泉鏡花「婦系図」の名台詞「切った切らないは芸者のときに言う言葉、、、」

この台詞のある、湯島天神の場面は、
何章のどのあたりに記述されているのか知りたいのです。

通して精読している時間がないため、
当たりもつけられないで困っています。

早瀬が蔦とこういったやりとりをするまでのいきさつや、
小説全体のストーリーのおおまかな流れも教えていただけると助かります。

ご存知の方、よろしくお願いいたします。

A 回答 (1件)

鏡花の小説「婦系図」の中にはそんな台詞はおろか湯島の天神も出てきません。

従って全編探しても徒労です。
あれは後に新派のお芝居として劇化されたとき、脚本の中に挿入されて上演大当たり、有名になったものです。

あまりの人気に鏡花自身が後年その有名な湯島の境内、台詞を取り入れて「湯島の境内」という戯曲を書きました。したがってこちらにはその有名な「切れるの別れるのって~」という台詞が出てきます。
そういう事情で、原作の小説「婦系図」はあくまでその台詞とは無関係です。

参考
http://www.tokyo-kurenaidan.com/kyoka1.htm

青空文庫には「婦系図」も「湯島の境内」も収録されていて、全文を見ることが出来ます。
あらすじをお知りになりたければネットで「婦系図 あらすじ」で検索すれば出てきます。
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この回答へのお礼

ご回答恐れ入ります、

参考サイトは、知っていましてザッと見たものの、最後までよく読まないでいました、
これで、本作品ではなく、あとから脚色されたものだということがよく理解できました、
青空文庫も教えていただき、大変参考になります、
どうもありがとうございました。

お礼日時:2010/09/24 19:22

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Q湯島の白梅

回答ありがとうございます。
タイトルのように「湯島の白梅」ご存知の方へ伺いますが
最後の歌詞で「あかぬ別れの 中空に 鐘は墨絵の 上野山」とありますが、
1.この時の鐘はどう示すか、どうして鐘と出ているのでしょうか。
2.最後の上野山は何か意味が入っていますか。
3.「鐘は墨絵の 上野山」全体的にどういう意味でしょうか。
探しても、意味が分からないので、ご存知の方、教えていただけますか。日本語を勉強している外国のものですが、分かりやすい回答お願いします。

Aベストアンサー

「湯島の白梅」3番の歌詞ですね。
青い瓦斯燈 境内を
出れば本郷 切り通し
あかぬ別れの 中空に
鐘は墨絵の 上野山

歌詞の解説がどこにもないので推測で書きます。
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2.上野は江戸から明治にかけて山でした。
  正岡子規の「春雨や上野の山も見飽きたり」という句があります。
3.全体の意味は、「まだ夜明け前の湯島から本郷に向かうお蔦と主税は鐘の音に
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Q泉鏡花の『外科室』で...

泉鏡花の『外科室』で、高峰と主人公の女性が、初めて出会うシーンのことで、
お聞きします。

小石川の庭園で、ふたりがすれ違った時(ふたりが初めて出会った時)
女性の方は、すでに結婚していたのでしょうか。(すでに、伯爵夫人だったのでしょうか。)
それとも、まだ未婚の貴族の令嬢だったのでしょうか。

教えてください。

Aベストアンサー

こんばんは

はっきり書かれているでしょうか?
御婦人と言う記載と
丸髷と言う記載で既婚かな?とは思うのですが
http://machiko-o.cocolog-nifty.com/gendai/cat22607860/index.html

Q泉鏡花「婦系図」の名台詞「切った切らないは芸者のときに言う言葉、、、」

泉鏡花「婦系図」の名台詞「切った切らないは芸者のときに言う言葉、、、」

この台詞のある、湯島天神の場面は、
何章のどのあたりに記述されているのか知りたいのです。

通して精読している時間がないため、
当たりもつけられないで困っています。

早瀬が蔦とこういったやりとりをするまでのいきさつや、
小説全体のストーリーのおおまかな流れも教えていただけると助かります。

ご存知の方、よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

鏡花の小説「婦系図」の中にはそんな台詞はおろか湯島の天神も出てきません。従って全編探しても徒労です。
あれは後に新派のお芝居として劇化されたとき、脚本の中に挿入されて上演大当たり、有名になったものです。

あまりの人気に鏡花自身が後年その有名な湯島の境内、台詞を取り入れて「湯島の境内」という戯曲を書きました。したがってこちらにはその有名な「切れるの別れるのって~」という台詞が出てきます。
そういう事情で、原作の小説「婦系図」はあくまでその台詞とは無関係です。

参考
http://www.tokyo-kurenaidan.com/kyoka1.htm

青空文庫には「婦系図」も「湯島の境内」も収録されていて、全文を見ることが出来ます。
あらすじをお知りになりたければネットで「婦系図 あらすじ」で検索すれば出てきます。

Q泉鏡花など、古い文学作品が読めるようになりたい

ネットで調べたり、高校の時の教科書などを読み返して「文語体」「歴史的仮名遣い」「旧仮名遣い」などの言葉は分かったのですが、古文とも違う、現代小説とも違う文章が、すぐに頭の中で想像できません。

ガイドブックや読み方アドバイスのような本・サイトってありますか?

Aベストアンサー

百聞は一見にしかず
http://www.aozora.gr.jp/index_pages/person50.html
旧字旧仮名のものもありますから実際に読んでみてはいかがですか。

Q歌の歌詞の意味をご存知の方

回答ありがとうございます。
タイトルのように「湯島の白梅」ご存知の方へ伺いますが
最後の歌詞で「あかぬ別れの 中空に 鐘は墨絵の 上野山」とありますが、
1.この時の鐘はどう示すか、どうして鐘と出ているのでしょうか。
2.最後の上野山は何か意味が入っていますか。
3.「鐘は墨絵の 上野山」全体的にどういう意味でしょうか。
探しても、意味が分からないので、ご存知の方、教えていただけますか。日本語を勉強している外国のものですが、分かりやすい回答お願いします。

Aベストアンサー

 おはようございます。

 1.この時の鐘はどう示すか、どうして鐘と出ているのでしょうか。 
2.最後の上野山は何か意味が入っていますか。
3.「鐘は墨絵の 上野山」全体的にどういう意味でしょうか。

 まとめて回答します。東京の地図をお持ちですか?

 湯島は、上野の近くです。そして、上野には、寛永寺という寺院があります。この寺院は、旧徳川家の菩提寺で、江戸や昔の東京では、有数の大寺院でした。上野公園から谷中一帯が境内でした。今もあります。火事などでだいぶ小さくなっていますが。
 そこの鐘は有名だったんですよ。「鐘は上野か浅草か」という昔の流行歌があります。浅草は浅草寺ですね。それと並ぶくらいだったんです。
 「上野山」は、上野周辺が高台だったのでついた名前、間接的に「寛永寺」のことも指します。
 「墨絵の」は、「墨絵のようにきれいな風景の」ということ、朝霧が立ち込める、早朝の風景ですね。今の上野公園一帯は、もっと広くて、木がうっそうと繁っていたんです。お寺の境内ですからね。

 だから、「もう夜が開けたけど、まだ別れたくない(いつまでいても飽きない)ああ、でもあの鐘は、上野の山の寛永寺の朝を告げる鐘だな(お坊さんは早起き)、いまごろは朝霧で、きっと墨絵のようにきれいな上野の山の……」というような意味だと思います。

 いまも、寛永寺の鐘は残っています。西郷さんの近くです。

 ご参考になれば。

 おはようございます。

 1.この時の鐘はどう示すか、どうして鐘と出ているのでしょうか。 
2.最後の上野山は何か意味が入っていますか。
3.「鐘は墨絵の 上野山」全体的にどういう意味でしょうか。

 まとめて回答します。東京の地図をお持ちですか?

 湯島は、上野の近くです。そして、上野には、寛永寺という寺院があります。この寺院は、旧徳川家の菩提寺で、江戸や昔の東京では、有数の大寺院でした。上野公園から谷中一帯が境内でした。今もあります。火事などでだいぶ小さくなっていますが...続きを読む

Q漢文で左に書いてある、「一」、「二」、「レ」ってなんですか?

漢文で左に書いてある、「一」、「二」、「レ」ってなんですか?

Aベストアンサー

「一」、「二」は、」、「一二点」と言い
「レ」は、「レ点」と言います。

読み方の順序を表し、一字返り読むときは「レ点」を用い、
二字以上返り読むときは「一二点」を用います。

http://sousyu.hp.infoseek.co.jp/ks200/syoho4.html

参考URL:http://sousyu.hp.infoseek.co.jp/ks200/syoho4.html

Q新派劇のジャンル

新派劇とは、西洋演劇なのでしょうか、それとも日本の演劇でしょうか、ジャンルはどちらですか?一応、尾崎紅葉の『金色夜叉』、泉鏡花の『高野聖』、『婦系図』、徳富蘆花の『不如帰』などの作品が上演されているようですが。

Aベストアンサー

新派劇は日本の大衆演劇です。
明治以前までの日本の演劇は歌舞伎が主役でした。しかし、歌舞伎は時代劇が主であり、前近代的であり、過剰な演出等があり、文明開化を迎えた日本の演劇としては、いささか時代の潮流にそぐわなくなってきました。
そこに出てきたのが新派劇です。新派劇は過剰な演出等は控え、主に現代物を上演しました。ただ、歌舞伎の影響もかなり受けています。
故に、歌舞伎を旧派と呼び、それに対して新派劇と呼ぶようになったとも言われています。

また、新派劇とは別に、西洋の劇を演じようとする一派も出ました。それが新劇です。こちらは西洋演劇と言って差し支えないと思います。

Q「校勘」「校正」「校訂」「校定」の違いは?

(カテゴリに悩みました。)

質問内容はタイトルの通りですが、
特に、ある文献に対して、それぞれ異なる各種の解釈を、
「見比べる」、またそれぞれ見比べ「自分なりに解釈する」時に、
上記4つ共に使われるとおもうのですが、
この4つには、それぞれ「意味合いの違い(ニュアンス)」「使用の際の使い分け」等があるのでしょうか?

ある資料(大学教授の文献)に「校勘」「校正」「校定」と、一つの文章に記載されており、私には、同じような意味で使われていると思われたため、
しかし著者は、使い分けに「意図」をもっているかもしれないとも思われた為に質問した次第です。

Aベストアンサー

こんにちは。それぞれの意味は、

校勘→古典の文献(写本など)などを突き合わせをして、文の同じ部分や違う部分を調査することです。
校正→原稿や元の資料などと突き合わせをして文字や図版の間違いを直すこと。本にする前にさんざんやることです。
校訂→古い本などを読者にとってわかりやすくすることです。
校定→なにかしら問題になっている古典の本文を、なるべく原文に近い形で復元することです。

ということで、全部違います。

Q明治40年の泉鏡花

谷崎潤一郎の『青春物語』「饒舌録」に、明治四十年頃、泉鏡花が自然主義のために圧迫され、本を出そうとしたら自然主義一派のボイコットがあって出せなかったと書いていますが、鏡花の評伝(村松定孝、寺木定芳)を読んでも確認できませんし、鏡花は『婦系図』『草迷宮』を刊行しています。そのような事実があったのでしょうか。あるとすれば、そのことが記されている研究書または論文を教えてください。

Aベストアンサー

No.1の者です
秋声が硯友社を離れたのは紅葉がまだ生きている時の筈です
殴打事件は紅葉の何回忌だったか、とにかく衆人環視の中で鏡花が興奮して無抵抗の秋声をぽかぽか殴り付けたそうです
しかし秋声は穏やかな人柄だったので売り出し中の谷崎を同じロマン派の鏡花に紹介したのでしょう、その時から鏡花と谷崎の付き合いが始まって谷崎のお嬢さんの結婚の仲人を鏡花が務める事になったらしいです
前回に秋声とは仇敵と言いましたが周囲がそう見ただけで友情を持ち合っていたのかも知れません、互いに逢うのを避けていたそうですが
自然派で紅葉ー鏡花のラインにもっとも敵意を抱いていたのは紅葉が亡くなった時、読売新聞紙上に鏡花もついでにぶっ潰せと公然とアジつた正宗白鳥(読売の文芸記者でした)でした、当時の狭いジャーナリズムの世界に大きな影響力があったのうしよう

Q「秀句は1句あればいい。3句もあれば大家である」は誰の言葉?

生涯、秀句は1句あればいい。3句もあれば大家であるといえる。
という趣旨のことをいったのは松尾芭蕉ではないかと記憶しているのですが……正しい話者と、正しい言を、お教えください。

Aベストアンサー

 こんばんは。

 「翁凡兆に告て曰、一世のうち秀逸三五あらん人は作者、十句に及ぶ人は名人なり」

 芥川龍之介『芭蕉雑記』の「四 詩人」より。

 芥川は出典を明示していません。凡兆が編集した『猿蓑』か、『書簡』か何かだろうと思います。ちなみに、『去来抄』『三冊子』『旅寝論』はざっとみたところ、ありませんでした。でも、熟読すればあるかも(でも、三冊とも芭蕉のことを、「師」「先師」と読んでるんで、ちがうかも)。

 情報が充分じゃなくてすみません。芥川が写し間違いをしてる可能性だってありますしね(大丈夫だと思うけど)。

 でも、言った相手が凡兆だってことが、なんとも示唆的ですね。

 付けたりに、堀辰雄さんの『雪の上の足跡』に出てくる凡兆の句を、

 鷲の巣の楠の枯枝に日は入りぬ


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