久米田康治の絵の変化
久米田先生の「かってに改蔵」をみてると、突如、絵が変化しました。
漫画を描いてるうちに絵が上達していき、結果、絵が変わる とかいうレベルじゃないです。極端にです。
改蔵の整った綺麗な描き方から一転、どこか立体感を失ったような絵です。
早い話が、絶望先生の絵です。
どうしてこんなに極端にかわったのでしょうか?
知っている方、よろしくお願いします。

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A 回答 (2件)

久米田先生の場合は作業の効率化なんかが大きな理由だと思いますが、


20年も絵を描いていればあのくらいは普通に変わりますよ?

あまりにも急激に絵柄が変わった瞬間などは、
アナログからデジタルに以降したとか、そういう理由があるんじゃないでしょうか。
自分もアナログとデジタルとでは雰囲気がさっぱりと変わります。
同じデジタルでも、ソフトや周辺機器を変えるだけで絵柄が変わることもありますしね。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

自分は1~19、22~26を持っており、20、21の間に変わったと分かりますが、前の絵(というか、変わったのは目のみ?)の方が好きです。22からは目も変わり正面からの絵では鼻もあんまり描かなくなりましたよね。


僕は早く作業がしたいから絵を簡単にしたように思っていました。
改蔵の、制服の時には常備していた鎖も変わりましたしね。

お礼日時:2010/09/05 13:50

南国アイスホッケー部をご覧下さい。


こちらもかなりのものですよ。

そういうタイプの漫画家なんじゃないか…としか言えません。

バスタードの作者も
途中から絵柄が顕著に変化してます。

なにかしら影響を受ける様な作家に出会ったか、出来事があったか…

本人にしか判らないと思います
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
改蔵も最初はアイスホッケーのような絵でしたよね。

>バスタードの作者も
途中から絵柄が顕著に変化してます。

すいません、知らないです。
本屋で見かけたら読んでみようかな。

お礼日時:2010/09/05 13:43

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Q映画と精神分析との共通するところ

お世話になっています。


映画と精神分析が共通しているところがあるのが、
共通するところがあるとしたら、どこにあるのか、
というより、精神分析と映画とは、同じものではないのか、
という疑問にどなたかお答えください。


下記のようなページをみつけたのですが、
「映画と精神分析は同級生」http://www.akuzawa.net/?p=2031
誕生した時期が同じとの指摘があるばかりです。

ベラ・バラージュの「視覚的人間」(岩波文庫)を読んだときに、
カメラの視線とは、そのまま精神分析による第三者の視点である、
ということが書いてあったかと記憶しています。


私がお聞きしたいのは、
「精神分析を扱った映画」でもなく、
「映画を精神分析で批評する」ことでもなく、
同じ時代に生まれた両者の共通する土俵というか、
思想史的に共通する幹のようなものを教えていただきたいのです。

よろしくおねがいいたします。


Aベストアンサー

いまのわたしたちは映画を見ることがもはやめずらしいものでもなんでもなくなり、映画館で見ることすらまれになっています。そのため、映画が登場したとき、いったいどのような衝撃を人びとに与えたのか、理解することが逆にむずかしくなっています。

けれども、映画誕生からほどない時期のベルクソンの『創造的進化』から始まって、バルトやラカン、ジジェクなど、非常に多くの思想家が映画について、考察し、言及しています。つまり、それくらい「映画」というのは、わたしたちのものごとの見方を根本から変えてしまったものだったといえるでしょう。

それを知るためには、そもそも映画というのはどのようなものなのか、ほかの、たとえば小説や、写真や、絵画とどのようにちがっているのかを、もう一度考えてみることが必要かもしれません。

たとえばベンヤミンは『複製技術時代の芸術作品』のなかで、

「人間の歩行について、大まかにではあれ誰でも説明できるのが、通例だとしても、足を踏み出す何分の一秒かの瞬間の動きについては、ひとはたしかに何も知らない。ライターや匙をつかむおなじみの動作について、ぼくらは大まかには承知しているものの、そのさい手と金属とのあいだに本来どういうことが生じているのかは、ほとんど知らない。まして、ぼくらの心理状態の差異に応じてその点が堂微妙に変化するかなど、分かってはいない。こういうところにカメラは、そのすべての補助手段――パン・アップやパン・ダウン、カット・バックやフラッシュ・バック、高速度撮影や低速度撮影、アップやロング――をともなって、介入してゆく。精神分析によって無意識の衝動を知るように、ぼくらはカメラによって初めて無意識の視覚を体験する」(p.176-177 野村修訳「複製技術時代の芸術作品」 多木浩二『ベンヤミン「複製技術時代の芸術作品」精読』所収)

と、映画による映像というものがどういうものであるか、精神分析とパラレルな関係にあるものと位置づけて、読み解いていきます。

では、どうして映画はこのように

> 精神分析による第三者の視点

として語られるのでしょうか。

このご質問には、以下の文章が参考になるのではないかと思います。

「映画を見るときに、われわれは映画館の闇のなかに座る。すると、われわれの背後から一筋の光が投げかけられて、それが前方のスクリーンに実物大の、いや、それ以上の大きなイマージュを投影する。そして、そのイマージュは、運動するリアルなイマージュであるのだが、しかし現実にはけっしてありえない仕方で断片化されており、その断片がモンタージュされているのである。

 こうしたイマージュの投影の一切は、実は夢に似通っている。つまり、夢が、闇のなかでわれわれの無意識という背後の光源が投影するモンタージュされたイマージュの連なりであるのと同じ構造を映画は備えている。映画とともに人間ははじめて、夢というみずからの無意識の秩序と共延長的なメディアを確立したのだとも言えるのだ。(…略…)

映画を見るとき、われわれは、あたかも無名の誰かの夢を、無名であるがゆえにまたわたしの夢ともなりうるような夢として見るのだ。そこには、夢の分有という無名のコミュニケーション、ほとんど神話の生誕にも比すべき、無名の共同性の出現がある。すなわち、映画が夢であるとしても、その夢は、現代の社会におけるある種の共同性に裏打ちされた神話性の誕生としての夢なのである。」(p.118-119 小林康夫「映画」『哲学の木』所収)

以上、何らかの参考になれば幸いです。

いまのわたしたちは映画を見ることがもはやめずらしいものでもなんでもなくなり、映画館で見ることすらまれになっています。そのため、映画が登場したとき、いったいどのような衝撃を人びとに与えたのか、理解することが逆にむずかしくなっています。

けれども、映画誕生からほどない時期のベルクソンの『創造的進化』から始まって、バルトやラカン、ジジェクなど、非常に多くの思想家が映画について、考察し、言及しています。つまり、それくらい「映画」というのは、わたしたちのものごとの見方を根本から変え...続きを読む

Q久米田康治さんについて

久米田康治さんは
「さよなら絶望先生」の中で様々な社会風刺を
描いていますが、
その理由は何だと思いますか?

また、「薬局ネタ」というものも登場しますが、
これはこういう言い方は失礼なのですが、
ただ茶化したいだけだと思いますか?

Aベストアンサー

社会風刺は絶望先生の中でというより
アイスホッケー部の後半ぐらいから出てきて
かってに改蔵などでも作風の一つでしたし
いろいろいいたいことがありそれを作品のネタにする
というのがもう彼の作品作りのあり方、だからじゃないでしょうか。
社会ネタをいじるのが好きとか主張したいことがあるとか
ネタとして作るのが楽しいとか。
時事ネタ、社会風刺、絶作品や作家いじり、メタ発言
そういうちょっとブラックで皮肉の利いたギャグ、が彼の作品の持ち味では。
せっかち泥棒でも風刺的なネタはやっていましたし。

ただいつも思うのは細かい時事ネタが多いから
たとえば発行から時間が経って誰かが初めて読んだ時に
意味がわからない人も多いのではないかなーとは思います。

ドラゴンボールみたいに、今読んでる人の子どもが読んで
面白いかどうかは微妙かと。

有名な作品いじりならまだしも、同雑誌掲載漫画、程度だと
その作品を読んでいない人にはちんぷんかんぷんでしょうし。

薬局ネタはなぜでしょうね
2000年中頃から脱法ハーブが聞かれ始めたり、芸能人
それも破天荒なロッカーや、作者読者がピークを知らない世代ではなく
知っている元アイドルや歌手の逮捕なども聞かれるようになった時代だった
というのもあるのでは。

時事ネタが好き、いろいろ突っ込みたいところがある、というのはあるのでしょう
茶かしたいだけというか
風刺がチャカしながら批判したりツッコミ入れるようなものでしょう?
あとわかる人との共有というのも一つの楽しみですね。風刺や引用というのは。

本人はスポーツも恋愛も描くの不得手だったといっていますし
作中で少しずつ風刺や時事が増えていっていますから
作品として作ってるうちに得意なほうへ落ち着いた部分もあるのかもしれませんが。

社会風刺は絶望先生の中でというより
アイスホッケー部の後半ぐらいから出てきて
かってに改蔵などでも作風の一つでしたし
いろいろいいたいことがありそれを作品のネタにする
というのがもう彼の作品作りのあり方、だからじゃないでしょうか。
社会ネタをいじるのが好きとか主張したいことがあるとか
ネタとして作るのが楽しいとか。
時事ネタ、社会風刺、絶作品や作家いじり、メタ発言
そういうちょっとブラックで皮肉の利いたギャグ、が彼の作品の持ち味では。
せっかち泥棒でも風刺的なネタはやっていましたし...続きを読む

Q精神分析医と精神科医の違い

こんばんは!
ふと気になったので質問します。
精神科医と精神分析医の違いは何ですか?
精神科医はpsychiatrist といい、精神分析医は analystと言いますよね。よく、洋画などで見るカウンセリングを受けているシーンは分析医なんでしょうか?
「アナライズ・ミー」(ロバート・デ・ニーロとビリー・クリスタルが出演)はビリー・クリスタルは精神分析医ですよね?
「グッド・ウィルハンティング」のロビン・ウィリアムズは精神科医ですよね?
「Mr.and Mrs.Smith」のは精神分析医ですよね?

日本では、精神分析医とあまり聞かないのですが、これは精神科医ということなのでしょうか?日本には精神分析医はいないのでしょうか?

この二つの職業、どう違うんでしょうか?

Aベストアンサー

http://mmh.banyu.co.jp/mmhe2j/sec07/ch098/ch098d.html

Qかってに改蔵の絵柄について

1話読みきりの漫画なので、4巻、17巻、18巻と読みました。そこで気づいた点なのですが、絵が巻が進むにつれて下手になってはいないでしょうか?6巻あたりは髪の毛の本数や服のシワの数が多いのですが、18巻になると髪の毛は一筆書きでサラッと描いたような、服のシワも直線的になり、手抜き感が感じられるのです。

普通、漫画家って単行本が進むにつれて絵が上手くなりますが、こんなケースは初めてなので質問してみます。

一体何故、絵柄が退化したのでしょうか? (かなり失礼ですが、自分はそう感じました。)

たしか作者はかってに改蔵からパソコンで描きはじめたそうです。それに伴い絵柄も変わったのでしょうか?

Aベストアンサー

 1991年から少年サンデーに連載されていた『行け!!南国アイスホッケー部』からの読者です。

 この作者は、この漫画の連載中でも激しく絵柄が変わっています。(参考URLに連載初期の頃が見れるサイトを載せますから、自分の目で見てください)

 この頃の絵柄から考えると、現在の絵柄は「同じペンネームの別人が描いてる!??」と思えるぐらい激しく絵柄が変わっています。

 漫画の絵には、「線を少なくしてシンプル見せるのが一番いい」という考え方があります。
 この作者の久米田康治さんも、それを実践していったのかもしれません。
 まぁ、単に同じような絵柄を保つのが苦手なのかもしれませんが…

 この作者に限っては、デビュー当時から絵柄がコロコロ変わってます。
 今に始まった事ではないので、大目にみてあげたらどうでしょう。

参考URL:http://websunday.net/museum/no07/no07.html

Q精神分析はどう役立つか

精神分析を受けたことがありますか?

受けてみてどうでしたか?

困っていたことは何ですか?
それがどんな風に改善されていきましたか?

精神分析はどんな悩みに効果がありますか?

悪意回答、ご遠慮ください。

Aベストアンサー

日本では精神科はハードルが高いですね。
欧米、特にアメリカでは内科と精神科のホームドクターを決めているのが一般的ですが、日本ではまだそこまでは行っていませんね。
 我が家は、個人的な付き合いもあり内科と精神科のホームドクターが決めてあり、気軽に相談できます。親や子供に欝が疑われるときなどは何度か訪問しました。精神分析と言っても他の診療科と異なり道具はありませんから、なんとも心もとないですね。でも、質問の手順などはお医者さんそれぞれの流儀があるようで、何気ないような会話を繰り返していって診断して行きます。・・・それが診察????・・・・てな感じです。
 精神分析は本人がその病気の原因を理解して改善させることを目的としていますが、現在は精神分析だけが単独で使われることはほとんどありません。あくまで薬物治療の補助的な位置になっているようです。
 精神の病は、・・・症と言われる軽いものから、・・・病という病気まで色々ありますが、家族なり自身で早く気がついて診察を受けるのが良いでしょう。私の場合はいずれも、薬で治療がされ「寛解」にいたりました。

Q漫画を描くタブレットでいいのを教えてください! 7月に誕生日なのですが誕生日に絵が好きなので漫画が描

漫画を描くタブレットでいいのを教えてください!
7月に誕生日なのですが誕生日に絵が好きなので漫画が描けるタブレットが欲しいと思っています。
性能がよくても高いものがたくさんあって誕生日には買ってもらえなさそうなので安くて描きやすいタブレットを教えてください。

Aベストアンサー

ワコムのCTL-490/W0はいかがでしょう?
7500円くらいでペンタブの中ではかなり安い分類かと思います。
この価格帯ならオススメです!

Q精神分析療法の「治療」のメカニズム

まず、精神分析療法では、本人を抑圧している「無意識」を「意識化させる」ことが治療方法であると理解しました。(私のこの理解そのものが間違っているのかもしれません。だとしたらご教示下さい)

しかし、何故これが心の病の「治癒」に結びつくのかが判らないのです。

原因が判って「よし、じゃあこの問題を解決しよう!」(例:私のテストの成績が悪いのは何故だろう→原因は勉強していないからだ→よし!勉強しよう=解決)となるのであれば「原因を探すことが治癒につながる」ことが判らなくはないのですが、精神分析療法では、心の病の原因を、主に幼児期の親子関係に求めます。これは、「今となっては」どうしようもないことなのではないでしょうか。原因が判ってもそれが「どうしようもないこと」であれば意味はないのではないでしょうか。

そもそも、精神分析の治療の根幹は「問題の解決」ではなく「問題の原因の自覚」にあるのでしょう。繰り返しになりますが、これが何故「治療」につながるのかが判らないのです。

なお、精神分析療法はエセ科学として批判が厳しく、現在の日本の臨床では殆ど行われていないことは存じています。しかし、それはそれとして、「精神分析の立場からは」無意識の意識化が治療に結びつくメカニズムをどう仮定しているのか、ということを知りたいのです

まず、精神分析療法では、本人を抑圧している「無意識」を「意識化させる」ことが治療方法であると理解しました。(私のこの理解そのものが間違っているのかもしれません。だとしたらご教示下さい)

しかし、何故これが心の病の「治癒」に結びつくのかが判らないのです。

原因が判って「よし、じゃあこの問題を解決しよう!」(例:私のテストの成績が悪いのは何故だろう→原因は勉強していないからだ→よし!勉強しよう=解決)となるのであれば「原因を探すことが治癒につながる」ことが判らなくはないので...続きを読む

Aベストアンサー

一素人ですが精神分析に興味を持っている者です。
まず、基本的には、『>本人を抑圧している「無意識」を「意識化させる」ことが治療方法』と捉えて良いのではないかと私も思っています。
ご質問は、「>問題の原因の自覚」がなぜ治療につながるのか、ということですね。

端的に言うと、「>今となってはどうしようもないこと」であっても、「納得する」ということが心の安定をもたらすからではないか、という気がします。

認知行動療法やゲシュタルト療法、あるいは森田療法など、過去は不問にして現在の問題に焦点を当て、そこを集中的に改善しようとする療法もあります。
どちらかというと今はこれらの方が主流と言えるのかもしれません。
また、それだけの価値は大いにありますし、私も共感するところは大です。
これらはすべて神経症の治療法なわけですが、神経症というのは、無意識に抑圧された記憶が歪んだ形で心身に影響を及ぼすことだと思います。
無意識に抑圧されるからには抑圧されるだけの(本人にとっては深刻な)理由があります。

抑圧というのは自我の防衛機制の典型ですが、たとえば、幼時に母親からの愛情を十分に受けられなかった男児が、成長した後も母親の愛情を求めたいという心理になるのは自然ですが、これは現実的には奨励されないことなのでその感情は抑圧されます。
抑圧された感情は、たとえば彼の恋人に対して向けられることも多いでしょう。
多かれ少なかれこういうことはありますが、過剰になり、母親役を要求されすぎた彼女が耐えられなくなるほどだとやはり困ります。

彼女に甘えすぎないでもっと大事にしなければいけない、という現実的思考によって脱することも可能でしょうが、彼女に母親を投影してるのだ、ということが納得できれば、甘えすぎないようするということは、母親と彼女の区別をはっきりつけることだ、ということに気づきます。
はっきり区別できないことが錯綜で、錯綜はコンプレックスとも訳されることがあり、ここからマザコンなる言葉も俗語として出てきたりします。

特に信奉者ではありませんが、フロイトの最大の功績は無意識の概念だと思います。
ある女性のヒステリー研究が発端となって精神分析は誕生したわけですが、この女性は父親の看病中にヒステリー症状を呈しました。
彼女の無意識には父親に対する愛情が抑圧されていることがわかったわけです。
この場合の抑圧された感情が性的なものであったため、フロイトはその後も不必要な局面でも性的抑圧に固執するようになり、顰蹙をかう原因になっていることは確かでしょう。
しかし、私に言わせればそれは些細なことです。
性的欲望と生的欲望を完全に区別することは難しいのであって、昨今のフロイト批判に対しては、険しい山を切り開いて作った先達の曲がりくねった道を見て、舗装道路のほうが歩きやすいと言っているかのような印象を受けます。

ただ、精神分析はフロイトの専売特許ではなく、様々に枝分かれしながら幅の広い解釈がなされるようになっています。
日本で似非と解釈されているすれば、それを使いこなせる専門家が育っていない、ということなのかもしれません。

精神分析療法が似非かどうかは素人なのでわかりませんが、その本質は、
(無意識に)隠れているからといって無いものとせず、それを白日の下にさらけだすことによって、自らの意志によって制御できる対象としてまな板に乗せることなのかな、というように捉えています。
精神分析によってこうした本質的原因を了解しつつ、認知行動療法などの現実的対症療法を組み合わせていくことが効果的なのではないか、などということは考えます。
 

一素人ですが精神分析に興味を持っている者です。
まず、基本的には、『>本人を抑圧している「無意識」を「意識化させる」ことが治療方法』と捉えて良いのではないかと私も思っています。
ご質問は、「>問題の原因の自覚」がなぜ治療につながるのか、ということですね。

端的に言うと、「>今となってはどうしようもないこと」であっても、「納得する」ということが心の安定をもたらすからではないか、という気がします。

認知行動療法やゲシュタルト療法、あるいは森田療法など、過去は不問にして現在...続きを読む

Q中学生です 最近マンガみたいな絵をよく描くんですが 髪を描くのが苦手です。 髪を描くコツを教えてくだ

中学生です
最近マンガみたいな絵をよく描くんですが
髪を描くのが苦手です。
髪を描くコツを教えてください

Aベストアンサー

ネットにアクセスできて、動画が見られるなら
動画にたくさんころがってる

https://www.youtube.com/watch?v=9nK38Yj9IpA

https://www.youtube.com/watch?v=29JLIIrHvpg

https://www.youtube.com/watch?v=CnpSdi4H81E


あとは市の図書館なんかにも漫画の描き方の本があると思いますよ

Q精神分析(学)

なぜ慶應義塾大学には「精神分析(学)」があり東大には無いのですか?

Aベストアンサー

精神分析学というのは、比較的新しい研究分野です。ヒステリーの研究者、シャルコーに学んだフロイトから発展したと言っていいと思いますが、いわゆる精神分析とわれわれが言っているものは、エリクソンなくして語れません。1903年生まれのエリクソンなどの業績を、いちはやく理解し、日本に学問として取り入れたのが小此木啓吾氏であり、彼は慶応大学教授だったため、慶応大学には精神分析学があるわけです。でも、なぜ東大にないかと言われても、ないものを証明することは困難で、私には答えられません。

以上、ご参考になればと思います。

Q絵を描くキャラが出るBL漫画

自分が絵を描くのが好きなので、漫画等のキャラでも絵を描くキャラがいると惹かれます。

そこで、攻め・受けのどちらか(もしくは両方)が絵を描くキャラなBL漫画を教えて頂けませんか?

お願いします。

Aベストアンサー

新井サチさんの「最果ての恋」があたしは好きです。

受けが、絵を描きます。
あんまり、絵を描いてるシーンはでてきませんが…


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