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「行く」を可能の意味で「行かれる」と言うのは誤りだとネットで指摘されました。
調べてみましたが
「行かれる」は、「行く」に可能を表す助動詞「れる」をつけたもの、
「行ける」は単独で可能動詞なんだそうですね。
その方によると、前者は明治以前の用法で、後者の方が現代の文法では正しいのだそうです。
ですが私は場合によっては使いたい気持ちです。
例)何時までなら行かれるよ。
文法上、「行かれる」は使ったら間違いなのでしょうか?

A 回答 (5件)

「ら抜き言葉」の、さらに前の段階の話ということですね。



五段活用動詞を「可能」の意味で使う場合、助動詞“れる”を付けるのではなく、可能動詞にすることがデファクトスタンダードになってしまっているため、余程注意して使用しないと、「可能以外」の意味にとられてしまうということではないでしょうか。

“歩かれる”(ほぼ「尊敬」ととられる)
“作られる”(まず「受身」と思われる)

言葉の話ですから、正しいか間違いかというよりも、この場合、誤解される恐れが高いか低いかということでしょう。

例に挙げられた“行かれる”も、「尊敬」や「受身」と受け手に思われないような文脈を選ぶと思います。話し手/書き手の表現力だけでなく、受け手の読解力に大きく左右される面があると感じます。
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この回答へのお礼

なるほど、“歩かれる”“作られる”と聞いて可能の意味に私は取りません。と言うか知りませんでした。
可能動詞の「作れる」が一般化してるが、「作られる」もかろうじてだが、残っている。だけど誤解されやすいということですね。
参考になりました。使うときは注意するようにします。

お礼日時:2005/06/25 00:09

おっとすみません。


もちろん、通じるかどうかはシチュエーションの問題でもあるので、あなたが例に出したケースであれば通じるでしょうね、「行くことができる」という具合に。

当たり前ですが、「誤解されるケースが多い」と理解してくださいね
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このサイトで私は散々「ことばに正解はない」「ことばは通じるかどうかだ」「しかし、美しい言葉というのは存在する」と述べてきました。



もし「行かれる」とあなたがつかったら。それが口でいって耳で聞かれる場合、つまり音声で伝わる場合。

ほとんどのひとは「いく」の尊敬語として聞くでしょう。
しかしたちの悪い人は「おかしくなった」という意味にとるでしょう。
いずれにしても「行くことができる」にとってもらうことのできる可能性はきわめて低いといえます。

文法というのは「言葉はこのように使わなければいけない」という「法律」ではなく、「言葉はこのような法則で成り立っているだろう」という「現状分析」だと思います。
よって、時が流れるとどんどんと変わっていきます。

その一例として、私は「あたらしい」という言葉をあげます。
「新しい」と書いて「あたらしい」と読むわけですが「新た」と書いた場合は「あらた」ですよね?
「新」に「た」とおくった場合は「あらた」だとすれば、「新しい」が「あらたしい」ではないのはなぜ?

実はもともとは「新しい」は「あらたしい」だったといわれています。それが音の逆転から「あたらしい」になり、やがてはそれがよく使われて、現在につながり「新しい=あたらしい」になっているわけです。

行かれる、とつかって現在「行くことができる」と理解してもらえるならそれは「間違いではない」と思いますが、さて、あなたの周りの人にどれだけそのように通じますか?
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この回答へのお礼

新しいは新たなるから来てるんですものね。
おっしゃるように言葉は変わっていく生き物ですし、細かな文法にこだわって目くじら立てる自分も大人げないように思えてきました。
「行かれる」はケースによっては通じるが、ほとんど死語なわけですね。
こんなに無学な私にもわかり易くお答えいただきありがとうございました。

お礼日時:2005/06/25 00:47

おおやけには「行かれる」を可能の意味で使うのは避けたほうが良いでしょう。


文法的には質問者さんや #2 さんの分析のように「行く」に可能の助動詞を付けたものとして可能ではありますが、実用としてはもはやそのような言い方を(少なくとも共通語では)ほとんどしなくなっているので、尊敬の意味に取られたり、「言い間違った」と思われる可能性が非常に大きいと思われます。
所詮文法なんて後知恵だし、どんどん変化していく現実の言語現象とは乖離していく(古くなっていく)ので、#1 さんのおっしゃるとおり日常的に使う言葉は誤解の少ない言い方を選んだ方が良いと思います。
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この回答へのお礼

わかりました。回答者さまたちのように成り立ちをご存じの方々になら理解してもらえるけれど、公式に使う場合は誤解は避けた方がいいですね。
ありがとうございました。

お礼日時:2005/06/25 00:35

 間違いとはいえないかも。


 「行く」は五段活用で、「行か」と変化するのは未然形、つまり未来・推量・否定などを表します。可能を表す「れる」・「られる」は未然形に接続する助動詞で、五段活用の口語の場合は「れる」を使用します。終止形は「れる」です。
 従って、文法上は「行かれる」となります。
 ただし、尊敬語の「行かれる」もあるので紛らわしいかも知れません。
 ちなみに、「行ける」という表現は江戸時代から使われだしたそうです。

参考URL:http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/k000304.htm
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この回答へのお礼

そのへんの活用はすっかり忘れていましたので勉強になりました。
単独で「行かれる」と言ったら確かに尊敬語だと思われてしまいますよね。
でも文法上は誤りでないのがわかって良かったです。
ありがとうございました。

お礼日時:2005/06/25 00:30

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