1つだけ過去を変えられるとしたら?

「なぜ人間は死ぬことをわかっていながら,生まれてくるのでしょうか。」
」ことの答えられる方教えてください。死ぬことがわかっているならば,最初から生まれてこなくてもいいのではないですか。こんな無駄なこと不合理ではありませんか。別に人間がこの世に存在しなくてもいいではありませんか。生まれてこなければ,生きていることに苦労して,死ぬことをおそれるともないでしょう。

A 回答 (31件中1~10件)

死ぬことがわかっていながら、生まれてくるのではなく、「生まれてきてから、死ぬことがわかる」のではないですか?


あなたは生まれたときにわかっていました?

この回答への補足

  他人や身内で死んでいくから、私は「死ぬのがわかっているのに」といっています。私一人この世しかいなければ,あなたのいわれること、「生まれてきてから、死ぬことがわかるのではないですか?」 もあるでしょうし,「死ぬことも知らないまま死んで行く」こともあるでしょう--どこかの穴にはまって意識がなくなり。死を知らずに死んでしまうのではないでしょうか。 自分以外の人の「死」で死を知ることはダメなのでしょうか 

補足日時:2001/04/20 22:09
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 なぜあなたは「死ぬことがわかっていて、生まれてくること」が無駄だと思うのですか?生きている間に何かすれば、無駄ではないかもしれないと思いませんか?


 なぜあなたは「生きていることが苦労」だと思うのですか?生きている事は楽しくありませんか?
 なぜあなたは「死ぬことをおそれる」のですか?楽になれるのかもしれないですよ。

この回答への補足

私は例えをだしますと,人はは他の動植物を食べて死んでいくならば,最初から,存在しなければ,他の動植物を食べなくて,自然そのものがあるではないですか。 死があるならば,最初から,ないのと同じではないのですかと言う「不合理さ」を尋ねているのです。私は生きていることに「ムダ」と思っていませんし,「死」を恐れてはいません。  

補足日時:2001/04/20 22:44
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>不合理ではありませんか



そうですね,確かに不合理ですね.でも(まったく無根拠ですが),この世界自体が不合理であると考えた場合,わたしたちが存在することが不合理であることも「合理」的であると考えることができると思います.つまり死ぬことにも生きることにも理由は無く,わたしたちは「なぜ生きるのか」という問いかけに対して特に有効な答えを持たない…こんなんじゃダメですかね.
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>なぜ人間は死ぬことをわかっていながら,生まれてくるのでしょうか。



この設問の前提として、生まれてくる前に意志をもった「魂」とも言うべき存と、
謂わゆる「輪廻転生」があると仮定しなければなりません。

これらのことは、証拠を示せないので、人間の認識を超えた概念です。
あくまで「仮定」であります。

そういう仮定に立ってのご質問でしょうか?

この回答への補足

「輪廻転生」を信じる人信じない人もいますので,「輪廻転生」を仮定していません。私自身「輪廻転生」の事は良く存じています。科学的に合理的に説明を求めています。それが説明できる方がおられるのではないかと思っています。それは「説明できない。無理だ」であればそれでいいのです。 
  

補足日時:2001/04/20 23:32
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No.1の補足についてですが、もうひとつ言っている意味が分かりません。


私が言いたかったのは、質問自体のスタート地点が間違っているよ、といいたかったんですよ。
そばで寝ているワンチャンに聞いてみましたが、「そんなこと考えたこともない」と言っていました。ニャンコにも聞いてみましたが、同じような考えでしたね。つまり、そんなことを考えなくても他の動物は生きていき、死んでいくようです。おなじ生き物だから人間も同じように生きていき、死んでいくのにこの違いはなぜでしょうね?
たぶん人間以外の生き物には、遺伝子を後生につたえる「子孫を残す」という役目が終わったら、お役ご免で死んでいくものだという「考え」が初めから備わっているのでしょうね。
そういえば、人間だけが自然界の中で繁殖目的以外で交尾をしますが、それは上記の「考え」を忘れたことと関係があるんじゃないでしょうかね。

この回答への補足

 
「あなたは生まれたときにわかっていました?」 他人や身内で死んでいくことで 「死」を知るから,人間は「死ぬ」を知るのでしょう。「人間は死ぬ」だから,  死があるのに生まれてくるのですか」という事です。私自身は「生まれてからしか,わかりりませんよ」。では「なぜ生まれてきて死ぬのですか」という質問がいいのでしょうか。私はどちらも変らないと思いますが,「たぶん人間以外の生き物には、遺伝子を後生につたえる「子孫を残す」という役目が終わったら、お役ご免で死んでいくものだという「考え」が初めから備わっているのでしょうね。」 はそう思います。

補足日時:2001/04/20 23:03
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あなたはもしかして、悲観的になることに浸ってはいませんか?私もそんなじきがあったけど、悲しい苦しいをたくさんいってても結局ちゃんとした答えなんてでないですよ。

存在してるイミとかさ。冷静になってみると、そういうあいまいな世界を悩んでいるのではなく実は恋愛のことで悩んでいた、とか学校・会社のこんなことに悩んでいたとかが見えてきませんか?ほんとはそういったことが複雑に絡まりあっていてほんとの問題は何なのか解らなくなってるだけだったりもするんですよ。
 まず、自分はなんで「死ぬことをわかっていながらうまれてくるんだろ?」って、考えるようになったんだろう?そこからじゃないですか?あなたの本当の悩みは。
 そういう類のことは誰もが必ず一度は考えるもの。この答えで「ちゃんと答えになってない」と思うかもしれないけど、あなたのほんとの悩みが解決されたときにはきっとあなたなりの答えが出ていると思います。がんばってください。

この回答への補足

私はなにも悲観も悩みもありません。不合理さに答えて欲しいのです。
死ぬことも考えていませんし,この世は楽しいですよ。 

補足日時:2001/04/20 23:08
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 えー、軽く夜空を見上げてみますとですね、「宇宙」が見えたりします。

で、その宇宙全体で見ますと、「死んでる方があたりまえ」だったりします。その……「宇宙全体が生きている」という言い方もありうるかもしれませんが、ちょっとそれは置いておきまして。
 エントロピーの増大というやつでしょうか、「秩序から無秩序へ」という変化が宇宙全体ではより一般的であって、その逆の流れというのはごく限定的にしか見られないわけです。ガスや塵が集まって恒星系を作り出すというのも立派な「秩序の形成」でしょうが、その一方では寿命を迎えた恒星が時にド派手に爆発して飛び散ったりもしております。
 要するに「死んでる方があたりまえ」。

 そんな中で、「地球」とかいう惑星で「自己複製が可能な物質塊」が生まれ、それが徐々に「進化」して、知的生命体を自称する存在まで生み出されるというのは、かなり珍しい現象なのではないでしょうか。いや、「珍しい」なんて言葉では追いつかないかもしれません。ムリダとアリエナイが結婚して生まれたソンナバカナと双子の兄弟と言っていいくらい、めちゃめちゃ低い確率なのではないでしょうか。
 「生命」というのは、宇宙全体で言えば圧倒的に広く見られる「エントロピーの増大」に対する、きわめて儚い抵抗です。いずれその命を支える秩序は寿命を向かえて死にます。でもその前に何とか子孫を残そうとする。やっとのことで形を保っている秩序を、次の世代に継続させようとするわけです。すると、生命とは、エントロピー増大に対する抵抗そのものであると言ってもよいかもしれません。少し思い切った言い方をすれば、「死こそが自然の本来の力」であって、生命なんてのはその反動にすぎないのかも。
 そう考えますと、「死ぬことがわかっているのに生まれてくる」というのは、たしかに不合理なことと言えますね。
 でも生まれちゃったんだからしょうがないです。とりあえず、死ぬまで生きましょうよ。

この回答への補足

  私は悲観主義者でもないし,いまもこれからも自殺も考えていませんそのような考えはありません。,世の中楽しいですよ。 合理的な回答はないでしょうか。  

補足日時:2001/04/20 23:13
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なぜ人間だけに限ってそういう疑問を持たれるのですか?


生命のあるもので死なないものはありません。すべての生命が無意味だとされるのであれば、意味のある事というのは一体なんなんでしょう。
生命はその継続、連鎖に意味があります。私達の生命もその途中にあるわけです。
ところで、なんで男と女がいて子供を作るか、考えた事はありますか?個体を増やすだけなら、単細胞生物のように細胞分裂でクローンを作っても良さそうなもんですよね。
もし全く同じ形質の物ばかりであれば、環境の変化などでその個体が生きていけない状況になってしまったら確実にその種は全滅してしまうわけです。ちがう染色体の組み合わせで新しい形質を持った次世代を作る、ということで、バラエティーに富んだ個性が作られ、環境の変化にも生き残れる遺伝子も生まれてくるのです。種をより長らえやすくする為に男女がある、といっていいでしょう。そういう意味では、結果的に役に立たない遺伝子というのもたくさん存在するわけです。ですが、それは無意味という事ではなく、結果的に淘汰されただけで、状況によっては立場が逆転した可能性もあります。つまり、存在している時点では無駄かどうかは判別できないのです。
生命が形を変えながらも種を次世代へつなげようとする意味は、その過程の構成員である私達には答えを知る事は難しいでしょう。死を恐れるのも生命のプログラムです。頭で考えて本能に理由をつける事はできるでしょうが、それが真実であるかどうかは確かめようがないと思います。

この回答への補足

「生命のあるもので死なないものはありません。」そうです。「なぜ人間ですか。」は人間だけではないのですが,他の動物よりも一応人間のほうが考える能力がありますから,人間で代表しているのです。他の動物や植物はこんなこと考えないでしょう。また,遺伝子などで決められた生存方法や,あるいは本能で動いているでしょうから。

補足日時:2001/04/20 23:41
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「なぜ人間は死ぬことをわかっていながら,生まれてくるのでしょうか。


                ↑
こういう、考えても答えを出せない問題を考えるために生まれては死んでいくのか
も知れませんね。でも生まれないと考えられないから、やっぱり生まれるしかない
のですよ。

あと補足なんですが・・・
>別に人間がこの世に存在しなくてもいいではありませんか。

存在しなくてもいいんですけど、存在してもいいと思います。存在してるから私も
人生楽しいですし。いろんな生物がいますけど、存在理由なんかにはあまり重要性
は無くて、生きてから何をするか?っていう後付要素を人間が勝手に付けたしただ
けだと思います。存在意義を求めるっていうのは人間独特の考え方ですからね。
もしかしたら、「死を怖れる。」っていうのはすでに自分の存在意義をわかってい
ることで、それで生に執着するのかも知れませんよ?
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こんばんわ 超~レベル低な者のレベル低な意見というか感想なのですが、投稿させていただきます・・・「僕は死ぬのがわかっていても、今苦

労しててもまた生まれてきたいです・・・だから僕の場合、生まれてくる事は不合理ではないです・・・(^^; 」 
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