こんにちは。
初歩的な質問で申し訳ありませんが、中国語のあいづちについてそれぞれ受ける印象、ニュアンスなどわかる範囲で教えてほしいです。

1、「是的」「対」は、”はい、そうです”だと学びましたが、受ける印象で違いはありますか?
「対」の方が肯定度が強い気がしますが、気のせいでしょうか?

2、「好的」「行」「可以」は、”はい、いいですよ”だと学びましたが、どう違いますか?
相手の言葉の文によって違うだけでしょうか?

3、「明白了」「dong了」は、”わかりました、理解しました”だと思いますが、「知道了」にはその意味はありますか?

4、目上の人や取引先の方に何か仕事を受けたとき、日本語では「いいですよ」とはあまり言わず、「はい解りました」「はい了解です」などと言いますが、中国語でこれにあたる言葉は「行」?「明白了」?「当然可以」??
それとも、もっと他に積極的な同意を表す良い表現はありますか?

具体的な文章はまだしも、中国語の「はい」がまだまだ自分の中でしっくり行きません。
よろしくお願いしますm(__)m

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A 回答 (1件)

こんにちわ(/は)。


以下、言語的に大きな区別はありませんがあえて分別してみました。

>1、「是的」「対」
*「是的」:はい、そうです。はい、そのとおり。仰るとおり。ごもっとも。
英語のyes,rightの意味に相当します。
肯定表現の一般語。
「是字構文」で問われたときに「是的」「不是的」で応答します。
例:
ni是新来的ma?・・・是的(そうですよ)。不是的(違いますよ)。

*「対」:形容詞:正確。正常。適合。合っている。間違ってはいない。
英語のright,correctの意味に相当。
より積極的に明確に肯定している感じがしますね。
例:
這一点対不対?・・・対(合ってるよ)。不対(間違ってるよ)。
----
*「是的」「対」共に「はい、そうです」のように教科書では意訳されていますが、実際の感覚は「仰ることは適合しています」「はい、そのようです」「はい、そのとおりです」の意味になります。

*「対」を日本語に意訳して「はい、そうです」は、間違いではないが「はい、合ってます」にしたほうが意味がはっきり見えますよね。

例:
「ni説得都是」よりも「ni説得都対」のほうがより肯定度が積極的な感じ。気のせいではありませんヨ。
-------
>2、「好的」「行」「可以」
>相手の言葉の文によって違うだけでしょうか?
*「好的」:形容詞合成語:可能を表す。O.K.。相談事などで「どうでしょうか?」と尋ねられた場合にOKなら「好的」で応答。
例:
等我一会儿,好ma?・・・好的(はい、いいとも)。

*「行」:形容詞:可能を表す。all right,O.K.。「出来るかどうか」を尋ねられた場合にOKなら「行」で応答。
例:
ni替我到郵局走一tang4,行ma?・・・行(はい、いいとも)。

*「可以」:助動詞:可能や許可を表す。may,can。「してもいいかどうか」を尋ねられた場合にOKなら「可以」で応答。
例:
我可以進来ma?・・・可以(はい、いいとも可能ですよ)。

以上三語ともに「よろしい」=許される/許す の意。賛成の口調に用いて、ほとんど同じ用法。ご覧のように相手からどんな言葉で問われたかで応対が変わります。
-------
>3、「明白了」「dong了」「知道了」
*「明白了」:はっきりと明白に、わかりました。understood。
*「dong了」:理解して、わかりました。understood。
*「知道了」:知って、わかりました。knew。

以上三語ともに「動詞+動態助詞(了)」の合成語。
「知道了」にも「わかりました」の意味が有ります。ただし、若干素っ気無い感じがしますネ。なぜなら頭の奥深くで理解したのではなくて単に、知って解っただけだからです。
-------
>4、「行」「明白了」「当然可以」
*「行」:本来は、同意・応諾を表しません。出来るか出来ないかを尋ねられた場合に"かのう・できる"の意味で「行」と答えます。
*「明白了」:同意・応諾を表しません。単に"わかった"だけです。わかったかわからないかを尋ねられ場合に"わかった"の意味で「明白了」と答えます。
*「当然可以」:同意・応諾を表します。「可以」は英語のmay(~してもよい)と同等の意味が含まれているからです。
ただし可能か不可能かを尋ねられた場合に"可能"の意味で「可以」と答えます。

ご覧のように、以上三語共、顧客や上司に、可能かどうか/解ったのかどうか を尋ねられた場合に限ってそれが"可能/解った"の意味で答えるときに使用可。何も尋ねられなかった場合は、不適切な言語です。
----
>目上の人や取引先の方に何か仕事を受けたとき、
先方から尋ねられなくても、積極的に"うけたまわります"の意味で;
a「接受」:jie1 shou4:お受けします。
例:
ni的要求,我接受了。
全部明白了,我接受了。← この場合は「明白了」も使用可。
b「楽意接受」:le4 yi4 jie1 shou4:喜んでお受けします。
c「願意接受」:yuan4 yi4 jie1 shou4:(同上)。
d「遵命」:zun1 ming4:承知してかしこまりました。
e「楽于遵命」:le4 yu2 zun1 ming4:喜んで承知してお受けいたします。
f「敬悉各情」:jing4 xi1 ge4 qing2:委細謹んですべて承ります。

日常会話的には、a,b,cくらいまでです。d,e,fだと非常にかしこまった場面です。

やむなく複雑な解説ではありますが明白了になったでしょうか?^^♪。
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この回答へのお礼

ありがとうございます!
もちろん「明白了」です!!
お答えを拝見して、自分で一体何がわからなかったのか、ぼんやりしていたものがはっきりしてきました☆
素晴しい中国語力、私も見習ってこれからも精進していきたいです。

お礼日時:2005/06/25 22:57

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まあ、雰囲気的にすっきりした、はっきりした場合の「わかった」が「明白」で、知らなかったことがわかったのは「知道」ですかね。
こんな記事もあります。↓
http://blog.mag2.com/m/log/0000118755/105369720.html

「知道了」は「知っています」というか「知りました=わかりました」ということですね。
「不知道」を日本語にするときに「知ってない」という表現には、よく出くわします。(笑)
(通常は日本語としては「知っていない」と言う方が違和感がありません。)

以上で、明白了[ロ馬]?

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超難しい、すごく考え込んだです。

 「好ましくないこと」に「遭到」
 「偶然性」に「遇到」

確かにそうです。ただ交通事故も「好ましくない」し、
それに「偶然性」でない時にも「遇到」を使うこともあります。

私は以下の理由だと思います。(専門外で自信はない)

 「遭到」の後ろに、動作(他動詞)が来る
 「遇到」の後ろに、動作(他動詞、自動詞)また名詞が来る

# 中国語で他動詞は及物動詞、自動詞は不及物動詞と言うかな

「遇到交通事故」は「交通事故」が名詞だからです。
他に「遇到」しか言わない例
  名詞:遇到暴風雨、遇到李先生
  動作(自動詞):遇到下雨

動作が他動詞の場合は両方使えます。
そのとき、「好ましい」「偶然性」のニュアンスがあります。
例えば

A.他遭到了襲撃。
B.他遇到了襲撃。

A.他遭到了非難。
B.他遇到了非難。

Aパタンは「可哀そうに、同情の気持ち」があります。
Bパタンは淡々と事実を述べているだけです。
どちらでも受け身の意味で「受到了」と同じぐらい意味です。

超難しい、すごく考え込んだです。

 「好ましくないこと」に「遭到」
 「偶然性」に「遇到」

確かにそうです。ただ交通事故も「好ましくない」し、
それに「偶然性」でない時にも「遇到」を使うこともあります。

私は以下の理由だと思います。(専門外で自信はない)

 「遭到」の後ろに、動作(他動詞)が来る
 「遇到」の後ろに、動作(他動詞、自動詞)また名詞が来る

# 中国語で他動詞は及物動詞、自動詞は不及物動詞と言うかな

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Q「了」 の位置について (入迷了?入了迷?)

この数ヶ月、中国語(の勉強)にハマっている

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今天両個人還玩電脳玩入迷了.
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假如是對種種創造活動入了迷.
後者聴得簡直入了迷.

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単に、「はまっていること」だけを述べるのであれば。素直に語気助詞の「了」をお使いになって、「入迷了」とすることをお勧めします。

アスペクト助詞(動詞の直後に置く)の「了」は、確かに完了を表しますが、この場合は動作の完了というよりは、行為の実現や状態の変化ですね。
「はまる」というのは、何かの動作をするのではなく、「何でもない」状態から「とりこになる」という状態への変化を表す動詞ではないかと思います。
文末に置く語気助詞の「了」も、こういう状況の変化を表現します。

アスペクト助詞を使って語気助詞を使わない場合は、目的語が比較的重たいときで、一般には量詞や修飾語句のついた場合です。
ここで、「入了迷」と言うと、本当に、何か病みつきになってとんでもない状態なんだ、というニュアンスになるでしょう。
そうなると、当然、その文の後には、病み付きになったことで、どうなのか、何をしたか、何が変わったか、というように、その文が前振りになって、話が続きます。
多くの場合、前提や、理由を表す部分になって、後に「だからどうだ」という文章になるのは、そういうニュアンスが生み出されるからです。

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読者(聞き手)をひきつけて、「いかにはまっているのか」を存分に語りたい場合は、「~入了迷。」という方がいいかもしれません。

単に、「はまっていること」だけを述べるのであれば。素直に語気助詞の「了」をお使いになって、「入迷了」とすることをお勧めします。

アスペクト助詞(動詞の直後に置く)の「了」は、確かに完了を表しますが、この場合は動作の完了というよりは、行為の実現や状態の変化ですね。
「はまる」というのは、何かの動作をするのではなく、「何でもない」状態から「とりこになる」という状態への変化を表す動詞ではないかと思います。
文末に置く語気助詞の「了」も、こういう状況の変化を表現します。

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