「ちょっと待った」「待ったをかける」など、
「待って」になるところを過去形で表すのは、どこの方言ですか?
「待つ」以外の語についてや、
成り立ちや語源がわかると嬉しいです。

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A 回答 (7件)

>それなら、


>「ちょっと待った」「さあ、買った買った」「もう帰った帰った」は、
>そうすることを催促しているようにとれるのですが、

そうです、その通り「催促」です。
命令形よりも強い催促です。

 待て:「待つ」ということを「する」ように促す。
 待った:「待つ」ということが「完了する」ように促す。

だから、uzumaki-koさんのいう「完了」の意味だと思いますよ。
何度も書かれていますが、標準語ですよ。

どこが発祥って言われると……
標準語で「発祥」がどこって分かるものって、そうはないと思いますが。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
催促ですよね。
命令形よりも強いといわれると、そうではないような気がしますが…。
「待った」より「待て」のほうがきついと思うのですが。

標準語は全国の言葉を集めて作られているので、
上方語か、江戸語か、標準語として候補に挙げられるくらいの力のある
言語から出ているはずなのですが…。
その標準語になるべく言語がわかると助かるのですけど。

語源はこれだというような回答を待ってみますね。

お礼日時:2002/01/29 14:59

用法が少しちがいますが


たとえば何かをさがしていて、「あった!」と言いますね。
バスを待っていて「来た来た」とか・・

この場合の「た」は、過去を意味するのではなく、完了だと思います。
さがしものは「どこかにあるはず」という期待の気持ちが実現して「あった」。
バスを待っていて、待つという動作が完了して「来た」。

「待った」は、「待つ」という動作を完了する単語を使うことで
単なる「待て」より強い意味になるんだと思います。

ちなみに、そもそも「た」が過去のみを表すというのは誤解だという考え方もあります。
昔の日本語では、過去を表す助動詞が、き・けり・り・つ・ぬ・たり・・と数多くあり、ひとつひとつ使い方が異なっていました。
単純な過去ではなく、今もその状態が続いていること=存続、とか
動作が進んで完了すること=完了、とか
動作・作用が完了した結果が残っていること=確定、とか(いちいち説明しませんが・・)
ところが現代では、それは「た」に全部吸収合併されてしまったので
それらの細かい区別がわかりにくくなった・・
「た」は、直接には「たり」の子孫だと思われますが、
その「たり」にも「完了」や「確定」の意味がありました。

さがしものが目の前にあるのに「あった」というのは
「ある」という動作(?)が続いていて、その結果が残っているからだ、
というわけですね。
「待った」も、その応用編と考えていいのでは、と考えています。
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この回答へのお礼

おお!
過去形ではない「た」があるのですか!
完了、確認、・・・???

それなら、「ちょっと待った」「さあ、買った買った」「もう帰った帰った」は、
そうすることを催促しているようにとれるのですが、
「たり」とかの用法とはまた異なっているような…。

江戸の時代劇でよく聞くので、(?_?)と思っていたのです。
上方のほうではあまり聞かないもので…。
さらなる有力情報を待ちましょう!
回答、ありがとうございました。(^-^

お礼日時:2002/01/29 00:48

>上方落語であるということは、上方発祥の言葉ですね。



わーそう短絡されると物凄く困るんですが。待った待った待った。

前の回答の落語の例では、
「待った」「待ったれ」「待ったって」「待ったり」
これらは全て「てや」が「た」に短縮したと見えないこともないです。
用法の違いを無視すれば、ですが。あくまで発音上のことですね。
でもこれは上方では「待ってや」が「待った」に訛ったという仮説の傍証でしかないのであって、この転訛以前にご質問でいう用法の「待った」が他地域にないことを検証しないと、上方から他地域へ伝播した証拠にはまるでなりません。
言わずもがなのことだと思ったんですが。
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この回答へのお礼

「てや」の短縮の上方語は存じております。(^^
もうちょっと様子を見てみますね。

お礼日時:2002/01/29 00:40

方言という説は初めて聞きます・・参考URLは上方落語の一席ですが、少なくとも「東京の俗言葉」ってことはないでしょう。



>「どいたどいた」「さあ、買った買った」 というのも同じ用法なんですやろか…?

grandさんの回答で説明がついていると思うんですが。

参考URL:http://www.hi-ho.ne.jp/hga00161/rakugo/daihon/te …
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
上方落語であるということは、上方発祥の言葉ですね。

お礼日時:2002/01/28 00:35

「待ったをかける」の「待った」は、「待つ」の過去形としてではなく、将棋・碁の用語として、独立して、辞書にも載っているようです。


私が引いたのは、大辞林ですが、上の2つの他に、相撲の用語ともされていました。
もとはといえば、Eivisさんの回答のような使われ方で、辞書に載るまでになったのでしょうが、自信はないです^^;
「ちょっと待った」に関しては、「ねるとん紅鯨団」という昔のテレビ番組で、使われた台詞で、そこから流行った気がします。(「ねるとん紅鯨団 待った」で質問検索すると、2件ひっかかりました)
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この回答へのお礼

将棋や囲碁の用語でも、相撲用語でもあるのんですか…。
なるほどなるほど。
ねるとん以前に、時代劇や東京のテレビで
「さあ、買った買った」とか、「もう帰った帰った」とかも
聞いていたので、昔の言葉からか、東京の俗言葉かなとも
思うとりましたんですわ。

例えば、「待ってや」が訛って「待った」になったとか、
そういう情報てありませんかねえ…。
おおきにです。

お礼日時:2002/01/26 19:42

「ちょっと待って」と「ちょっと待った」は、まるで使い方の違う言葉で...こういうのは方言とは云わないと思いますが。




ちょっと待って・・・相手の同意を求めているか、頼んでいる。。。

ちょっと待った・・・相手に「チョッと待て!」と命令または注意を促している。。。

【ちょっと待った】は文章で見ると確かに・・・二通り!

1)少し待った・・・過去形。

2)話し言葉では語尾の抑揚が揚がっている・・・これは「待ったをかける」の意味の時の【待った】で(!)マークがつくと分りやすい。
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この回答へのお礼

標準語になる前に、上方発祥やとか、東京方言やとか、
そういうのんを調べとりますねんわ。
どこぞの用法ですやろかなあ…。
回答おおきにでした!

お礼日時:2002/01/26 19:36

どこの方言でもなく標準語の用法だと思います。



完了や過去を表す助動詞「た」が終止形で用いられると軽い命令を表すことがあるということは、日本語の文法書にもかかれています。
例「邪魔になるから、そこをどい〈た〉」
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この回答へのお礼

すでに日本語になっとるのは十分承知の上でです。
そう言うたら、「どいたどいた」「さあ、買った買った」
というのも同じ用法なんですやろか…?
さっそくの回答おおきにです。

お礼日時:2002/01/26 19:34

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複数の人で手分けして報告書を作成しており、現在校正中です。
今悩んでいるのは、ある人は「~になりました。」と書き、別の人は「~となりました。」と書いているところがあり、報告書全体としては「に」と「が」が混在している状態なので、この表記の揺れをなくすために、どちらかに統一すべきかどうか、ということです。
「に」でも「と」でも全体の文意は同じのような気がするのですが、ニュアンスや文法的な違い、あるいは使い分け方法があれば教えていただきたいと思います。
よろしくご教示のほどお願いいたします。

Aベストアンサー

格助詞「に」と「と」の違いですね。この質問は過去に2,3回ありましたのでその1つを1部付け加えて回答しておきます。
「に」「と」はともに帰着または結果を表しますが、ニュアンス的には少し違いがあります。
「雨が降れば川になる」というのは平板で当然の帰結としての言い方の場合は「に」
「蛇行を繰り返し小川や多くの支流を集めて大河となる」のように紆余曲折を経る場合は「と」です。
「すったもんだの末、結局彼が村長となった。」
「すんなりと彼が村長になった」
あなたの会社の報告であれば:
「計算の結果予算は○○円になりました。」
「いろいろ審議を重ねて検討した結果○○円となりました。
また、「へと」と 「へ」との違いについての質問にも私が回答したのがありますので参考にしてください。

参考URL:http://okwave.jp/qa1126103.html

Q「あくまで」「あくまでも」の意味

「あくまで(飽くまで)」「あくまでも」という副詞の意味ですが、辞書をひくと「物事を最後までやりとおすさま・徹底的に」とあります。例文も「あくまでもがんばる、あくまでも主張を貫く」などとあります。

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「あくまでも個人的な」
完全に個人的な

「あくまでも噂です」
=「あくまでも噂[に過ぎません]」
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「あくまで一例です」
=あくまで一例[に過ぎません]」
完全に一例にすぎません

「あくまでの話です」
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Q「~ありき」の意味・使い方を教えてください

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最近の会話の中では「それがあって初めて成立する」とか「それがあってこその○○」みたいな使い方をされますね。

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Q「~やら~やら」と「~とか~とか」の違い

物事を複数並列する時に「~やら~やら」と使っていますが、
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「~やら~やら」と「~とか~とか」は、どう違うのでしょう?
なんとなく用法が違うとは思うのですが、正確にはわかりません。
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「~」の部分に入るものを名詞に限定して書かせていただきます。

「~やら~やら」には意味が二つあります。
1 名詞の並列
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2 どちらか決めがたいことをあらわす。
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「パンとか牛乳とか」の方は並列の意味に加えて、ちょっとあいまいに表現しようという気持ちが感じられます。

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1「バーゲンでコートやらスカーフやらいっぱい買ってしまった。」
2「バーゲンでコートとかスカーフとかいっぱい買ってしまった。」
1の方がいっぱい買ってしまった感が強いような気がします。
2の方は普通の並列ですが、この言葉を言う人によっては、本当はコートとスカーフ以外に重要なものを買ったんだけどそれをわざとぼかして言っているような感じも受けるかもしれません。

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2「彼女の気を引くために、バッグとかアクセサリーとかプレゼントした。」
これも、1の方があれこれたくさんプレゼントした感じがよく出てると思いますがいかがでしょう。
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ものをはっきり言わない人が話しているなら、ひょっとしたら車もプレゼントしているかもしれません。

とまあ、こんなところです。
前にも書きましたが、ここまで来ると、個人の語感や世代によって感じ方はさまざまだろうと思います。
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Qとの(という)ことでした、との(という)ことです

 日本語を勉強中の中国人です。「~とのことでした」「~とのことです」、「~ということでした」、「~ということです」の違いをどなたか教えていただけませんか。混乱中です。

 また、質問文に不自然な表現がありましたら、それも教えていただければ幸いです。よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

「とのこと」とは、自分が他の人から聞いたことをさらに別の人に伝える時に使います。
よくあるケースは、電話の伝言メモですね。
例えば、
田中さんへ
佐藤様からtelあり。
急用が出来たので、本日の打ち合わせは欠席するとのことです

この場合、佐藤様からの伝言を聞いたのは過去になりますが、「とのこと」には過去のニュアンスが含まれるので、最後は「です」となります。
「とのことでした」を使う場合は、「でした」のあとに接続詞を付けて、話を聞いた、その後の出来事などを記述する場合に使います。
例えば、
(1)佐藤さんから電話があり、急用が出来たので、本日の打ち合わせは欠席するとのことでしたが、結果的には30分遅れで出席されました。
とか、
(2)佐藤さんから電話があり、急用が出来たので、本日の打ち合わせは欠席するとのことでしたので、会議は中止しました。

(1)の場合、時系列で佐藤さんの電話、30分遅れで会議の出席、今の順です。
(2)の場合、時系列で佐藤さんの電話、会議中止、今の順です。

「ということ」を上の「とのこと」に入れかえても、意味は通じます。
でも、他の人から聞いた話を別の人に伝える場合、「とのこと」の方がより適切です。
「ということ」という言葉は、「とこのと」と同じ意味以外に、説明の時に使う言葉ですね。
例えば
「ドコモとソフトバンクの料金を比べた場合、トータルではソフトバンクの方が安いということです」とか。
ということの場合、後ろに来る「です」と「でした」の違いは、時制の違い、つまりですは現在形、でしたは過去形を表すと考えてよいと思います。

この説明でわかりました?

「とのこと」とは、自分が他の人から聞いたことをさらに別の人に伝える時に使います。
よくあるケースは、電話の伝言メモですね。
例えば、
田中さんへ
佐藤様からtelあり。
急用が出来たので、本日の打ち合わせは欠席するとのことです

この場合、佐藤様からの伝言を聞いたのは過去になりますが、「とのこと」には過去のニュアンスが含まれるので、最後は「です」となります。
「とのことでした」を使う場合は、「でした」のあとに接続詞を付けて、話を聞いた、その後の出来事などを記述する場合に使います。
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Q「~してはる」は敬語?それとも京都弁?

以前、友達と話をしていて少しバトルになった話です。
大阪ッ子の主張は(私もですが)「~してはる」は敬語なので
例えば、「先生が作りはってん。」みたいに話してます。
けど、京都ッ子は「お父さんが作らはってん。」と言うんです。
私からすると身内に尊敬語をつかってるようで、
すごい違和感を感じるんですが、
私だけではなく大阪の友達は敬語だと言う人は多いです。実際どうなんですか?
私のなかで「~はる」をつけるときはかなり尊敬語なんですが・・・
他にも「髪の毛が伸びはんねん。」と言う人もいました。おかしくないですか?
これが京都弁なんでしょうか?

Aベストアンサー

 「~はる」という表現方法は大阪、京都でともに敬意を表す尊敬表現として使われているようです。ただ、両者の間には使用法における若干のニュアンスの違いのようなものがあるようです。
 大阪では「~はる」は基本的に尊敬表現であり、相手への敬意を示す最も一般的な言い方です。
 一方、京都でも「~はる」は基本的に尊敬表現ではありますが、その使われ方が大阪に比べるとやや複雑なようです。京都で最も敬意の程度が高いとされている表現方法は、現実に日常生活の中で使うか使わないかは別としても、「おいでやす」、「おくれやす」などに見られる「お~やす」で、これは純粋に相手への敬意を表した尊敬表現です。「~はる」は「お~やす」に比べると敬意度が低く、また、京都では自分の側、つまり自分の身内に対して「~はる」を付ける言い方も存在し、この場合はその身内に対して敬意を表していると言うよりも、話し手が聞き手に対して自分とその身内との親密さ、親近感を伝えている表現という方が適切なようです。ただ、話している本人としてはあまりそういったことを意識せずに使っている場合が多いようです。また、tawdaさんがおっしゃっているように第3者に関することを話し手が聞き手に意見を求めているような場合に使われる「~はる」は、やや皮肉混じりの意味合いで使われることが多いようです。また、人間以外の物や動物などに使われることもあり、その場合も話し手が聞き手に対してその物への愛着を示したり、あるいは意見を求める、その物への注意を促す時などに使われるようです。
 このことは恐らく大阪と京都が歩んできたそれぞれの歴史や文化の成立過程の差で現れてきた違いだろうと思います。大阪と京都のことばに共通していることは、相手に対する「気配り」の表現方法が豊富であり、全体的にYES、NOをはっきりさせるような言い方を好まず、曖昧にぼかしたり、単刀直入に表現することを避けたりして、相手を傷つけないでおこうとする柔らかさがあります。その一方、ことばの中に多くの意味が含まれていて、後でゆっくりじんわりとこたえてくるというところがあります。肝心なところをぼかしながらも、実は事の本質をついているのです。大阪のことばは歴史的、文化的に商人気質の色が強い庶民的な言葉なので、相手に細かく対応して、相手の機嫌を損ねないように微妙に使い分けをしながらも、相手に対して分かりやすいことばが好まれてきたために、「~はる」の使い方もほぼ尊敬表現の一本で通されているものと思われます。一方、京都では一口に京都のことばと言っても、もともと御所ことばと町方ことばの差別化があり、また町方ことばも室町商家のことば、西陣の職人ことば、祇園花街のことばなどの複雑な区別があったため、「~はる」の使い方も大阪に比べるとより複雑な人間関係の中で多様性を持つに至ったと思われます。

 「~はる」という表現方法は大阪、京都でともに敬意を表す尊敬表現として使われているようです。ただ、両者の間には使用法における若干のニュアンスの違いのようなものがあるようです。
 大阪では「~はる」は基本的に尊敬表現であり、相手への敬意を示す最も一般的な言い方です。
 一方、京都でも「~はる」は基本的に尊敬表現ではありますが、その使われ方が大阪に比べるとやや複雑なようです。京都で最も敬意の程度が高いとされている表現方法は、現実に日常生活の中で使うか使わないかは別としても、「...続きを読む

Q「気づく」と「気がつく」

中学校のとき、国語の先生と大激論を交わしたこともありましたが、いまだに解明されていない疑問があります。
「私は気づいた。」という文において、
主語=「私」、述語=「気づいた」
・・・これは誰しも認めるところでしょう。

しかし、
「私は気がついた。」
の場合はどうでしょう?
●当時の国語の先生の主張:
  主語=「気」、述語=「ついた」
●私の主張:
  主語=「私」、述語=「気がついた」

先生の主張が正しければ、「私の気がついた」が正しい日本語なのでしょうか?

「私の腹は煮え繰り返った」の主語は「腹」というのは理解できますけどね...

国語、文学がご専門の方々のご回答をお待ちしております。

Aベストアンサー

まず、「気が付く」が一語の動詞か否かについて

複数の単語が複合して一語化したものを複合語と呼びますが、一語化しているかどうかの指標として以下のものがあります。
1、新たな意味が生じている。
(例)酒+樽→酒樽(酒を醸造したり貯蔵したりするための樽)
2、母音の交替、連濁などが生じて語形が変化している。
(例)さけ+たる→さかだる
3、もとのアクセントが失われて、新たなアクセントが生じている(以下、共通語のアクセントで、○は低く発音する音節、●は高く発音する音節です)。
(例)かぜ(○●)+くすり(○●●)→かぜぐすり(○●●○○)

「気が付く」については、直接アクセントの変化が観察できませんので、類似の例で説明いたします。

「片付く」に対して「片が付く」があります。
  かた/が(○●/○)+つく(●○)→かたがつく(○●○●○)
「勢い付く」に対して「勢いが付く」があります。
  いきおい/が(○●●○/○)+つく(●○)→いきおいがつく(○●●○○●○)
いずれもアクセントの変化が起こりません。日本語のアクセントは一単語(または一文節)内に、低を挟んだ二つの高は存在しませんから、「かたがつく(○●○●○)」「いきおいがつく(○●●○○●○)」は一語化しているとは言えません。3単語2文節です。

こんな例から類推すると、「気が付く」も、3単語2文節ということになりそうです。
  気が(○●)+付く(●○)→気が付く(○●●○)
と、アクセントは変化しませんから。もっとも変化したとしても○●●○となる可能性が高いでしょうから、先ほど「気が付く」についてはアクセントの変化が観察しにくいと申しました。
というわけで、「気が付く」を一語の動詞とみなすことには無理があります。

次に、「私は気が付いた」についてです。厄介で、あまり首を突っ込みたくない問題ですので回答する事をためらっていたのですが、sanoriさんの考え方が間違いではないことを裏付けるものとして以下の考え方があります。

像は鼻が長い。
右の文は、現在の段階では、「像は」を総主語と判断するのが一般的である。その立場に立つ時、この文は複文と認められる。次のような理由によってである。総主語「像は」に対する述語の部分は「鼻が長い」である。一方、「鼻が長い」という部分では、「鼻が」と「長い」との間に、主語・述語の関係が成り立っている。「像は」と「鼻が長い」という主語・述語の関係に対して従属的に、「鼻が」と「長い」という主語・述語の関係があるところから、複文と認められることになる。(講座日本語の文法2「文の構造について」、昭和42年)

ちなみに「気」という名詞は、
  そこにはすさまじい気が漂っている。
のような例が思い付くぐらいで、あまり連体修飾語を伴うことのない名詞です。
  私の気が付いた。
のような言い方はしません。文法的には可能であっても。もちろん、
  私の気が付いたこと。
となると話は別です。
  〔私の〕-〔(気が-付いた)-こと〕
〔私の〕は、〔気が付いたこと〕の連体修飾語ですから。

まず、「気が付く」が一語の動詞か否かについて

複数の単語が複合して一語化したものを複合語と呼びますが、一語化しているかどうかの指標として以下のものがあります。
1、新たな意味が生じている。
(例)酒+樽→酒樽(酒を醸造したり貯蔵したりするための樽)
2、母音の交替、連濁などが生じて語形が変化している。
(例)さけ+たる→さかだる
3、もとのアクセントが失われて、新たなアクセントが生じている(以下、共通語のアクセントで、○は低く発音する音節、●は高く発音する音節です)。
(例)...続きを読む

Q「~してナンボ」の意味は何ですか

「法律学は苦労してなんぼ」
「儲けてなんぼ」
とかいった表現がありますが、この「なんぼ」の意味が分りません。だれか教えてください。

Aベストアンサー

商売の街、大阪の者です。

「これナンボ?」は、「これおいくら(値段)ですか?」
要するに、「苦労してナンボ」は、その苦労をオカネに換算して言っているわけです。

なので、「ヤクザもんがナンボのもんじゃい」というのは、
「ヤクザの方ですか?で、それが何か価値があるのですか?」ということです。

「苦労してナンボ」とは、苦労してこそ価値あるものが得られる、ということですね。

活用形として・・・
「ナンボほど、しゃべんねん!」・・・どれだけ”たくさん”喋るんだ!。

他には変則形として・・・
「ナンボなんでも、それは無茶やで」・・・どれだけ”頑張っても”それは難しいです。
「ナンボほどちっちゃいねん!」は、「”めちゃくちゃ”小さいですね」となります。

これらの場合の「ナンボ」は、程度が”小より大”、”少より多”、の意味合いで
使われています。

Q「~が楽しみです」「~を楽しみにしています」の違い

「楽しみです」と「楽しみにしています」の違いを教えていただけないでしょうか。
両方使える場合も確かにあると思いますが、どちらかがいいという場合もあると思います。
よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

 ヲの場合、上にくるのは「行為、動作」であることが多いようです。「花を楽しみにしています」はいささかこなれない感じがして、ふつうは「花が咲くのを楽しみにしています」。「お宅を楽しみにしています」ではなくて「お宅に伺うのを楽しみにしています」。
 ヲは目的語を示す格助詞です。目的語は本来なにかの動作がはたらきかける対象を示す語ですから、この場合には「楽しみにしている」という話手の感情がかかってゆく内容がヲの上に示されます。ところがこの「動作」の表現のしかたが動詞(楽しみにしている)であるために、それとの対応からヲの上に来るものも「行為、動作」的でないとどうもこなれがわるい感じがするのではないでしょうか。むろんヲの上にくる目的語は形式上名詞になっていなければなりませんから、「行為、動作を名詞化したもの」ということになるのですが……。
 一方で主語(話題の中心)を示す格助詞ガの場合には名詞でありさえすれば主語としてくっつくことができます。この場合「楽しみ」というのが名詞であることもあって、主語との対応としては「花が楽しみです」「花が咲くのがたのしみです」と両用が可能になります。「楽しみにしています」は動詞ですが、「楽しみ」は動詞であり(「楽しむ」の連用形)かつ名詞でもあるために、どちらでも対応できるのでしょう。つまりガの場合は(1)純粋な体言、(2)もともと「行為、動作」であったものを名詞化したもの、の両方を主語にできるのに対して、ヲの場合には「楽しみにしています」との対応関係から(2)をもっぱら目的語に取ることになります。
 それが両者の差異になっているのではないでしょうか。

 ヲの場合、上にくるのは「行為、動作」であることが多いようです。「花を楽しみにしています」はいささかこなれない感じがして、ふつうは「花が咲くのを楽しみにしています」。「お宅を楽しみにしています」ではなくて「お宅に伺うのを楽しみにしています」。
 ヲは目的語を示す格助詞です。目的語は本来なにかの動作がはたらきかける対象を示す語ですから、この場合には「楽しみにしている」という話手の感情がかかってゆく内容がヲの上に示されます。ところがこの「動作」の表現のしかたが動詞(楽しみにし...続きを読む

Q「待っててください」と「待ってください」の違いは?

こんにちは
よく耳にしますが、意味にはどんな違いがありますか?
ありがとうございます

Aベストアンサー

「待っててください」は「待っていてください」という言葉の『い』を省略したものです。

「待っていてください」だと、少し長い間待っていることをお願いしていることになります。
AさんがBさんに「待っててください」と言った場合、Bさんはその場所で数分待つことになります。
Aさんはどこかにちょっとだけ行ってしまってすぐ戻ってきて「お待たせしました」ということになります。


「待ってください」はその瞬間だけ待つことをお願いしていることになります。
Bさんがその場を立ち去ろうとしている時にAさんがBさんに「待ってください」と言います。 するとBさんは振り返ってAさんとまた話をするかもしれません。


会社で企画会議をしているとします。
Bさんがクライアント(お得意先)でAさんがプレゼンテーションをしているとします。
AさんがBさんに「ちょっと待っててください」と言った場合、Aさんがちょっと準備をしている間、Bさんは黙って待つことになります。 Aさんは準備ができると「お待たせしました」と言って説明を始めるでしょう。

Aさんの企画説明が終わってBさんが「その企画では契約できません」と断ったとします。
するとAさんは慌てて「待ってください!」と言ってBさんに企画の説明をやり直すでしょう。 この場合の「待ってください」は長い時間待つという意味ではなく、断られたことをちょっと保留して考え直してくれ、もう一度自分の話を聞いてくれ、といった意味になりますね。

なんか変な説明しちゃったかしら? これでわかるでしょうか。。。

「待っててください」は「待っていてください」という言葉の『い』を省略したものです。

「待っていてください」だと、少し長い間待っていることをお願いしていることになります。
AさんがBさんに「待っててください」と言った場合、Bさんはその場所で数分待つことになります。
Aさんはどこかにちょっとだけ行ってしまってすぐ戻ってきて「お待たせしました」ということになります。


「待ってください」はその瞬間だけ待つことをお願いしていることになります。
Bさんがその場を立ち去ろうとして...続きを読む


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