大変な被害(規模・被災地・地震&津波&火災&原発事故と放射線漏れ)であり、お見舞いの気持ちと救援の動きは皆が共有し、夫々が出来る限りの支援と協力をしておられますが・・・

その中で、非常時には冷静な議論や判断が難しいのでしょうが、

貴方の地域や企業や家族・友人知人等での、自粛の動きについて
<批判や反対・冷やかす意味ではありません>

◇これでは、日本・日本人・社会が萎縮・金縛り状態に成ってしまい、さすがに「行き過ぎ・便乗・見当違い」と思われる事例・言動がありましたら、ご紹介&お教えくださいませんか。
ex毎年恒例の近所の河川沿いでの花見が中止

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A 回答 (1件)

昨日だったか、ここの回答に



「自粛反対論者に全て反論してやる。そんな灯油やガソリンがあればこちらにまわして欲しい。」

というのがありましたね。

現地の被災者ならばそう言いたい気持ちは分かりますが。

この回答への補足

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http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110408/pl …

補足日時:2011/04/09 05:31
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この回答へのお礼

ご回答を賜りまして誠にありがとうございます。

被災地の方の心情・受け止め方は良く分かります・・・(想像だけで、実際にはその痛みを体感していないから言えるのかも)
重病の方のお見舞いと同じく、代わる事が出来ない厳然たる事実があり、自粛をしても効率効果で考えて自粛をしなくても、いずれにしても丁度良い、皆が納得する対応・ベストアンサーは無いと思います。
やっぱり、抽象論ですが、相手の立場を忖度し、真心で接し、考え、思いを述べる事しか思い浮かびません。

パニック・大惨事の渦中で、傍観者&客観的な意見・表現は難しく、誤解されるかも知れませんが、沖縄の県民を米軍基地反対のネゴで有利な立場に利用している交渉上手だ等の誹謗したとして罷免(辞表提出のスタイルを装っている)された米国高官の指摘、今回の福島原発の周辺の農民・漁民の立場にも微妙なニュアンス・利害があり、建設時の補償やその後の振興策の恩恵と現在の大被害を受けての感情には、立場と環境による住民心理の綾とか当事者としての怒りやジレンマがあるように思います。
<批判や皮肉と誤解されてはと思い、詳細、具体的、決め付けた意見は記載しませんが・・・>

狂牛病の全頭検査での米国との安全への考え方の違いにも通ずる、消費者と生産者の立場、当事者と第3者との明確な心理の違いがあると思います。
許容濃度とか出荷制限の基準値、避難の措置や距離の線引き等では、係数では分け辛く、語り伝えられない不安・不信・不平・不満の気持ちが立場や境遇やテーマー毎にあると思います。
風評被害、安全神話、被害状況との問題も絡み、明快な解を模索し続ける中、難しく悩ましい、境界線や限度(リミッター:線引き・足切りの策定が困難な、不公平感を残しながら、試行錯誤と長く厳しい忍耐苦渋の日時・生活を続けるのだとの思い・覚悟・実行が必要不可欠なのでしょう。

お礼日時:2011/04/07 18:32

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