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突然、事故などで首から下が永久に動かなくなったら、皆様はどうしますか?夢があきらめられないとき、別の夢を探すか、自殺を考えますか?
ご回答願います。

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A 回答 (3件)

ご質問を見てから回答していいのかするべきではないのか正直悩みました。


結果、こうして回答していますが決して確固たる自信のある回答ではないこと、私自身は経験していない第三者として見たことをあくまで客観的な立場で解釈した回答であることご理解ください。

私が20歳の頃、バイクの事故で足を1本切断して入院した病院の隣のベッドにいたAさんがご質問どおりの傷病を負っていました。
Aさんは私と同い年で出身地が近所という偶然もあり、私達はすぐに仲良くなりました。
私も入院当初はベッドに固定の身だったせいもありカーテン越しで昼間は絶えず喋りあっていた覚えがあります。
首から下は針で刺されても感じないし汗もほとんど出ないくらいの状態だと聞いたのもこの頃です。
そして、一日に3回は寝返りをさせてもらわないと酷い床擦れとなり放置しておくとそこから壊死が広がり死に至るという話も。
つまり、24時間体制で側にいてくれる誰かがいないと生きては行けない事。
実は私にはこの時点で恥じるべき出来事があり、それは今も心のどこかに重い欠片として残っています。
自分自身では足を1本失った事で落ち込んだり他人の言葉に神経質になったりはしないよう心を制してしていたつもりでしたが集中治療室から相部屋に移ったその日にAさんの母親と挨拶を交わした際に私の傷病について聞かれたのでそのまま答えたところ「足1本くらい・・・ですか。」と言われた時に正直カチンときてしまいました。
Aさんの傷病を知らなかったから。と言うのは私に対する言い訳にしかなりません。
入院している方の家族は入院患者同等の苦しみや悩みを抱えられている事は十分に想像できる年齢になっていたはずなのに、それほど私は未熟でした。
私の入院6ヶ月の間、Aさんの体が動かない事を除けば私達は20歳の男友達同士として付き合うことができました。
Aさんが「ビールが飲みたい。」と言い出して、いいのかな?とAさんの母親の顔色を窺うと苦笑といった表情の顔で頷いていたので車椅子で買いに行き病室で二人で宴会したり(Aさん曰く「ビールは利尿作用があるから今の自分の身体にはいいんだ。」だったのですがこれの真偽の程は分からず仕舞いです。)「一服しようよ。」と言われたらAさんのベッド横まで行って一緒に病室で窓開けてタバコふかしたりと本当に普通の男友達と同様な生活時間を共有していました。
今から思い起こせば同い年であっても未熟な私に対して成熟した大人の考え(多分、今の私以上。)を持ったAさんが見守ってくれていたように感じます。
しかし、Aさんが人間らしい弱さを私にだけ見せてくれた事も何度かあります。
詳しい内容は割愛させていただきますが今後の事、家族の事、女性関係の事等の母親には言えないような考え、感情を思い切りぶつけられたこともありました。
私にはそれら全てに答えるだけの見識も度量もありませんでしたが「王様の耳はロバの耳」の穴くらいは役に立ったのではないかと自負しています。
私の退院後も私とAさんの仲は変わらずリハビリはサボってもAさんのところには行くといった生活をAさんが退院するまで続けていました。
Aさん退院の日には家のほうに招いていただいたので祝杯を上げるためビールを抱えて訪問しました。
今でも玄関を開けた時に車椅子に固定された状態で出迎えてくれたAさんの笑顔は忘れる事ができません。
中に通されると家は完全にバリアフリーになっており、天井にはAさんを移動させるために設置したリフトのレールがありました。
これを見せるのを楽しみにしていたからあの笑顔だったのだな。と私が勝手に納得していると違ってました。
Aさんが見せたかったものは当時の一般家庭に普通には置いていなかったPCでした。
それもスタンドに特殊装置がついていて舌の動きで入力できるようになっているもの。
程度の差は凄くありますが、お互い身体障害者として社会でどう生きていくか。という話はよくしていて私は漠然と中々クビにしない会社のサラリーマン、Aさんは文字を扱う仕事をしたいと言っていたのですがただダラダラとリハビリくらいしかやっていなかった私に比べてAさんのPC購入はちょっとした敗北感を伴う喜びでした。

あれからもう20年ほどの歳月が流れ、私の就職を期に少しずつ直接会う機会も減ってしまいましたがメールやお互いのブログでのやり取りは、ずっと続いています。

Aさんは現在、地元のタウン誌にコラムを連載して社会ともちゃんと繋がっているようです。
逆に今年の9月、私の退院・ブログ再開時には「足は無い。身体も悪い。脳は悪くは無いがちっちゃい。長生き・・・無理か。」と温かい応援の書き込みをいただきました。

脊髄損傷によって失うものは全てに近い、しかし、全てではない。

これが私がご質問者さんに伝えたかった回答です。
まとまりの無い駄文、長文となりましたが。

ここからもう少しお付き合いください。
私が回答を躊躇った理由があります。
ご質問者さんのご質問の真意は読解力が劣っている私には読みきることができませんでした。
ただの好奇心であればホッと安堵します。
しかし、もしかしてご質問者さんご自身、もしくはご質問者さんにとって近しい方が実際にご質問のような不幸に遭われたのだとしたら、お願いがあります。

私の回答を見ても決してAさんを目指さないでください。

楽な道があれば迷わずそちらを選んでください。
一口に脊髄損傷と言っても個々のケースで苦痛の程度も違うと推察いたします。
無理はせずゆっくりと生きて行って欲しいというのが私の望むものです。
医学(特に外科)の進歩は驚くべき速さで一気に進む事があります。
それを夢見るだけでもいいのではないでしょうか。

全くの私見、また的外れの部分もあると思いますがご参考となれば幸いです。
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 完全に動かないだけならまだ良いんですが、問題は痛みと生活と精神的な痛み、社会的な痛み、自殺なんか考えることが出来るようになったら、まだ、余裕があると思いますよ。


 とにかく、耐えるために生きるために、少しでもケアしてもらえるなら、苦痛から絶えるために気を紛らわす方法を見つけるしかありません。
 自分でもどうすればいいかわからないのに回りは持ったわからないのであなたに対して苦痛を感じ始めます。これが2つ目の痛みの始まりです。なぜこんな目にあうのかを考え始めて、自分が罰を受けていると感じるようになる。これが 3つ目の痛みの始まりです。気を紛らわすことさえ出来ないときに助けになるのは疲れきって90分ほど眠りに落ちるときです。運がよければ起きたときに痛みが和らいでいます。
 
 痛くても数秒に一回の激痛を感じているとき以外の数秒は痛くないと思って痛みを真っ向から受け止めて耐えているうちにいつかは楽になります。 同時に2箇所の痛みを感じないこともラッキーです。
 
 痛みと苦しみの中で、夢をあきらめられないなどという絶望の前の感情はその後襲ってくる絶望感によって普通消えます。考えるとか励まされるとか、同情されることのほうが苦痛ですから、健常な人の予想などはるかに超えていることが当たり前に自分の身に起きていることへの衝撃のほうが大きいはずです。
  
 そんなにつらいなら死んだほうが楽でしょ などという わけのわからない健常な人間の言葉に恐怖と惨めさをとことん味合わされます。
周りの愛情のある人間がこの役を演じます。
 
種類別の 痛みのスパイラルですね。

自殺したい? そんなこと最初だけですキット。しかも自分で死ぬことも生きることも出来ないんですから。頭は正常なのに。
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それは正直、なってみないことにはわかりません。


しかし私は以前、こんな話をTVで見たことがあります。

「健常だったころは、やる事が何かハッキリしなくて鬱々とした毎日だった。
しかしこのような(障害を持つ身となって)状況になってから、むしろファイトが出てきた」

皆が同じ、とは言いません。
ただ、事故に限らず、何かのアクシデントや、不運が訪れたとき、それを乗り越えていくのは「自分」であり、自分の「考え方」如何である、と信じています。
私は若い時の大病や、それにまつわる出来事から、それを学びました。
どんなに悔やもうと、時間は無情に流れます。
どんなに人を羨ましく思おうと、彼らと同じ人生は歩けません。
それは病気や事故に限らず「何でもそう」なのです。
受験の失敗、絶望的になった昇進、突然の解雇…なんだってそうです。
だからこそ「自分はこう生きるぞ!」という決意は「苦難が多い人ほど」強く持つべきなのです。
それがきっと、自分を助けます。
自分の努力が他人を助けるかは知らないけど、自分の努力は自分を助けてくれます。
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