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高校野球応援のブラスバンドの曲が,余りにも同じものばっかりですが、なぜでしょうか?地元の高校が応援助っ人をすると聞きますがそれによる演奏が多いからレパートリーが少ないのでしょうか?もしくは、大会運営側が制限していたりするのでしょうか?

タッチ、狙い撃ち、ピンクのサウスポー、コパカバーナ、ほか・・。
駒大苫小牧だけはオリジナル中心で好感が持てますが、ほとんどが同じ曲でちょっとつまらないです。

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A 回答 (3件)

応援用のブラスバンドの楽譜集が出ているからです。

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今年の選手権大会で京都代表として出場した京都外大西高校のOBです。

うちの高校は今の監督(同級生です)が現役の頃から完全オリジナルのコンバットマーチを演奏しています。8つくらいのレパートリーがあり、今年1つ増えていました。ブラスバンド部が色々な大会で入賞するくらいのレベルなので可能なのかと思います。
駒大苫小牧高のブラバンに関しては87回選手権大会の決勝戦で対戦した時に、アルプススタンドで聞きましたが、確かに高校生とは思えない良い音を出していました。想像するに近畿地区の高校生ではなく、駒澤大学本体のブラスバンド部員が助っ人に入っていたのではないでしょうか。今年の3回戦で対戦した長崎日大高もいい音でしたから、日本大学本体の部員が入っていたのかもしれません。2回戦で対戦した常総学院の音も常連校らしくよかったです。かく言う本校も甲子園出場となればOBを動員しているようですが。
曲目に関して主催者側が制限を加えることは無いと思われますが、高校生の大会ですから、例えば「酒」が題名に入っている曲などは各校自主規制で避けているのでは。よく演奏される曲はヒットソングであり、やはり定番ということで練習しやすいのではないでしょうか。地区予選を見ていると関西地区の高校はタイガースの選手の応援歌を取り入れているところもあります。
もしmeruru17さんが甲子園で高校野球を観戦されたことが無いのであれば、地元校やご出身校が出場の際に甲子園球場のアルプススタンドで観戦されることをお奨めします。夏の大会はとんでもなく暑いですが、本当に気分がいいですよ。
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プロ野球の応援ではないので、特に曲の演奏制限とかはないと思います。



吹奏楽部にとっても野球応援は熱が入りますし、良い気分展開になるのも本当ですが、吹奏楽部側としても甲子園(予選含む)の時期はちょうどコンクールの時期に重なるので、野球応援ばかりに練習時間を割けないという事情があります。
中には、コンクールに出ないで野球応援に賭けているところや、コンクール用と野球応援用に部内で分かれている学校もあるにはあるでしょうが、そうでないところの方が多いでしょう。
レパートリーがお決まりなのは、野球応援の曲の練習にそれほど時間を割けないので必然的に「毎年やっている曲=練習量が少なくても吹ける曲=お決まりの応援曲」を選ぶという、吹奏楽部側の事情もあると思いますよ。
また、その高校の吹奏楽部ではない即席の助っ人が吹くのであれば、尚更「みんながすぐ吹けるぐらい誰もが知ってて、練習時間が少なくても吹ける曲」を選ぶのは当然だと思います。

また、私の出身高校の場合はベンチ入りした選手全員に希望曲を聞いていましたが、やはりお決まりの応援曲を希望する選手が多かったです。
これは、野球部員側でも、これらの曲が「高校野球のイメージソング」として慣れ親しまれているということなのではないでしょうか。

それにカラオケ等でもそうですが、みんなが知らない曲だと乗り辛いし、応援もし辛いです。
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Q人間は考える葦である とは?

ふと頭をよぎったのですが、、
「人間は考える葦である」とはどういう意味なのでしょう? また誰の言葉なのでしょう? 簡単な質問ですみません。 よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 
  「人間は考える葦である」というのは、フランスの17世紀の思想家・数学者であったブレーズ・パスカルの手稿にあった言葉の翻訳です。普通、『パンセー Pensee(思索)』という著作のなかの言葉だとされますが、『パンセー』はパスカルの著作ではありません。パスカルは、もっと系統的に、人間、世界、神の秩序や矛盾などを考察した、体系的な浩瀚な著作を著すことを計画していて、そのメモを多数書いたのですが、構想が難しかったのか、または若くしてなくなった為か、計画した著作を完成させずに死去しました。
  
  残された膨大なメモを元に、パスカルが計画していた著作に似たものを編集することも考えられたのですが、とても、それは無理なので、断片集として、計画のまとまりや、内容の関連性などから、おおまかに断片メモを整理してまとめて、一冊の本に編集したのが、『パンセー』です。当然、パスカルの死後出版されましたし、内容は、緩やかなつながりで、長短の断片文章が並んでいる構成です。従って、本のなかの文章はパスカルのものですが、本は、パスカルの「著作」とはちょっと云えないでしょう。ほとんどできあがっていて、足りない部分などを、他の文章で補ったりして、計画通りかそれに近い本を作ったのならともかく、当初の計画とは違う、「箴言集」か「随想集」のような本になってしまっていますから。
  
  それはとまれ、「葦」が弱いものの代表として人間の比喩に取り上げられているのは事実ですが、何故「葦」だったのか、という疑問が起こります。例えば、「人間は考える蟻である」とか、「人間は考える蝶である」とか、また「人間は考えるクローヴァーである」とか、幾らでも考えられます。
  
  これは、誰かの説明であったのか、わたしが勝手に考えたのか記憶がはっきりしないのですが(おそらく誰かの説明です)、人間が「葦」であるということの比喩は、ナイルの河畔に生える葦は、強い風が吹くと、弱いために、すぐしなって曲がってします。風に抵抗できない。いや抵抗せずに、しなって敗北するのである。しかし、その他方で、偉大な樫の樹などは、風が吹くと、しなることはせず、抵抗するので風に勝利するが、しかし、繰り返し風が襲って来た時、何時か強い風に倒され、根元から折れてしまうのです。しかし、賢明に自らの分を知る「葦」は、風が吹くとそれに身をまかせてしなり、逆境のなかで、一見屈服したように見えるが、しかし、風がやむと、徐々に身を起こして行き、再びもとのなにごともない姿に戻って微風に揺れているということが、人間への「比喩」の意味だったはずです。
  
  少しの風が吹くとしなり、風の前屈して曲がるが、風が去ると、また元のように立ち上がる。人間とはこのように、自然や運命の暴威に対し無力であるが、それに従順に従い、そして暴威をくぐり抜けて、また元のように、みずからの姿で立ち上がる。自然界のなかでたいへん弱く、簡単に風にしなるが、柔軟性があり、運命にも暴威にも屈しない。そして何よりも、「考えることができる」すなわち「精神を持つ」ことで、ただ、自然の力、暴威として、力を無自覚に揮う風に較べて、遙かに賢明で、優れた存在である。……このような意味の比喩ではなかったかと思います。
  
  この葦の比喩は、パスカルという人がどういう人だったかを知ると、パスカル自身のことのようにも思えて来ます。パスカルは、四十に満たないで亡くなっています。彼は、少年の頃から神童と言われたのですが、病弱で、一生、病気や身体の苦痛とたたかいながら、思索し実験し、研究し、晩年は、修道院に入って信仰生活を送ることを決意して、自分自身でも、そのことについて、悩み考えつつ、世を去りました。パスカルは、自分に襲いかかる不条理な病や、身体の不調などと、「たたかう」というより、それを受けて耐え、病の苦しみのなかで思索や研究を続け、「精神」において、自然が与えた病の暴威などを、乗り越えて生涯を送った人だとも云えるのです。
  
  暖めた流動食でないと、喉を通らないというようなこともしばしばあったということは、解説書などには必ず記されているはずです。弱々しい「葦」のように、襲って来る風に身をまかせつつ、思索した精神、それがパスカルなのでしょう。パスカルは「人間とは、運命に従順であるが、しかし、精神で、運命に抵抗し、不屈の意志で、思索することで、運命や自然の暴威を乗り越える自由の存在なのだ」という意味で、この言葉を記したのではないかとも、思えるのです。
  

 
  「人間は考える葦である」というのは、フランスの17世紀の思想家・数学者であったブレーズ・パスカルの手稿にあった言葉の翻訳です。普通、『パンセー Pensee(思索)』という著作のなかの言葉だとされますが、『パンセー』はパスカルの著作ではありません。パスカルは、もっと系統的に、人間、世界、神の秩序や矛盾などを考察した、体系的な浩瀚な著作を著すことを計画していて、そのメモを多数書いたのですが、構想が難しかったのか、または若くしてなくなった為か、計画した著作を完成させずに死去し...続きを読む

Q大葉がどうしても枯れます、よい対策はありますでしょうか。

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6月初旬に大葉の苗2本を裏庭の畑に定植したのですがすぐにしぼんでしまいました。土を耕し堆肥を入れておいたのですが病害虫に侵されたのでしょうか。ダンゴ虫が葉についていたこともありそのセイとも思われます。また、これまで野菜が育ちにくかった畑(土)のためとも思われます。そこで7月初旬に再度苗を3本購入して今度はプランターに定植して、ダンゴ虫用の粉末薬剤を少し撒いておいたのですが、徐々に同じような状況になりつつあります。今度は購入した花と野菜の土だけを使って堆肥と化成肥料を少し入れておいたのですが、同じです。水やりも欠かしていません。裏庭の畑のそばにおいてるため若干日当たりはよくないですが、この時期、日光は十分に当たっています。原因とよい対策があれば是非教えていただきたいと質問する次第です。よろしくお願いします。

Aベストアンサー

肥料のやりすぎではありませんか。
しっかり根が付かない内に、根が肥料にふれると逆に植物内の水分が吸い出されて枯れてしまいます。
植え込み時には肥料分の無い土の方が良く根付いてくれます。
肥料は根にふれない離れた所に置くか、しっかり根を張ってから少し離れた周りに与えて下さい。

また、水はけの悪い土に植えた場合、頻繁な水やりも根を傷めてしまいます。
土の表面が乾いた頃にたっぷり水をやる程度の方が植物には良いようです。

なお、大葉は苗を購入するより、種から育てた方が良く育ちます。
難しく考えないで、適当に肥料を混ぜて耕した土を2週間程度放置してから、適当に種をばらまいておけばどんどん生えてきます。
また、日当たりはそれほど重要視する植物ではありません。半日陰の方が柔らかな葉っぱが望めます。

Qプロ野球の応援歌を使用している高校野球

こんばんは。
高校野球の試合を観ていると、よくプロ野球での応援歌を使用している高校がある気がします。
特にロッテの応援歌が多いと思うのです。(チャンステーマや福浦選手、清田選手、西岡選手など…)

それでふと気になったのですが、そのようにプロ野球の応援歌と同じ応援を使用している高校は、どのような所がありますか?
また、どのプロ野球チームの応援歌でしたか?
ご回答よろしくお願いします。

Aベストアンサー

ロッテと習志野高校は同じ応援歌をよく使ってますね。
というか、習志野高校の応援歌を、ロッテの応援団がよく使ってます。

習志野高校の吹奏楽部は全国的に有名で、毎年、高校野球の応援で演奏しています。
一昔前は、同じ千葉ということで、ロッテの開幕戦にも駆けつけて演奏していました。

YouTubeで「レッツゴー習志野」で検索すると、聞き覚えのある応援歌が出てくると思いますよ。

QYouTubeに投稿しましたが、検索できません。

初めてYouTubeに動画を投稿しましたが、自分の動画を検索してもぜんぜん引っかかりません。
なにが悪いんでしょうか?(*^。^*)
(タイトルで検索しても、説明文で検索しても出てきません。タグのルールがわからず、3つのワードをカンマで区切って入力していました。もちろん、マイ動画のページには有りますが、第三者から見られるのかと思ってやってみても検索できない状態です。)

Aベストアンサー

●タイムラグ
 タイトルや説明文、タグを入力しても、検索対象に即座には反映されません。
 私の経験では、だいたい1~2日は必要です。

●言葉が平凡
 タイトルや説明文に、他の動画でも使われているようなありきたりの単語しかないと、検索結果が他の動画に埋もれてしまって、なかなか出てきません。たとえば

タイトル:俺と猫とバイク
説明文:我が家の猫と二輪を撮ってみました。

のようでは平凡すぎます。もっと丁寧で個性的にする工夫が必要です。

●タグの入力方法
 タグの間はカンマではなくて半角スペース「 」で区切ります。半角スペースを含めたタグを使いたいときには、タグの前後を「""」で囲みます。


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