『L・DK』上白石萌音&杉野遥亮インタビュー!

カルヴァンの予定説と職業召命説がどうつながっているのか、よくわかりません。

この2つは全く別のもので、一貫した論理ではないのでしょうか?

もしつながっているとすれば、「神から救済されるかどうかは、予め決まっている」ことが、なぜ「神から与えられた職業に禁欲に取りくまなければならない」ことになるのでしょうか?

詳しい人がいらっしゃったら、ご回答ください。

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A 回答 (2件)

まず、宗教改革以前のキリスト教世界では、労働に対してネガティブなイメージがあったということを押えておく必要があると思います。



宗教改革以前には神への奉仕が第一義とされ、世俗的成功には宗教的な意義はなかった。
労働は神からの罰(エデンの園から追放されて、働かなくてはならなくなった)であると考えられていて、
勤勉であるということに、宗教的な価値はなかった。
お金を儲けたからといって天国へ行ける訳ではなく、ユダヤ人のように勤勉に働きお金を貯めるのは、むしろ忌むべきこととされていた。
しかし、
予定説・・・この世のすべては神の予定のもとにある
職業召命説・・・職業は神の与えた使命である

という考えを敷衍すると、
「神から与えられた職業を全うした」結果、富を蓄積すること、すなわち「結果としての富の蓄積」は神の予定に沿っている結果であり、卑しいことではないと考えることができるようになった(むしろ神の祝福であるとされた)。
肯定されるのはあくまで「結果としての富の蓄積」であって、
お金儲け・贅沢自体を目的とするのはやはり良くないとされた。
そのため、禁欲的かつ勤勉に仕事励み、蓄積された資本を闇雲な消費に振り向けずに事業の拡大に投じる、という行動様式が生み出されていった。

ということだと思います。

また、ルターが聖書をドイツ語に翻訳した際に、職業という意味の訳語にBerufという単語を使ったのですが、その単語に「はキリスト教的天命」と「世俗的職業」の二重の意味があったため、翻訳版の聖書を読んだ人々には、職業召命説は自然なものと感じられたのでしょう。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。
なるほど。予定説→職業召命説ではなく、職業召命説→予定説と見ていくと、流れが分かりやすいですね。
参考になりました。

また、カトリックで、蓄財を悪徳とみなしていただけでなく、労働そのものを天罰とみなしていたことを初めて知りました。知識を増やすことができました。

また何かあったら、ご回答お願いします。

お礼日時:2005/10/30 22:29

私は以下のようなプロセスと考えます。


「神から救済されるかどうかは予め決まっている」
           ↓
「私が救済されるかどうかは誰にも分からない。神のみぞ知ることだ」
            ↓
「でも、これだけ一生懸命禁欲的に神から与えられた天職に励んでいるのだからきっと私は救済の予定に入っているはずだ。そうに違いない」
            ↓
「いや、救済される人はこの程度ではないはずだ。もっと励もう」
       
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

この説明はどこかで見たことがあります。
この説明だと、3番目の「一生懸命がんばっているのだから、神から救ってもらえるはずだ」という楽観的な考えがいまいち、ピンと来ないんです。
これって日本人とヨーロッパ人の感覚の差なんでしょうか…?

お礼日時:2005/10/30 22:32

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Qカルバン主義って

最近学校でカルバン主義を習いました。神様は少ない人数しか救わない。しかもその人々は神様はずっと前から決めているという内容でした。私はこの宗教ははたして信者を集めることができるのかと疑問に思いました。カルバン主義はどうやって広がっていったのでしょう?どうやって信者のモチベーションを上げるのか教えてください。

Aベストアンサー

「カルバン主義」は、「カルビン主義」とも言います。
現在では、カルビン主義を持つ教派として「会衆派」・「長老派」・「改革派」とか呼ばれる教派になっています。

「会衆派」は、ビューリタン革命の中心となった教派で、同志社大学などが「会衆派」系になります。
「長老派」は、スコットランド起源の教派で「ウエストミンスター教義」を最重視します。
「改革派」は、オランダ起源の教派で、現在では長老派とほとんど重なっています。
「長老派」・「改革派」系の学校として、「明治学院大学」が有名です。

>神様は少ない人数しか救わない。

これをカルビンが唱えたのかどうかは、知りませんが、
>その人々は神様はずっと前から決めているという

は、予定説といい、「既存の教会(カトリックなど)に破門されても、人々は救済される」という考え方で、この考え方により、既存教会の破門を恐れる必要はなく、大組織への抵抗勢力の信仰的支援を与える事になります。
特にイングランドへの対抗のため、スコットランドで(長老派)、スペインへの対抗としてオランダで(改革派)、フランス支配層への反発として(ユグノー)、イングランド支配勢力への反発として(会衆派)が有名です。

19世紀・20世紀前半に積極的に布教を行ったため長老派・改革派系の教会は、多分プロテスタントの中では最大の教派と思われます。

現在では、ルーテル派や聖公会とともに、変革を好まない保守的・穏健的な性格の教派となっています。

「カルバン主義」は、「カルビン主義」とも言います。
現在では、カルビン主義を持つ教派として「会衆派」・「長老派」・「改革派」とか呼ばれる教派になっています。

「会衆派」は、ビューリタン革命の中心となった教派で、同志社大学などが「会衆派」系になります。
「長老派」は、スコットランド起源の教派で「ウエストミンスター教義」を最重視します。
「改革派」は、オランダ起源の教派で、現在では長老派とほとんど重なっています。
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Q★「封建制度」を簡単に説明してください!

★「封建制度」を簡単に説明してください!

世界史の時間によく「封建制度」なる言葉が出てきます。

いろいろと調べてみたのですが、いまいちよくわかりません。

理解力を深めたいので、封建制度を簡単に説明できる方よろしくお願いします!

Aベストアンサー

封建制度とは「封」(封土=土地)を与えて家来を「建てる」と言って、つまりは
「土地をなかだちとしてむすばれた主従関係(しゅじゅうかんけい)にもとづく社会のしくみ。」
のことを言います。
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もちろん日本・中国(周)・中世欧で指す封建制度とはそれぞれ少し意味が異なったりしますが、基本的には上記の意味です。

ちなみに対義する言葉は絶対王政や絶対君主制です。

Qキリスト教の唯一神の名は何ですか

ユダヤ三教はいずれも一神教です。

例えば、
1.ユダヤ教の唯一神の名は「エホバ(ヤハウエ)」、
2.イスラム教の唯一神の名は「アッラー」です。

それでは、
3.キリスト教の唯一神の名は何ですか。ご存じの方、教えて下さい。

Aベストアンサー

高校生の時カトリックの洗礼を受けた60代の男性です。
これまでの回答も間違ってはいないのですが、少し混乱されそうだと思いましたので、もういちど整理して回答してみましょう。

・あなたの言われるとおり、ユダヤ教・イスラム教・キリスト教の神(引いてはそれ以外の宗教も、という考えもある)は、同じ唯一神であり、呼び名は色々ある。(呼び名はどうでもよい、という側面もある。)
・キリスト教の場合は、古くからヤーウェ(エホバ)或いは、デウス(「神」のラテン語訳でギリシャ神話のゼウスも同じ語源)という呼び名もあったが、
・現代のキリスト教では、単にGod(神)と大文字で表記し、普通名詞としてのgodと区別することが多い。
唯一神なのだから、単に、固有名詞の「神」だと考えればわかりやすい。
・日本の信者間での通称は、「主」(しゅ)が一般的である。
・私が子供の頃は、「天主」という呼び方もあったと記憶している。古い教会で「浦上天主堂」などと呼ばれているのはその名残。多分「天使」と混同するから使われなくなったのだろう。

・尚、カトリックでは、「三位一体」説というのがあり、神には、「父」と「子」と「聖霊」の3つのペルソナ(人間なら「人格」と訳すが、神なので「位格」と訳す。英語のパーソンに相当)があるが、本来は同じ一体の「神」の別の表れ方という解釈がなされている。
→ http://www1.tcat.ne.jp/eden/Hst/dic/trinitas.html
仏教の阿修羅のように、一体なのに、顔が四方についているイメージを思い浮かべば、イメージしやすいかもしれない。

この内、「父」は、「天の父」であり、
「子」は、「神の子」でありながら、人類の救いのため、人間の姿になって地上に降られた「イエス・キリスト」であり(その意味で、「イエス・キリスト」は「救い主」(メシア)と呼ばれる。)
「聖霊」(「精霊」ではない)は、イエスの誕生、洗礼及び復活のとき、イエスの中に満たされるとともに、今日ペンテコステ(聖霊降臨の日)と呼ばれる日に舌の形で弟子たちのもとに下り、一瞬の内に出身国・国語の異なる弟子たちの言葉が通じ合い、喜びに満たされた、という話があり、今後も「聖霊」が人類に与えられることによって救いが完成すると言われています。
→ http://www.pauline.or.jp/spirit/sps3.php

このように、三位一体説は、非常にわかりにくい教義で、3つのペルソナの中で、すぐにイメージしやすいのは「子」であるイエス・キリストのみであり、教会内にキリスト像ないし十字架上のキリスト像があるが、あとの2つは、像もなく、目に見えにくいイメージですね。

神=イエス・キリストという回答も間違いとは言えませんが、正確には、イエス・キリストは神の3つのペルソナの一つであり、「キリスト教の唯一神は固有名詞の「神」Godという呼称で呼ばれています。」という回答の方が、現代では一般的だと思われます。

高校生の時カトリックの洗礼を受けた60代の男性です。
これまでの回答も間違ってはいないのですが、少し混乱されそうだと思いましたので、もういちど整理して回答してみましょう。

・あなたの言われるとおり、ユダヤ教・イスラム教・キリスト教の神(引いてはそれ以外の宗教も、という考えもある)は、同じ唯一神であり、呼び名は色々ある。(呼び名はどうでもよい、という側面もある。)
・キリスト教の場合は、古くからヤーウェ(エホバ)或いは、デウス(「神」のラテン語訳でギリシャ神話のゼウスも同じ語源...続きを読む

Q高校生カップルのラブホテル宿泊利用について。

高校生カップルでのラブホテル宿泊の利用について。

知恵袋や色んなサイトで色々調べたのですが、あまり納得出来る結果が出なかったので質問します。
まず、18歳未満は利用禁止だという事はわかっています。私服で行けばバレないとの事なので、私服で彼女と行こうと考えています。(徒歩)
過去の質問を見る限り、高校生が休憩やサービスタイムなどを利用しているのは見かけたのですが・・・。
高校生カップルでラブホテルにお泊りデートは可能なのでしょうか?警察の見回りや、フロントの人から通報されないか、などが心配です。
宿泊料金などはちゃんと調べ済みです。

回答よろしくお願いします!

Aベストアンサー

はじめまして。

仲良くてよいですね☆
まず、前提として私は成人してから初めて行ったので参考にならないかもしれませんが、
参考になれば幸いです。

<私の経験>
・警察の見回り→経験なし
・通報→経験なし(私が最初に使ったのは多分22歳。特に身分確認はありませんでした)

<私の考え>
・バレなければ高校生でのお泊まりは可能(バレてないのですから通報しようがない)
 >通報や確認はホテルの方針にもよるかもしれません。
  変な話、ホテル側ももうけが欲しいですし(汗)
  ただ、悪い事をしてる自覚があると、人間おどおどしやすいのでバレやすいかも。
  徒歩で行く場合はお巡りさんに会うことは考えられる。
  (ホテルうんぬんではなく単なるパトロール中のお巡りさん)
  正義感の強い方がフロントに居れば、身分証明を見せてほしいと言われたり通報されるかもしれません。

ここで、少々小言を。
まず、何かあったときの事を考えて答えを出した方が良いと思います。
「絶対にないです!行ってOK☆」という答えは無いんじゃないかな。
あったとしても、責任を取るのはあなたです。回答者は責任が取れません。

上手く行けば彼女とラブラブな一夜が過ごせます。
失敗すれば警察に呼ばれ学校や家に通報され、あげく彼女との交際も危ぶまれます。

大事な彼女さんですし、傷つけないようにしてあげてほしいな。
彼女と過ごすためにどのように行動すべきか、彼氏としてしっかり考えてみてくださいね♪
自分で考えた結果であれば男らしく行動できると思います!!

頑張ってください☆
彼女さんとお幸せに(^_^)b

はじめまして。

仲良くてよいですね☆
まず、前提として私は成人してから初めて行ったので参考にならないかもしれませんが、
参考になれば幸いです。

<私の経験>
・警察の見回り→経験なし
・通報→経験なし(私が最初に使ったのは多分22歳。特に身分確認はありませんでした)

<私の考え>
・バレなければ高校生でのお泊まりは可能(バレてないのですから通報しようがない)
 >通報や確認はホテルの方針にもよるかもしれません。
  変な話、ホテル側ももうけが欲しいですし(汗)
  ただ、悪い事をしてる自覚があ...続きを読む

Q人間は考える葦である とは?

ふと頭をよぎったのですが、、
「人間は考える葦である」とはどういう意味なのでしょう? また誰の言葉なのでしょう? 簡単な質問ですみません。 よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 
  「人間は考える葦である」というのは、フランスの17世紀の思想家・数学者であったブレーズ・パスカルの手稿にあった言葉の翻訳です。普通、『パンセー Pensee(思索)』という著作のなかの言葉だとされますが、『パンセー』はパスカルの著作ではありません。パスカルは、もっと系統的に、人間、世界、神の秩序や矛盾などを考察した、体系的な浩瀚な著作を著すことを計画していて、そのメモを多数書いたのですが、構想が難しかったのか、または若くしてなくなった為か、計画した著作を完成させずに死去しました。
  
  残された膨大なメモを元に、パスカルが計画していた著作に似たものを編集することも考えられたのですが、とても、それは無理なので、断片集として、計画のまとまりや、内容の関連性などから、おおまかに断片メモを整理してまとめて、一冊の本に編集したのが、『パンセー』です。当然、パスカルの死後出版されましたし、内容は、緩やかなつながりで、長短の断片文章が並んでいる構成です。従って、本のなかの文章はパスカルのものですが、本は、パスカルの「著作」とはちょっと云えないでしょう。ほとんどできあがっていて、足りない部分などを、他の文章で補ったりして、計画通りかそれに近い本を作ったのならともかく、当初の計画とは違う、「箴言集」か「随想集」のような本になってしまっていますから。
  
  それはとまれ、「葦」が弱いものの代表として人間の比喩に取り上げられているのは事実ですが、何故「葦」だったのか、という疑問が起こります。例えば、「人間は考える蟻である」とか、「人間は考える蝶である」とか、また「人間は考えるクローヴァーである」とか、幾らでも考えられます。
  
  これは、誰かの説明であったのか、わたしが勝手に考えたのか記憶がはっきりしないのですが(おそらく誰かの説明です)、人間が「葦」であるということの比喩は、ナイルの河畔に生える葦は、強い風が吹くと、弱いために、すぐしなって曲がってします。風に抵抗できない。いや抵抗せずに、しなって敗北するのである。しかし、その他方で、偉大な樫の樹などは、風が吹くと、しなることはせず、抵抗するので風に勝利するが、しかし、繰り返し風が襲って来た時、何時か強い風に倒され、根元から折れてしまうのです。しかし、賢明に自らの分を知る「葦」は、風が吹くとそれに身をまかせてしなり、逆境のなかで、一見屈服したように見えるが、しかし、風がやむと、徐々に身を起こして行き、再びもとのなにごともない姿に戻って微風に揺れているということが、人間への「比喩」の意味だったはずです。
  
  少しの風が吹くとしなり、風の前屈して曲がるが、風が去ると、また元のように立ち上がる。人間とはこのように、自然や運命の暴威に対し無力であるが、それに従順に従い、そして暴威をくぐり抜けて、また元のように、みずからの姿で立ち上がる。自然界のなかでたいへん弱く、簡単に風にしなるが、柔軟性があり、運命にも暴威にも屈しない。そして何よりも、「考えることができる」すなわち「精神を持つ」ことで、ただ、自然の力、暴威として、力を無自覚に揮う風に較べて、遙かに賢明で、優れた存在である。……このような意味の比喩ではなかったかと思います。
  
  この葦の比喩は、パスカルという人がどういう人だったかを知ると、パスカル自身のことのようにも思えて来ます。パスカルは、四十に満たないで亡くなっています。彼は、少年の頃から神童と言われたのですが、病弱で、一生、病気や身体の苦痛とたたかいながら、思索し実験し、研究し、晩年は、修道院に入って信仰生活を送ることを決意して、自分自身でも、そのことについて、悩み考えつつ、世を去りました。パスカルは、自分に襲いかかる不条理な病や、身体の不調などと、「たたかう」というより、それを受けて耐え、病の苦しみのなかで思索や研究を続け、「精神」において、自然が与えた病の暴威などを、乗り越えて生涯を送った人だとも云えるのです。
  
  暖めた流動食でないと、喉を通らないというようなこともしばしばあったということは、解説書などには必ず記されているはずです。弱々しい「葦」のように、襲って来る風に身をまかせつつ、思索した精神、それがパスカルなのでしょう。パスカルは「人間とは、運命に従順であるが、しかし、精神で、運命に抵抗し、不屈の意志で、思索することで、運命や自然の暴威を乗り越える自由の存在なのだ」という意味で、この言葉を記したのではないかとも、思えるのです。
  

 
  「人間は考える葦である」というのは、フランスの17世紀の思想家・数学者であったブレーズ・パスカルの手稿にあった言葉の翻訳です。普通、『パンセー Pensee(思索)』という著作のなかの言葉だとされますが、『パンセー』はパスカルの著作ではありません。パスカルは、もっと系統的に、人間、世界、神の秩序や矛盾などを考察した、体系的な浩瀚な著作を著すことを計画していて、そのメモを多数書いたのですが、構想が難しかったのか、または若くしてなくなった為か、計画した著作を完成させずに死去し...続きを読む

Q大学生の1ヶ月の遊ぶ金額

マネーにすべきか迷いましたが、こちらの方が
大学生が多く見ていると思い、こちらに質問します!

大学生って、1ヶ月平均で、
遊びのお金ってどれくらいかかっていますか?
遊びと言っては合わないものもありますが、
・洋服などオシャレ代
・サークルに入っていない場合の飲み会代
・お昼のご飯代
・その他
分かりやすく言えば、月でまとめて振り込んだり
払ったりするお金ではないものにかかる金額です。

こういうものには月いくらかけているのでしょう?
1万・2万程度じゃ少ないのでしょうか?

回答お願いします!
(分かりにくかったら聞いてください!)

Aベストアンサー

もう大学生ではありませんが……。

独り暮らししていた私は、1週間に使う金額を決めて遊んでいました。
月曜日~日曜日、1週間に1万円です。
その1万円の中身は、食費(朝・昼・晩)・本代・定期以外でかかる交通費・交友費・服飾費と言った感じでした。

月曜日に1万円下ろして、
次の日曜日までに余った分は取り出し口のない貯金箱行きです(笑)
足りなかった分は次の週の分から借りてきて、
次の週を少なくします。
なので、1ヶ月で使用する金額はピッタリ4万円(月によっては5万円)になる形にしました。

4年間で貯金箱にたまったお金は、なんと25万円にもなっていて、
それを卒業旅行の資金に当てましたvvv

社会人になった今、1週間に1万では付き合いとかやっていけなくなってしまったので、
同じ方法を1月単位に切り替えて実践中です♪
入社4年目で、その余ったお金貯金で新車購入しましたよ~☆

QWord 文字を打つと直後の文字が消えていく

いつもお世話になっています。
Word2000を使っているものです。
ある文書を修正しているのですが,文章中に字を打ち込むと後ろの字が消えてしまいます。
分かりにくいですが,
「これを修正します。」
という文章の「これを」と「修正します。」の間に「これから」という単語を入れたときに,その場所にカーソルを合わせて「これから」と打つと,
「これをこれからす。」
となってしまいます。
他の文書では平気です。
何か解決する方法があれば教えて下さい。

Aベストアンサー

入力モードが「挿入」(普通の入力)から、「上書き」になってしまっているのだと思われます。
キーボードに[Insert]というキーがあると思いますので、1度押してみてください。

Qルソーの一般意思ってなんですか

ルソーが言った一般意思っていうのはなんですか?
全体意思との違いなども簡単に教えていただけるとうれしいです。
ウィキペディアなどで見たのですが、どうも私には難しすぎてさっぱりわかりませんでした。
なんか高校の政経の授業で一般意思は代表しない、とか
なんかそんなようなことを先生が言っていたような言わなかったような、、、でもうろ覚えなので意味はわかっていません。
素人なのですがわかりやすくおしえていただけないでしょうか?
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

なるべく簡単に書きます。
簡単すぎて、不十分な点はあると思いますので、ここらへんをもっとくわしく知りたい、という問題意識がおありでしたら、補足要求してください。

国家というものはどうつくられるべきか、ということをルソーは考えます。
単独で、孤立した個人が集まって作る国家はどういうものが望ましいか。
それは、ひとりひとりが自己の利益を脇に置いて、共同体全体の利益を考えるような、そういう意識をよりどころに結びついたような共同体である。

ひとりひとりの利益を追求するのが「特殊意志」
「特殊意志」を単純に加算していったのが「全体意志」
「一般意志」というのは、社会契約のもとに集まった、共同体の意志です。

そこでは、各個人の意志は「一般意志」にすっぽりと呑みこまれていきます。
ルソーは『社会契約論』でこう言っています。(引用は.「社会契約論」 『世界の名著 36 ルソー』所収)

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この社会契約のあらゆる条項は、よく理解されるならば、ただ一つの条項に帰着する。すなわち、各構成員は、自己をそのあらゆる権利とともに共同体全体に譲り渡すということである。それはなぜかというと、まず第一に各人はいっさいを譲り渡すので、万人にとって条件は平等となるからであり、条件が万人に平等であるなら、だれも他人の条件の負担を重くすることに関心をいだかないからである。
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重要なのは、「自己をそのあらゆる権利とともに共同体全体に譲り渡す」という点。
個人は社会契約を結ぶ時点で「特殊意志」を捨て、「一般意志」に委ねるのです。

つまり、個人は個人の自由を手放し、共同体の一員となることによって初めて真に自由になれる、とルソーは考えたんです。「特殊意志」を捨てて「一般意志」のもとにみずからを従属させることで。そうすることで、人間は自己のもつ最高の可能性が発揮され、最高の自由を手に入れることができる、と。

なるべく簡単に書きます。
簡単すぎて、不十分な点はあると思いますので、ここらへんをもっとくわしく知りたい、という問題意識がおありでしたら、補足要求してください。

国家というものはどうつくられるべきか、ということをルソーは考えます。
単独で、孤立した個人が集まって作る国家はどういうものが望ましいか。
それは、ひとりひとりが自己の利益を脇に置いて、共同体全体の利益を考えるような、そういう意識をよりどころに結びついたような共同体である。

ひとりひとりの利益を追求するのが「特...続きを読む

Qクレジットカードで支払いすると手数料が取られるんですか?一括払いでも手

クレジットカードで支払いすると手数料が取られるんですか?一括払いでも手数料がかかるんでしょうか?
詳しい方いましたら教えてください
おねがいします

Aベストアンサー

>クレジットカードで支払いすると手数料が取られるんですか?

クレジットカードでの支払いは、原則手数料が必要です。
あくまで「割賦販売契約又は後払い契約」ですからね。

>一括払いでも手数料がかかるんでしょうか?

例外的に、一括払いの場合は手数料は不要です。
但し、自動的にリボ払いになるカードの場合は手数料が必要です。
例えば、毎月の支払い3000円に設定していて、5000円の買物をした場合は、当然2回に別けて支払いますから手数料が必要です。
お店で「一回払い」と指定しても、カード会社の処理では「契約通りリボ扱い」となり手数料が発生します。
リボ払いの指定が無いカードの場合は、一括払いの場合は手数料不要です。

ただ・・・。
カード支払いは、(支払い回数に関わらず)お店側が一定の手数料を支払います。通常は、利用代金の5%前後。
そこで、「カード支払いの場合は、手数料を代金に加算する」店も存在します。
法的には違反ではありませんが、カード会社とお店の契約違反です。
この様な店を利用した場合は、カード会社に連絡して下さい。

そうそう、世界で唯一「カード使用時に、カード利用者に手数料を請求する事」を合法化したシー・シェパード支援国家があります。
「日本人は鯨を殺すから、私は日本人を殺しても良いですか?」と、日本大使館に国営放送がインタビューして放送しています。(笑)
この国では、日本人の命と鯨の命は、同じ重さです。

>クレジットカードで支払いすると手数料が取られるんですか?

クレジットカードでの支払いは、原則手数料が必要です。
あくまで「割賦販売契約又は後払い契約」ですからね。

>一括払いでも手数料がかかるんでしょうか?

例外的に、一括払いの場合は手数料は不要です。
但し、自動的にリボ払いになるカードの場合は手数料が必要です。
例えば、毎月の支払い3000円に設定していて、5000円の買物をした場合は、当然2回に別けて支払いますから手数料が必要です。
お店で「一回払い」と指定し...続きを読む

Qエルサレムに、なぜ3宗教の聖地が在るのですか?

エルサレムでは、紛争が延々続いていますね。
あんなに狭い所に、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教という3宗教が聖地を持っているから、トラブルが起きるのは当たり前だとは、とは思います。その3つの宗教は、ユダヤ教、それから発生したキリスト教、そしてそれらと影響のあるイスラム教、という関連のある宗教ですね。
世俗的には、エレサレムの街自体は、たとえば交通の要所とかではなく、たいして重要な街とは思えません。
それなのに、、なぜ3宗教は、エルサレムに聖地を持っているのですか?
たまたまエルサレムに3聖地が混在するだけなのですか? あるいは、歴史上や宗教上で、何か慨依性を持っているのですか?

Aベストアンサー

まずですね、一神教ってのが興るんです。「世の中に神様と呼ばれるお方はおひとりだけ」という考え方です。
この一神教の神様は、ユダヤ教が呼ぶヤハウェ、キリスト教が呼ぶゴッド、イスラム教が呼ぶアッラー、全て日本語に訳せば同じ「神様」です。
この神様はモーゼさんの前にそのお姿を現したときに、「俺以外の神扱いされてるやつは全部ニセモノのまがいもののファック野郎だ!」とおっしゃいました。そこを起源にしてユダヤ教が始まりました。
ま、いろいろ経緯はありましたが、ユダヤ人一行は今のパレスチナ(イスラエル)の地にやってきて、神様は「よーしお前ら、ここをお前たちに与える」と畏れ多くもありがたくおっしゃいました。しかしそこは当然先住民がおりまして、「なんか、先に住んでる人がいますけどこれはどうすればいいですか?」と伺いましたところ、「お前たちに与えたから殺しちゃってオッケーよ」とおっしゃいました(本当)。かくして彼らはそこにユダヤ人国家を作りました。ユダヤ人がイスラエルを「約束の地」と呼ぶのはそういうことです。
そんなこんなの経緯は旧約聖書に書かれています。

さて、ユダヤ教徒はエルサレムに神様を祭る壮大な神殿を作りました。その頃がユダヤ教とユダヤ王国の絶頂だったといえるでしょう。その後神殿は破壊されてしまい、その一部が残るのみとなりました。その遺跡が「嘆きの壁」と呼ばれるところで、そこでは常に敬虔なユダヤ教徒が祈りをささげていますが、そのお祈りの内容は、「神様、あの栄光の日々がまた訪れますように」というものです。その「また訪れてほしい栄光の日々」とは3000年くらい前の話なんですけどね。

ユダヤ人の国は、あんなこんながイロイロとありまして分裂したりして、やがてローマ帝国の属州となりました。ローマ帝国ってところは実は非常に寛大な帝国で、帝国に従うなら信教の自由も認められていました。日本人レベルでいえば、「それならいいじゃん」というものですが、「この世で神様とお呼びしていいのはおひとりだけ」と信じる彼らにとって異教徒がウロウロしているのが非常に気に障って障ってしょうがないのです。イスラエルでは、ローマ帝国に対するテロ活動が盛んでした。
ユダヤ教徒の歴史では、そういう「ユダヤ人受難のとき」にはエリヤとか神様の言葉を預かる「預言者」が登場して人々を導きました。ユダヤ教徒たちは、そういう「救世主」が出てくることを待ち望んでいたのです。

そういったタイミングに登場したのが、ナザレ生まれのイエスでした。イエスはユダヤ教史上、というか宗教史上において革命的な言葉を発しました。「ベイベー、愛だぜ」と。彼は、あの神様のことを「父ちゃん(アバ)」と呼びました。後になんだかんだでイエスは神の子となりました。マリア様が処女のまま神の子を受胎したお話はご存知でしょ?
それがどれだけ革命的であったのはまた別の機会に譲るとして、「憎みあうより、愛し合おうぜ」と言い出したイエスは人々からローマ帝国を排除する指導者となることを熱望されましたが、「だから俺は憎みあうのは嫌なんだよ。愛し合おうぜ」といって人々を失望させ、エルサレムからすぐ外に出たところのゴルゴタの丘で十字架にかけられてしまいました。
その後、実は一度もイエスと会ったことがないパウロが「イエスは救世主(キリスト)だったー!」と言い出してキリスト教が誕生します。なお、旧約聖書では「救世主はベツレヘムに生まれるよ」と書いてあったので、イエスはベツレヘムで生まれたことになりました。
当然のことながら、キリスト教にとってエルサレムは「イエスが十字架にかけられた場所」ですので極めて重要な聖地であります。

そのイエスが十字架にかけられて50年くらい経ったとき、「もう我慢ならねえ、ローマ人は出ていけ!」とユダヤ人は反乱を起こしました。それ以上にブチ切れたのはローマ人です。「人が下手にでてりゃあ属州のくせにでけえ態度をしやがって。ローマ帝国の恐ろしさを骨の髄まで教えたるわ」と本気で怒り、反乱を鎮めただけではなく、何かとややこしい神殿を破壊し、「ややこしい神を信じてるお前らはこの辺りに住むんじゃねえ」とユダヤ人をパレスチナから追放しました。
これがディアスポラです。以来約2000年、ユダヤ人はイスラエルの地に再びユダヤ人の国を再興することを願いながら世界中でお金を稼ぐこととなります。

時代はずーっと下りまして、メッカの洞窟で、青年ムハンマド(マホメット)の前に大天使ガブリエルが現れて「君が預言者だよーん」と告げました。イスラム教の誕生です。ムハンマドの元にガブリエルを派遣したのはあの、例の、何かとややこしい「神様」でいらっしゃいます。そういや、マリア様の前に「あなたは神様の子を宿したよ。おめでとう」と告げに来たのもガブリエルでした。ガブリエルさんはどうもややこしいお仕事を何度もされているようです。
ムハンマドのあまりに偉大な足跡に関していちゃもんをつけると冗談抜きでアルカイダから死刑宣告されてしまいますので、それについては割愛します。
イスラム教にとって最も重要な聖地は、ムハンマドが神の啓示をうけたメッカです。しかしムハンマドは一神教教徒なわけですから、「死ぬまでに偉大な神殿があったエルサレムで死にたいなあ」と当然といえば当然で、ややっこしくなることを願います。
そして、そのエルサレムの地で天に旅立ってしまったのです。エルサレムはイスラム教にとっても「教祖様が入滅された場所」となってしまったのです。

かくして、エルサレムの地はユダヤ教徒、キリスト教徒、イスラム教徒が俺の場所だ、いいや俺の場所だと大変にややこしい場所となってしまいました。

まずですね、一神教ってのが興るんです。「世の中に神様と呼ばれるお方はおひとりだけ」という考え方です。
この一神教の神様は、ユダヤ教が呼ぶヤハウェ、キリスト教が呼ぶゴッド、イスラム教が呼ぶアッラー、全て日本語に訳せば同じ「神様」です。
この神様はモーゼさんの前にそのお姿を現したときに、「俺以外の神扱いされてるやつは全部ニセモノのまがいもののファック野郎だ!」とおっしゃいました。そこを起源にしてユダヤ教が始まりました。
ま、いろいろ経緯はありましたが、ユダヤ人一行は今のパレスチナ...続きを読む


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