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今春、高校を卒業する予定の者です。
僕は、学校という組織に多くの疑問を感じています。
簡単に申し上げますと

(1)教師のレベルの低さ
(2)おもしろみのない平凡な授業
(3)基本的に生徒が主体でない

といった所ですね。

まず(1)ですが、はっきりいって教師として1人の大人として、尊敬できない先生が多すぎです。中には恩師と呼べる先生もいますが。具体的に言うと生徒1人1人を平等に扱う事。基本的なことが全くできてない!
(2)についてはもっと授業をおもしろくする方法を先生達は常日頃、真剣に考えろと言いたいです。進学校などはおもしろさという要素はあまり関係ないと思いますが、それ以外の学校などではもっとおもしろみのある授業をしたほうが良い。考えればおもしろくする方法なんていっぱいあると思います。
(3)は学校のシステムに原因があると思うのですが、学校は生徒が主役じゃないんですか!?上(教師)から命令されてばっかりで。。こうしろああしろとか、そんなんじゃ本当に主体的な人間を育てる事は難しいと思います。

人間は組織に入ると自分の地位などを気にして保守的になり易いとよく聞きます。やはり文科省を変えなければはじまらないと思います。私は、先生の採用試験をもっと厳しくしたほうがいいと思うんです。研修期間を2年にする。熱く語れるかどうか試す試験を行う。などなど。(まだまだ考えつきます)
総じて、日本の教育システムは腐りきっています。
一刻もはやく文科省において抜本的な改革をしなければならないと思います。
具体的な対策についてはここでは触れないことにします。
みなさん日本の教育システムについてどうお考えでしょうか??なんでも結構ですのでご意見頂きたいです。

A 回答 (22件中1~10件)

色々な方の回答で、質問者さんの視点がちょっと変容するかと、お礼


されるのを注目していました。

私の意見は、質問者さんにとっては受け入れがたい事だったかもしれ
ませんが、私にとっても、『欧米と比べ、教育の質が悪すぎます。』
と言われる質問者さんのお考えは、このような行きずりの場で、老婆心
丸出しではあっても、ちょっともの申したくなり、また出て来てしまい
ました。

『現場にいた僕だから言える事です。』とおっしゃいますから、やはり
もう少し、欧米の現場を知る努力もされる方が良いかと思われます。

参考に、わかりやすいと思われるURLをご紹介します。
もちろんこれらの記事も、全てを鵜呑みにしてはいけませんが、
質問者さんの思い描かれる欧米の教育システムというのが、どのような
事態を引き起こしているかの一端を、うかがい知る事はできると思い
ますよ。

もし更にお時間があるようでしたら、日本の教育について、欧米の教育
と比較した意見を書いているhttp://kazumusic.com/genki/eidell3.htmlこの本
をお薦めします。質問者さんのご意見とは全く反対の切り口ですから、
おもしろいと思いますよ。

どちらにしても私は、日本のなくした良い物は、他国を探しても
見つからないと思います。日本の良い所は、やはり、日本の中にこそ
あると思いますし、その歴史の中で、先を行く先輩(先生であり、親
であり、年長者)の意見は、それなりに意味があると思います。

日本の教育に問題があるとすれば、未熟な反抗心を個性や自立と称し、
年長者を敬う事に重きを置かなくなった事だと思います。

参考URL:http://www.newsweekjapan.hankyu-com.co.jp/
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#20です。

#7さんに続いて、

戦後、占領軍が指示した米国式教育が「生活単元学習」というものです。

かつて米国では、
知識は教えられて頭に蓄えるものではなく、子どもたちが自ら考え問題を解決していく過程で習得するものだという教育論が主流でした。
しかしこの非管理教育、子ども中心主義は限界があり、これをベースとした方式は失敗しました。
このツケは大きく、何十年も立ち直れませんでした。

教育荒廃の流れを変えたのはレーガン大統領でした。
日本本来の教育に学び、生徒に時間厳守、規則遵守、静粛などを日常生活に定着させていくことで、主体性・価値観を育てたのです。
米国式に突き進む日本は「保守への回帰」と否定的でしたが、皮肉にも米国はこうして立て直しが行われました。

>今年の3月に卒業しますが、現場にいた僕だから言える事です。

この教育法の失敗を認識している私だから言えることです。

>ここ数年で、僕が指摘するような教育の問題が顕著になってきました。

いえ、戦後まもなくから続く社会問題です。

>>日本独自の教育のあり方
>どこが素晴しいんですか、このくさりきった教育システムを。

輸入された教育によってくさってしまった教育だからこそ、素晴らしかった日本独自の教育でやり直すほうが良い。
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「自主性尊重(生徒主役)の教育、強制・管理・抑圧の否定、平等主義…」


あなたのキーワードを見る限り、こういった日教組の思想っぽい。

この影響をダイレクトに受けたのが、団塊世代。
そしてこれこそが、戦後教育暗黒史の始まり。

占領軍の影響で日本は教育勅語を捨てさり、師範学校を廃止しました。
しかし、代わりに与えられたこれら美辞麗句は生徒に大好評で、先生からも「指導をしなくてもいいからラクだ」と歓迎されました。

その結果、秩序の崩壊、モラルの低下を招くことになったのです。
管理指導なしで独自に得た主体性のまま大量消費文化に放り出されると、簡単に拝金主義や享楽主義に染まってしまいます。

見直すならば、これら「キレイ事」とは逆のことをするしかない。
社会が是としている共通の価値観やモラルを強制的に教え込む。
努力や忍耐を認識させ、克己禁欲によって自己を相対化させる中で主体性を形成させる。
教育勅語の復活。師範学校の復活。

あなたの主張は、そもそもの「腐り始めたキッカケ」にループしてしまうだけではないでしょうか。
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はじめまして。



私が教育のシステムについて説明するに際し、対象者によって語り口は大きく2通りに分かれます。質問者の方はシステム内にいらっしゃるので、システム改善の前に語るべきことを述べなくてはなりません。


システム自体の評価をする際には、個々の問題を集計し、統計的な観点で問題を論じなくてはなりません。そういう観点でみたときに、はじめて文部科学省の施策が云々という議論ができるのです。例を挙げれば、ゆとり→基礎学力へという方針の転換は、OECDの学力検査の国際比較結果という統計情報が多少は影響しているのだと思われます。

質問者の方が書かれている視点は、だいぶ個人の経験に基づいているように思います。○○学校の○○先生が○○という授業をしていて、○○という点で問題があるというのは、あくまで一つの事例に過ぎません。それを取り上げて云々という手法は、個々の問題解決になります。


あなたの立場によって、議論の方向性は異なります。
A統計的な観点で話を進めたいのか、B個々の問題解決的な観点で話を進めたいのか、ということです。

Aの立場であれば、統計情報を前提に話をしなくてはなりません。それを調べて提示した上で、人に問うことが必須条件でしょう。ただし、統計情報は一般化されているので、解決の方向性を示すことはできるものの、解決策を見出すことにはなりません。
Bの立場であれば、問題解決をすぐに文科省レベルの話にもっていくのは早計と言わざるをえませんし、有効な解決手段ではありません。直接の問題は、○○学校の○○先生や、○○学校の運営にあるからです。文科省を変えるより、○○先生に直接的に働きかけるようなアプローチの方が、はるかに効果的です。

両者は、議論の方向性としてはトップダウンとボトムアップという関係になるのでしょう。どちらにせよ、具体的な事実がなければ、建設的な話はできません。


>総じて、日本の教育システムは腐りきっています。
>一刻もはやく文科省において抜本的な改革をしなければならないと思います。
>具体的な対策についてはここでは触れないことにします。

具体的な対策こそが、大事なのだと思うのです。
一般論なら、世の大人が100も200も述べているではありませんか。
質問者の方が、もし本気で改善を望むなら、一般論を語っていても何も変わらないことを、早く学ばれた方が良いと思います。


渦は自分のところから回すのです。
ご自分にできる範囲でしか変えられないのです。


以下、具体的な解決策を述べます。

1.○○がない、○○ができない、○○が足りない…といった問題点を、質問者の方はいくつか見つけたかと思います。ノートに書き出してみてください。

2.それらを、「どうしたら~できるようになるか」と書き換えてみて下さい。その下に、「自分がすぐにできる」解決策を、5つ程度それぞれ書き出してみて下さい。

3.書き出した解決策に基づき、具体的に行動に移してみて下さい。行動の結果を受け、それをさらに改善する方法を考え、行動に移してみて下さい。


関連して、書籍の紹介をさせて下さい。

○成美文庫「図解 トヨタ流すごい仕事術」 若松 義人 (著)
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4415074 …


○「すごい会議-短期間で会社が劇的に変わる!」大橋 禅太郎 (著)
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4479791 …




さて。
以前、質問者の方が投稿されてから、数週間経ちました。
http://self-solution.okwave.jp/kotaeru.php3?q=18 …

以前寄せられた回答を受けて、具体的に何をされましたか?
批判的な回答もあったかと思います。世間の様々な方が、それぞれに独自の考えを持っていることが、分かったのではないでしょうか。自分と異なる考え方をする方に対し、納得させられるだけのご意見をお持ちでしょうか。その意見を支える具体的事実をどれだけお持ちでしょうか。
そういった具体論を語ることこそが、信頼性や説得力につながるのだと考えます。


このアンケートの中で語られる様々な意見を受け、どのような行動を起こすお積りですか?


長くなりました。
失礼します。


追記
質問者の方の視点は、大きく言えば誤りではありません。
ですが、システム内にいる方が、自分の立場で「できること」に取り組まないで、○○が悪い、と言うことは、ある意味では責任放棄・愚痴と同義です。
もし何らかの改善を強く望むのであれば、ご自分の意見を、より具体的な形で示されると良いでしょう。総論より各論での議論を行うことが重要なのです。
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フランスでは日本より早い段階で、子供達の資質に合わせて、進路が決まるそうです。


勉学の資質が無ければ、大学には行けず、職業訓練校に行くそうです。
日本では、大学に行きたければ、誰でも行けます。
本人に勉学の資質が無くても、本人の意思で大学に進めますし、社会的に「行って当然」な風潮もあると思います。
だけど、勉強が向いてない生徒が、勉強を続けるのは人並み以上の努力が必要でしょうし、教師が教えるのも、優秀な生徒の何倍もの時間や労力が必要だと思います。(それで、教師のレベルが低いと評価されたら、教師は可哀想だと思います。生徒自身のレベルが低い場合もあると思うので。)
日本の子供達にも、もっと早い時期に、本人の資質や進路についての情報が与えられれば良いと思います。
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(a) 本当に勉強したい生徒にとっては、現状ではものたりないでしょうね。


(b) 本来なら入学できないレベルの生徒が入学してきていること考えると、学校はそれに合わせていられない。

(c) 学校か教師は補助的な物で、基本的には自分で勉強(知識に限らず)する。周りに頼っていては力は付かない。
(d) 教師になるためにはある程度の能力が必要だが、ずば抜けてなにかをできるような専門的な人は教師になりにくい。このへんを早期に見抜いて、(c)を考える。
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そろそろ三十路の門が見えそうになっている人間です。


一応、中高生の女の子たちと接する機会が多く、「最近の子供たち」というのを見ていると思います。
私は専門家でも世間で言う優秀な人間でもなく、質問者が満足する意見になるかどうか自信がありませんが、それはご容赦ください。


>生徒1人1人を平等に扱う事

これは難しいです。
では、生徒は平等に関わっている教師に接していますか?
教師にだけ求めるのはナンセンスです。
「この先生は嫌い」「この先生は好き」と壁を生徒が作るのと同様に、教師も「この生徒は(壁を作ってないから)接しやすい」「この生徒は(壁を作っているから)接しにくい」もなると思います。
これは逆もありです。
先生から壁を作る場合もあると思います。
人間、誰しも苦手な人間が居ると思います。
それすら我慢して、壁を作る生徒に関わるのも教師の務めと言われるのなら、そういう部分での適正診断やカウンセラー常駐が必須になるでしょう。
ただ授業に関しては出席している限りは平等ではないでしょうか?
そのあとに分からないところを質問するのは生徒の自発性ですよね。
進路に関しても生徒が自発的に相談してこなければ……教師が声をかけるのはただ「ウザイ」だけなのでは?
教師に声をかけづらい消極的な生徒と、そうでない生徒の見分けの付け方は経験を重ねないと無理だと思いますが。


>授業をおもしろくする方法を先生達は常日頃、真剣に考えろ

日本人は横一列が大好きな人間です。
ちょっとでも毛色の違うことをしたらどうなるかは想像つきますよね?
興味の惹かれる授業内容を考えて、実行したときに周囲から与えられる影響を跳ね返すことの出来る強靭な精神の持ち主は少ないと思います。
人間は全員が全員、「あの人の授業内容は面白いな。自分も頑張らないと!」と思いません。
僻む人も居ますし、その僻んでいる人は自分の向上よりも相手を貶めることに知能を働かせます。
学校という「安全な場所」をそういう部分から「危険」にする方が環境にも良くないです。
小中高と多感な時期を過ごすのに、大人の汚い部分をそういう形で与えてしまうのは人格形成には良いものでしょうか?
「幸せは不幸を少し知っている方が深みを増す」という感じの話を聞いたことがあります。
つまらない授業のあとに待っている解放感と面白い授業のあとに待っている解放感、どちらがいいのかは人それぞれですが、オンオフの切り替えも大事だと思います。


>学校は生徒が主役じゃないんですか!?

確かに主役は生徒です。
これは校則を守っているのが前提です。
全校生徒が目立った違反もなく、問題を起こしていなければ教師は何も言いません。
私の知っている高校は私立でも公立でも規則を守っているところは教師は何も言わず、生徒の自主性に任せています。
これは家庭での躾が優先だと思います。
やっていいこと、悪いことの判断がつかない野放し状態は問題を起こすだけではなく、生徒の未来も潰しかねません。
これは本人だけではなく、在籍している生徒にまで影響が及びます。
私の在籍していた大学でも数人が起こした不祥事のおかげで4年生の半数が内定を得られず、一部では内定を取り消されました(それまでは8割ほどは内定を得ていたようです)
中高生なら大会があり、それに影響を及ぼすようなことがないようにするのが学校を始めとして教師の仕事です。
押さえつけたくて押さえつけているのではなく、押さえつけなければならない状況を生徒が作り出していることに気づくべきです。
権利や立場を主張するなら、そこにある義務を遵守するのが条件です。
主張に見合った行動をすべきです。
その躾すら教師に求めるのはお門違いですよね?



急激な変化に教師もついていけなかったんだと思います。
それを見抜けなかった文科省の落ち度は重大です。
私は高校生も終わりかけに「ゆとり教育」が登場し、突然隔週土曜日が休みになって戸惑いました。
自由な時間が出来たのよりも先に勉強する時間が減ることに対しての不安がありました。
これは教師にもあると思います。
少しずつシステムを変化させ、ゆとりもありつつ勉強もきちんと出来るシステムであれば問題は少なく、文科省が提唱していた「土曜日は地域活動に参加し、情操教育を強化する」ことが実現していたのでは?
ゆとり教育の見直しが始まり、私が幼少期に経験していた週休1日制が急激に入り込んだら最悪な状況が待っているかもしれません。
こればかりは文科省のさじ加減です。
質問者は大学に進学されるのでしょうか?
もし進学されるのなら、その持論を理路整然とまとめて投稿するのも「学生としての主張」となり、質問者の望む抜本的改革へのカンフル剤になるかもしれません。
ここで熱く語っても有識者の目には留まりません。
熱く語っているということは改革を求めているのでしょう。
その勢いを持続して活動をしてください。
私はこれからの教育システムに希望は抱いていません。
私たち世代でも「出る杭は打たれる」のが怖いですから、改革を試みる人は少ないと思いますし…(ここまで熱く語るのだから質問者は当然教師に苦言を申し出たこともあるでしょう。そんなことは恐ろしくて言えませんでした)
ただ、「主体」は下手すると「スタンドプレー」に繋がり「協調性」の欠落に繋がるので難しいんですよね。
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組織が健全であり続けるためには、関係のある外部からの具体的な批判や提案が、それなりに必要だと私は思うのです。


で、学校でその「関係のある外部」といえば生徒やその保護者です。
保護者は親という立場から学校を一方的に批判しがちなので建設的な方向に行きにくいのですが、生徒は学校を直接見続けていて、直接の利害関係がそこにあるのですから、建設的な方向で問題を見つけ出し易い立場なわけです。

さて、生徒であるあなたは問題点を見つけ出しました。

あなたが示している問題点というのは、あなたの先輩が怠慢で教師に苦情を言ってみるとか、学校側に具体的な改善案を提案したりとかをやってこなかった結果でもあるわけです。
特に3の「基本的に生徒が主体でない」というのは、教師の側から見ると「主体的な生徒がいないのに、生徒を主体にしたら何も決まらないじゃないか」ということになるんです。
そういう反論を封じるためには、生徒が主体的になっている必要があるわけです。
主体的な先輩がいない時代が続いたために、教師が偉そうにしているんです。

あなたが後輩から怠慢な先輩だと言われないためにも、残された時間でそのあたりをちょっと努力してみるといいんじゃないかなぁ‥‥と「怠慢な先輩」の私は思ってしまうのです。

偉そうな意見ですみません
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No12です。



No13の方が言われる通り、高校進学率が高すぎるのは問題でしょうね。

高校の勉強は、大学での学問を学ぶための前提としての基礎の養成が不可欠です。
しかし、現代の高校の勉強レベルは正直充分ではありません。

例えば、英語で言うと、センター試験の英語なんてのはアメリカなら中学生で楽々読めてしまう内容ですが、満点取れる高校生はほんの一部です。
英作文も、中学生の書くessey以下の文しか書けない高校生が大多数です。
日本人は当然のごとく、英語に関しては欧米人にハンデがあります。
旅行会話に毛の生えたようなリスニングをセンターに取り入れている余裕はないのです。

大学生になれば原書を読もことも必要だし、なによりこの国際社会において欧米の大学生と同じ土俵でやりあうくらいの英語力が求められるべきです。

東大の英語や英字新聞がスラスラ読めるレベルになれば、会話なんて半年もやれば、そこそこ話せるようになります。
そもそも大学の勉強はアカデミックなものであって、趣味・実用の英会話なんてのは、本分ではないんです。

さてこれをご理解頂いて(2)の論点を考えてみます。

大学生となるべき前提的基礎知識を充分学ぶには、かなり地味で苦しいトレーニングが求められます。
ぜんじろうがテレビでやってるような、「面白い授業」ばかりをやっていたら、その基礎知識をまんべんなく習得することは時間的に不可能です。

もちろん下のレベルの生徒に「学問の面白さ」や教養を知ってもらうために、NHKの教養番組のような「面白い授業」は必要です。

しかし本来、大学で学問をすべき素養を身につけるには、それでは追いつかないのが現実です。
ちょうど、町の市民テニス教室なら、テニスの面白さを知ってもらう内容が求められますが、プロになるためには基礎段階で地味な走りこみや筋トレを嫌になるほどやらなければ結局通じないのと似ています。(また少年期に単純な計算・暗記を繰り返すのは脳の発達を促すと言われています)

高いレベルの教育には高いレベルの苦難が伴います。
それを、少しでも分かり易く、面白くしようとプロの教師達は日々苦悩しているんです。

質問者さん、高校の教師が教え方がつまらないと批判されていますが、あなたにはもっと面白く、かつ効率的な授業が出来ると言えますか?

それはちょうど、素人がK-1の試合を見て「なんだよボブサップ弱えなあ」って言うのと同じではないですか?
教師は仮にも「プロ」なんですよ。
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高校進学率が高過ぎるため、高校がほとんど義務教育化しているのが問題です。


高校は本来、勉強したい者が自主的に行くべき所のはず。

そこで、高校をもっと大学みたいに自由にすればいいと思います。
単位制、科目は選択制、制服撤廃、学校行事には自由参加、とか。

その代わり、留年・退学には厳しく、教室で椅子に座っていること=勉強だと勘違いしているような生徒じゃ進級も不可!

テストはノート持ち込み可能。ただし暗記問題などは一切出ず、先生の書いた黒板丸写しのノートじゃクソの役にも立たないような、自分自身の考察が必須の論述問題オンリー。

学校外での生徒の活動は自分と保護者の責任。犯罪を起こしても教師は知ったこっちゃありません、だって高校じゃしつけまでやってませんから~…ってな感じで。

どうです?かなり主体的じゃないですか?
自由な代わりに、自分の頭で考えないとな~んもできませんけどね。誰も守ってくれませんし。

殻の中でいくらピーピー鳴いたって、その中にどっぷり浸かってがっちり守られてる限り、そのヒナは主体には成り得ませんよ。
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