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次期FX(?) F-3のサブネームに烈風と言う記事が有りましたが
F-86 月光・旭光
(金沢市街地に落ちた)F-104 栄光
F-4EJ(ファントム爺さん)
F-15(イーグル)
F-1
F-2
Fー35(JSF)
()はサブネームじゃなく勝手な通称

なんで、国内通称ついた機種と無い機種が出来たのでしょうか?
どうでも良い話ですけど

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A 回答 (4件)

要は愛称が定着しなかったというだけのことだと思うんです。


 また別の理由として、確か昭和40年代くらいは少年雑誌に旭光や栄光の名前を紹介する記事がありました。ただ子どもの間では旭光も栄光も流行らなかった。普通にF-86とかF-104って呼んでました。
 その頃は少年誌でも戦記物って人気だったんですが、その後反自衛隊の空気が濃くなってゆき、昭和50年代くらいになると少年誌ではそうしたものはまず見なくなりました。特にF-4なんかは導入時に爆撃コンピュータがあるから侵略的だ、空中給油装置があるから中国を攻めるんだろうなんて共産党や当時の社会党が真面目に国会で叫んでいましたしね。戦時中みたいに戦闘機に愛称をつけるなんて軍国主義的だ、なんて感じで愛称をつけるのもはばかられたんじゃないですかね。
 ちなみに噂される「烈風」は結局何の役にもに立たなかった機体ですので縁起が良くない。雪風なんかにしてほしいですね。
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なんで烈風なのか?ちょっと調べてみたら、面白いことがわかりました。



烈風の理由は
・GCAP計画の元はイギリスの「テンペスト計画」で、テンペストは暴風と言う意味、だからほぼ同じ意味の「烈風」がいいのではないか
・F-2はバイパー・ゼロ(F-16はバイパーとよばれていた)と呼ばれていたので、ゼロ戦の後継機「烈風」がいいのではないか
ということらしいです。

まあ、それならそれでいいと思います。

ちなみに国内通称というか愛称がないのは1960年から1970年の安保闘争の時代だったからだと思います。ファントム・イーグルは米軍の名前、ファントム爺さんは米軍のF-4が退役したのに自衛隊ではまだ使っていたのでついたあだ名です。
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日本としては、途中から英伊と共同開発とはなりましたが、ほぼ一から開発をスタートさせた主力戦闘機で、これは旧帝国陸海軍以来のことです。



「烈風」は、ミッドウェー海戦で大敗を喫した帝国海軍が、ゼロ戦に代わる主力艦上戦闘機(空母に搭載可能な戦闘機)として、ゼロ戦を開発した三菱重工に開発を発注したものです。開発手担当はゼロ戦開発を担当した堀越二郎でした。
しかし、開発は試作機を8機完成させた時点で終戦を迎え、終了してしまいました。

自衛隊は発足以来、戦闘機は米国頼りでしたが、久々に国内開発の政府許可が降り、三菱重工が一旦は試作機を完成させるところまで行きました。
しかし、予算不足もあって予定期限までの完成は不可能と判定されたことから、同じように新戦闘機開発に苦しんでいた他国との共同開発にはなってしまいました。
とはいえ、日本側の開発主体である三菱重工の思い入れの強さが、「烈風」という名称に現れたということなのでしょう。
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86セイバーの頃は自衛隊は日陰者。


少しでも良い印象を得ようと愛称を付けたのかもしれない。
F-4ファントムの頃は下手な小細工は必要なかったのだろう。
新戦闘機に愛称を付けるなら、間に合わなかった駄作の烈風より大東亜決戦機の疾風が相応しい。
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