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TVなどでエジプト王朝のドキュメントや映画などを見ると王様は大抵白人が演じていますが、エジプトの壁画?レリーフって言うんですか?それを見るとどうも王朝を支配していたのは黒人に見えて仕方ありません。
いったいどっちだったのでしょうか?
解っていないのですか?
イエスキリストも黒人だったんじゃないかという噂も耳にした事もあります。

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A 回答 (9件)

「無限∞空間」というHPを見て下さい。


「別館 エジプト神話研究所」というところから
「自前研究」の「知恵と駄文の神殿」に入ると、
「検証もの企画 古代エジプト人は『何人』か?」
というコラムを読むことが出来ます。
ご質問の内容にぴったりだと思うので紹介します。

「何人」とかっこつきになっているところがみそです。
「古代エジプト」にしろ「白人」「黒人」にしろ、
きちんと定義するのは大切なのに、難しいですね。

有名な映画で古代エジプトの王様を演じているのは
アングロ・サクソンのアメリカ人だったりしますが、
こういうことは変えていかないといけませんよね。
でも私達が知らないだけで、エジプト人の俳優が
ファラオを演じたエジプト映画が実はあるのかも。

古代エジプト文明が、サハラ以南の黒人社会と交流し、
深い関わりを持っていたのは間違いありません。ただ
王家の人たちが白人(コーカソイド)であったか黒人
(ネグロイド)であったかというのはもっと複雑です。
「白人」を勝手にゲルマン系の民族に限定してしまい、
それ以外を全部「黒人」にひっくるめてしまうような
乱暴な議論で良ければ、ファラオは黒人です。しかし
世界の人種がきれいに3つに分かれる訳はありません。

付け加えて言うと、『黒いアテナ』という本があります。
古代ギリシア文明が、実は白人ヨーロッパ文明の源など
ではなく、アフリカ文明に起源を持つものだと主張する、
ヨーロッパ人にとっては非常にショッキングな内容です。

イエス・キリストの人種についてですが、コーカソイド
=白人とするなら白人です。アラブ系ユダヤ人ですから。
今日のユダヤ人はユダヤ教徒を指しますから、その中に
は世界中のあらゆる人種・民族が含まれます。当然肌の
色の白い人もいますが、黒い人もいます(この「白い」
「黒い」という表現は誤解を招きます。注意!)。ただ
白人といっても、ヨーロッパの教会の聖画像に見られる
ような金髪・碧眼のキリストはありえません。だからと
いってこれを「白人」(近代の世界の支配者)の傲慢と
捉えてよいかは疑問です。金髪・碧眼の人たちにとって
自分たちの信仰の対象もまた同じ風貌をしているのは
当然だからです。もしそれが許されないなら、仏像は
どうでしょう?本来インド人であるはずのお釈迦様が、
日本人と同じのっぺりした顔立ちであってはいけない、
ということになってしまいます。だからキリストが白人
か黒人かはどちらでもいいのではないでしょうか。勿論、
人類学的な興味を持っても構わないのですが、残念乍ら
遺骨がないので、最終的な判断は下しようがありません。
(最近、「これがキリストの墓だ」と一部の学者が主張
しているものが発見されたそうですが、ここから遺骨が
発見されたとしても、それがキリスト本人のものである
という証明は不可能です)。ところで、キリストも黒人
だったという話は、「キリストは常に虐げられ苦しんで
いる人たちの味方だった。彼こそは黒人にとっての希望
なのだ」という考えから生まれました。つまり、人種を
特定する話ではなく、思想的にキリストを「名誉黒人」
としている訳です。

参考URL:http://www.moonover.jp/bekkan/mania/race.htm
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。
参考URL拝見しました。大変面白かったです、私と同じ発想の人って結構居たんですね。ただ私はミイラなどのDNAで解るんじゃないかと思って居たんですが答えが見つかっていないって事は解らないんですね。

お礼日時:2008/04/30 14:25

>TVなどでエジプト王朝のドキュメントや映画などを見ると王様は大抵白人が演じていますが、



そうでしたっけ??
ふしぎ発見!だとか最近のエジプト歴史スペシャル番組だと、現代の色の浅黒いエジプト人が演じていて、肩のラインなど壁画の人物そっくりだと思いましたが。

昔のハリウッド映画のクレオパトラでしたら白人ですが、
クレオパトラ(一番有名なクレオパトラ)の頃はギリシャ系の王朝で、地元の人間ではなかったそうですよ。
プトレマイオス朝ですか。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%88% …
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#7さんの変わりに・・・



現在の人種に「黒人」と、言う分類が無いです
過去に、ヨーロッパで肌の色だけで人種分類していた結果、「黒人」と言う人種が出来た結果です
その時の人種分けは
・白人種
・黒人種
・黄色人種
の3分類しかなかった訳です
現在、コーカソイドと言われる
西アジアは黄色人種、南アジアは黒人種と分類されてました
(逆だったかな?)
DNAによって、既存の「人種」分類が崩壊した結果です
だから、人種分類は「コーカソイド」、肌の色は、黒かったかもしれないと言う話

キリストも同じく、アラブ系であれば、「コーカソイド」、肌の色は、黒かったかもしれないと言う話

興味が尽きないDNA見地の話、現在化学では、このあたりが限界で、化学進歩によって、また、別の事実が出てくるかもしれないのは判りません

この回答への補足

補足日時:2008/04/30 20:40
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この回答へのお礼

お礼日時:2008/05/01 09:12

 No.2 です。



 どうも、まずもって、あなたの思考のスコープが文単位でゆらゆら揺らいでいるので、そんな状態では何かを理解することはできません。そこを自覚しましょう。
 具体的には、白人だの黒人だのといういい加減な単語を使っていたり、コーカソイドというマルチミーニングな単語を持ち出したり。ついでに言えば、遺伝学的な分類ともこれらは一致しない概念です。

 私は一貫して、いわゆる「白人」「黒人」などという俗流人種分類の観点から解説をしました。あなたのもともとの質問文から、そのレベルで十分だろうとの判断の上でのことです。
 更に、こんな話ですから、決定論的な言葉も使っていません。確率的な話であるという文脈で常に述べています。

 その点を認識した上で、再度読み直しましょう。
 一応ですが、No.1 で述べられているウィキの解説くらいは、読んだのでしょうね。

 以下、あなたの再質問に対する回答です。意味の無い再質問に対しては、その旨示しています。

> 解るんですか?近代エジプトと古代エジプトは場所が違うんですか?

 分かります。場所はほぼ同じです。

> 近代が白人だからって古代も白人だとは限らないし黒人だと
> も限らないと思いますよ。

 それを主張するのであれば、住んでいた人種が入れ替わったという証拠を出しましょう。「限らない」の話を始めたら、確率的にすら何も言えません。
 従って、これはほぼ意味の無い質問ですね。 

> 場所からではまったく判断ができないのではないでしょうか?
> ましてや黒人と白人の境界付近なんですから。

 いいかげんな黒人・白人という分類においては、十分にできる話です。むしろ「まったく~ない」という全否定をするのは、その瞬間に誤りです。単に確度の問題。

> >中東の人種であることが確率的には高いのですが。少な
> くとも、「白人」である確率は、非常に低いですね。
> これも意味がまったく不明です現在中東に住む一般にアラ
> ブ人と呼ばれる人々はコーカソイドといって白人の分類に
> なるので、

 これが誤りですね。コーカソイドの話は俗流人種分類のレベルでは出てくる話ではありません。スコープを揺らがせないようにしましょう。それがゆらいでいては、意味を失います。

> >中東人でありながら白人ではない<というのが意味解り
> ません。

 今の状態のあなたが理解できないのは、当然です。

> それともここで仰ってる中東の人種というのは黒人の事を
> 指しているのでしょうか?

 無論違います。

この回答への補足

補足日時:2008/04/30 17:14
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この回答へのお礼

お礼日時:2008/04/30 17:27

エジプト文明が生まれた頃はナイルの河も小さく、サハラには草が茂ってそこには牧畜などする民族が居ました。


気象の変化により、サハラが砂漠化し、ナイル流域の降雨量が増え、度々ナイルは洪水にあうようになります。
サハラに住んでいた民は北アフリカ、南アフリカ、ナイル流域を通って東アジア、ナイル流域に移住しました。アラブ人の祖先もこの辺から出たようです。その時に彼らはエジプトに、農耕文化や牛、ヤギ、羊、豚、馬、犬などの家畜をもたらしまし、エジプトでは彼らを労働力などとして、戦うことも無くすんなり受け入れていました。
その後もユダヤ人を奴隷に使っていたり、クレオパトラはギリシャ人だったり、色々な民族の血が混じっていたものと思われます。鼻の形などもアフリカの他の民族よりもすっきりしていたと思います。また、後頭部の形も他の民族よりもずっといいと思います。
ただ、王族や巫女などは直射日光に当たることが無ければ、肌は茶色系で、農民やその他労働者、奴隷は肌が当然もっと黒かったことでしょう。特に王族の肌の色は黒というより茶色だったのではないでしょうか。また、王族の中ではクレオパトラの牛乳風呂や、奴隷が日傘をさすなどの日焼け対策や美白願望があったと思われます。

http://www.hagib.de/div/schule/index.html
http://fischinger.alien.de/Aegypten.html
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8D%E3%83%95% …

また、エジプトの文明が栄えていた時代は今のように砂漠化していなく、もっと緑が多く林などもあり、日陰も多かったのではないでしょうか。

イエスの顔についてはこちらに面白い記事があります。
http://plaza.rakuten.co.jp/playfulness/diary/200 …
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました
参考URL拝見いたしました。

お礼日時:2008/04/30 18:48

あぁ、すみません



DNA的な話をすれば見た目、コーカソイドは、必ず白い肌ではありません
実際、#1で答えた「Wikipedia」の方を、よく読めば判りますが・・・
西アジア、南アジアは、褐色の肌にも関わらずコーカソイドです
白人系人種になります
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この回答へのお礼

補足回答ありがとうございました。

お礼日時:2008/04/30 14:13

> 判明してないんですか。



多分・・・判らないというのが現実だと思います
歴史的には、西アジアの民族が、エジプトに移住、侵略して40以上の国が出来たのが紀元前4000年ほど前、それが統一されて出来た国が、紀元前3000年ほど前の古代エジプト王朝とされます
しかし、遺伝子的な話としては、アフリカンからコーカソイドが派生し、西アジアは、コーカソイドが大半を占めますが、アフリカから移住したとされる民族です
ここで、歴史的な話と、遺伝子的な話が、一致してません

他にもエジプトは、当時から多民族国家であったと言う話から、どこの民族が王朝だったかは、難しいです
現在のエジプト人(古代エジプト人の末裔と言われる方)は、コーカソイドと言われますが・・・混血系であって、特定は難しいそうです
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。
やはり判明していないのですか。

お礼日時:2008/04/30 14:12

 古代エジプトの場所を見れば分かるでしょう。


 彼らは黒人でした。
 そもそも、地中海文明は地中海の両岸にわたるものです。古代ギリシアにだって黒人は大勢いましたし、ローマと戦ったカルタゴのハンニバルだって黒人。

 映画で白人が演じているのは単に企画上主役を張れる俳優に白人が多いからです。そもそも、いわゆる「白人」は、当時はケルトやガリアという蛮人扱いされた人々でしたから、文明の主役ではありません。

 ただ、イエスは、微妙です。
 イエスが活動していたシリアは、地中海沿岸・中東・アフリカの人々がまざり合うエリアでしたから、どこの血が入った人なのかは分かりようがありません。
 むろん、現代と違って人々の交流がさほど活発だったわけでもないので、中東の人種であることが確率的には高いのですが。少なくとも、「白人」である確率は、非常に低いですね。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。
>古代エジプトの場所を見れば分かるでしょう。
解るんですか?近代エジプトと古代エジプトは場所が違うんですか?近代が白人だからって古代も白人だとは限らないし黒人だとも限らないと思いますよ。場所からではまったく判断ができないのではないでしょうか?ましてや黒人と白人の境界付近なんですから。

>中東の人種であることが確率的には高いのですが。少なくとも、「白人」である確率は、非常に低いですね。
これも意味がまったく不明です現在中東に住む一般にアラブ人と呼ばれる人々はコーカソイドといって白人の分類になるので、>中東人でありながら白人ではない<というのが意味解りません。それともここで仰ってる中東の人種というのは黒人の事を指しているのでしょうか?

お礼日時:2008/04/30 12:49

人種 - Wikipedia


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%BA%E7%A8%AE

その疑問に答えるには、かなり難しいと思います
DNA解析が出来るようになって、かなり細かい話が出てきてますが・・・

「人類のアフリカ単独起源説」からは、アフリカン(有色系)とコーカソイド(白人系)と、遺伝子的には近いそうです
コーカソイド(白人系)から、オセアニアン(有色系)、イーストアジアン(有色系)が生まれ、イーストアジアン(有色系)から、ネイティブアメリカン(有色系)が生まれたとなってます

こういう過程で、人類が派生して行った経緯を考えれば、アフリカン(有色系)とコーカソイド(白人系)の境界境である「エジプト」で、どちらの派生であったと言うのは、限定的に難しいのだと思います

「人類のアフリカ単独起源説」が、正しいと言う前提付ですけどね
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。
判明してないんですか。

お礼日時:2008/04/30 11:28

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これについては
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4061493663/249-0155644-0220379
が大変よい参考書になると思います。
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質問1.古代エジプト文明の主役は、現在のアラブ人ですか、それともアフリカの黒人ですか、それとも他の民族でしたか。

質問2.この時代、周囲には現在の黒人の祖先が多くいたと思います。彼らは、エジプト王国の奴隷となったのでしょうか。

質問3.ギリシアやローマ帝国の奴隷の中にアフリカの黒人はいましたか。

質問4.歴史にアフリカの黒人奴隷が登場するのは、大航海時代から、米国独立の時代です。それ以前の黒人は、特にヨーロッパで奴隷として使われることはなかったのでしょうか。

※回答は一部でもかまいません。そのた、関連事項は何でも教えて下さい。

Aベストアンサー

>古代エジプト文明の主役は、現在のアラブ人ですか、それともアフリカの黒人ですか、それとも他の民族でしたか。
どちらでもありません。
古代エジプト人になります。
エジプトがアラブ化するのは、イスラムに制圧されてからですし、エジプトが黒人国家であった時代もありません。
古代エジプト人が、アラブの文化を受け入れ、アラブ化したのが、現在のエジプト人です。

>この時代、周囲には現在の黒人の祖先が多くいたと思います。彼らは、エジプト王国の奴隷となったのでしょうか。
エジプト周辺には、黒人たちはほとんどいませんでした。
エジプトの南のエチオピアも、このころはまだ白人(コーカソイド)でした。
西のリビアも白人(コーカソイド)です。
エチオピアが黒人民族となるのは、イスラムの侵攻により、より南部のアビシニア高原に追いやられてからになります。

>ギリシアやローマ帝国の奴隷の中にアフリカの黒人はいましたか。
いたようですが、非常に高価であったため、一般的ではなく、希少価値として高値で取引されたようです。(ギリシャでの話し)
ローマ時代では、サハラ南部との交易が行われているので、ギリシャ時代よりも希少価値は少なくなっていた可能性はありますが、一般的ではありませんでした。
なお、イスラムのファティマ朝においても、黒人奴隷は、希少価値があったようです。

>歴史にアフリカの黒人奴隷が登場するのは、大航海時代から、米国独立の時代です。それ以前の黒人は、特にヨーロッパで奴隷として使われることはなかったのでしょうか。
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>古代エジプト文明の主役は、現在のアラブ人ですか、それともアフリカの黒人ですか、それとも他の民族でしたか。
どちらでもありません。
古代エジプト人になります。
エジプトがアラブ化するのは、イスラムに制圧されてからですし、エジプトが黒人国家であった時代もありません。
古代エジプト人が、アラブの文化を受け入れ、アラブ化したのが、現在のエジプト人です。

>この時代、周囲には現在の黒人の祖先が多くいたと思います。彼らは、エジプト王国の奴隷となったのでしょうか。
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もし、昭和天皇が戦犯として処刑され皇族も追放されていたら、その後の日本はどのような状態になったでしょうか。
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昭和20年の日本は、米軍の圧倒的な戦力によって全てを粉砕されて降伏したわけですので、占領軍(米軍)に立ち向かう気力はありませんでした。米軍に立ち向かう武器も民間には皆無でした。また、近代武器を持っていた日本軍をごく少ない損害で殲滅した米軍に、仮に天皇処刑に憤った民間人が竹槍を作って立ち向かったとしても「日本側全員射殺、米軍損害ゼロ」以外の結果はありえないと当時の日本人は骨身に染みて分かっていました。

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昭和天皇自身、自らの処刑も覚悟してポツダム宣言受諾の意思を示したようです。実際、ソ連(一週間戦争で莫大な戦勝果実を得ただけ)は昭和天皇を侵略の責任者として処刑することを主張したようですし、「昭和天皇処刑、天皇制廃止」は十分ありえたでしょう。むしろ、「戦力を完全に失って降伏した国の王様が、天寿を全うするまで王位にあり続けた」ことの方が、歴史上稀なことです。

昭和20年の日本は、米軍の圧倒的な戦力によって全てを粉砕されて降伏したわけですので、占領軍(米軍)に立ち向かう気力はあり...続きを読む

Qイギリスは元植民地に対して謝罪や賠償をしたか?

少し調べものをしているのですが、イギリスが過去の植民地支配に対して謝罪や賠償をしたケースはありますか?

確かなかったはずだと思うのですが、なかったと言い切ってもいいのかどうか、そこまで現代史に詳しくないもので、よろしくお願いします。

Aベストアンサー

イギリスに限りませんが、欧米諸国の旧植民地から旧宗主国に対し行われている賠償請求(植民地支配そのものに対するものから、その過程で行われた虐殺に対するもの、資源や土地、労働力の収奪に対するものなど、請求内容は各種あります)は莫大なものになります。
例えばマレーシアで2007年に起きたイギリスに対する賠償請求デモにおける要求額はなんと「4兆ドル」でした。
しかしながら旧宗主国はどこも「植民地支配は合法に行われた」との立場を取り、奴隷貿易なども「現在の価値観では非道な行為だが、当時は合法」として謝罪や賠償は拒否しています。
イギリスの旧植民地ではジンバブエが旧植民地時代の土地収奪などに対し、もっとも強硬な態度を取っており、2000年以降白人農場主(イギリスに住んでいた不在地主も少なくありませんでした)から土地の強制収容を行いましたが、それに対し欧米諸国は経済制裁で応えています。
当然ながらどこか1カ所でも賠償すれば、世界中の請求運動に火をつけるのは目に見えた話であり、イギリスはそのような謝罪や賠償は一切行っておりません。


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