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(1)相撲の五月場所が夏場所とされるのは何故ですか?
また、(2)冬場所がないのはなぜですか?
・・・・・・・
一月場所(初場所):両国国技館
三月場所(春場所):大阪府立体育会館
五月場所(夏場所):両国国技館
七月場所(名古屋場所):愛知県体育館
九月場所(秋場所):両国国技館
十一月場所(九州場所):福岡国際センター
・・・・・・
(1)この表を見るとわかりますように3月場所が春場所で5月場所が夏場所と、「春」のわずか2ヶ月後に「夏」となっています。
しかし一方で秋場所は夏場所の4ヶ月後です。
このことを説明できる合理的な解説をお願い致します。
この点に関しての私の考えは、本来は1月場所を春場所としたかったが、新年として年始めを祝う日本の文化を尊重した結果、初場所という名称をつける必要があった、だから1月は春場所と名付けられなかった。そこで代わりに3月を春場所とした。このように考えましたがいかがでしょう。
(ちなみに1月が春なのは旧暦が理由と考えましたが合ってますか?)
ただ、この考えでは未だ、(2)冬場所が存在しない理由を導けえません。なぜ九州場所と表記し、冬場所と表記しなかったのか、春夏秋はあるのに冬場所がないのはなぜなのでしょう。


一体これらの疑問点にはどのような理由があるのか、どなたかご意見又は答えを提示いただければ幸いです。

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A 回答 (4件)

江戸勧進相撲の伝統から来ています。


相撲会所(いまの相撲協会)が作られ、公許勧進相撲
が始まったのは貞享~元禄時代で、当時は年一、二回
原則として3月(春場所)または10月(秋場所)でした。

年二場所が定着したのは明和3年からです。
春場所は2、4月の時もあり、秋場所が11月の時もあり
ましたが、旧暦の11月は冬です。  しかし秋は実るが
冬はさびれるということで、「冬場所」の言葉は嫌って使い
ませんでした。  千秋(穐)楽の言葉もあります。
(一月場所がはじまったのは、文化10年浅草が初の
土俵となった時です。)幕末までこのままです。

世が騒がしくなり混乱期です。   六、七月場所になる
こともありました。夏ですが秋場所と呼んだのでしょう

明治13年春、夏の二場所制が定着しました。1月と5月
です。大戦中の昭和18年まで長く続きました。
この春は新暦なので初春の意味でしょう。

戦時中の昭和19年は戦時意識高揚のためとして、初の
年三場所が開催されました。春、夏、秋(1、5、11月開催)
です。   いまの元です。
戦後は混乱期です。

混乱が収まり、昭和24年より年三場所制が定着。
昭和28年より年四場所、1,3、5、9月になり、春場所が
1月から3月へ押し出され1月は初場所になりました。
初、春、夏、秋場所です。

昭和32年の年5場所を経て、昭和33年よりいまの年
六場所制になったわけです。
1、3、5、7、9、11月、初、春、夏、秋は従来通りで、
7、11月には季節名は付けられないので、開催場所名に
したわけです。

なお江戸時代の春、秋場所は誰が名付けたかは知り
ませんが、当時の番付表や浮世絵に書かれており、
周知され、準公用語と思われます。
ただ前記の弘化時代の一月場所を春場所と呼んだかは
さだかではありません。
弘化14年の浮世絵では一月場所と書かれています。
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この回答へのお礼

詳細な角界の歴史をありがとうございます!
時と共に様々に変容を遂げて今の六場所制に至った様子につきつぶさに説明いただけ、整序した理解を進ませることができました。


そして,回答していただいた皆様方、ありがとうございました。
春場所の謎、冬場所の謎、そしてそれを説明する理論について皆様と考察を深められたことに深い意義があったとこの度私は強く感じました。

私のような相撲初心者の抱いた浅はかな疑問に,真剣にお応えいただけたこと誠に感謝致しております。
また機会がありましたら、その時も是非よろしくお願い致します。

nohosura

お礼日時:2011/01/26 01:44

>でも俗称とはいえ、何らかの由来があると思うのです。


>この点につきいかが思われますか?

以下、あくまでも「個人的な考察(というほど大げさではありませんが)」です。
ウィキペディア「大相撲」「本場所」の項を参考にしてます。

地方開催の場所については、その地名をとって呼ぶことが多いようですね。
名古屋と九州はそのまま「名古屋場所」「九州場所」と呼ばれるのが一般的ですし、
大阪についても、季節がまさに春なので「春場所」という俗称が一般的ですが、
地名をとって「大阪場所」と呼ぶこともあるようです。

初場所については、1953年に三月場所(大阪場所)が始まって年4場所制となるまでは「春場所」と呼ばれていたようですね。

夏場所(五月場所)は、まあ「季節感」というヤツなのかな、と。
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個人的な意見です。  
 
太陰暦の『二十四節気』と『節句』を元にしているのではないかと思います。
 

 『五節句』            『二十四節気』
 
 1月 7日(人日):初場所 
 3月 3日(上巳):春場所・・・3月21日(春分)
 5月 5日(端午):夏場所・・・5月 6日(立夏)
 7月 7日(七夕)
 9月 9日(重陽):秋場所・・・9月23日(秋分)
 
 
 そして、1月から春ですが、
 『二十四節気』では、2月 6日(立春)となるので、
 1月は、1年の始まりであり、初場所としたのではないかと思います。
 
 また、7月について、『二十四節気』では、
 小暑(7月 7日)、大暑(7月23日)となり、季節の文字がないことから
 開催地の名前となり、
 
 11月は、『節句』が無いので、『二十四節気』で立冬(11月 7日)
 であっても開催地の名前になったのではないかと思います。

 
参考ウィキペディア

『二十四節気』 
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%8C%E5%8D%81% …
 
 
『節句』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AF%80%E5%8F%A5
 
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正式名称は「月名」なので「一月場所」から「十一月場所」になります。


春場所とか名古屋場所などの名称は、あくまで俗称です。

日本相撲協会公式サイト、ページ下部の「平成23年本場所日程」をどうぞ。
http://www.sumo.or.jp/
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
たしかに正式名称ならいざ知らず、俗称に過ぎません。
でも俗称とはいえ、何らかの由来があると思うのです。
この点につきいかが思われますか?

お礼日時:2011/01/24 17:38

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