
努力(仕事・勉強・進学・資格取得・就職・試験合格・ワーキングプア脱出・趣味の技術なんでもいいです)は「必ず」報われると力説することは厳しさでしょうか?
そう思っている節のある人がたまにいるんですが。
1.努力は絶対に報われない
2.努力が報われるとは限らないが、努力しなければ報われない
3.努力は必ず報われる
取りあえず努力の方向性の話(何を行うか)や大器晩成型や、現代日本社会は1~3のどれかというのはおいておいて。
この三つだと、3が割と楽観的な感覚で、次に2、1となると思います。そうなると厳しい視野というのは1,2,3の順な気がするんですが?
No.14
- 回答日時:
人間の心理を良く分かった上での話をしないと分からないと思いますので、少し人間の心理或いは心の構造を書いてみます。
人間には「意識」する自分の心が有ります。是は左脳の機能です。是は言い方を変えたなら「分別心」という事になります。期待する心、計らって計算ずくで生きてゆこうとしている心の事です。物事を論理的に割り切ってゆく機能の事を言います。その機能の極め付けが「有限」の世界しか認識できない事です。何故ならば割り切れることを有限という約束が出来ているからです。従って自我意識は有限の壁からは出てゆけないという機能的な制約が有ります。
処が人生には割り切ってゆけない問題が付いて回ります。「誰も明日の事が分からないという問題や、感情や、疑問に思う事がら」等々です。これ等には分別する機能では解く事が出来ない問題が含まれています。
明日の事は確定していない事ですので、計算できない部分が含まれています。感情は自我意識の自由には出来ません、何故ならば、感情は環境が決めている事であって、自我意識の計らいでは自由にはならないという事になります。そうして疑問には未知な事が付きまとっているために計算の土台そのものが揃っていないためです。
処が人間は生を受けた以上、流れれゆく時間の中で、立ち止まる事は出来ません。割り切れない問題でも振り掛かってくる事が有るという事です。
処が人間が生きてゆくために自我意識の他にもう一つの心が備わっています。分かり難い形で存在しています。それは無意識の意識として、或いは潜在意識の意識として右脳の中に一つの独立した人格として存在しています。命そのものを働かせるという役割を担っています。心臓の速さでも、呼吸の速さでも自由に変える事が出来る存在です。
心が無いと思われている昆虫や動物にも備わっているものです。それは命そのものの働きとも言えるかと思います。生まれて直ぐに何も習わなくても乳首を吸って泣いて自分を訴える者の事です。この事が分かっている場合と、分かっていない場合には「自ずと答えは違ったものになります」
今言った事が分かっていた場合には 3.努力は必ず報われるという事になります。何故なら分かっているからです。世の中を動かしている原理原則が分かっているという意味になります。
先に言った事が分かっていない場合には、1.努力は絶対に報われない という事になります。調子はずれな生き方をしているという事になります。
先に言った事が半分分かっていた時に、2.努力が報われるとは限らないが、努力しなければ報われない という事になります。
やっている努力が成果に結び付いているか、いないかはその人が分かってやっているのか、或いは分かっていないかでかなり違う結果になるともいえます。
No.13
- 回答日時:
少し視点を変えて申し上げることになるのかもしれませんが
報われるとは、「それに見合うものが返ってくる」ということでしょうか。
では、「見合う」とは、なんでしょう。
あるいは、自分の予想や期待に関係なく「見合う」のでしょうか。
それなら、「必ず報われる」というよりは、「必ず報いは ある」と言ったほうがいいでしょうね。
そうすると、「割と楽観的」どころか、場合によっては大変厳しい、ときに恐ろしいまでの意味合いが含まれてきますね。
また あるいは、自分の予想や期待に「見合う」、でしょうか。
それなら、「必ず報われる」というのは、励ましであると受け取っておくていどでいいでしょう。
「絶対に報われない努力」なんていうのは、やはり、あり得ないんじゃないでしょうか。考えても しょうがないのではと、私も思います。
「やってやれないことはない、やらずにできることはない♪」てな陽気な歌を、遠い日に、おさな友だちに教えてもらったことがあるのを思い出しましたけれど。。。
ここでは「努力の方向性の話(何を行うか)」などは置いておいて、ということですが、
むだな努力には早く気づく努力も しなければならない時期があるようですね。
「好きこそ、ものの上手なれ」って言いますし、好きなことに関する努力は楽しい苦労とも言いますが、適性を見分けることの重要性も無視できないことだと思います。
努力しても努力しても、自分の予想や期待に、ちっとも見合っていなかったとなると、むだな努力であったと落胆し、それが長期間に渡ったり、または、何度も繰り返されてしまうと、「負の記憶」が積み重なってしまいます。ここから来る心理的影響と負担は軽視できない場合もあるようで、酷いときには、人格を歪めることすらあるそうです。
これを回避するとき言われるのが、「失敗を生かす」ということになるのでしょう。
それが できたなら、結局のところは、やはり「報われた」ということになるのではないですか。
しかし、むだな努力であったと気づいたときには、もう次がない、再起の余地が残されていなかったとなると、最悪、一生涯が、むだになってしまいますから。ある意味、人生は賭けのような面を持つと言われるゆえんでしょうか。
でも、それで納得して世を去れるのなら、
気づくためには、結局のところ一生涯分もの時間を かけなければならなかった、そういう自分に過ぎなかったのだ、と気づくということですね。
No.12
- 回答日時:
報われるの意味ですが最初の目的を達成できると言う意味でしたら2でしょうかね。
東大受験を目指して猛勉強、猛烈な努力をしても合格する人はごく僅か。
合格できなかった人は報われないと考えれば2ですが勉強の後では根性や学力などが大きく向上している筈ですから人間的に一回り大きくなっているでしょう。
その意味では3も正しいかと思います。
好ましいのは2ですが結果3になったとしても無意味だとか虚しいとか考えないで前向きに生きる方が遥かに有意義ですね。
そういった可能性を示唆する事は思いやりに溢れた方だと思います。
1を主張する人は厳しい人生を歩んで来られたか非常にイジケタ性格かと思いますね。
No.11
- 回答日時:
この質問を読んで河合隼雄の本にこの質問のような話があったなと思って調べてしまいました。
『こころの処方箋」という本の88ページに
「ものごとは努力によって解決しない」という表題のエッセイでした。
これで行くと努力は必ず報われるということはおかしいんじゃないかといっています。
引用します。
「人間が自分の努力によってなんでも解決できると考えるほうがおかしいのではないか、と思い始めた。このように考えると気がついたことは努力しても解決がないと嘆いている人は「自分の努力が足りないからだ」と不必要に自分を責めたり「こんなに努力しても解決しないのは、××が悪いからだ」と考え、他人や組織やいろんなものを憎んでみたり
(略)「努力によって物事は解決する」という考えのために自らを不必要に苦しめているのだ。」
ということだそうです。
で冒頭の文はクリシュナムルチの言葉なんだそうです。
私も「努力は必ず報われる」というのは
うつ病の人に「がんばれっ」て言うのがいけないのと一緒で、
時と場合を選ばないとひどい言葉だと思います。
No.10
- 回答日時:
NO.7 です。
貴補足で私の思いがずれて伝わったような気がしましたので、もう少しこちらも補足させていただきます。この質問内容が最初よりも少しはっきり理解出来てきたように思いましたので。
>努力は「必ず」報われると力説することは厳しさでしょうか?
私はこの意味がいまだにすっきりと理解できていないのですが、回答者の皆さんはそうでもないようですね。
>努力は「必ず」報われると力説する
こういう行為をするひとAが、それを受けて聞く人Bに対する心情として
厳しさがある のかどうか?ということなのでしょうね。
そう考えるなら(私が前回書いたように)、Aは自分が勧めるそういう行為で相手Bに必ずしも実質的な成果を期待しては居ないだろうが、ただ、そうすることでBがそれを信じて努力を続けるだろう。それはとても厳しいことには違いないのだが。
私はそういう解釈を書いた積りです。
質問者様はそこに「励まし」を感じられたのでしょうか。それとも
上記の解釈とは独立してあると考えて回答した次の3択の結果をそう言われたのかもしれませんが。
>中立であるべき場で偏った文章を投稿してしまったようですね。
これで質問者様の仰りたいことが分かりかけた気がします。
質問はこう書くべきだったのではないのでしょうか。
>努力は「必ず」報われると力説する ひとの本心はどうなのでしょうか?
自分でもそれを信じているのでしょうか?それとも
信じてはいないけれど、厳しさを含ませてその方向が人間にとっては好ましいからそう言っている(だけ)なのでしょうか?それとも、全く信じていず、相手が信じることも期待せず、ただ形だけの言葉を言っているだけなのでしょうか?
上記は、私自身がこのご質問を自分に理解させようとしているだけなので、スルーしていただいて結構です。
私はここまで書かないと理解出来ないのです。まだもやもやは晴れませんが。
No.9
- 回答日時:
>厳しさでしょうか?
いやいや、優しさです。努力をすれば「必ず」報われる、と言うのは黄金則なので、こんなに確実で素敵なことはありませんね。失敗しても成功しても、努力をしたことによって、人は必ず何かを教わります。ですから、無駄になる努力は存在しません。その教わった何かを手に入れたことを、報われたと言います。報われた人は、幸福になれる可能性が断然高くなります。
ところで不可解なことに、経験則によると、人は成功した時よりも失敗した時の方のが、より多くのことを、より深く教わります。何でそうなのでしょうかね。失敗する場合の方が成功する場合よりも遥かに多いというのも経験則ですね。きっと、この失敗の可能性が多いと言う事実は、人間は努力するという、たったそれだけのことで、この失敗を通して幸せになる機会を多くすることが簡単に出来るという、幸運な世界にたまたま我々は住んでいると言うことなのでしょうか。その理由は良く分かりませんが、この経験則は、人が幸福になる方法を具体的に教えている点で、黄金則の名に値するのです。
No.7
- 回答日時:
>努力は「必ず」報われると力説することは厳しさでしょうか
? 質問者様はこう仰りたいのでしょうか?
努力は「必ず」報われると力説することは、例えば、宗教などにおいて絶対出来るはずもない高邁な目標を掲げるようなものであり、言った人はそれを知っていながら、ひとをその方へ希望を持たせて進ませるためにあえて言っているのではないでしょうか?(=厳しさでしょうか)
>そう思っている節のある人がたまにいるんですが。
質問者様は具体的なお答えを持っておられるようなので、これ以上はあえて突っ込みません。
仮定ばかりで、ずれてきていればスルーしてください。
次の3択では一般に(2)が常識的ですね。
いずれにせよ「努力」の内容が問題です。
世に「絶対」は存在しません。
この回答への補足
なるほど。「いつかかならず」とは励ましかもしれませんね。
中立であるべき場で偏った文章を投稿してしまったようですね。
すいません。
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