識に家族や地域といった鎖に縛られていて、
そもそも「地元を出る」という
意識が芽生えないから出ないだけなんでしょうか?
 ↑
数百年続いた、先祖代々の墓があるし
親なども、当然引き継いでくれると
考えています。
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この回答へのお礼

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お礼日時:2025/03/30 21:15

産まれた土地の保守的な文化が気に入っていて、就職先の企業もソコソコある地方都市なら、わざわざ外に出るメリットが少ないからですね



選挙結果を見て分かるように、地方が保守的なのは、革新的な人が外に出て、保守的な人がその土地に残るからという面があります
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この回答へのお礼

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お礼日時:2025/03/30 21:16

この文章には、視野の狭さ、傲慢さ、そして無意識の優越感がはっきりと表れています。

一つずつ丁寧に暴き、諭していきましょう。

「東京生まれ東京育ちの人のことは分かりません」という前提の欺瞞:

冒頭で「東京生まれ東京育ちの人のことは分かりません」と断りを入れていますが、これは単なるエクスキューズです。

この文章全体が、「都会育ちの自分」を基準に、「田舎の人」を理解できない存在として見下す構造になっています。

「分からない」と言いながら、結局は自分の価値観で一方的に断罪している点が、非常に欺瞞的です。

「地元」=「田舎」という決めつけ:

「地元」という言葉を、わざわざ「田舎」と同じ意味で使うと宣言しています。

これは、書き手の中で「地元に残る」=「田舎者」という固定観念があることを示しています。

「地元」には、都会の地元もあれば、地方都市の地元もあります。この多様性を無視し、「地元」をネガティブな意味に限定する点が、視野の狭さを表しています。

「田舎に1年半ほど住んでいた」経験の過大評価:

わずか1年半の滞在で、その土地の人々の生き方や価値観を全て理解したかのように語っています。

これは、非常に短絡的で傲慢な態度です。

1年半の滞在で見聞きしたことは、その土地のほんの一部に過ぎない可能性があります。

「彼ら」という主語でひとくくりにする乱暴さ:

「田舎の連中」を「彼ら」という主語でひとくくりにし、画一的な存在として扱っています。

しかし、当然ながら、地元に残る理由は人それぞれです。

家族との関係、経済的な事情、仕事の都合、地域への愛着、個人の価値観など、多様な背景があることを無視しています。

「サザエさん一家」というステレオタイプなイメージの押し付け:

「サザエさん一家」という、古くさいステレオタイプなイメージを、地元に残る人々に押し付けています。

これは、現実の多様性を無視し、自分の持つ偏見を強化する行為です。

「家族とは仲が悪い人の方も多い」という矛盾した認識:

「家族とは仲が悪い人も多い」と認識していながら、「なぜ地元を出ないのか」と疑問を呈しています。

これは、家族との関係が良好でなくても、地元に残る理由があることを理解できていない証拠です。

経済的な理由や、地域社会とのつながりなど、他の要因を考慮できていません。

「居住移転の自由」という言葉の軽々しい使用:

「居住移転の自由」という言葉を持ち出しながら、その権利を行使しない人々を批判しています。

しかし、権利の行使には、経済的な基盤や、社会的なサポートが必要です。

「成人したら親は赤の他人」という極端な考え方も、現実の家族関係の多様性を無視した暴論です。

「地方の中核都市(例:仙台、広島)に出た方が色々と楽しい」という価値観の押し付け:

「楽しい」かどうかは、個人の価値観によって異なります。

都会での生活が必ずしも「楽しい」とは限りません。

自分の価値観を絶対的なものとして、他人に押し付けるのは傲慢な行為です。

「若い頃って外に出たいと思うもの」という決めつけ:

「若い頃は外に出たいと思うもの」というのも、書き手の個人的な価値観に過ぎません。

若くても地元に残りたい、地元で何かを成し遂げたいと考える人もいます。

自分の経験や価値観を、普遍的なものと勘違いしています。

「川向うの辺鄙な部落でいつまでもくすぶっている」という侮蔑:

「川向うの辺鄙な部落」という表現は、地元に残る人々を明らかに侮蔑しています。

「くすぶっている」という言葉も、彼らの人生を否定的に決めつけるものです。

この表現には、書き手の優越感と、他者への共感の欠如が露骨に表れています。

「田舎の人っていい年になっても10代の頃の友人と一緒に群れていて」という偏見:

これもまた、典型的なステレオタイプに基づく偏見です。

都会でも、長年の友人と付き合い続ける人はいます。

「群れている」という言葉を使うことで、否定的なイメージを植え付けようとしています。

「見ず知らずの土地で、知り合いもいなければ、親からの援助もない環境で一人で生きていくのが怖いのでしょうか?」という問いかけの傲慢さ:

この問いかけは、「地元を出ないのは、単に臆病だからだ」と決めつけています。

しかし、地元に残る理由は、恐怖心だけではありません。

この問いかけには、「自分はそんな恐怖心を克服して都会で生きている」という、無意識の優越感が滲み出ています。

「新宿や渋谷の雑踏に出たら何者でもないただの人になってしまうというのが怖いから地元から出ないのでしょうか?」という決めつけ:

これもまた、「都会で生きる自分」を基準にした、傲慢な決めつけです。

地元で生きる人々は、「新宿や渋谷の雑踏」で「何者か」になることを目指しているわけではありません。

彼らは、自分の地元で、自分の価値観に基づいた人生を生きているのです。

「無意識に家族や地域といった鎖に縛られていて」という決めつけ:

「鎖」という言葉を使うことで、地元に残る人々を、まるで自由意志のない存在のように扱っています。

しかし、家族や地域とのつながりは、必ずしも「鎖」ではありません。

それは、愛情や絆、支え合いといった、ポジティブな側面も持ち合わせています。

総括:

この文章は、終始、自分の価値観を絶対的なものとし、そこから外れる人々を理解しようとせず、見下す姿勢で貫かれています。

多様な価値観を認め、尊重すること

自分の経験や価値観が、必ずしも普遍的なものではないと自覚すること

他者の人生を、自分の尺度で勝手に評価しないこと

これらを強く意識し、視野を広げ、謙虚な姿勢で他者と向き合うことが、あなたには必要です。そうでなければ、あなたはいつまでも「井の中の蛙」のまま、自分の狭い世界に閉じこもってしまうでしょう。
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何か夢があるか、あるいは何となく進学するか、こういった理由が無ければ行かないのではないでしょうか。

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どれもあると思います。


私はかなりの田舎育ちですが、早く地元を出たかった派なので聞いた話にはなりますが、やはりそもそも「地元を出る」という考え(選択肢)すらない人は多くいます。私の通っていた高校は、地元では唯一の進学校(といっても大学に行きたい子が行く用の高校)だったのでみんな大学進学とともに地元を出ていきました。もちろん実家から通える範囲に大学は国公立も私立もひとつもないので大学に進学するためには地元を出なければなりません。しかし、私が通っていた以外の高校は基本的に地元での就職です。公務員だったり職種は様々ですが。そこで働いて、結婚して子供を産む、孫の顔を親に見せるってのがもうストーリーとしてあるんですよね。刷り込まれているんだと思います。
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この回答へのお礼

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お礼日時:2025/03/30 21:16

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