フランスの貴族と王家には、具体的にどんな違いがあるんでしょうか?(フランス革命のあった時期)
暮らしぶり、位の継承の仕方などに違いがあったのでしょうか。
第三身分と直に関わることもあったのでしょうか。

分かりにくい質問ですみません。

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A 回答 (1件)

王家も貴族の一種ですから、国王と王太子以外の王族は、ただの貴族と変わりません。


国王とその後継者である王太子は、重要な役職であり特別な地位であると言えると思います。

(革命前の)フランスは、国王の親政が基本という国家ですから、国王は絶対君主としてあらゆる権限を有しました。王太子は場合によってはその権限を代行する摂政になることができたわけです。(王妃の摂政権限は革命の途中で破棄された)

貴族は、封建領主としての経営者としての立場と、宮廷貴族として俸給・年金に依存する官僚としての立場、あるいは軍人としての立場などに分かれます。
たいがいの貴族は、土地を持っており、直接に耕作はしないまでも何らかの形で農業に携わるかその収益を得ています。フランスには革命までは封建制度が残っていたので、貴族の領地は、国内国のような独自の存在であり、裁判権などの諸権利や、領主税をとっていました。よって王領よりも、貴族領の農民の方が税が重かったりしたので、革命が起こるとすぐに、封建的特権の廃止をもとめた大規模な一揆(大恐怖)が起こるわけです。
官僚としての貴族の中には買官制度で役職を買い取ったブルジョワも含まれますが、様々な権益のからむ役職を世襲的に相続するものもおり、膨らむ年金額は王室の財政を悪化させた原因の一つです。しかし一方で官僚が国家を動かすわけですから、必要でもあるわけです。
軍人としての貴族は、特に士官以上は貴族で固められたこともあって、主要な勤め先ですが、特に上級の役職が固定的に世襲されて、実務には当たらないということが(他国も同様)行われていて、忠誠心という意味では一定の貢献はありますが、軍の質の向上にはあまり貢献しませんでした。しかし時代を経れば経るほど貴族の子弟は増えるわけですから、軍は中流以下の貴族の就職先として必要なポストだったといえます。ほとんどの貴族は軍籍に入るのが一般的でした。

暮らしぶりですが、貴族と一言でいっても、経済状態は様々で、農民のような暮らしをしている人もいれば、豪勢な暮らしをしている人もいます。オルレアン家、エギヨン家、タレーラン家などは、国王に匹敵する財力や土地をもっていたことで知られますが、全体から見れば裕福な貴族は一握りで、ほとんどの貴族は官僚や軍人であるので、いわばサラリーマンであったといえます。

爵位の継承は、世襲制ですから、親から子に引き継がれます。管理する役所があ、届け出ることになりますが、血縁以外に引き継ぐなど特別な場合以外は普通に承諾されます。爵位は私有財産であり、役所が管理するのは詐称などを防ぎ、記録して留めるためです。

役職のなかには世襲的に引き継がれるものがありましたが、これは制度ではなく、縁故によって任命されるものであるため、日頃の付き合いなどからくるものです。

国王の継承は、古くからの継承法が決まっており、フランス王には男子限定で、年長順ということになります。女性には継承権は完全になく、女性の配偶者も同様です。

平民のなかにも、一代貴族になるものは大勢おり、貴族と平民との垣根はそれほど高くはありません。また上流貴族と下級貴族では、さっき言ったように生活水準もスタイルも大きく異なるため、一概には言えません。この時代の礼儀としては、知り合いが知り合いを紹介するという、知遇を得ていくという社交スタイルのため、誰か上流社交界の一人と知り合いになれれば、そこからさらに多くの知り合いができます。使用人以外でも、多くの平民が貴族との交流をもっていて、特に禁止されているわけではないです。例えば、ジャック・ネッケルなんかは貴族でもなんでもない、ただのスイス人です。彼のような人が(財務総監にはなれなかったが)財務長官になれるわけですから、平民でも特に問題はないのです。
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下記のURLはどうでしょうか?

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そのような分析をする学者もいるようです。

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Q書院造と西洋建築、近代建築について

書院造と西洋建築、近代建築を比較してどのような点が違うのか具体的に教えてください
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 根本的な違いは、家に自然を取り入れるもしくは家ごと自然の中に居るのが日本建築。

 自然を排除して、自然と人間の支配領域を截然と区別するのが、西洋建築だと思っています。


 日本人にとっての家は、夏を旨とするべきもので、冬はどんな格好をしても住むことができるもの(兼好法師)。

 そのような文化的背景からして、日本建築は元来木造であり、引き戸であけっぴろげであり、明かりは障子戸を通して取り入れ、池や築山などとともに、自然の一部としておかしくないように建てられます。

 庭は、自然の池や海をイメージした不定形なもので、樹木は、自然の中の年数などを誇張はしていても、あり得ない形にはならない。

 その典型が書院造りですね。

 それに対して、西洋建築は自然を排除します。

 ガッチリと窓にはガラスが入っていて風を拒絶し、扉はドアで基本的に閉まる物だったりしますし、家は角張っていて、材料は石材など硬い物を使用します。

 付属する庭は、カクカクしたシンメトリーな形状。あんな形状は自然の中にはありえず、人間による「自然支配」の象徴です。


 質問者さんの言われる近代建築というのがナニを指すのか、いまいちわかりませんが、私にいわせると、複数の日本の有名建築家などが設計した建物、その環境のような、自然と人間の(一体化ではなく)調和した建築が「近代建築」と呼ぶに値すると思います。

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> 書院造は日本的であるがなぜそうなのか

 一つにはハッキリした四季があることと、もう一つは八百万の神々への信仰が原因ではないかと思います。

 季節の移り変わりは美しいから、当然、それを眺めたい、壊したくないという気持ちになりますし、シンメトリーなものは自然にはありえないのに、あえてそのようなものを作るような、畏れ多いことはできないし、すべきでない。

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 完璧な形なんて自然にはありえない!あってはならない!

 それらの思いを追求し、追究し、突き詰めたところあるのが、書院造りではないでしょうか。
 

 根本的な違いは、家に自然を取り入れるもしくは家ごと自然の中に居るのが日本建築。

 自然を排除して、自然と人間の支配領域を截然と区別するのが、西洋建築だと思っています。


 日本人にとっての家は、夏を旨とするべきもので、冬はどんな格好をしても住むことができるもの(兼好法師)。

 そのような文化的背景からして、日本建築は元来木造であり、引き戸であけっぴろげであり、明かりは障子戸を通して取り入れ、池や築山などとともに、自然の一部としておかしくないように建てられます。

 庭は、自...続きを読む

Qフランスのブルボン王家についてうかがいます。

フランスのブルボン王家についてうかがいます。
同じブルボン家で何故、王の名がルイ、フランソワ、アンリ、という具合にばらばらで統一しないのでしょうか。宜しくお願いします。

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ヨーロッパの王家は・・・王家だけでなく一般人もでしたが、
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でも家系図を見ると同じような名前ばかりでバリエーションが少なく、○○何世とか言って、誰が誰やら判りにくいです。

Q帝国書院の地理の教科書、気候区分の間違い?

最初にkabo-cha さん。帝国書院の間違いでした。
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Aベストアンサー

たぶん図の精度が低い(小さい)のではありませんか?
世界地図の気候区分で日本だけ見ているとか。
おそらくケッペンの気候区分図が見にくくて勘違いしているかもしれません。

岐阜から青森までの山岳地帯は亜寒帯(灰色)が点在しています。
図が小さいとこれがべた塗り(細かくて色分けできない)になります。
そして亜寒帯以外の場所も灰色になります。
秋田~富山あたりまで灰色にみえたりします。

もし帝国書院の地図をお持ちなら日本の気候のところを見てみましょう。
中学生用だとケッペンの分類が載ってないかもしれませんが
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もしかしたらケッペン以外の気候区分例も載ってるかもしれません。
私が今使ってるのにはケッペン以外に2つの区分図が載ってます。
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地図が何種類かあるのと同じですね。

ちなみに「日本、ケッペン、気候区分」で検索するとケッペンの分類の修正をあつかった
論文が見つかると思います。
外国の分類では日本の気候の分析が不十分なので見直し作業をしてるんですね。
将来教科書の区分図が変わるかもしれません。

それにしても質問が高度ですね。
大学受験でもここまで細かいことはなかなか調べられませんけど。
勉強頑張って下さい。

たぶん図の精度が低い(小さい)のではありませんか?
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Qフランス革命による政治的転換

大学の課題のためにフランス革命についての著書を読み、書評を書いています。

著書内において、フランス革命を資本主義・自由主義経済の前段階を確立した経済革命と見なすことに疑問を投げかけており、フランス革命の政治的・文化的な面での革命性を重視することを前提としたうえで、フランス革命によって政治文化が大きく変化したことに革命性があるとしています。(かなり省略しました)

私はフランス革命、またマルクス主義や唯物史観論、近年のフランス革命の研究姿勢などについては全くの素人です。書評を書くのすら初めてで、色々調べてはいるのですが著書の内容とうまく結びつけることができません。
上で述べましたフランス革命の政治的・文化的な切り口からの資料(時間が無いので出来ればネット上のもの)をご存知の方がいらっしゃいましたら、教えていただきたく思います。またこのような考えに対するご意見をお持ちの方、何かしらお聞かせ願えないでしょうか。何か不足する事項がありましたら、補足しますのでご指摘下さい。

非常に抽象的にな質問になってしまいましたが、宜しくお願い致します。

大学の課題のためにフランス革命についての著書を読み、書評を書いています。

著書内において、フランス革命を資本主義・自由主義経済の前段階を確立した経済革命と見なすことに疑問を投げかけており、フランス革命の政治的・文化的な面での革命性を重視することを前提としたうえで、フランス革命によって政治文化が大きく変化したことに革命性があるとしています。(かなり省略しました)

私はフランス革命、またマルクス主義や唯物史観論、近年のフランス革命の研究姿勢などについては全くの素人です。書評...続きを読む

Aベストアンサー

1997年の段階で10数年前なら・・・
と、アマゾンなどのBOOK情報に出ていますね。
とすると、著者が想定している時代は1980年ころつまり、ソ連崩壊前の唯物史観が強かった時代だ。

フランス革命が私有財産制度を確立させたと言うことを持って、フランス革命の最大のポイントとしていた。ナポレオンが自分の業績で一番すごいのはナポレオン法典であると言っています。そのナポレオン法典は何かというと民法であり、私有財産性を肯定したところにあります。
http://ja.wikipedia.org/wiki/フランス民法典

で、ここからは当該の書籍を読んでいないので推測(目次から)
民衆の暴力によって政権が倒れることは、実際フランスで行われたから「アリ」だとする政治文化が生まれた。これがフランス革命の重要なポイントなのだ。
ってなことなのかな。


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