痔になりやすい生活習慣とは?

軍需産業の社員になるってのを聞いたことがあるんです。
が、あの時代、そういう会社に就職するためには何が必要だったのでしょうか?
今のそれと何か違う点はあるのでしょうか?
やはり金持ちや権力者や軍の大物の子弟などは社員になりやすかったりしたんでしょか?
また、軍需産業以外に全うに徴兵を回避する方法があったら教えてください。

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A 回答 (6件)

いろんな手段はあるけど…



俺だったら英語能力を完璧にして陸軍通信隊に動員される道を選びます

飯は食い放題!
仕事は米軍の通信傍受のみ!
部隊の70%は10代後半の女の子!

日本人の50%が農家だったんですよ。
軍需産業に入るのは専門学校や大学を出て技師になることです。
それには財力が必要です。現代でも変わりませんよ。
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船員になる


鉄道員になる
絶対に徴兵されない

指があろうが無かろうが目が見え耳が聞こえものが言え歩ければ誰でも徴兵されたが船員とてつどういんは徴兵されなかった
事務職は徴兵されたようです
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 後段のみ。


 制度上の話をすれば、召集延期制度、臨時召集延期制度、入営(徴集)延期制度、特別召集解除制度、召集要考慮制度なんてぇものがありました。後ろに行けば行くほどせっぱ詰まった次期に決められたものです。
 まず、召集延期は「軍需生産のため余人をもって代替しがたい重要なる者」の枠を陸相が決定し、その配分枠の中で名簿を作ってそのものを召集しない、というものでした。平時10万人規模でしたが、43年に40万人弱、45年には80万人強が指定されています。
 これは陸軍が策定していた動員計画に基づくモノで、その中でどんな産業の野郎を指定するかが決められていました。
 帝国議会議員や軍属、官吏(警官などを含む)以外だと、交通(ほぼ鉄道と海運って事ですが)・通信産業、軍需工場あたり。教師も一部入っていますし、珍しいところでは「兵事係」つまり徴兵の事務を担当する者も指定に含まれています。あとは皇宮警察官と消防夫なんてのも。

 臨時召集延期(44年~)は特定の兵器生産に携わる者-具体的にはほぼ特定の飛行機-の生産従事者の召集を免除するというモノ。
 延期制度(44年~)は徴集年齢引き下げに伴い、それで空く穴を最小限にするため、入営を延期させるというモノで、これは各年20万弱が対象となっているようです。
解除(43年~)は既に召集されている者で、前記産業関係者の動員を解除する制度であり約4万人が対象。
考慮制度(45年~)は、重要産業(農林水産業、航空機および地上兵器製造業、石炭鉱業、交通)に従事する在郷軍人の召集をなるべく行わない、というもので160万人が対象でした。これは残余の動員可能数の1/3を超える人数です。
#といっても、このころに至っては半分ぐらい本土決戦が念頭にあったっぽいですけど。

 ただし、これらの指定は実際の工員などでないと難しいですし、熟練工であると認められないと危険です。下手にそうでないのに指定していたことがばれると、即召集。リスティングした方も含めて、ですからかなりリスキーな手段でした。
 そして、偉いさんの関係者はやっぱり工員なんかにはならないものです。
http://oohara.mt.tama.hosei.ac.jp/rn/senji1/rnse …
http://mltr.ganriki.net/faq08k03.html#draft

 一番極端な例だと、陸軍批判をした海軍担当の新聞記者(竹槍事件で検索すると出てくるはず)。懲罰召集が行われるものの、海軍の横やりやら、陸軍内での派閥抗争なんかのあおりを受けて召集解除(動員中は本人が言っていますがシゴキなんかはそれとなく外される好待遇。訓練なんかも別のドウでもいい任務を命じられて実質免除)、さらに海軍の従軍記者ということにして再召集が防がれました。悲惨だったのが、あおりを受けて召集された人たちで、本来彼ごと送られるはずだった硫黄島で玉砕しています。
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歳をとることです。

40以上ならとられても、内地勤務がほとんどです。

あとは、軍属で陸士、各種学校、海軍兵学校、同各種学校のの先生になる方法があります。

自動車の免許もっていると、当時はそれだけで立派な技術者です。一般兵士よりはいろいろ楽でしょうし、内地では要塞工事など行っているので安心度が増すと思います。
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親に聞いたはなしでは、知り合いが警察官になって兵隊に行かなくてすんだと言ってました、


元々警官ではなくて衣料関係の職人だったのが仕事が無くなってきたために、警官になったので金やコネとはおもえませんが、実際に兵隊には行ってないそうでした
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軍需産業の社員でも、兵器開発に携わって、会社が軍に徴兵猶予の申請を行った社員しか認められていませんでした。

学徒出陣までは、大学生は徴兵を猶予されています。また、徴兵検査乙種合格の人も徴兵は猶予されていました。乙種は、結核罹病などの感染症、慢性疾患の患者や手足の欠損、聴力喪失、片目欠損なとが乙種合格となっていました。徴兵回避をする場合、頭が悪い人たちは、右手の人差し指を落とす人が多かったようです。
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この回答へのお礼

小指やしょうゆは合法的ではあっても名誉はなくなりますしあいつは逃げた腰抜けだって回りに永久に言われそうですね。
でも、軍需産業でも細かい規定があるようで。
となると2番さんの仰るように軍隊の中で安全な場所を探すほうが無難ですね。
わかりやすい説明ありがとうございました。

お礼日時:2009/08/30 10:52

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Q戦争に行かなくて済んだ人達って?

昭和10年代後半、大学生でさえ召集されたあの時代に五体満足で健康な20~30代の男子で
戦争に行かなくて済んだのはどんな人達なんでしょうか?
わざと徴兵回避して村八分になった人達を除いて召集されなくても
堂々としていられた人達の場合です

Aベストアンサー

『軍事板常見問題』のキャッシュより
http://mltr.free100.tv/index02.html
(現在、上記サイトの項目が閲覧できないので…)
http://www21.tok2.com/home/tokorozawa/faq/faq08k03.html#draft

【質問】軍に召集されなかった人には、どんな人がいますか?

【回答】旧日本陸軍に於いて、召集を担当するのは、各県にほぼ一つ配置された連隊区司令部です。この連隊区司令部で、参謀本部、陸軍省と言った中央が決定した動員計画に基づき、該当者を召集令状を作成します。
 これは、充員召集令状と言い、前年度に作成し、予め警察署に保管、動員令が下令されると発行するものです。
 また、中央とは別に、その地区を管轄とする師団から、戦死、戦傷、戦病などの要員で人員の不足があった場合、管轄地域で召集令状を発行しました。
 これを、臨時召集令状と言い、師団毎に随時作成されています。
 比率から言えば、日中戦争勃発後、後者の令状が多く発行されています。

 この発行の基礎資料になったのが、各市町村役場の兵事課から提出された在郷軍人名簿です。
 これには軍隊の経歴、召集回数、健康程度、家族関係、思想関係、治癒見込(病気の場合)などが記述され、このほか体格等位に徴兵検査の結果を記入、役種に兵役種類が記入され、更に特・分業、特有の技能が記入されています。

 充員召集令状を発行する場合、特・分業、特有の技能に注目し、中央が作成した動員計画の必要技能召集する部隊の練度、任務の軽重なども勘案して、召集を決定します。
 他に、体格等位、健康程度などを重視して必要兵を抽出していきます。
 海軍の場合は、更に思想関係も重要視されたようです。

 さて、召集記録の欄の末尾に「召集延期者」略して「召延」という朱印が押されると、召集対象外となり、召集令状は来ることがありませんでした。
 これには甲、乙と二つの区分があり、甲は絶対召集しない人、乙は人がいない時に初めて召集対象となる人です。
 この召集延期の制度は昭和2年から開始され、制度が年ごとに拡大していっています。
 ちなみに、この規定は、陸軍動員計画令(永年動員計画令)に記載されたものです。

 例えば、1943年当時の戦時召集延期者は以下の通りです。

1.侍従、侍医、東宮傅育官、皇宮警察官吏、皇宮警察部消防夫
2.陸海軍部隊に在職し余人を以て代うべからざる者、及び特種の雇用人、工員にして必要欠くべからざる者
3.鉄道又は通信業務に従事し、必要欠くべからざる者(一般国民対象)
4.船舶(50t以上のもの)乗組員にして必要欠くべからざる者(一般国民対象)
5.民間航空乗組員にして必要欠くべからざる者(一般国民対象)
6.国土防衛に直接関与する業務に従事し必要欠くべからざる者
7.陸軍大臣の指定する工場又は事業上に従事し必要欠くべからざる者(一般国民対象)
8.都道府県、地方事務所、警察署、市区町村の官公吏にして兵事事務を主管する者各一名(一般国民対象)
9.帝国外の地に於いて執務を執行する帝国官吏中、必要なる者、並びに外地最高司令官、朝鮮台湾軍管区司令官
10.帝国議会の議員
11.国民学校教員中必要なる者(一般国民対象)
12.上記の外、国歌総力戦遂行の為に緊要なる業務に従事する者にして、必要欠くべからざる者

 つまり、一般人は輸送、通信関係の職員、陸軍大臣指定工場技術者、兵事係などの召集業務担当者が全面的に免れ、教師も一部が召集対象から外れています。
 また工場の熟練労働者も対象となっています。
 但し、工場などに於いてその選出は各工場に任されていた為、工場幹部の親戚が事務屋として入っていて、召集延期者として選出させた事例もあります。
 この場合は、発覚すると即座に召集されるようになっていました。

 1944年からは、臨時召集延期制度が始まります。
これは、航空機工場、特に重点機種(疾風とか飛燕とか言った戦闘機、飛龍などの爆撃機)の生産従事者は全員この対象となって、召集を延期されています。
 また、これ以外の航空機生産従事者、交通関係従事者、鉱山技師、炭坑夫、造船関係従事者、特攻兵器製造従事者は、例え徴兵検査で入営することが決まっていても、一定期間その入営を延期する「入営延期制度」対象者となっています。
 この制度も1944年から開始されています。

 これより先、1943年3月からは、既に入営した人で、軍需生産に必要な人でなおかつ、「軍の統率、団結、軍の士気上差支えなき範囲内に於いて」召集解除し、職場に復帰させると言う「特別召集解除制度」がありました。

 また、本土の食糧不足が深刻化していた1945年には、根刮ぎ動員があった反面、「召集要考慮制度」というもので、軍需生産だけでなく、農林水産業従事者も対象にしています。

 これらの総数がどれくらいあったかと言うと、召集延期制度が、1941年には10万人程度だったのが、1945年には85万人、臨時召集延期制度は不明、入営延期制度は、1944年で20万人、1945年で6万人、特別召集解除制度は1943~45年で4。3万人、召集要考慮制度は160万人が対象となっています。
 戦時中の在郷軍人数は約500万人、召集要考慮制度を除くと、総数で115万人以上に上っています。
 また、充員召集計画で召集令状を発行されていたのに、その充員召集計画自体が取りやめとなった為、結果的に召集されなかった人も多かったようです。(眠い人 ◆gQikaJHtf2)

うちの母方の祖父。福井出身で戦争当時大阪にいた。
薬剤師だったので徴兵されずに済んでいた。(戦局が悪くなっても製薬する人が内地に必要だったので)

 休みの度に薬をたくさん持って福井に帰り、薬を配って換わりに越前米をもらう。
 ↓
 福井から船でまだ稲作技術が発達していない北海道へ渡る。
 ↓
 米を売ってお金に換えて大阪に戻る。

と、いうのを延々とやっていたそうです。(生活板)

『軍事板常見問題』のキャッシュより
http://mltr.free100.tv/index02.html
(現在、上記サイトの項目が閲覧できないので…)
http://www21.tok2.com/home/tokorozawa/faq/faq08k03.html#draft

【質問】軍に召集されなかった人には、どんな人がいますか?

【回答】旧日本陸軍に於いて、召集を担当するのは、各県にほぼ一つ配置された連隊区司令部です。この連隊区司令部で、参謀本部、陸軍省と言った中央が決定した動員計画に基づき、該当者を召集令状を作成します。
 これは、充員召集令状と言い、前年...続きを読む


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