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こちらのカテゴリーにはお詳しい方がいらっしゃるのではないかと思い、お邪魔しました。

私は短歌が好きで自分でも作るのですが、その歌について意見や好み等を話し合える相手が居ません。
居住自治体の「歌の会」のようなものも良いかな?とも思いますが、如何せん三児の母もしておりますので私用の外出が困難です。涙
そこで、ネット上に「同人クラブ」のような場があるのを知りました。
それから、有名所ではアララギ等の「結社」もありますね。。。こちらは会費が要ります。

短歌を作って、ちょっとばかり趣味心の延長で「上手くなりたい」と考えていらっしゃる方は、どのような場を利用なさるのでしょうか?
上手く、と言っても「心→言語化」をスムーズに同化させていけたら、と言うだけなのですが。。。

何かご存知の方がいらっしゃいましたら、ご教示下さると嬉しいです。
よろしくお願いします!

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A 回答 (6件)

お久しぶりです。



過去にほんの少しだけ短詩型に興味、関心をもったことがあるという以上には何の取り柄もないのですが、こうして余計なお節介を申し上げることをご容赦願い上げます。

>短歌を作って、ちょっとばかり趣味心の延長で「上手くなりたい」と考えていらっしゃる方は、どのような場を利用なさるのでしょうか?

いっそのこと、積極的に新聞や雑誌に投稿なさってみてはいかがでしょうか。
たとえば、『朝日新聞』の「朝日歌壇」とか、『短歌研究』の新人賞の募集に応募してみるのが一番手っ取り早いと思いますが。

なお、これはおべんちゃらではなく、以前からyukinn66さんはとても柔軟な思考力、優れた言語感覚、鋭い批評精神をお持ちだと感じてきましたから、詩的感性には恵まれていらっしゃると思いますよ。

素人として申し上げられるのは、自分の心情とか感情とかに過度に依存しないこと、論理的・概念的発想に囚われないこと、無数の言葉の組み合わせがあること、互いに遠い関係にある言葉を敢えて結びつけてみること等については、いちいち意識して留意できる基本事項かと思います。
さらに、優れた短歌を鑑賞・批評したり、模倣してみたり、それが秀歌である理由をご自分でとことん追及してみるのも有益ではないでしょうか。

で、yukkinn66さんに敢えて推薦したいのは、子規が「歌よみに与ふる書」にて徹底的にこきおろした『古今集』です。
私自身が詩にとって何が一等大切かということについて、他でもなく『古今集』からたくさん学ばされたからです。
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この回答へのお礼

kadowaki様、お久しぶりです。
丁寧な回答を頂き光栄です。

>新聞や雑誌に投稿

はい。只これは調べてみると選に漏れた歌には批評は頂けないような感じでしたので、どうかなあと躊躇しています。
でも、書いてくださった「短歌研究」はネット上でやり取りが出来るのですね、これはいいかな♪
アララギは有料で会員制でしたので、少々敷居が高いと感じて腰が引けていました。。。

お褒めの言葉ありがとうございます。
「優れた言語感覚」をどうせならば「優れた言語化能力」に昇級(?)させていきたいものです。

留意点として挙げて頂いたもの、どれもハッとさせられました。
そうですね、秀歌が優れているとされる理由を自分の頭で考える事が一番ですね。

「古今集」の推薦でホッとしました。
いえ、新古今以降は苦手で、万葉集と古今集をつまみ食いしていますので。
新古今集は歌の「線の細さ」が苦手の理由です。
万葉集はますらおぶり、等と言われるように図太くて「土の匂い」に満ちていてそこが好きでもありますが、ちょっと「ザルとしては目が粗い」と言った感覚もあります。
なので古今集が中庸の位置にあるのか、洗練度がありつつも命の源である「土臭さ」を残し素晴らしい調和を見せている様に感じています。
(文学の門外漢が偉そうに。。。大汗)

子規のこき下ろしが気になります。古今集でも「人工的過ぎる」と言う事なのかしら。。。「歌よみに与ふる書」も是非読まなければ。

ありがとうございました!!

お礼日時:2009/03/20 21:18

時々は、俵万智、紀野恵、穂村弘などなどの作品に触れて(己の才能に怯むことなく)「あちゃー、やられた・・・」と単純に感動する程度の短歌好きとお思い下さい。

^^

アドバイスというほどのことは出来ないのですが、このサイトにも短歌好きがいるんだぞとのアピールも込めて「参考意見」で参加させていただきます。


ご質問文、お礼文を拝見していると、短歌の達人?の素養は十分にお持ちのようです。
■まず、短歌が大好きだということ(あたりまえ)
■手法についても基礎的なことは理解されている
■たくさんの短歌に触れて、たくさんの短歌を詠まれている

第3ステージまでは、難なくクリア、ですよね。^^

で、どうしても(自己満足でもいいから)上手くなりたい・・・。
ふむ。今の私と(レベルの差はおいといて)同じ状況です。^^;

第4ステージ以上を目指すためには、そう。

>私は短歌が好きで自分でも作るのですが、その歌について意見や好み等を話し合える相手が居ません。

なるほど。で、あまり敷居の高い「結社」とか、何かしら煩わしい「居住区の歌の会」も敬遠したいということであれば、それさえ今の私でもあります。
あとは、お気楽なネットの「短歌好きブログ」に飛び入り参加でも良いけれど、これはレベルの点でもの足らない部分が多い・・・というのもお気づきかと。

で、私はといえば幸いなことに専用?の批評家がひとりいまして、ご自分では詠まれないのだけれど、短歌好きでそこそこスルドイ部分をついてくるし、いちばん嬉しいのは基本的に作品を誉めていただけるというところであります。

なんだか自慢ぽくなってきたので、この辺りでやめておきますが、できれば家族とかしょっちゅう会っている無二の親友とかではなく、少し距離のある方が適しているとも思います。

なかなかそんな人はいないなぁということになりますが、こうやって何かしらの発信をされていればそのうちきっと現れるのではないでしょうか。
この質問だってそうですよね、有意義なご回答が寄せられています。

それまでは、やはりご自分で(そんな方が現れるまで)詠み続けていかれればどうでしょう。
独学にしたって腕は上がりますよ、きっと。上手く気持ちを切り取って短歌に乗せることができたときの快感をきっとご存知ですよね。♪


次は
>「心→言語化」をスムーズに同化させていけたら・・・
>「言葉を紡ぐ試み」

というところですが、これはもう90%以上感性の領域になるかと思います。

読んでいる小説の中で、TVドラマのセリフで、街中で聴いた音楽のフレーズに、日常の何気ない会話の中にもそんな種は隠れていますよね。古くさい言い回しや、難解な言葉よりどこにでもある言葉の組み合わせで心のうちを切り取れれば、何倍も感動したりします。
(質問者さんの目指す方向と違っていればごめんなさい)

そんな言葉に出会ったら、早い内に書き留めておく・・・ことができれば良いですね。
でもこれ、言うは簡単、実践は相当難しいんですけどね。汗;

そんなことを繰り返している内にジワリジワリと実力はついてくる。と私は思いこむようにしています。
で、あとは自信をつけて賞狙いでしょうか。ぅっ


あれれ、久々の回答+短歌ネタということで力が入ったようで長居をしてしまいました。

実は回答者は、このサイトのあるQがきっかけで短歌好きになったということもあったりしまして。^^;
では、お互いに精進して、角川短歌賞あたりでお会いしましょう。 ぉぃ
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この回答へのお礼

お礼が遅くなってしまい申し訳ありません!
丁寧で且つ元気が出る回答を頂き、とても嬉しく思います。^^

専用の^^批評家がいらっしゃるとの事、羨ましいですね。。。
>少し距離のある方が適しているとも思います。
そうなのですよね、実生活を知らない方の方が純粋に「短歌が伝える私」を批評してくれそうです。

なかなか見つからないのはきっと誰も同じようですね。
根気づよく発信し続けて行きたいと思います。^^

>上手く気持ちを切り取って短歌に乗せることができたときの快感
そうなのですよね。。。何とも上手く行かず馬鹿らしく思えて来る時も多いですが(汗)、この快感が時折訪れるから辞められなくなってしまうのですよね。。。^^

>日常の何気ない会話の中にもそんな種は隠れていますよね。
「種」と言う表現に笑ってしまいました。^^
我が家のちびっ子達はいつも何処からでもどんな物からでも「遊びを見つけ出す」ので、きっと子どもにしか見えない「あそびの種」があるんだよね?と話しているからです。
その代わり「けんかの種」も何処にでもありますが。。。汗

種。。。世話をし過ぎて刈り込み過ぎる事無く、水をやり過ぎて根腐れさせる事無く、思うように伸びて行き、伸ばして行きたいものです。
あ。。。。その前に「目の出る種かどうか?」も問題ですよね。。。汗
それよりも「種など存在しない」って事もありますよね。。。。爆

まあ、それも数年の継続の後にははっきりするでしょうから、それ迄は続けてみたいです。^^
今欲しい物は「枕詞の辞典」のようなものですね。。。
古語と現代の感覚を上手く自分の中で熟させる事が出来たら素敵です。

>では、お互いに精進して、角川短歌賞あたりでお会いしましょう。
是非そうしたいものですね。(←これこそ、おい!ですね)

ありがとうございました!

お礼日時:2009/04/14 11:47

kitara1ですが、発見と書いたことについて少し付けくわえさせていただきます。

それは短歌と発見の順序のことです。何かを新しいものやことを見つけてそれを歌にするのではなく歌を作った後に、歌の対象が発見されるというのが良い歌なのではないかということです。御質問表題の腕を上げるというのは何となくほかの人からの評価が高くなるというような感じがするのですが、ほかの人からの評価を気にすると順序が逆になり、それが習慣になると自分の気持ちと離れた歌しか作れなくなってしまうのではないかと考えました。
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この回答へのお礼

すっかり遅くなってしまい、申し訳ありません!
ちょっと頂いた回答を読み解くのにかかってしまいました。。。

>何かを新しいものやことを見つけてそれを歌にするのではなく
>歌を作った後に、歌の対象が発見されるというのが良い歌なのではないかということです。

つまりは「意識するよりも自然に生まれた歌によって、自分の感覚やら生き方やらを再認識する」と言う事かな。。。と。。。
あーーーまた余計にややこしくしていそう。。。汗

私の歌は「勝手に生まれる」事もあれば「切り貼り糊付けの末にその形を見せる」ものもあります。
それで不思議なのが、手を加えず自然発生した歌の方が心のままを伝える力を持つように感じる事です。
加工すると。。。どうしてもいびつになります。。。涙

>腕を上げるというのは何となくほかの人からの評価が高くなるというような感じがするのですが、

私には傲慢なところがありまして、自分が良い!と信じたものが他人に認められなくっても仕方ないや、と考えています。
でも実は一番困難なのは「自分が良い!と信じられるものを生み出すこと」の方ですよね。。。
精進します。。。
ありがとうございました!^^

お礼日時:2009/04/03 18:04

短歌のことはあまり知りません


しかも初心者の考えでごめんなさい。何かの参考になればと。

私は通信講座で2クールの間、川柳をやっていました。
いろんな人の歌から良いと思えるものを選んだり(互選)と添削がありました。
互選ではたくさんの歌を見る間に、自分の好きな傾向がはっきりしてきます。
また同じことを伝えるのにもいろんな表現があるのに気付きました。
添削では先生に「こっちの表現の方がよいのでは?」と指導してもらうと
格段に表現が的確で効果的なのに気付きます。
助詞の使い方、表現の工夫、言葉の順序の入れ替えなど
自分でのみ考えている範囲より広く見ることができると思います。
あと、句を作る上での基本的な事柄(体言止めはなるべくやめるなど)も学べます。

私の母は友達に誘われて短歌の会に入っていました。
そこは月に一度、趣味の人が集まって先生をお呼びして互選と添削をしていました
ただメンバーの年齢層がかなり高かったのもあるのか、私が共感できる歌は少なかったです。
短歌にはいろんな傾向の会がありますね。
もし入られるならその会の傾向を見てから入られた方が良いと思います。

川柳も短歌も人の心を詠むということで共通します。
川柳と言ってもよく世間で取り上げられる面白いものって事でもないのです。
より自由で短いもの。

街を歩いている時も耳も目も研ぎ澄まし、歌を考えていた時期がありました。
川柳で家族にしゃべっていた時もあります。
何かを注意するのに川柳風にして(笑)
すると子どももとっさに作って返事をしたことも!
子ども、おそるべし(笑)

まずたくさん作ってみていらないものは捨てる。
第一案は大抵ダメな気がします。
想いが溢れていろいろ言いたいけど自分が思うほど伝わらずイライラとか
本当に言いたいこと1つを伝える(頭を整理する)のも難しかったでした。
助詞1つに3日ほど悩んだり。
どうしても短くならずに短歌になったりしていました。
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この回答へのお礼

大変に遅くなりまして、申し訳ありません!
丁寧に、そしてご自身の体験の回答、ありがとうございます。

通信講座というものもありましたね。
すっかり失念しておりました。
何せとにかくも「最小限の費用、できれば無料」と言う思いが念頭にありましたので。。。笑
これで収入が得られるのであれば初期投資もあり、なのでしょうけれど、そんなこと考えたら歌など作れません。
創造と評価は別物ですし。

>まずたくさん作ってみていらないものは捨てる。

はい。
とにかく「毎日作る」ことにしています。
うんざりするものも、うまく出来た!と自惚れるもの(汗)もごちゃ混ぜで、先ずは量をこなす事と、続ける事かな、と。

後は短歌雑誌を図書館へ探しに行く予定です。

参考になりました。
ありがとうございました!^^

お礼日時:2009/04/02 15:10

こんにちは。



>「古今集」の推薦でホッとしました。

私なら「新古今」を推薦してくるとでも思われたのでしょうか?
「新古今」は爛熟しすぎていますよね。

また、「万葉」の「土の匂い」にせよ、「新古今」時代にはすでに《意識的》に模倣せざるをえないほど憧憬の対象になっていたわけですから、現代人が考える素朴さ、素直さをそのまま「万葉」に投影して良いものかとなると、私にはちょっと疑問です。

「古今」が現代人に適しているのは、歌うことがそのまま抒情の源泉を凝視することになっている点ではないでしょうか。
こういう知性や批評意識に目覚めた歌人には、直情的な歌を詠むことの自己欺瞞性に気付かずにはいられなかったような気がします。

>子規のこき下ろしが気になります。古今集でも「人工的過ぎる」と言う事なのかしら。。。

子規は心底「古今」を軽蔑していたわけではなく、その悪影響を歌壇から葬り去ろうという意図から「古今」をこき下ろそうとしたのだと思います。
その意味では、彼の「古今」論には角を矯めて牛を殺すところがなきにしもあらずだと思います。

「写生」となると、私には子規よりも茂吉の歌の方がはるかに立派だと感じられます。

この回答への補足

お礼を投稿してから思い出しました。

たらちねの。。。と続く歌ですね!
母への思いや、母の死に際しての歌を歌った方ですね。

写生と言えば確かに!です。
初めて読んだ時「言葉が生々しくってキツいなあ」と感じた記憶があります。
その生々しさは写実的、と言う事だったのかも知れませんね。

今はその生々しさも美しさと解せる気がします。
私が望むのは「心のありのまま」の言語化、ですので。^^
出来るだけ其処に近付く為の訓練の一方法としての短歌です。

補足日時:2009/03/31 00:06
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この回答へのお礼

kadowaki様、こんばんは。
遅くなってしまいました、申し訳ありません。

「古今集」でホッとしちゃったのは、単に「苦手な物を読むのは面倒くさい」と言うだけなのです。大汗
もしも推薦頂いていたら、ご好意には応えたいと思うし無にはしたくないけど、読むのは面倒だなあ。。。ってなりそうだったので。。。^^

>「写生」となると、私には子規よりも茂吉の歌の方がはるかに立派だと感じられます。

ううむ。。。茂吉さんは記憶している歌が一つもありません。
下手に勉強と称して他人の歌を読むと、いいなあと思った歌の印象が自分の歌に如実に出てしまったりして軽薄な気がしてしまうのですが、
「真似と創造を繰り返しながら上手くなる」と言うのも必要かも知れませんね。

度々のアドバイス、ありがとうございます!

お礼日時:2009/03/30 23:54

まったくの素人ですが、一つ歌を作ったらひとつ発見があったかどうかを確認するのはどうでしょうか。

発見してから歌を作るのは専門家ならば可能でしょうがアマチュアには順序が逆の方がよいようにも思います。あくまで素人の思いつきに過ぎません。、
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます!

発見。。。一つの歌を作り、それによって生じた心の変化、と言う事でしょうか?

浅はかなのでしょうけれど、私はイマイチ「歌人」とされる方の歌と素人の歌の違いが判然としません。
例えば新聞の投稿歌壇に載っている歌と歌人の歌。。。言葉の伝える力の滑らかさ、がそれと言うのならその違いは朧げながら分かるのですが。。。

何はともあれ、私は「スイッチが入らないと言語化が進まない」と言う現状を改善したいと考えています。
胸の中に溜まるだけ思いが溜まっていき、重たくなっていき、苦しくなっていき、出口すら塞いでしまう。。。と言う悪循環です。
もうちょっと、心のうちを上手にひとに伝えられるようになれないものか、と思うのです。

創作の前のみならず「後」にも自己の観察を試みるのも有意義かも知れませんね。^^
アドバイス感謝します。



短歌に限らず「言葉を紡ぐ試み」をなさっていらっしゃる方、いらっしゃいましたらアドバイス頂きたいです。
引き続きよろしくお願いします。

お礼日時:2009/03/20 02:11

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