小学校低学年ぐらいの子供であれば、親戚の人などに久しぶりに会うと、決まって「大きくなったなあ」とか言われますよね。私の場合、その人が好きでも、そう言われて特に嬉しいと思ったことはありませんでした。勿論、嫌な気分にもなりませんが。
 なぜなら、その頃の私は興味の対象がゲーム、アニメ、友達と遊ぶこと、アイスやお菓子を食べること等であり、自分の容姿や、身長が伸びたこと等は気にしなかったからです。

 どうなんでしょうか。そのぐらいの年齢の子供に「大きくなったね」とか、女の子であれば「かわいいね」と言って、子供達は嬉しがるものなのでしょうか。皆さんは昔どう感じましたか?
また、皆さんのお子さんはどう感じているのでしょうか。

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A 回答 (1件)

「大きくなったね」「かわいいね」は、久しぶりに子連れで再会した相手の子への挨拶みたいなモンですよね。


ウチの子(6歳)に「大きくなったね。可愛いねとか言われると嬉しい?」って聞いた事が有りますが「別に~嬉しくも何とも無い」だそうです。
子供自身、それらの言葉に深い意味が無い事を感じているのかもしれませんね。
子供だって褒められるなら、そんな抽象的な事では無く、「自分より小さい子にお菓子を譲るなんて優しいね。お姉ちゃん(お兄ちゃん)になったね」「その新しく買った服、とても似合っていて可愛いね」と具体的に言った方が嬉しいのでは?と思いますよ。
少なくとも我が子は、そのように具体的に言った方が嬉しそうな顔をしますから。
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この回答へのお礼

御礼が遅くなり、すみませんでした。
やっぱりそうですよね。
ありがとうございました。

お礼日時:2009/06/01 23:40

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Q煩悩ってどういう意味ですか?

煩悩(ぼんのう)ってどういう意味ですか?
辞書で調べても難しくて理解できません。
具体的に、わかりやすく教えてください。よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 
  煩悩は、仏教の用語で、元々、かなり難しい思想的意味を持っていましたし、煩悩とは何かというので、色々な議論もありました。
 
  しかし、それはともかく、具体的な例の話で、日常語での「煩悩」の使い方というか、意味を考えてみましょう。
  「煩悩」は、「煩」と「悩」から出来ています。「煩」は、「わずらわしい」という意味で、「わずらわしい」と入れて変換すると、「煩わしい」と出てきます。また「悩」は、「なやみ」のことで、「なやみ」と入れて変換すると、「悩み」と出てきます。
 
  煩悩とは、わずらわしく、悩みになることだ、ということになります。しかし、そんなに煩わしく悩む、困ったことなのかというと、日常の用法では、ちょっとニュアンスが違います。ここは、仏教のお坊様に出てもらって、具体的な使い方の説明をしましょう。
 
  仏教では、覚りを開くため、修行する人が、元々「坊様」だった訳です。従って、元の仏教の「戒め」では、修行者は、例えば女性となれなれしく口をきいてはならないとか、女性の姿もまともに見てはならないなどとなっていました。女性の美しさなどは、「迷い」の元だというのです。
 
  しかし、坊様がすべてそうではないでしょうが、すけべな坊様もいる訳で、道で通りがかりの、和服の美人を見て、ほわ、と口を開けて見とれ、なんちゅう、綺麗なべっぴんさんや、いや目の毒じゃ、これも「煩悩、煩悩」などと云いながら、女性の後ろ姿を見送ったりします。別に和服でなく、洋装でも構わないのです。また、坊様も、そんな女を見るとすぐ見とれるような人は珍しいでしょうが、やはり、坊様も男ですから、美人と道ですれ違うと、ふと、心が動くこともあるのです。
 
  あるいは、仏教では、イスラム教と同様、精神の安定や、日常の心の状態を興奮させたり、おかしくする飲み物などは禁じています。例えば、麻薬などは無論駄目ですし、煙草やお酒も駄目なはずです。しかし、日本の坊様は、何時頃からか、「般若湯(はんにゃとう)」と称して、酒を店で買って飲んでいたりします。坊様が、良い酒を味わいながら飲みつつ、何という味わい、この酔い心地、さすがに銘酒は違う。極楽じゃ。しかし、考えてみれば、これも「煩悩、煩悩……仏様よ、お許しあれ、南無阿弥陀仏、いやもう一杯、何ともうまい」などと云っていると、どこが、煩い、悩みの煩悩か分からないでしょう。
 
  また仏教では、生き物のいのちを大切にせよと教え、殺生を禁じ、従って、動物の肉は無論、鳥の肉も、魚も食べてはならないことになっているのですが、それも何のことかです。酒のさかなに、コイのあらいを食べつつ、いい気分になって来て、坊様が、いや、浮き世もまた楽しいぞよ、酒はうまいし、ねえちゃんは綺麗だ……などと歌っていると、「生臭坊主」ということになるのですが、以上は極端に戯画化しているので、日本では、昔から、坊様が、妻帯し、子供がおり、酒は飲み、魚も食べ、それで別に社会から糾弾などされていません。
 
  大酒を飲み、酔っぱらって、寺の本堂で乱交パーティを開くような坊様は、それは別に坊様でなくとも、普通の人でも社会から糾弾されます。
 
  仏教の坊様にとっては、女性と触れたり、メイクラヴすること、酒を飲んだり魚を食べたりすることは、仏教の教えに反することで、こういう「欲望」を、修行の妨げになる「煩悩」と呼ぶのですが、煩悩というのは、多くの坊様の日常生活から云うと、自然なことのようです。
 
  もう一つ、坊様ではありませんが、一般に、「子煩悩」という言葉があります。これは、別に、子供が煩わしく悩みの種で、何かの邪魔になるのかと云えば、そうではなく、子供が可愛く、何時も子供のことを考え、細かいことにも、子どものためにと、あれこれ気も身も使う親のことを、こう呼びます。別に、子どもが、何かの「妨げ」になっているのではないのです。親にしてみれば、ふと、思うと、「ああ、おれは、何と子どものことばかり思っているのか。これも煩悩か」などとなります。
 
  「煩悩」というのは、仏教の教えとか、人間の生き方はいかにあるか、などということの前では、何か安楽な、気持ちよい、楽しい方にばかり気が向くようで、困ったことだという考えもある他方、「自然な欲求」「自然な望みのおもむく方向」であって、煩悩だが、しかし、これもまた良しなどというものです。
 
  これは、仏教の教義として、煩悩に迷う人の姿こそ、すなわち、仏の姿に他ならないという考えもあるのです。
 
  煙草をやめないと、肺ガン確実と云われていて、それでも吸いたいという人の場合、煩悩とは云いません。また、大学受験中なのに、異性のことに意識が向いて勉強に集中できない高校生も、それを煩悩とは云いません。(ただし、高校生の親が、寺の住職だったりして、子どもに、そんな煩悩は振り払え、と説教するかも知れません)。
 
  煩悩というのは、本来の仏教の教えでは、たいへん厳しい、覚りの道にあって、克服せねばならない誘惑や欲望だったのですが、「煩悩すなわち仏」というような考えは、人間は自然に振るまい、自然に生きるのがやはり一番であるという考え方でしょう。
 
  肺ガン寸前の喫煙者や、受験勉強に必死な高校生にとっては、喫煙や、恋愛は、自然のままを楽しもうなどということではないのです。
 
  人間は、欲望が強すぎると、色々不都合なことが起こることが、或る程度分かっているともいえます。分からない人、自制がきかない人は、酒に溺れて身を滅ぼすとか、守銭奴になって、世人の顰蹙を買うなどとなり、そういう人自身は、煩悩も何もないでしょう。しかし、そういう人を横目で見ていると、酒を飲み、恋愛をし、ギャンブルで小銭を失い、自堕落な生活を少々しても、歯止めがかかっていて、ああ、これが煩悩というものか……で片が付きます。
 
  「わかっちゃいるけどやめられない」というのは、確か古い歌の言葉ですが、そういう心境の「分かっている」のが、煩悩だと分かっているということで、度を超さなければ、やめる必要もない訳です。本格的な修行をしている坊様にとっては、厳しいことでまた別ですが、普通には、煩悩はまた楽しいことなのです。本来しない方がよい、というのをするのは何とも楽しいことなのでしょう。
 
  世界中の文化がそうだとは分かりませんが、日本は、煩悩を楽しむ文化です。
 

 
  煩悩は、仏教の用語で、元々、かなり難しい思想的意味を持っていましたし、煩悩とは何かというので、色々な議論もありました。
 
  しかし、それはともかく、具体的な例の話で、日常語での「煩悩」の使い方というか、意味を考えてみましょう。
  「煩悩」は、「煩」と「悩」から出来ています。「煩」は、「わずらわしい」という意味で、「わずらわしい」と入れて変換すると、「煩わしい」と出てきます。また「悩」は、「なやみ」のことで、「なやみ」と入れて変換すると、「悩み」と出てきます。
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Q中国語で

2年ぶりに見た子どもがとても大きくなって、かおもすっかりお兄さんのように変わってました。
中国語で、「大きくなって、顔も大人っぽくなっておどろきました」はどういえばいいでしょうか。
「我吃惊了他変得大」

これだけでは、だめですよね。

Aベストアンサー

 こんばんは。言っている意味はよ~くわかりますよ(^-^)。

 「大きくなって、顔も大人っぽくなっておどろきました」の直訳は「長大了。lian3 像大人了。我 hen3 chi1 jing1」だと思いますが、普段口語であまりこのように言わないように思います。

1.直接その子かご両親に会った時に。

●[口阿][口約],長 zhe4 me(那meでもいい)大了,我都不認識了。
(こんなに大きくなったんだ! もう別人みたい~。)

はよく言います。「chi1 jing1」という単語の変わりに、よく冒頭に[口阿][口約](「アヨー」と発音する。「ヨ」はちょっと大げさに長めに)をつけます。[口阿][口約]はびっくりする時によく発する言葉です。「我都不認識了」の直訳は「もう覚えていない」です。この場合の「都」は「みんな」の意味ではなく、語気を強めるときに用い、通常文末に「了」を伴います。理解しにくいかもしれませんが、この使い方の「都」をお使いこなしになれましたら、すごい外国人だと思われます。とても中国人らしい言い方ですから。たとえば、

・都十二点了,還不 shui4 ma?
(もう12時なのに、まだ寝ないの?)

・他都快100歳了。
(彼はもう100に手が届く。)

2.ご両親か第三者にやや冷静に。

●他長大了,我都不認識了。
(彼は大きくなった。もう別人みたい。)

 シチュエーションに分けてお使いになってください。ご参考になれば幸いです。

 こんばんは。言っている意味はよ~くわかりますよ(^-^)。

 「大きくなって、顔も大人っぽくなっておどろきました」の直訳は「長大了。lian3 像大人了。我 hen3 chi1 jing1」だと思いますが、普段口語であまりこのように言わないように思います。

1.直接その子かご両親に会った時に。

●[口阿][口約],長 zhe4 me(那meでもいい)大了,我都不認識了。
(こんなに大きくなったんだ! もう別人みたい~。)

はよく言います。「chi1 jing1」という単語の変わりに、よく冒頭に[口阿][口約](「...続きを読む

Qこちらこそ、とつけるかつけないか

あまり面識のない方(年上)からメールを頂きまして、返答に悩んでいます。

まず『また宜しくお願いします』と言われましたが、これに対して
『こちらこそ、宜しくお願い致します』と言っても大丈夫でしょうか?
こちらこそと言うのが気安い感じがするのですが…

もうひとつ、ビジネスメールではなく個人メールでは『こんにちは』以外に何かいい挨拶の文章はないでしょうか?

アドバイスをお願いします。

Aベストアンサー

チャットのように交互にリアルタイムにやりとりするなら、
「また宜しくお願いします」に対して即座に「こちらこそ、宜しくお願い致します」で良いと思います。この場合は電話や直接会って話をしている感じになるからです。
ただ、普通のメールなら、引用でもしない限り「こちらこそ」はいらないと思います。
普通にメールを書いて、最後に「宜しくお願いいたします」だけで良いんじゃないでしょうか特にビジネスメールなら。

>個人メールでは『こんにちは』以外に

「こんにちは」だけで良いんじゃないですか。
メールに時候の挨拶を付けるのも変だし(基本的にメールは用件を手短に伝えるものだと思っていますから)突然用件というのも変ですから、はがきに書く感覚でいいと思いますよ。前略のかわりと思えば。

私の場合は
こんにちは。○○です。
から、必ず始まります。(署名と一緒にテンプレートに入っています。)

参考までに。

Q眠るように死ぬ方法ってあるでしょうか?

あくまで健康な人が眠るように死ぬ方法、または眠ったまま二度と起きないという風に死ぬ方法ってあるでしょうか?
これは自殺志願のための投稿ではなくて、自分もいつか死ぬわけですからこんな死に方ができたらいいなと思っています。
医療の現場で行われる安楽死・尊厳死ってこういう方法なのでしょうか?またはこれに近いでしょか?

Aベストアンサー

「突然死」という言葉を聞いたことがありますか?
昨日まで元気だった方が、朝になっても起きてこないので、見に行ったら死んでいた。
こういう事例はよくあるそうです。
10年以上前になりますが、兵庫医大の法医学の教授の講演を聞きました。
テーマは「突然死」
突然死のおよそ80%は、虚血性心疾患(狭心症や心筋梗塞など)だそうです。
その中で、就眠中に亡くなるのは、およそ65%くらいだそうです。
急性心筋梗塞でも「眠るように」とはいかず、ある程度は苦しんだ末に亡くなるのでしょう。
私も、眠るように死ねればと思っております。
回答になってなければ、ごめんなさい。

Q【育て方?】大人しい子供とうるさい子供

1人で歩き回れるようになった2~6歳くらいの子供の性格について、昔から気になっていることがあります。
簡単に言うと「大人しい子供」と「うるさい子供」がいると思うんです。
「人見知りで引っ込み思案な子供」と「怖いもの知らずで積極的な子供」とも分類出来ます。
ずばり、これらの子供の性格はどのようなことが要因で別れるのでしょうか?
前者をAタイプ、後者をBタイプとします。
分かりやすく例を出すと、スーパーにお母さんと2人で買い物に来たとします。
お母さんにくっついて、お母さんとしか会話しないのがAタイプ。(家族だけの前ではよく喋る子でもこっち)
スーパーに到着するとお母さんから離れて1人でうろうろ、自分の見たい売り場(お菓子など)に行って、独り言を言ったり、たまには周りにいる他人や知らない子供に話しかけちゃったりする子供がBタイプって感じです。(人目を気にせず地べたに寝っ転がって買って買って~!と泣き喚いてお母さんを困らせてる子もこっち)
もしスーパー内で迷子になったら…、Aタイプは必死に不安を押し殺してとりあえずスーパー内をくまなく探し回ります。
Bタイプはとりあえず大声で「おかぁ~さぁぁ~ん!!どこ~~~!!」と叫ぶことができます。
私自身は完全にAタイプの子供でした。スーパーでお母さんとレジに並んでる最中「キャベツ忘れた!すぐ戻るからこのまま並んでて」と言われても待つことが出来ず、お母さんによく怒られていた記憶があります。
なので、大人になった今、街中でBタイプの子を見かけると不思議で堪らないのです。
先日、スーパーのお菓子売り場でお菓子を選んでいたところ、1人でいた5、6歳の男の子が「あ、それ美味しいやつだ」と私の選んだお菓子にコメントしてくれました笑。
びっくりしながらも「あはは、美味しいよね…」とあしらっていたら、遠くから男の子を呼ぶお母さんの声がして、男の子は「は~い!ここだよ!!」とスーパー内全域に行き届く大きさの声で返事をして走り去って行きました笑。
一体どうしたら、ああいう怖いもの知らずで積極的な子に育つのか…。私もそういう性格に生まれたかったです。
遺伝的なもので持って生まれた性格なのか、それとも2歳までの育て方や周りの環境によるのか、とても気になります。

1人で歩き回れるようになった2~6歳くらいの子供の性格について、昔から気になっていることがあります。
簡単に言うと「大人しい子供」と「うるさい子供」がいると思うんです。
「人見知りで引っ込み思案な子供」と「怖いもの知らずで積極的な子供」とも分類出来ます。
ずばり、これらの子供の性格はどのようなことが要因で別れるのでしょうか?
前者をAタイプ、後者をBタイプとします。
分かりやすく例を出すと、スーパーにお母さんと2人で買い物に来たとします。
お母さんにくっついて、お母さんとしか会話しな...続きを読む

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同じ親が育てても、兄弟では生活や行動に明らかな違いが出ます。子供と言えど人間ですよ、人間はこのように環境を整えて、こう育てれば、こうなるというような簡単な存在ではありません。
その子の持って生まれた資質も関係するし、家庭内には様々なパーソナリティが混在している。家族同士の相性というのもあって、親の在り方が子供にどう影響するかは、その時次第ですよ。時代性も多大に影響しますしね。


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