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自殺者は地獄に行く者も多いが、自分が自殺したことに気づかず自殺行動を繰り返したり、地縛霊になったりもすると言っています。

自殺者が天国に行けるということになれば、世の艱難辛苦から逃れるために自殺者が増えるため、地獄に行くと宗教者がいうことは理解できます。

ですが、地縛霊うんぬんは理解に苦しみます。
なぜ自殺に関して、そのような複雑な独自の見解を取っているのでしょうか。

ご回答よろしくお願いします。

A 回答 (6件)

創価学会の者です。



人間は死ねば、その生命は大宇宙に溶け込みます。その姿は見えなくなりますが、生命そのものは、死後も厳然と存在するのです。そして何らかの縁に触れて、再びこの地上に目に見える形で現れる。そしてまた死を迎え、大宇宙に溶け込む。これを永遠に繰り返す、というのが仏法の生死観です。

自殺であろう何であろうと、同じ死でありますから、上記したような仏法の法則に変わりはありません。ただ、自ら命を絶つほど苦しんだ状況での死ですから、再びこの世に生まれた場合、その生命の状況を引きずって、苦しみの人生を送らざるを得ない。そういった意味で、地獄の境涯に陥るとは言えます。しかし、そういう運命も、「南無妙法蓮華経」の大法により転換はできます。もっともこれはここでの主要テーマではないので、軽く触れるに留めます。

ところで、人は死ねば「地縛霊」とか、霊魂となっていつまでもフワフワことこの地上をさまようといった考えは「常見」といって、仏法では否定します。また、「死ねば人間の生命はおしまい、永遠に続くことはない」という考えは「断見」といい、これまた仏法では否定されます。

「常見」でもなければ「断見」でもない。死を迎えれば人間の生命は、大宇宙の大生命に融合する。そして縁に触れ、再びこの地上に姿を現す。こう捉えるのが、いやしくも仏法を実践する者の務めであるはずです。
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般若経にあるように色・心不二(肉・霊不二)ですから自身の肉体が死んでも自身の霊が同じ行動をとる場合が多いということでしょう。


肉体や脳が自分だと思っている人は物理的な死の後も自身が存在してますので死んだと思えないのでしょうね。死にたいわけですから何度も同じ行動に走るわけですね。
般若経は仏教でも高僧しか理解できないものです。仏教が霊を説いていないのではなく、仏教の初心者には混乱を避けるために霊的な教えを説かないというのが仏法の教育手順ですね。
また、例え自殺霊でも高僧が諭せばさほどの時間なく成仏しますよ。私も多少の経験ありますよ。でもそういう人少ないからね。そういう観点では、まっとうなことおっしゃってると思いますよ。
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釈尊はいの一番に霊の話をしないといわれました。

毒矢経。

仏教を知らない人は霊の話をしますが、大川さんもそうでしょう。仏教徒でも何でもありません。ですので仏法で無いので彼独自の考えです。

個人的な考えは仏教でも哲学でもないので論じるのは無駄と思います。
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>>ですが、地縛霊うんぬんは理解に苦しみます。


なぜ自殺に関して、そのような複雑な独自の見解を取っているのでしょうか。

大川隆法氏の自殺者の霊のゆくえの調査結果がそうだったからだと思いますね。一応、理由づけをするならば、「自殺することによって、家族や周囲の人の未来がどんなになったかを本来の自身の寿命が来るまで見届けて、自殺がどういう結果を導くか?を学ばせるため」ではないかと思います。それで地縛霊になったり、遺族にまとわりついたりするわけですね。別に理解に苦しむようなことではないと思いますよ。

ちなみに、ここ数ヶ月の間に、身近な人が2人亡くなりました。通夜・葬儀に同席した霊感のある友人が、亡くなった2人が三途の川を渡り、その先に行く光景を霊視して、語ってくれました。生前、みんなと仲良く暮らしていて、眠るように亡くなった方は、天国への道が待っていたそうですが、周囲から嫌われて、死に顔がとても怖かった方(目が落ちくぼんで骸骨みたいだった・・・)は、「地獄へ直行の道」と「閻魔様の前で裁判をうけて反省させられる道」の2つがあったとか。

「反省もしないで地獄へ直行なんて安易な道は許さん!!」と、その霊感ある友人は、生き霊となって、地獄直行コースに立ちふさがり、閻魔様のいる道に誘導したそうです。

P.S.
仏教では、源信の「往生要集」とか、天台大師・智顗の「一念三千」など天国・地獄の話は昔からありますね。釈迦がピパラの樹で禅定して悟る直前に、魔の攻撃を受けて、これを撃破していますので、当然ながら釈迦も地獄(と天国)の存在を認識していたはずですね。
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無限地獄に陥るというのは、よく言ってたと信者さんの書き込みからわかりますが、、、、


自殺者じゃなくて、私のようなケラケラケラって話を聞いて笑い飛ばす人は無限地獄行きらしいです・・・苦笑。


自分は宇宙人だ、前世はイエスだったし仏陀でもあった、アトランティス文明では祭司の仕事してました、突如幻聴が聞こえて自分が誰か聞かされました、というこの人は、もともと商社マンなんです。
ビジネスにおいては才能がある。
これだけは私も認める。商売の才覚は確かにある。



で、日本は随分前から交通事故で死ぬ人の3倍もの数の自殺者がいるとなりましたよね。
ある時を契機に。

先見の目があったようで、これを商品にしたら売れるとにらみ自殺防止活動を展開しだしたと思えます。

恐らくどっかから情報を仕入れたのではないかと。
交通事故死が減らない。これを減らしたら、すごいことをやった人になれる、ではどうすれば交通事故死を減らせるか ということを考え付いた人の情報を入手し、これは成功率が高から 必ず展開すれば、儲かるとなったんじゃないか と。
本人には天から声が聞こえそういう内容だった という自覚かもしれませんが、実際は情報がどっかからか入ってきたんじゃないか と。


国から予算が出ますよね。
使いきらないと来年度は減らされるって、年度末になると 途端にあちこちで工事してますが、運輸省だか交通省だか知りませんが、そこだって予算を多くとった方が規模がでかくなり、そのトップは他の部門より偉い人になっちゃうわけです。

交通事故を減らしてみせるから、予算がっぽりくれ といっても実際減らしてみせないと、成果が出無いと削減されるじゃないですか。
「そうだ! 交通事故死が減ったとなれば、すごいことをやったと認められて、予算をがっぽりもらいつづけられる!」そう考え付いた人の情報が、この教祖様に入ったんじゃないか と。


先物取引といいましょうか、、、勝負に出た。
世間を騒がせ評判ががた落ちし、信者離れがものすごく低迷が続いたので、ここで一気に名誉挽回作戦に出たのではないかと。
商売の才能がある人は、何度失敗してもへこたれずにビジネスチャンスをものにしようとする。
強気じゃないと、多くを稼げませんから。
商売人ってのは、カンで「ここで一万株売りだ」とか大勝負をする。
カンがハズれて1億損しても、ぜんぜんへこたれない。
大きく出ると損失もすごいが、当たったときは 巨額の富を得られる。
パチンコやめられないー と同じ心理。



人の不幸の上に立ち稼ぐというビジネスは売れるというカンが働いたのではないかと。
商売人ですから。
ヒットして稼げたのかどうかは別として、一応自殺防止活動をする宗教団体って表面上はなりました。




で、、、、どうして突如、自殺者が交通事故死の3倍になったのか、この人は知った上でビジネスを展開しているとしたら悪質。


ある年から、交通事故で死亡しても24時間以内に死亡しなかったら、交通事故死とカウントしないって決まりになったんです。


24時間と1分すぎて死んだら交通事故死に入らない。
交通事故により内臓が機能しなくなり、内蔵が機能しなくなったので、病気により死亡ってカウントになる。

ある年からそうルールを変更したので、突如目だってしまったわけです。
もし 交通事故で3日後に死亡したら交通事故死として計上されていたものが、病死って変更になったことにより、交通事故死の3倍も自殺者がいるってなった。
交通事故死が減った分、自殺者が増えたように見かけが変ったわけです。

2.5万人くらいから3万にになったと騒ぐが、交通事故により不自由な生活になって自殺した人は、自殺にカウントされる。
交通事故で身体が不自由になり、担ぎ込まれた病院でリハビリしても一向によくならず、その病院から飛び降りる人が結構いるそうです。
交通事故が原因ではなく自殺にカウントされます。


そういった仕組みをわかった上で、世の中に突如自殺者が倍増し、苦しんでいる人がいるから、自分が書いた本を読んでもらいえば自殺衝動は止るから本買ってってのは、すごいビジネスだと思います。


死なれたら本売れないじゃないですか。
死のうとしている人こそ顧客。
自殺を考えている人に信者になってもらうには、その人の考えを否定せず、「でもね 別な考え方もあるよ まあ この本読んでみてよ 我々はあなたのように自殺を考えている人の見方ですから。無料であげます。えっと名前と住所教えてくれたら他の本も送ります。」ってなって、会員数を獲得した幹部は、昇格してボーナスが出るわけです。

どの種類の顧客をがっちりつかむか。
この宗教は自殺を考えている人たちを自分達の顧客、消費者にしたわけです。
その大事なお客様を獲得するために、「ちょっとまってー」って呼び止めるわけです。


他の顧客は他のビジネスが手をつけているので、手をつけていないのは自殺を考えている人。
自殺を考えている人の中には本当は生きたいって思っているわけで、そのニーズに応えてサービスを提供するってわけです。


で、考えてみれば、不幸に漬け込んで稼ぐ商売ですよね。

ある探偵会社の社長は「忘れるな。我々の商売は人の不幸に上に立っているんだ」って言っているそうです。
宗教の布教者も「人の不幸により稼がせてもらっている」という謙虚な気持ちになれば、元信者と現役信者による血みどろの戦いってのも無くなると思うんですけどね。
顧客じゃなくなると 途端に冷たくなるって、、、まあ ビジネスですから買わない客には冷たくするってのはわかるんですが、、、なんだかなぁ・・・・


確かコラージュされた教祖様のお写真が1枚100万円だとか。
死ぬ前に財産つかいきってね それから死んでも遅くはないよ ってことでしょうか。
確かにあの世までお金もっていけませんからね。


確か裁判を起こされ負けて寄付金を返還するように裁判命令が下ったのもこの宗教だったと思います。
でも どっちもどっち。
お金で一時的な夢を買ったわけですから、キャバレーから出た途端、払った金返せよって顧客の態度もどうか と。

まっ そんなわけで ビジネスです。
自殺志願者は彼らにとっては顧客・消費者。
お客様ですからサービス サービス です。
「自殺者は地獄に落ちる」って言っちゃうと、顧客に対してサービスを提供していないことになる。
これじゃ 財布の紐が硬くなります。
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本来天国と地獄という概念はキリスト教やですからね


神道では天津国 ヒンドゥー教ではデーヴァローカ  北欧神話ではアースガルズ
仏教は本来天国と地獄という概念を持たないんですが(そのかわり六道があります) 一応極楽浄土が天国にあたいするかな?

んで大川さんですが幸福の科学でしたっけ? はいろんな人とのチャネリングしたましたからね 一応ベースは仏教らしいですけど
なんでって言われると本人に聞かないと分かりませんね
彼独自の理論があるんでしょうね
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