”検索”してもわからず終いで、
「あら玉のとし」の言葉の意味を教えて下さい。
<万葉集だということはわかっているのですが>

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A 回答 (4件)

日本ではお正月に歳をとっていました。


年があらたまるごとに一つ「としだま」をもらうのです。
お正月が来るたびに新しく再生する。
だから、「あらたま」ということです。

この回答への補足

今回疑問に思い質問をした理由に
年賀状を頂き(年配の方)お礼にこの文章を使おうかと思っていたのですが(良い響きだったもので)
しかし、この言葉を使用しても失礼にあたらないかなと思いやめた次第です。
「年賀状をありがとうございます」という
書き方は失礼なのでしょうか?
私は以前「早々の年賀状をありがとう」と
書かれてあったのを頂き、あまり良い気持ちではなかったのですが「年賀状ありがとう」という書き方は失礼なのでしょうか?それとも礼儀なのでしょうか?

補足日時:2002/01/08 10:42
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この回答へのお礼

cotikuさんありがとうございました。

Ps 良かったら、補足の部分も教えて頂けると嬉しいです。

お礼日時:2002/01/08 10:54

なるほど!


私は、逆に、こちらは返事のつもりで出した賀状なのに、次の年、相手が、「あら、前回PORTFOLIOさんから頂いたから、今回も出さなきゃ」と思い、また私に書いてくれて、単なる儀礼の年賀状が延々と続いたりしない様に、「もらったから出す」人には、あえて、「年賀状ありがとうございました」と書くことにしています。
でも、いずれにしろ、相手を思いやり、ひとつひとつの言葉に気を配りながら書く、という意味で、kyuuuさんも、cotikuさんも、ついでに私も、みんな合格(失礼には当たらない)なのではないかなー? なんて思います。
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この回答へのお礼

「年賀状ありがとうございました」の言葉は有る意味必要な言葉なのですよね。
そしてお返事に気持ちが入っていれば問題ない?!って事なのでしょうね。
(私は凝り性では無いのですが、1枚のお返事の年賀状を書くのにこの度はとても時間がかかりました。)
PORTFOLIOさん、再びありがとうございました。

お礼日時:2002/01/08 15:20

>「年賀状をありがとうございます」という


書き方は失礼なのでしょうか?

失礼ではないと思います。
年賀状は相手におめでたい言葉を届けることなので。

>私は以前「早々の年賀状をありがとう」と
書かれてあったのを頂き、あまり良い気持ちではなかった

私も同様に感じたことがあります。
その結果、出し遅れたことを記録に残さないためにも
「年賀状をありがとう」と書かないようにしています。
ただひたすらお祝いするのみ。
ずるいのかな?

年賀状をもらってからついでに近況報告する人もあるとか。
いろんな手があるみたいですね。
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この回答へのお礼

そうですね。
今回は毎年頂いてる方(以前のお客さん)
だったのですが、もう何年もお会いしていなく・・
今年は良いかなーっと思ってましたら・・頂いた次第で。
ささやかな事なのですが、気になりまして。
cotikuさん、再度ありがとうございました。

お礼日時:2002/01/08 15:14

「あらたまの」は、「年」「月」「日」「春」などにかかる、枕詞です。

国語の授業で習ったと思いますが、枕詞は、特に意味がないので(もちろん厳密に言えばありますが・・・。)、解釈するときは無視していいのです。だから、「あらたまの年」イコール単なる「年」、と思えばOKです。
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この回答へのお礼

そうなのですか。
お礼の年賀状にこの言葉を使用しようと思ったのですが、躊躇してしまい・・・
この度、OKWebにて質問してみようと思った次第です。
PORTFOLIOさんありがとうございました。

お礼日時:2002/01/07 20:16

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  番号 18/4080
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……ざっと見ました(T_T)。
万葉集→挽歌部分のみ。それらしきものはなし。
古今集→哀傷歌部分のみ。同上。
新古今→哀傷歌(巻第八)
手すさびのはかなき跡と見しかども長き形見にになりにけるかな(805)
尋ねても跡はかくてもみづぐきのゆくへも知らぬ昔なりけり(806)
いにしへのなきに流るるみづぐきは跡こそ袖のうらによりけれ(807)
誰か世にながらへて見む書きとめし跡は消えせぬ形見なれども(817)
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※ただ、ざっと見なので、見落としの可能性は多分にあります。

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かなしさのいとどもよほす水ぐきのあとはなかなか消えねとぞ思ふ
         (田辺聖子「文車日記」より孫引き)

……本で読んだ、というのが和歌専門の解説書などではないとしたら、上記の新古今の歌は該当しないような気がします。というのは、付属する物語としてインパクトが弱い。
後者の系統の方が、物語性がありますのでエッセイなどになりやすく、該当するものがあるのではと思います。
こういう類の質問をするなら、出来ればもうちょっと情報がないと……。むきになって調べたので一応書きますが、当っているという予感がありません。こういうのってカナシイものです(T_T)。

ちなみに建礼門院右京大夫は、

水のあわときえにし人の名ばかりを さすがにとめてきくもかなしき(327)

という歌が一番?有名かと思いますが、これは恋人の公達の署名が昔の書類にあるのを見てor聞いて詠んだ歌だそうですので、シチュエーションには合っているかと思います。

情報が少なすぎますね。意味だけなら当てはまるものがいくつもあって、しかも「うろ覚え」という可能性まで考えるともう、絞りようのない質問です。

……ざっと見ました(T_T)。
万葉集→挽歌部分のみ。それらしきものはなし。
古今集→哀傷歌部分のみ。同上。
新古今→哀傷歌(巻第八)
手すさびのはかなき跡と見しかども長き形見にになりにけるかな(805)
尋ねても跡はかくてもみづぐきのゆくへも知らぬ昔なりけり(806)
いにしへのなきに流るるみづぐきは跡こそ袖のうらによりけれ(807)
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次の万葉集の口語訳をお願いします

命をし 幸くよけむと 石ばしる 垂水の水を むすびて飲みつ

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Q万葉集の口語訳をお願いします

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お願いいたします

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4322 は「我が妻はいたく戀ひらし飲む水に影副へ見えて世に忘られず」が原文で
「我が妻はいたく恋ひらし飲む水に影(かご)副(さ)へ見えて世に忘られず」が読み下しです。大意は「遠く離れて暮らす妻はいたく私を恋い焦がれているのだろう。 呑む水にまで妻の顔が映る、ああ何で忘れようぞ忘れられない恋しい限りだ!」作者は若倭部身麿(わかやまとべのむまろ)で
主帳(ふみひと)の丁とされています。主帳(ふみひと)は郡の役所の書記役。
こんなところがお答えですが、4321番の(加曳(かえ)が斎田嶺(いむたね)については異説もあるようですがこれに付いては触れませんでした。 なお原文の意味は万葉仮名自体でありませんのでご承知おきください。補足 「いたく戀ひらし」(らし)は通例、終止形で受け(戀ふらし)になる。ここではその形になっていないが理由はわからない。方言という説もあります。
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回答行き違いになりましたので改めてを補足を書いておきます。万葉集巻20(防人)の歌です。
4321は「畏きや命(みこと)被(かがふ)り明日ゆりや加曳(かえ)が斎田嶺(むたねむ)を*妹(いむ)無しに」が原文で現在次のように読下されています。「畏きや命被り明日ゆりや草(かえ)がむた寝む妹なしにして」作者は(物部秋持)  大意は「恐れ多くも、天皇の詔を頂きいよいよ明日からだ!防人として草に起き伏しをする日が続くのだ、ああいとしい妻よ往かねばならない」作者(物部秋持) は國造の丁(よぼろ)で丁は足腰...続きを読む


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