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お寺に行くと三重塔、五重塔はよくありますが、四重塔は寡聞にして聞いたことがありません。
あるのだと思いますが数が少ないのでしょう。
どうして四重塔は少ないのでしょうか?
四という数字は縁起が悪いのでしょうか。

よろしくお願いします。

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A 回答 (7件)

まず、塔ですが、これはインドのサンスクリット語の「stup<長音>a」を漢字に音写して卒塔婆(そとば)。

またはプラークリット語の「thu<長音>va」の音写して塔婆(とうば)の略称です。塔は本来は釈尊の遺骨(舎利<しゃり>)をお祀りした塚のことです。
参照:(後方に見えるのがstupaです)http://gokuaku-web.hp.infoseek.co.jp/kusinagara/ …
 初期仏教では釈尊の姿も卒塔婆で表現し、そこから転じて「悟り」を象徴するものとなりました。そのため寺院にも卒塔婆は建立されるようになりました。

 塔の形式はさまざまありますが、日本では多宝塔・五輪塔などの形式がありますが、ご質問の層塔は現存する物では三重塔が最も多く、次いで五重塔です。ただし、奈良時代に創建された東大寺・国分寺の塔は九重塔、百済大寺は七重塔がありました(現存せず)。十三重塔は談山神社にのみ現存します。
 支那の陰陽思想では、奇数を陽。偶数を陰とします。陽は能動的働きで陰は能動的働きを表しますが、建築においてもその影響は受け、塔のように上昇する形の物は陽で表現されます(これは仏教思想とは関係ありませんが、文化というのは多層的に影響を受けて形成されます)。
 なお、単純に“陽がよくて、陰はダメ”と多分に誤解されていますが、あくまでも陰陽の和合によって宇宙の安定が保たれるという考えなので、どちらかに偏重されるというものではありません。
 
参考「陰陽思想」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%99%B0%E9%99%BD% …


(No.5さん、勝手な思いこみで適当な発言は差し控えましょう。質問者さんは別段、あなたのアジテーゼを聞くために質問されているのではないのですからね)
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誤記がありましたので訂正いたします。



(誤)「陽は能動的働きで陰は能動的働きを表しますが」

(正)「陽は能動的働きで陰は受動的働きを表しますが」
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いくつか残っているでしょう。

徳川幕府の記録では4重の塔再建となっていていまは観光地になったお寺があれは3重の塔とほざいている例はありますけど(^^)
勝手に人に差別的な戒名つけて迷信で庶民からお金巻き上げていた「産業」が考えそうなことです。
ご自分で判断してください。
これは4重の塔です! 子供ならそういうと思うが(^^)
http://www.nihonkai.com/ogino/ueda/anrakuzi/
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塔には、三重の塔から始まって十三重の塔まであります。

失われた奈良の大官大寺などは九重とか言われてますね。ちなみに、十三重の塔は多武峰の談山神社にあります。
そして、塔が全て奇数です。

例えば宗教のお布施なども奇数十万円です。香典の金額も9を除いた奇数金額が一般的です。
奇数月を吉とするのはローマ時代からありますので、そにったところから始まってるのかなって思います。

七草、桃の節句、端午の節句、七夕、重陽もそうです。節句は、すべて三月三日、五月五日のように、縁起が良いと言われる奇数の重日におこなわれています。

他の例では盆栽の席飾りも奇数飾りが原則だとか。

日本だけでなく、世界の歴史の中で奇数数字が吉とされてます。バリの寺院も奇数の塔ですよ。

3・5・7・9・11の塔になっています。

http://www.suka2-bali.com/suka2-tour/pura/taman- …

http://www.suka2-bali.com/suka2-tour/pura/pura-b …

http://www.suka2-bali.com/suka2-tour/pura/besaki …

私自身とても興味深いところです
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こんばんは、疑問はつきませんね。



さてご質問の件ですが、私自身門外漢なので、ピントはずれな回答になるかもしれません。中国では奇数をおめでたい数字として考えてきました。ですので、1月1日・3月3日・5月5日・7月7日と節句の日となっています。(9月9日は日本ではあまり有名ではありませんが。重陽の節句として、奇数の中では一番大きな数字なので、陽の数字が重なる、「重陽の節句」として中国では昔、随分お祝いしたものです)

そんな影響が残っているのではないでしょうか?ちなみに5重の塔は「木・火・土・金・水」の五行思想を反映したものだと、聞いています。
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偶数は割りきれる(割れる)数字で古来から縁起が悪いとされてきたからではないでしょうか。



七五三にしろ縁起の良いのは奇数ですから。

八だけは末広がりで縁起が良いとされましたが。
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確かに少ないですね。


あなたが言うように縁起が悪いからでしょう。

それで、四重塔を調べてみましたが、調べられたのは下記の1件でした。
 「春秋閣」(台湾 高雄市)

四重塔に見えるが、実は三重塔だというのはいくつかあるようですね。これは一番下に庇(ひさし)状の裳階(もこし)が付いているためで、塔としては三重塔として分類するようです。
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Q層塔:数に意味?五重塔や十三重塔

化野念仏寺にある石の十三重塔を見ていて疑問に思いました。層の数が陽の奇数であることは分かりますが、十三あると、三重や五重より偉いのでしょうか。また十三より以上(十五、十七?)の塔は存在しますか?また念仏寺の様に、無数のミニ石塔に囲まれている場合、石塔が中心の仏さまで、周りのミニ達が信仰する者、またはその祈りの具体化、という介錯で間違っていませんでしょうか。ご存知の方教えて下さい。よろしくお願いします。

Aベストアンサー

塔婆の起源は梵語のスツウパ<stupa>より出て卒塔婆等ともいい、
本来は仏舎利(釈迦の遺骨)を蔵する為であり、
仏教伝来当初は、礼拝の第一義的な対象として、
金堂と共に寺院の中心として伽藍の中にあった塔が
時代が下るにつれ、伽藍の中心や塔本来の宗教的な位置付けから離れ、
信仰の証しから寺院のシンボル的な役割を色濃くしていったようです。

そんな流れの中、
塔の位置付けも墳墓の標、霊跡標識、追善供養の為などと漸次拡大し、
材料は木や石が多い中、鉄塔・銅塔・瓦塔・泥塔
あるいは紙に描いた画塔・印塔などもあって、
種類も相輪塔、宝塔、多宝塔、多層塔(三重塔・五重塔など)、龍塔、五輪塔、
宝篋印塔、板塔、角塔など多様な変化を示しています。

塔の位置付けの変遷などは下記WEBページなどが御参考になるかと思います。
◇日本全国五重塔・三重塔を巡る旅
http://www5f.biglobe.ne.jp/~syake-assi/newpage326.html

>十三あると、三重や五重より偉いのでしょうか。

明治以前の建築では、全国一の高さを誇ったのは約55mの東寺(京都市)の五重塔、
談山神社(奈良県桜井市)には、明治前の木造としては唯一の十三重塔が立っていますが、
この塔の高さは東寺の3分の1程度。

遺跡や記録だけなら、東大寺をはじめ全国の国分寺には、
奈良時代ごろからたぶん東寺の五重塔を凌ぐ高さの七重塔がたっていたらしく、
平安時代には法勝寺(京都市左京区岡崎)に100m近い九重塔がそびえていたとか。
ところが奇妙なことにそれらは全て倒壊し、
現存する明治前の木造の塔は、談山神社の十三重塔以外は全て三重か五重。
一方、石造になると殆どは十三重で、三重や五重はあまりなく、
三重や五重に見えるのは、宝篋印塔や五輪塔であることが多い様子。

五重塔と三重塔のふるさとである近畿に限ると、
高野山を本拠地とする真言寺院には五重塔が圧倒的に多く、
対して比叡山を本拠地とする天台寺院には三重塔が圧倒的に多い傾向にあるようですが、
江戸では最澄派にもかかわらず、金満の象徴のような五重塔を建立した寺もあります。
ただし、小規模な五重塔がある一方で、
法相宗の大本山の一つである薬師寺(奈良)の東塔(一見六重の塔に見える三重塔)のように、
東寺五重塔、興福寺五重塔、醍醐寺五重塔に次ぎ、4番目の高さを誇る例もありますから、
五重塔と三重塔の違いを価格で単純比較する事も出来ません。
また、法相宗の大本山の一つである興福寺(奈良)などでは、
五重塔と三重塔の両方が建立されてます。
あと、聖徳宗に属し奈良の斑鳩で隣り合わせに立っている法隆寺と法起寺、
法隆寺の五重塔は向かって右に金堂、左に塔を置くのに対し、法起寺ではその逆になっている
ことから男と女、陽と陰をあらわすと解く先生もいらっしゃいます。
(『ねじれた伊勢神宮 「かたち」が支配する日本史の謎/宮崎興二/祥伝社文庫』)

なお、十三重石塔の建立目的について…
たとえば現存する日本最大の最古の石塔とされる京都府立宇治公園中の島の
宇治浮島「十三重石塔(高さ約15m)」は、宇治川での殺生の罪を戒め、
「供養塔」として建立されたようです。
◇http://www.wao.or.jp/aiso/tales/02/index.html
また、モノは違いますが
◇http://bud.beppu-u.ac.jp/xoops/modules/xoonips/detail.php?id=ss16306
『佐伯史談 No.163(1993.6)佐伯十三重塔と中世佐伯氏/宮下良明/佐伯史談会』
(39~45頁)<5/7>によれば「…十三重石塔も、当時の法華経信仰の影響を受けて、
石に写経して基礎下に埋め、その上に塔を建て、礼拝の対象物としたのであろうか。
いわば経塚のようなものである。そのように解釈すれば納得がいく。
近世の一石一字塔も同じ意味を持ち、経塚の延長の現れであろう。…」
と「経塚」と解釈されています。

以上の断片だけを捉えても、宗派や時代背景或いは建立目的などによる違いが考えられ、
三重ならびに五重と十三重とで単純に優劣を比べられる類のものではないようです。

>また十三より以上(十五、十七?)の塔は存在しますか?

小松市指定有形文化財として小松天満宮(石川県小松市)に
「十五重石塔(約7.24m)」が存在します。

ただし、伝統的な「多層塔」には定義があり、
「各階の平面形はどの階も同じ正多角形であること、
一階にだけ仏像が安置されていて、二階以上はただの飾りであること、
最上階の屋根の上に九輪(相輪)という九つの輪を積み重ねた細長い飾りがついていること、
などである」(『日本塔総鑑/中西亨』)。
したがって、各階の平面形が違ったり、九輪がついていなかったりの宝篋印塔や五輪塔は、
多層塔ではないらしい。
よって、小松天満宮の十五重石塔も、
九輪がついていないから正式な塔ではないという説もあるとのこと。

◆「小松天満宮」
http://www.bairin.net/JapaneseHP/Japan-top-page/japanese_main.html
◇小松天満宮>由緒 十五重石塔(写真)
http://www.bairin.net/JapaneseHP/Yuisho/yuisho1.htm
◇小松天満宮>由緒>十五重石塔について
http://www.bairin.net/JapaneseHP/Yuisho/jyugojyu-setumei.htm

>また念仏寺の様に、無数のミニ石塔に囲まれている場合、
>石塔が中心の仏さまで、周りのミニ達が信仰する者、
>またはその祈りの具体化、…

少なくとも(華西山東漸院)化野念仏寺に関しましては、自らのWEBページで、
http://www.nenbutsuji.jp/enkaku.html
「釈尊宝塔説法を聴く人々になぞらえ配列安祀してある。」と謳っていますから、
triplechocolate様の解釈で宜しいのではないでしょうか^^

塔婆の起源は梵語のスツウパ<stupa>より出て卒塔婆等ともいい、
本来は仏舎利(釈迦の遺骨)を蔵する為であり、
仏教伝来当初は、礼拝の第一義的な対象として、
金堂と共に寺院の中心として伽藍の中にあった塔が
時代が下るにつれ、伽藍の中心や塔本来の宗教的な位置付けから離れ、
信仰の証しから寺院のシンボル的な役割を色濃くしていったようです。

そんな流れの中、
塔の位置付けも墳墓の標、霊跡標識、追善供養の為などと漸次拡大し、
材料は木や石が多い中、鉄塔・銅塔・瓦塔・泥塔
あるいは紙に描いた画塔・...続きを読む

Q五重塔を建てた目的は何か

七堂伽藍の中で五重塔以外の建物についてはその役割が分かるのですが、五重塔(三重塔、七重塔も含めて)を建てた目的はいったい何でしょうか。
仏舎利を納めるのであれば、ほんとうに納めた例があるのでしょうか。
もし仏舎利を納めていなければ、あるいは納める予定すら無ければ、
塔は、象徴的な意味しかないと思いますが、
五重塔には何か宗教的な意味があるのでしょうか。

宗教的な意味があるとすれば、禅宗寺院の七堂伽藍には五重塔がないのはなぜか、という疑問が残ります。

むしろ、仏教勢力を誇示するために、最新・最高の技術を見せ付けるために建てたとする考えはないのでしょうか。
2塔を有する寺院さえありますから。

Aベストアンサー

昔の塔であれば、いちおう、仏舎利を塔の下に収めていますよ。ただし、本物のお釈迦様の舎利ではないでしょうけれど。
今、いくつかの寺院などに仏舎利が伝わっていて、それは中国から請来されたものだと思われますが、たいていが水晶など宝石の類、もしくは玉の類だったみたいです。仏さまの本当のお骨ではありませんが、当時としては高価なもので、それを仏さまのお骨に見立てたわけです。
そういうものが実際に塔の下に収めてあるはずです。発掘調査などで出てくることもよくあります。

まあ、勢力を誇示するためといわればそれまでですが、私見では、勢力を誇示するというよりは、「ここに仏さまのお骨が収まっていますよ。ここへ来て仏さまに手を合わせましょう」というような、布教活動の一環といった方がいいように思います。それによって信者を集めてお金を集めて……などという見方もできるかもしれませんが、日本に仏教が伝わったころの寺院はそういうことよりも、とにかく仏教を広めたいという方向だったと思います。

また、「仏教に関わる知識人は、それまでの日本にない技術を持ち合わせている」=「それだけ仏教が教学的にも技術的にも文化的にも進んでいる」ということを示しているとも言えると思いますが、やはりそれも仏教を広めるためのものだったと思います。

実際に本物の仏舎利が収まっていないのだから塔には意味がない、というのではなく、「仏舎利とはきっとこういうものなんだろうなぁ」とイメージできるような代用品を収めることによって、人々に仏という存在に思いを致すように導くための重要な建物だと、私は思っています。

もう随分前の学生時代に習ったことなので記憶は薄いのですが、法隆寺など奈良仏教の寺においては、塔が一番重要な建物と位置づけられていたはずです。

昔の塔であれば、いちおう、仏舎利を塔の下に収めていますよ。ただし、本物のお釈迦様の舎利ではないでしょうけれど。
今、いくつかの寺院などに仏舎利が伝わっていて、それは中国から請来されたものだと思われますが、たいていが水晶など宝石の類、もしくは玉の類だったみたいです。仏さまの本当のお骨ではありませんが、当時としては高価なもので、それを仏さまのお骨に見立てたわけです。
そういうものが実際に塔の下に収めてあるはずです。発掘調査などで出てくることもよくあります。

まあ、勢力を誇示...続きを読む

Q五重塔、多宝塔とは?

日本の仏塔には、多宝塔と五重塔という2つの様式があると思うのですが、これらはそれぞれ外国(中国、インド塔)の影響をどのように受けているのですか?

Aベストアンサー

仏教の塔は、ご承知のように、古代インドで仏舎利を祀ったストゥーパ(墳墓)がが起源です。多重塔のように庇を持つ建造物となったのは、墳墓の中に眠る仏が暑くないように傘をかたどった構造物を墳墓の頂上に立てたことから始まったと言われています。
こうしたストゥーパが中国に伝わり、中国の楼閣建築と合体して多重塔の形式が成立したと考えられています。あるいは、古代インド周辺ですでに楼閣式のストゥーパが成立していたと考えるものもありますが、日本の多重塔につながる形式の存在は知られていません。

多重塔は、奇数の方形の屋根を重ねる形式ですが、多宝塔は、方形に円形の平面を組み合わせたものです。この形式は、中国や朝鮮には遺例はなく、平安時代に日本で考え出されたものと考えられています。空海が真言密教の教理を表す大塔を高野山に建立したのが初出といわれています。

Q神社や寺に酒樽があるのはどうしてですか?

外国人を明治神宮と浅草寺に連れっていったときに、どちらにも酒樽があり、何故あるのか尋ねられましたが答えられませんでした。

どうして神社や寺に酒樽があるのでしょうか。また、これらのお酒はだれが飲むのでしょうか?

ご存知の方、ご教示お願いします。

Aベストアンサー

http://tree.la.coocan.jp/photo/sakedaru3.htm
http://blog.goo.ne.jp/toraian/e/92b2e7b9c6f39e8dd3c0f81db0bddea5
↑この手の奉納された酒樽でしょうか。

下のページの10枚目ほどの写真に説明がありました。
http://4travel.jp/traveler/jn1lfz/album/10244808/
-------------------------------------
奉納酒樽
この酒樽を見て、けっこう不思議がる人が多いので掲載した。
(東照宮巻ノ四では割合した。)

礼記では、
 神様に奉げる最も清らかな水を「玄酒」と言う。
  時代が下るに連れて、酒も奉げるようになった。

テレビ、ラジオが無かった時代、宣伝効果を狙って酒造会社が争って献上するようになった。
「神様が召し上がる酒ですよ、うちの酒は。」
「神様が飲むぐらい、極上品ですよ。」
「貴方が飲んでる酒は、神様も飲んでます。」
 を、表現しています。
全国有名寺社に在る酒樽は同じ意味。
--------------------------------------
という事で競って酒樽を奉納するようになったようですね。

http://tree.la.coocan.jp/photo/sakedaru3.htm
http://blog.goo.ne.jp/toraian/e/92b2e7b9c6f39e8dd3c0f81db0bddea5
↑この手の奉納された酒樽でしょうか。

下のページの10枚目ほどの写真に説明がありました。
http://4travel.jp/traveler/jn1lfz/album/10244808/
-------------------------------------
奉納酒樽
この酒樽を見て、けっこう不思議がる人が多いので掲載した。
(東照宮巻ノ四では割合した。)

礼記では、
 神様に奉げる最も清らかな水を「玄酒」と言う。
  時代が下るに連れて、...続きを読む

Q法隆寺の五重塔は何の目的で建てられた建物?

3歳の息子が五重塔の写真を指差して「これ、誰かのおうち?」と聞いてきました。無知の私は答えられず、少し調べてみました。すると、「塑造の群像を安置する」と書かれてあったのですが、塑像を安置するだけのためにあんな物凄いものを作ったのですか?
分かる方いらっしゃいましたら教えていただけると助かります。

Aベストアンサー

五重塔は
仏舎利(釈迦の遺骨)を祀り、仏法興隆を祈る塔です。
法隆寺の五重塔は
中国の釈迦の真骨の仏舎利塔の前で供養した七宝(金、銀、瑠璃、玻瓈、硨磲、赤珠、瑪瑙)を仏舎利の代用として五重塔の心礎の地下に埋めています。

 インドを統一したアーショーカ王(BC268~232)は、敬虔な仏教徒で
八基のストゥーパに分けられ埋葬されていた仏舎利のうち七基を掘り起こし、
釈迦の遺骨を細かく砕き、八万四千の寺に、仏舎利塔を建立寄進したと伝えられます。
またさらに仏舎利を求める民のために再分骨されたり、
法隆寺のように
仏舎利塔の前で供養した七宝を仏舎利の代用にするなど
仏舎利と伝わるものは、十万か所以上あるそうです。
浅草・釧路・熊本などの仏舎利塔は、インド・スリランカから送られた釈迦の真骨と伝えられます。


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