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モダンから、ポストモダン(1970年代以降?)に移り、
現在がポストモダンを乗り越えた時代だとすると、
現在はいったいなんと呼ばれている時代なのでしょうか?
また、なんと呼ぶべき時代なのでしょうか?

よろしくお願いいたします。

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A 回答 (3件)

まず、誤解していらっしゃるのではないかと思うのですが、「モダン」も「ポストモダン」も、「中世」や「近代」のように時代区分を指す言葉ではありません。


「モダン」は、「モダニズム」以外の文脈でも、単に「現代風」くらいの意味合いで使われることもありますが、「ポストモダン」といった場合はこれは「ポストモダニズム」とほぼ同義で使われるものです。

時代区分でいうなら、「現代」はあくまでも「現代」です。
それに対して、「モダン」あるいは「モダニズム」、「ポストモダン」あるいは「ポストモダニズム」は、大ざっぱに言うと、芸術・思想における傾向の総称です。

ご質問の「モダン」→「ポストモダン」のつぎは、の回答としては、ポストモダニズムに続く大きな芸術・思想的潮流はまだ登場していない、ということになるかと思います。

ただし、そもそもポストモダニズムという概念は建築から起こってきたものです。
モダニズム建築が、機械美を称揚し、装飾よりも機能を重視した結果、伝統的な様式や装飾をことごとく切り捨てたことに反発して、1960年代から起こったムーヴメントです。
その概念がほかの芸術や思想にも波及していった、という経緯があります。

ポストモダニズムの先陣を切った建築の領域では、現代建築はもはやポストモダニズム建築ではない、ポスト・ポストモダニズム建築というものが登場しているようです。

これが広く使われているのかどうなのかわかりませんが、わたしが読んだ五十嵐太郎『現代建築のパースペクティブ』(光文社新書)のサブタイトルは「日本のポスト・ポストモダンを見て歩く」というもので、本文にも

「単純なモダニズムを批判しつつ、ひたすら複雑性をめざしたのはポストモダンの建築だった。しかし、ポスト・ポストモダンは違う。単純なかたちの要素を用いてときにはそれを反復すること」のように記述されています。

さらに著者の五十嵐は、モダニズムとポストモダニズムをたたみこんだポスト・ポストモダニズムを「オルタナティブ・モダン」と呼ぶことを提唱していますから、建築の領域では「ポスト・ポストモダニズム」というのは、市民権を獲得しているのかもしれません。

けれども、文学や思想ではまだその用語はまだあまり一般的ではないのではないかと思います。
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この回答へのお礼

詳しい説明、ありがとうございます!
ポスト・ポストモダンですか……
ネームセンスとしてちょっとですね……
オルタナティブ・モダンは格好いいですけど、
初めて聴きました。
うーん、未だ定まらずってとこなのでしょうか……

お礼日時:2007/03/01 22:41

初めまして。

僕は大学で哲学を学んだ者です。今から、15年くらい前に学生だったんですが、ポストモダン大流行でした。思潮としての時代区分では、ポストモダンという一連の流行思想が存在したことは事実ですが。

歴史的な人類の成長段階としての時代区分としては、未だ人類はモダン(近代)を生きているというしかありません。近代は決して乗り越えられていないのです。

資本主義が世界の中で隆盛を極めています。その対抗馬?としての原理主義は近代以前の産物です。発展すること、進化することを是とする経済活動を主体とした世界。これは、近代そのものの産物です。

僕個人は、アンチテーゼとして提出された西洋のポストモダン思想ではなく、全く思想的パラダイムの違う東洋思想に注目しています。

近代を乗り越えた世界。いわゆる新世界は、到達した時点ではっきりとその時代を生きている我々に実感できる時代的様相を呈しているはずです。
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この回答へのお礼

返信、遅くなって済みません。ありがとうございます。
ポストモダンははやったけど、我々の思考は未だにモダン、
というのは実に面白いです。勉強になりました。
近代的な思考では今後立ち行かなくなると思うんですよ。
世界が近代の呪縛から逃れるとき、新世界が現れるんでしょうね。

お礼日時:2007/03/17 22:24

ポストモダンの次に来る時代名は


私的には、アバンギャルド(前衛的)という言葉が好きなのですが、
しかし、この言葉は相当手アカが付いているので
たとえば、グローバリズムとうところが妥当なところでしょうか。
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この回答へのお礼

アバンギャルド
グローバリズム

なるほど。色々な言い方があって参考になります。
ありがとうございます!

お礼日時:2007/03/01 22:43

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Qポスト構造主義・ポストモダンとはどういう意味??

ポスト構造主義とかポストモダンという言葉をよく目にするのですが、簡単に言うとどういうことなのでしょうか?又、両者は同義なのでしょうか?

Aベストアンサー

> 簡単に言うとどういうことなのでしょうか?
短く簡単に述べると抽象的になり
簡単かつ具体的に述べると非常に長くなり、と
実は非常に難しいご質問です。
でも、頑張ります。

「ポスト」はラテン語で「後に来る」とか「次の」といった意味です。
「ポストモダン」とは「モダン(モダニズム=近代主義)の次の」という意味で
思想・哲学・建築・文学の分野で使われる用語ですが
ここでは思想・哲学に限定しましょう。

西洋史上、「近代」は概ねルネサンス、大航海、宗教改革以降の時代
特に市民社会と資本主義を特徴とする時代を指します。
そういう意味では現代も「近代」の延長上にありますが
1900年代後半から近代主義を批判する文化上の運動が活発化し
これ以降の時代を「ポストモダン」と呼びます。

思想・哲学史上における「ポストモダン」の代表的なモノに
1960年代に流行った「構造主義」があり
構造主義の流行が去った後の、構造主義の成果や反省を踏まえた次世代の思想を
「ポスト構造主義」と呼びます。
ちなみに現代は思想史上では「ポスト構造主義」時代にあたります。

このように、ポスト構造主義とかポストモダンというのは
時代区分の一種であって、その流れに属す思想は実はいろいろあります。
それゆえに一言で言うのは難しいのですが
共通する特徴として
●近代の行詰りを克服すべく、近代をいろいろな角度から反省している
●なかでも「形而上学」を反省しようとする態度が大きい
といったことが挙げられると思います。
ちなみに、ポストモダンの条件』を著した哲学者リオタールによれば
「ポストモダンとは大きな物語の終焉」だそうです。
何のことやら、よく分かりません。

形而上学というのは西洋哲学の主流の思想で
古くは古代ギリシャのアリストテレスによって始まり
「我思う故に我あり」で有名なデカルトによって一旦の完成を見た
(と教科書で教えられた筈の)ものです。

さて、以下、大胆に自己流に解釈します。
形而上学とはぶっちゃけ「理性」を武器に「絶対的に正しいものは何か?」を
言葉によって問うて来ました。
その到達点が「我思う、故に我あり」から始まる難解な思想なのですが
19世紀も終わり頃になると、まあ世界大戦勃発だの何だのと暗い世紀末だったので
思想的にも大反省期に入る訳です。
その中でも、大きくメスが入ったのが「言葉」で
ソシュールの「記号論」なんかが有名ですが
簡単に言えば「人間は言葉でしか物事を考えられないが
言葉には限界があり、よって思考にも限界がある」といったことを訴えたのですね。
これは例えば「日本語しかしゃべれない日本人は日本語でしか物事を考えられないので
日本語にない概念については語ることが出来ない」と言えば
何となくお分かり頂けると思います>翻訳できない言葉とかって結構ありますよね。
このように言葉の構造を探ることで言葉の限界を考察したのが記号論ですが
この記号論を発展させて、思考やら文化やらの構造を考察したのが「構造主義」で
メルロ=ポンティなんて人が有名です。

OKWaveにも「○○って、どういうことなのでしょうか?」といった質問が沢山寄せられますが
このように「ひとつの正解に還元できる」という考え方は実は非常に形而上学的な発想で
構造主義的に答えると「ひとそれぞれ、いろいろな考え方があります」
みたいな発想から入り、それぞれの偏見みたいなことを考えていきます。
なので、ときに「相対主義」だと批判されます。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%A2%E3%83%80%E3%83%B3

> 簡単に言うとどういうことなのでしょうか?
短く簡単に述べると抽象的になり
簡単かつ具体的に述べると非常に長くなり、と
実は非常に難しいご質問です。
でも、頑張ります。

「ポスト」はラテン語で「後に来る」とか「次の」といった意味です。
「ポストモダン」とは「モダン(モダニズム=近代主義)の次の」という意味で
思想・哲学・建築・文学の分野で使われる用語ですが
ここでは思想・哲学に限定しましょう。

西洋史上、「近代」は概ねルネサンス、大航海、宗教改革以降の時代
特に市民社会...続きを読む

Qポストモダニズムとは?

ポストモダン、ポストモダニズム、とはどのような意味なのでしょうか?

Aベストアンサー

ポストとはAFTER(後)の意です。
つまり「ポスト・モダン」というのは「モダン」主義の後に来る
思想や様式のことです。
概ね、20世紀に入って
芸術や建築、文学、哲学などさまざまな分野で
新しい思想や様式が生まれました。
これらはモダン主義(=モダニズム)と呼ばれるようになりました。
もちろん分野によって違いはありますが
いずれも科学的な態度を重視し、合理性や普遍性を重視する点で共通します。
象徴的な分野は建築で
先日テロで倒壊してしまったニューヨークの貿易センターなどが
モダニズムの代表的建造物です。
そうです、あの四角くて装飾を排した合理的なデザインです。
建築の分野では20世紀も後半、だいたい60年代後半に入ると
そのような合理的で普遍的で使いやすいデザインは
実はどれも同じようなカタチになってしまい
人間味に欠け面白みがない、といった批判が出てきます。
そこで、再び装飾や自由な造形というのが復活してきます。
これがポスト・モダンです。
フィリップ・スタルクがデザインしたアサヒビールの本社などを
思い浮かべてみて下さい。
そう、あの金色のウン●が載ったビルです。
ちなみに最近ミッド・センチュリー・モダーン(50年代モダン)の
家具(イームズのシェルチェアなど)が人気ですが
あれは、プラスチックで量産しやすいなど、合理性を重視しつつ
丸味や配色などポップな楽しさも加わった
丁度、モダンからポスト・モダンへの移行期のデザインです。
ちょっとだけ思想的な背景に触れておきます。
18~19世紀というのは「近代」と呼ばれますが
科学がものすごく発達した時代です。
機械化がすすみ工業化し、医学は進歩し、など
生活が一気に豊かになり
このまま科学的態度に基づいた合理主義を押し進めれば
人類は「世界」を解明し「真理」に到達し「理想」を手に入れられるのでは?
と思っていました。
これがいわゆる「近代主義」です。
20世紀に入ると、この「近代主義」に陰りが生じてきました。
科学は必ずしも万能ではないことが分ってきました。
機械化は非・人間的でもあることに気付きました。
2度目の世界大戦が起こり、ついに核爆弾が使われました。
それに懲りることなく、やがてベトナム戦争が起こります。
やがて、60年代後半にフランスで起こった市民革命などを象徴に
近代主義に対する批判が60年代~80年代にどんどん出てきました。
これらがひっくるめて「ポスト・モダン」と呼ばれています。

さて「ポスト・モダン」のポスト、つまり21世紀の
新しい思想や様式は、まだ生まれてきていません。
NYのテロ事件や日本の核配備など
世界がきな臭くなってきた今、そろそろそれらを批判する
新しい思想や様式が
生まれてきてもいいころだと思います。

ポストとはAFTER(後)の意です。
つまり「ポスト・モダン」というのは「モダン」主義の後に来る
思想や様式のことです。
概ね、20世紀に入って
芸術や建築、文学、哲学などさまざまな分野で
新しい思想や様式が生まれました。
これらはモダン主義(=モダニズム)と呼ばれるようになりました。
もちろん分野によって違いはありますが
いずれも科学的な態度を重視し、合理性や普遍性を重視する点で共通します。
象徴的な分野は建築で
先日テロで倒壊してしまったニューヨークの貿易センターなどが
モダニズ...続きを読む

Qポストモダンとは何か?

哲学、現代思想における『ポストモダン』とはいったいどのような思想なのでしょうか?ポスト構造主義とどのように違うのでしょうか?この思想内容を知るためにはどのような本を読めばいいのでしょうか。
雑誌「現代思想」増刊の、これに関する書籍紹介を呼んでもいまいち何から手をつければいいかわかりません。理解するためにはどんな本に手をつければいいのか知りたいので、色々あげていただけると嬉しいです。
色々な意味を含む概念なので難しいことは承知していますがよろしくお願いします。

Aベストアンサー

ポスト・モダニズムの領域であると一般的に言われるのは、建築・文学・思想の三領域です。

やはり「文化」に足場を置く概念の用語ですので、狭義の「ポスト・モダニズム」が「テクノロジー」を扱うことはないと思います。

たとえばリオタールは、市場のポストモダニズム、消費文化やマス・メディアのなかに現れる、理論抜きの、単なる様式としての「折衷主義」が存在することは認めているのですが、本来的に、「リアリズムに対して挑戦する文学と芸術の様式」(キャサリン・ベルジー)がポスト・モダン性、ということになります。

ただ、未来永劫ないか、というと、そうもいえなくて、近代にアンチを唱え、「文化」という視座からテクノロジーを読み込んでいく解釈がありうるとしたら(具体的にはどんなものか想像もつかない、単に「可能性」としての話ですが)、ポスト・モダニズム的テクノロジー理論というのも登場するかと思います。

文学の領域では、リオタールがあげるのは、ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』、そのほかに、現代のポスト・モダニズムの系列に属する作家として通常あげられるのが、ホルへ・ルイス・ボルヘス、フリオ・コルタサル、マリオ・バルガス・リョサなどの南米の作家や、トマス・ピンチョン、ジョン・バース、ドン・デリーロ、リチャード・パワーズ、ポール・オースターらのアメリカの作家でしょう。

あるいは文学には、創作の他に文学理論という領域もあって、ここでポスト・モダニズムはカルチュラル・スタディーズという形をとって発展していきます(うーん、ここらへんはかなり入り組んでいるので、だいたいそんなもん、くらいに受け取ってください)。

さて、思想面からポスト・モダニズムを見ていくとなると、ほぼポスト構造主義と同一になるかと思います。

ポスト構造主義の入門書など読んでいくと、絶対に、「差異」、「テクスト」、「ディスクール」といった、ポスト・モダニズムの鍵概念が出てくるので。
とくに、フーコー、デリダ、クリステヴァあたりは重要かと思います。

http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=856717

ここで間テクスト性についての回答をしているんですが、間テクスト性というのはまさにポスト・モダニズムの方法でもあるんですね(うーん、回答が少し文学寄りすぎる感じはしますが)。あらゆるものが「テクスト」である、という考え方は、重要かと。

そのほか、ポスト・モダニズムを考えていくとき、非常に重要になってくるのが、ニーチェの思想です。ポスト・モダニズムとは、19世紀の「ニーチェの哲学の長たらしい脚注」(テリー・イーグルトン)にすぎない、という見解もあります。

ヨーロッパの近世から近代に至るまでの哲学は、数学を理想とし、「自我」や「理性」という原理から、演繹的に導かれた知の体系を築いていこうとした。こうしたありかたに、いちはやく批判を投げかけたのがニーチェであったわけです。これこそポスト・モダニズムのエッセンスとなるような考え方ではないか、というわけです。

日本はなんでも古くなるのがおっそろしく早い不思議な国で、「ポスト・モダニズムはもう古い」みたいな見方もあるんですが、そんなこともないと思います。

確かにフランス現代思想家のおもだったところがみんな鬼籍に入ったということもあって、これからの現代思想がどうなっていくのか見えにくくはなっているとは思いますが。

実はわたしは文学のほうの人間なので(すいません、いまごろになって言い出して)あげるとしたら文学理論の人ばっかりになっちゃうのですが、日本人の思想家で言うと、たとえば蓮実重彦や柄谷行人、浅田彰、東浩紀ということになるかと思います。

ポスト・モダニズムの領域であると一般的に言われるのは、建築・文学・思想の三領域です。

やはり「文化」に足場を置く概念の用語ですので、狭義の「ポスト・モダニズム」が「テクノロジー」を扱うことはないと思います。

たとえばリオタールは、市場のポストモダニズム、消費文化やマス・メディアのなかに現れる、理論抜きの、単なる様式としての「折衷主義」が存在することは認めているのですが、本来的に、「リアリズムに対して挑戦する文学と芸術の様式」(キャサリン・ベルジー)がポスト・モダン性、...続きを読む

Qモダニズムとは

最近、現代美術に興味を持ち、いろいろと本を読んでいる素人なのですが、「モダニズム(絵画)」という言葉がよく理解できなくて困っています。具体的にどの時代のどのような絵をモダニズムと呼ぶのでしょうか。わかりやすく説明していただきたいのですが。

Aベストアンサー

No.2です。 言葉はさておき、
心情としては現代芸術は皆ポストモダニズムを目指しているのじゃないでしょうか。
今あるしがらみからの脱却が前衛と呼ばれる所以でもあります。
ですから、いつ・どこからがポスト・・かと線引きや区分けは出来ないのではないでしょうか?
しかし、他の分野ではともかく、美術・デザインの分野ではあまりポストモダニズム(ポストモダン)という言葉は、
使われていない感じがいたします。
建築分野に至っては、1970年代から出始め、80年代後半には「すでにポストモダニズムは終わった」
とさえ言われてしまっています。
その一時期ポストモダニズム(ポストモダン)といわれたものを、分かりやすく目で見えるものでたとえると、
丹下健三の設計した東京都庁舎・フジテレビ本社等に見られる、あの「ちょっと変わった・・」様式があります。
何となく機能的ではあるにしろ遊びと無駄を加味したデコレーションに気付かれると思います。
バブルの崩壊と共に、この言葉も消えた感じがいたします。
このように現代芸術は、取りつ置きつしながらモダニズムの中で、絶えずポスト・・を作り出しているのではないでしょうか。
ですから、モダニズムが絶えず否定されている感じがするのではないかと思います。
現代美術を語る上では、すでにご存知かとは思いますが↓を参考になされるのが良いと思います。

参考URL:http://www.dnp.co.jp/artscape/reference/artwords/movement.html

No.2です。 言葉はさておき、
心情としては現代芸術は皆ポストモダニズムを目指しているのじゃないでしょうか。
今あるしがらみからの脱却が前衛と呼ばれる所以でもあります。
ですから、いつ・どこからがポスト・・かと線引きや区分けは出来ないのではないでしょうか?
しかし、他の分野ではともかく、美術・デザインの分野ではあまりポストモダニズム(ポストモダン)という言葉は、
使われていない感じがいたします。
建築分野に至っては、1970年代から出始め、80年代後半には「すでにポストモダ...続きを読む

Q大きな物語の消滅

この分野は無知なのですが、ポスト・モダンについて興味が
ある者です。

リオタールは『ポスト・モダンの条件』のなかで、近代とは、

「愛による原罪からの解放というキリスト教の物語、
認識による無知や隷属からの解放という啓蒙の物語、
労働の社会化による搾取と阻害からの解放という
マルクス主義の物語、産業の発展による貧困からの
解放といいう資本主義の物語」

という「大きな物語」が信じられた時代
としていますが、どうして「大きな物語」が信じられなくなった
のでしょうか。
また、どうして近代以前では「おおきな物語」が信じられていたの
でしょうか。
教えて下さい。

Aベストアンサー

どうもです。

ポスト・モダンとは近代をいろいろな角度から見て、疑問を投げかけていく事だと思うんですが、このポスト・モダンは結構やっかいで、確かにそうだよなぁ...と思ってしまうんですよ。例えば『産業の発展による貧困からの解放といいう資本主義の物語』の終焉なんですが、確かに今は昔のように、中流階級、労働階級なんてふうに別れているわけでもなく、私たちは生活しています。ある意味みんな労働者だし、中流階級です。さらにインターネットなるテクノロジーの登場により更に階級が不鮮明になったと思います。(インターネットの中では階級、つまりアイデンティティが不鮮明、誰でもジャーナリストのように書きたいように書けるし、チャットなど目上とか、偉い人達と対等に話せます)。階級など存在しない.... 本当にそうでしょうか?お金がなければインターネットなどできませんし、ネットワーク自体、capitalists がコントロールしています。持つもの、持たないものの格差は確実に存在しています。

僕は去年までメディアの生徒だったので、ちょっとメディアについて話しますね。19世紀の近代において写実主義/リアリズムといのが一部中流階級の間で流行っていました。(これはロマン主義の反義語です)これは美化したり理想家することなく、客観的に存在する物をありのままに描かきだすという思想です。しかしこれは中流階級の人達による”見方”現実だったんです。つまりそれは真実であっても、中流階級に住む人達による真実だったんです。そこで現代に戻って、今のメディアを見てみると、なんらこの19世紀の写実主義/リアリズムと変わる所がないように思います。メディアは彼らの目線で世の中を言葉に写し、そしてその言葉を売っています。

思うんですけど、確かに17-19世紀の世の中と今の世の中は違います。僕らはいろいろ見方ができるほど知識も豊富に持てるようになりました。でもこのmodernityは続いていると思うんですよ。だからpost-modernとpost-modernityという言葉は、うーん って感じなんですよね。でも僕はpost-modernの哲学者は嫌いではありません... むしろ好きです。

僕もまだ学校で勉強している者です。お互いがんばりましょう。

どうもです。

ポスト・モダンとは近代をいろいろな角度から見て、疑問を投げかけていく事だと思うんですが、このポスト・モダンは結構やっかいで、確かにそうだよなぁ...と思ってしまうんですよ。例えば『産業の発展による貧困からの解放といいう資本主義の物語』の終焉なんですが、確かに今は昔のように、中流階級、労働階級なんてふうに別れているわけでもなく、私たちは生活しています。ある意味みんな労働者だし、中流階級です。さらにインターネットなるテクノロジーの登場により更に階級が不鮮明になった...続きを読む

Qワルラス法則とは

ワルラス法則とは何ですか?
参考書には「各財の総供給の価値額=各財の総需要の価値額」と定義されていますが、いまいちよく分かりません。

Aベストアンサー

以下のURLを参考に

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%A6%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%A2%E3%83%87%E3%83%AB


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