脳はなぜ頭にあるのか?

骨格をもつ動物の多くは頭蓋骨の中に脳があります。
目や口などの繊細な器官もそこに集まっている。

虫や軟体動物の神経系はそうはできていませんよね。


とても不思議に思ったのですが
そもそも脳が今の位置に落ち着いたからには
それなりの理由があったと思います。

ところが頭というのは殴られたり
人間に至っては物が落ちてくればまず最初に駄目になる部分です。


また、犬や猫などは闘争するときや獲物をかるとき、口を使うために
この大事な部分を敵前にさらすことになる。

鹿や牛は頭突きを試合脳震盪すらおこす。

キリンは首が長すぎて脳まで血を届かせるのがとても難しく

それでも、なぜ頭に脳が落ち着いたのでしょう。
リスクがわりと高い部分だと思うんです。

パソコンで言えばメモリをCD取入れ口にさらしとくようなものでは。

背中や胴体の奥深くに丈夫な骨格でもつくってしまえばよかったのにとたまに思っていたので質問してみました。


まぁ、体の中に脳があったらそれはそれで寝るときや座るときに邪魔そうですが。
生き物としてそもそも形状が偉く違うのだろうな。

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A 回答 (5件)

考えたこともないけど、考えてみると次のような理由かと。



脳は情報処理器官であり、目や耳のような感覚器官のそばにあって外部からの情報を処理する必要アリ。
目や耳と脳が離れていると情報伝達に時間を要するし、神経が切断された場合に修復困難。
目や耳はなるべく前方や高い位置にあった方が情報収集性が高まる。よって脳も身体の前方や高い位置に置かれる。

犬は嗅覚が重要なので、犬の鼻は前方に大きく突き出してますね。

あと魚などの場合は目とともに口が重要です。口で捕食しますから。
そして口と脳が近いことで脳の指令を口に即座に伝えられます。
つまり脳は身体の重要な器官の近くに置かれるということでしょう。

そういう生物が進化の過程で子孫を多く残し得たから今に至っているということでしょう。
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この回答へのお礼

皆さん回答ありがとうございました。
大体、皆さん感覚器官を一箇所にまとめたほうが効率が良いということになっているようですね。僕もそう思います。

同じ方向性のなかでもっとも早かったID10T5さんにBAをつけたいと思います。
とても、珍妙な質問でしたが沢山の人が答えてくれて楽しく読ませてもらいました

回答をくれた全ての方に心のBAを差し上げたいです。
本当にありがとうございましたm(__)m

お礼日時:2011/04/19 12:52

本題からずれてすみません。


手塚治虫のブラックジャックに、頭蓋骨が脳の大きさを規定してしまっている、と考え、鹿の脳をおなかに移殖する科学者が出てくる話があります。自由に大きくなれる脳を持った鹿は、知能が発達して…


という話を思い出しました。
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他の回答にあるように食事に必要な感覚器官は口の周りにあるのが自然です


これは脳を持たないイソギンチャクなんかも一緒ですね
また移動手段が前後移動+方向転換という生物が多いため
周囲の情報を収集する感覚器官も最前方の頭部にあるのが自然です
結果それらの情報を処理する神経細胞も頭部に集中するのが自然な形になります

ではなぜ昆虫は分散できて脊椎動物は出来ないのか?
進化の土台となるそれらの生物の先祖からの制約があるのではないでしょうか?

昆虫の先祖はミミズやゴカイのような生物からムカデのような生物を経て
現在のような形になったのだと思いますが
それらの生物は基本的な体節を数珠つなぎにした構造をしています
昆虫の場合食事と情報収集の頭部、歩行や飛行など移動の胸部、消化吸収の腹部
と分業特化する形で進化していますが
ムカデと同様の基本の体節を複数融合特化させる形で各部を実現しています
胸部は移動のための神経が発達し腹部は逆に退化した
結果頭部と胸部の分散体制になったのでしょう
元々分散処理にしやすい下地があったのでしょう

脊椎動物の場合は祖先が脊索動物で脊索という情報伝達器官がすでにあったので
頭部集中制御という方向性が固まっていたのかもしれません
この辺の詳しいことわかりませんけど…

先祖から受け継いだ土台から増築、改築って言うのが進化の基本ですから
頭部への攻撃のリスクなんかはそこを強化するしか対処できないのでしょうね
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消化器官と循環器関連から離れていて、正中線に属する場所だと頭部しか選択肢が無い。


また、目・鼻・耳のような感覚を司るインターフェイスが脳の近くにあるのも自然な事では
ないだろうか。

狩りに関しては、相手にとどめを刺す事を優先するから防御は二の次かもw

脊椎動物としては自然な結果ですな。
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 非常に興味深い疑問ですね。



 生物学は好きな科目じゃなかったんですが、まあ素人なりに考えると、「目」で見たり「耳」で聞いたりした敵あるいは餌にすぐ反応・対処するために、目や耳に近いところに脳を置く必要があった、というか、目や耳に近いところに脳がある生物が敵から逃げたり餌を採るのに有利で、生き残ったのではないでしょうか。

 ではなぜ目や耳は頭の部分に発生したのか、というと、これは高いところにあるほうが、敵を発見したり餌を見つけるうえで有利だからです。野生の動物などの行動を見ている、この点は間違いないと確信がありますね。みんな耳で聞いて「おかしい」と思うと立ち上がったり、岩の上に上ったりしてキョロキョロしますから。

 目・耳と脳がそんなに近い必要があるのか、というと、あるんだと思いますね。体内でのデータの伝送速度はそんなに速くないですから。

 でもって、例えば、指が熱湯に触れた場合など、脳まで「危険である事」を伝送して脳からの命令を待って反応していては体を損なうので、データは脳まで行かないでショートカットして脊髄(だったかな)あたりからの命令で動きますし、よく言われるのは歩行者を見つけてブレーキを踏むまでコンマ何秒とかかかるという話ですし。
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詳しい方がいたらご回答よろしくお願いします!

Aベストアンサー

1番さんの回答に付け足し程度です。
ウィキペディアの「脳」の記述の一部の抜粋です。

ヒトの脳は頭蓋内腔の大部分を占めている。成人で体重の2%ほどにあたる1.2~1.6キログラムの質量がある。脳の質量は、男性で女性よりもやや大きく(後述)、体重との相関はない。約300億個の神経細胞を含むがそれは脳をなす細胞の1割程度であり、残りの9割はグリア細胞と呼ばれるものである。グリア細胞は神経細胞に栄養を供給したり、髄鞘を作って伝導速度を上げたりと、さまざまな働きをする。「人間は脳の1割ほどしか有効に使っていない」という俗説があるが、これはグリア細胞の機能がよくわかっていなかった時代に、働いている細胞は神経細胞だけという思い込みから広まったものと言われる。最近では脳の大部分は有効的に活用されており、脳の一部分が破損など何らかの機能的障害となる要因が発生した場合にあまり使われてない部分は代替的または補助的に活用されている可能性があると考えられている。

と書かれています。
どうやら人間の脳は昔の仮設よりもちゃんと機能しているようです。
仮に使われない部分があれば、ほかの臓器と同じく縮小したり、良く使う部分に飲まれてしまうため、使われないということはないと思います。
たとえば運動系の部活に入り汗を流して鍛えた筋肉は大学に入り動かないとなくなって、変わりに脂肪が付いてくると思います。
よって脳の7割が使われていなければ、脳の7割は将来的に消えてしまうはずです。

脳には生きるために必要な機能を担う場所と、生活を豊かにするために必要な機能を担う場所に分かれています。
後者は人で特に発達しており、前者には猫も犬もさるもあまりにも大きな違いはありません。
頭が良いというのは後者の機能ですので、割合の応じた知能を種がもちます。

1番さんの回答に付け足し程度です。
ウィキペディアの「脳」の記述の一部の抜粋です。

ヒトの脳は頭蓋内腔の大部分を占めている。成人で体重の2%ほどにあたる1.2~1.6キログラムの質量がある。脳の質量は、男性で女性よりもやや大きく(後述)、体重との相関はない。約300億個の神経細胞を含むがそれは脳をなす細胞の1割程度であり、残りの9割はグリア細胞と呼ばれるものである。グリア細胞は神経細胞に栄養を供給したり、髄鞘を作って伝導速度を上げたりと、さまざまな働きをする。「人間は脳の1割ほどしか...続きを読む

Q英語で修士論文が書けない

英語に自信はありませんが、英語で修士論文を書きたいと思っていました。

しかし指導教官は、
私(指導教官)はnativeではないし、英語で書くなら他の人を介さなければならないので、
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しかし、どの本を見ても
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と、英語で書くことを勧めています。

やはり指導教官が言っている以上、英語で書く事を諦める他ないのでしょうか?

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質問者さまは既に英語の論文は書かれたことがおありでしょうか?

博士論文は英語で書く人が多いですが、博士論文を書く段階では、既に英語で書いた雑誌論文が1~2本はあるのが一般的です。(分野によって本数は異なりますが、最低1~2本以上はあることが博士論文提出の条件になっているので。)元になる論文があっても、構成上、一から書き直す人もいますが、一般的には、既に書いた雑誌論文を再構成し、必要な分を書き足して博士論文として十分な長さと詳しさにする、というやり方をとることが多いです。
つまり、博士論文を書く段階では、学生は自分の論文を英語で書くだけの訓練は十分積んでいますし、土台になる自分の論文もあるので、指導教員は一から指導しなくても済みます。それでも、本音としては、学生のひどい英語はなるべく読みたくない、とおっしゃる先生方は多いです。

修士論文を書く前に、一度も英語の論文を書いたことがないのであれば、指導教員が日本語で書いてほしい、とおっしゃるのはもっともだと思います。博士課程の学生であっても、論文としての書き方の間違い以外に、多少は英語の間違いも指導しなければいけません。(大抵は、教員が指導したり、学生自身が外部の英文校閲者とメールなどでやりとりすれば、学生本人だけで修正できることが多いですけど。)まして、修士の学生で先に土台となる雑誌論文もないのであれば、論文の書き方の指導に加えて、英文の書き方の指導もかなりしなければいけません。

論文に限りませんが、他人の文章を添削するのはかなり大変な仕事です。自分が書いた方が百倍早い!、と思う気持ちを抑えて、何度も何度も細かくチェックしてなるべくこなれた文章になるように指導しなければなりません。もちろん、それも教員の仕事のうちですが、ある程度論文を書く訓練ができている博士課程の学生に対してさえ、英語が不得意な学生の指導をする場合には(間違いを指摘しても、なんで間違いなのかわからない、という顔をされたときなどには)、「オレは英語の先生じゃねーよ!、先に英語の勉強をしてこい!!」と思うときもあります。

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Q脳から見た動物に対するモラル

科学にたいして素人なのですがお願いいたします。

10年くらい前の脳科学の読み物で

「脳は進化の過程で脊髄から伸びていき
高度な大脳が作られていった。
ヒトは呼吸や体温、ホルモンなどの生命を維持する内側の部分に
高度な思考をつかさどる大脳皮質を進化で増やしたものだ。
哺乳類の脳の内側の基本的な部分は
ヒトも犬も大きさに大差ない」

のような記述を見たことがあるのです。

それで疑問に思ったのが
動物に対するモラルの問題で

それならばヒトと家畜も感情をつかさどるヘントウタイも大きさは
変わらず、しっかりとした喜怒哀楽という感情があるのではないか?

食べられる
いわば被害者の痛みや苦しみは
高度な哺乳類も大脳皮質が完成してない赤子も
同じではないか?
感情のある生命に尊厳を与えるべきじゃないか?
という疑問が浮かんできました。

この書物を書いた著者は、まえがきで
「この本は独断と偏見を持って執筆した」
と自ら言っていたので今では間違ってるかもしれません。

自分は、専門家ではないので
どこが合っていてどこが間違っているのかわからず不安があります。
少しでも良いので詳しい方の意見を聞かせてください。
お願いいたします。

お願いします。

科学にたいして素人なのですがお願いいたします。

10年くらい前の脳科学の読み物で

「脳は進化の過程で脊髄から伸びていき
高度な大脳が作られていった。
ヒトは呼吸や体温、ホルモンなどの生命を維持する内側の部分に
高度な思考をつかさどる大脳皮質を進化で増やしたものだ。
哺乳類の脳の内側の基本的な部分は
ヒトも犬も大きさに大差ない」

のような記述を見たことがあるのです。

それで疑問に思ったのが
動物に対するモラルの問題で

それならばヒトと家畜も感情をつかさどるヘントウタイも大きさは
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Aベストアンサー

こんにちは。
「偏桃体」といいますのは入力情報に対して生物学的な判定を行うための中枢機能であり、その起源は魚類にまで遡ります。この偏桃体を中核とする「大脳辺縁系」では、身体内外の環境の変化に対して「利益・不利益の判定」を下し、脳内に「情動反応」を発生させます。この判定により、利益には「接近行動」、不利益には「回避行動」の何れかがまず直ちに決定されます。この結果は自律神経や運動神経を介して身体に直接連絡されます。これにより身体広域の生理状態が強制的に変更され、与えられた状況に応じた速やかな行動の選択が可能となります。
「強制的な変更」といいますのは、要は表情が変わったり、あるいは思わず赤面したり足が竦んだりといったことです。我々はこれにより、今自分に何らかの感情が発生していることを自覚します。もちろん、他人から見てもだいたい分ります。
このようなものをひっくるめて「情動性身体反応」と言います。つまり我々の「感情」といいますのは、それは環境の変化に応じて脳内に発生した情動反応が末梢神経系を介して身体に表出され、その結果を喜怒哀楽のパターンに分類したものです。

大脳辺縁系といいますのは動物が環境の変化に応じた行動を選択するためのものであり、脳内にこれを有する全ての動物には我々人間と同じ構造の情動機能があるということになります。ですから、動物がその脳内に発生した情動反応に従って接近行動を選択するならばそれは「喜び」、回避行動ならば「不満」、少なくともこの行動の結果は二種類の異なる感情として分類することができるわけです。
このように、大脳辺縁系の情動機能によって選択される行動を「情動行動」と言います。どうしてこんなにはっきりしているのかと言いますと、それは偏桃体の判定には利益と不利益の二種類しかないからです。ところが、我々人間の感情といいますのはそんなに単純なものではありません。これは、辺縁系に発生した情動反応が身体に表出される過程で更に細かな状況判断によって様々に分岐してゆくからではないかと考えられています。そして、このような細かな状況判断といいますのは、果たして哺乳動物のように発達した大脳皮質や辺縁系でなければできません。つまり、魚類と人類では偏桃体の機能ではなく、「感情の複雑さ」が違うというわけです。

脳の解剖学的構造の違いに基づき、高等動物とは哺乳類と鳥類を指し、爬虫類以前は下等動物になります。脊椎動物に著しい脳の発達は魚類に端を発し、その「生命機能」と「情動(行動選択)機能」は爬虫類を以ってほぼ完成を見ました。では、それ以降に進化した我々哺乳類と鳥類は、この爬虫類の脳をベースに、そこに大脳新皮質を発達させました。このため、両者の脳の構造はそこではっきりと異なります。
先に述べました通り、情動が複雑に分岐するのは、高等動物では大脳辺縁系や大脳新皮質が発達しているからです。加えて、「過去の体験を基に現在の状況を比較し、未来の結果を予測する」、このようなことは大脳皮質の機能であり、果たして、辺縁系の情動機能でもこれはできません。下等動物といいますのはこの大脳機能が不十分であるため、未来の結果を予測するというのはほぼできないと考えられます。

このように、爬虫類の脳で選択される「本能行動」や「情動行動」では未来の結果を予測することができませんので、今現在の状況にしか反応できません。これに対しまして、大脳皮質の「理性行動」といいますのは未来の予測を行い、現在の反応とは異なるより価値の高い結果を選択するための「計画行動」であります。ですが、この理性行動といいますのは必ずしも道徳行動と動議ではありません。
「道徳観」といいますのは論理的に解釈できますが、「道徳心」というのは、これは辺縁系の情動体験によって獲得されるものです。理性というは飽くまで未来の結果を予測する機能であり、それが最終的に正しいかどうかを判定しているのは、実は大脳皮質ではなく大脳辺縁系です。申し上げました通り、辺縁系といいますのは脳内では行動の選択を行うための中枢です。従いまして、ここに反応が発生しなければ良いも悪いもそれを行動に移すことはできないわけです。そして、大脳皮質の学習記憶とは違い、この辺縁系の情動反応といいますのは自分の心で実際に感情を発生させない限り絶対に学習することはできません。

我々が生き物を慈しむ気持ちというのは、相手が感情を有するかどうかとは、実は全く関係がありません。
魚類以前の無脊椎動物に情動機能は確認されていませんし、植物に至っては神経系もないです。では、否なる理由かは分りませんが、我々生物の使命とは子孫を残すために生命を全うすることです。ならば、これが阻止されるならば、果たしてそれが全ての生命にとって共通する苦しみということになると思います。そして、この「他者の苦しみ」を理解することを「感情移入」と言いますが、これは情動反応を司る辺縁系の大きな役割のひとつです。
他人の心の中を覗いてみることはできませんので、我々は相手の言葉や行動からそれを推測します。これを「情動理解」と言い、自分の体験を基に脳内で相手の心情をシミュレーションします。大脳皮質で行っていますのはこのシミュレーションの部分であり、それに対して「可愛そうだ」といった判定を下しているのが大脳辺縁系です。従いまして、自分の辺縁系に同様の情動体験がなければ脳内に相手の心情を再現することはどうやってもできないわけです。ただ、これも飽くまで一方的な感情移入ですから、相手が本当にそう思っているのか実際には分りません。ですが、逆にこれにより、我々は草木や非生物に対しても哀れみを抱くことができます。
情動といいますのは、基本的には発生させなければ学習できないものです。ところが、我々は自分が死んだこともないのにそれを悲しみと感じることができます。人間の大脳皮質というのはありとあらゆる思考体験を実現しますので、辺縁系ではこれに伴い、あれやこれやと様々な情動が発生します。このため、我々は多くの生き物を慈しむ気持ちと同時に、ひとの死や苦しみに深く胸を痛めなければなりません。たいへん高度な能力であると共に、それは人類に与えられた試練でもあります。果たして仏教といいますのは、人類がこの矛盾を解決するために生まれました。

こんにちは。
「偏桃体」といいますのは入力情報に対して生物学的な判定を行うための中枢機能であり、その起源は魚類にまで遡ります。この偏桃体を中核とする「大脳辺縁系」では、身体内外の環境の変化に対して「利益・不利益の判定」を下し、脳内に「情動反応」を発生させます。この判定により、利益には「接近行動」、不利益には「回避行動」の何れかがまず直ちに決定されます。この結果は自律神経や運動神経を介して身体に直接連絡されます。これにより身体広域の生理状態が強制的に変更され、与えられた状況に...続きを読む

Q英語は英語で理解する必要ってある?

英語は英語で理解する必要ってある?

こんにちは、暇つぶしの質問ですので、お時間のある時にでもお付き合いただだければ幸いです。
英語は日本語を介さず英語のまま理解すのが望ましいと言われます。しかし、そこまでしなくても
初歩的な英会話は出来ますし、大学入試の英語だって乗り切れますし、時間は少しかかるものの、英語の文献やWebサイトを読むことだって出来ます。
尤も、簡単な文なら一々和訳しなくても英語のまま理解できても、内容が抽象的で文も複雑になると どうしても和訳しないと理解できない人が大部分ではないでしょうか?

そこで質問です。英語は英語で理解する必要ってあると思いますか?
また、どうしても英語は英語で理解しなければ都合の悪いケースなどがありましたら教えてください。

Aベストアンサー

普段は問題ないと思いますよ。

問題は、ネイティブと話すとき。

タイムラグがでかいと、しゃべりにくいです。

英語を聞いて → 日本語に翻訳して → 日本語で考えて →

英訳して → 英語で話す。 これがものすごく早ければ、会話もスムーズ。

ところが実際は、パン買うのに、これやってられない^^;

英語で聞いて → 英語で考えて → 英語で話す。

圧倒的にこっちが早いのはご理解いただけるかと。

こればかりは、向こうに行ってみないと直面しない壁かもしれません。
 #私向こうにいたことがあるんですよ。
 #訳していたら、間に合わない。後ろに長蛇の列ができると気にはなります

m(_ _)m

Q結局 人間は機械論こそが真理なのでしょうか? 今考えていることも脳とゆう物資によるものですし 心も結

結局 人間は機械論こそが真理なのでしょうか? 今考えていることも脳とゆう物資によるものですし 心も結局機械で自由意志などないのでしょうか?

Aベストアンサー

>結局 人間は機械論こそが真理なのでしょうか?

いいえ。
機械論は偶然の出来事を排除する理論ですから、すでに陳腐化しています。


>今考えていることも脳とゆう物資によるものですし 心も結局機械で自由意志などないのでしょうか?

自由意思はありません。
「力への意思」および「偶然の選択」の二つが錯綜しながら生を全うすることになります。

Q論文は英語で書くべきだと思うのですが・・・

 日本人の学部生が論文を書くというと日本語で書きます。しかし、日本語で論文を書くということは読む人は日本人に限定してしまいます。世界の人と研究で議論するには英語で書いた論文が必要となります。国語学を学んでいる人に英語で書けとは言いませんが、特に科学を研究している人は学部生から英語で論文を書くトレーニングをする必要があると思います。
 日本語の論文もろくにかけないのに英語で書けなんてバカなことをいうなといわれそうですが、英語で論文を書くトレーニングをするからこそ日本語も理解できると考えております。全国の大学で、卒論をすべて英語でかけなくてもせめて図や表は英語で書くべきだと思います。この考えは無理がありますか?
 

Aベストアンサー

machtechさんの質問は、全てではなく、せめて図や表を英語で書くべきだと言うことですね。
当然だと思います。私の所属している日本の学会では、日本語の論文においても図と表およびそのタイトルは英語で書くようになっています。また、論文のタイトルも英語表記で英語のアブストも記載しなければなりません。
皆さんのメールにあるように先ず技術を高めることが大事だとの意見も同意できますが、せめて図、表とそのタイトルは英語にするべきでしょう。私も英語は得意ではありませんが、海外の論文を探す機会が非常に多いです。この際、関連する図と表を先ず探します。書かれている内容も大事ですが、先ずその論文がどのようなデータから成り立っているのかが重要だと考えるからです。
このようなことは大学の先生ならご存知のはずです。また、卒論でも図、表は英語で書く大学も多くなっているのではないでしょうか。図表とも未だに日本語で書かれているのだとすれば、もっとも関連する学会が未だに図表が日本語で書かれてる可能性があります。しかし、関連する学会が図表とも英語にも関わらず卒論が日本語で書かれているとすれば、それは担当教官の怠慢と学生が全く論文を見ていないことになります。そのような卒論に興味は湧きません。ごめんなさい。

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当然だと思います。私の所属している日本の学会では、日本語の論文においても図と表およびそのタイトルは英語で書くようになっています。また、論文のタイトルも英語表記で英語のアブストも記載しなければなりません。
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Q「思い出す」脳と、「知っていることを出す」脳は違う?

このカテが適切かどうかわかりませんが。

脳の働きは右脳・左脳で違うということは聞いています。
私は外国語を学習しているので、よく暗誦をするのですが、覚えたことを使って話そうとすると、実際自分の知識(引き出し)の中にある情報を呼び起こして話をするときと全然違う感覚になります。
「記憶したものを取り出そう」とする感覚で、それはもしかしたら、脳の潜在意識にはまだ到達していないのかなと思います。

しかし外国語を学習するときには「暗記する」ということが必要になるし、自分では作り出せない文を暗記することで使える文が増やせるのも確かなのでこれをうまく利用しながら外国語を上達させたいのです。

できたら、暗記したものを思い出すという作業ではなく、これを自分の考えにして自由自在に使えるようにまで持っていきたいのです。

「暗記したものを思い出す」ときに使う脳の部分と、「自分の知識の引き出しから引っ張り出す」ときに使う脳の部分は違うのでしょうか?

自分でも脳を使っているときに違う意識が働くのを感じるのですが本当はどうなのでしょうか?

わかる方教えてください。

このカテが適切かどうかわかりませんが。

脳の働きは右脳・左脳で違うということは聞いています。
私は外国語を学習しているので、よく暗誦をするのですが、覚えたことを使って話そうとすると、実際自分の知識(引き出し)の中にある情報を呼び起こして話をするときと全然違う感覚になります。
「記憶したものを取り出そう」とする感覚で、それはもしかしたら、脳の潜在意識にはまだ到達していないのかなと思います。

しかし外国語を学習するときには「暗記する」ということが必要になるし、自分では作り...続きを読む

Aベストアンサー

>「暗記したものを思い出す」ときに使う脳の部分と、「自分の知識の引き出しから引っ張り出す」ときに使う脳の部分は違うのでしょうか?

違います。
自分の知識とは、常識化し、応用出来る物です。
徳川家康→江戸時代→身分制度
いわば、本の表紙のような物です。

問題を中身の奥深くとしますと、

表紙とは、すらすら哲学的に喋り続けられるレベル。
中身とは、専門家並の記憶が無くてはスピーチ出来ないレベル。

通常の会話では、考えて喋る事は滅多にありません。

言語中枢と、記憶中枢、前頭葉(まとめる)
ここを行ったり来たりするのですから、

表紙のレベルで専門家並のスピーチを強いられている。
こう判断出来ます。

棚に綺麗に分類しています。
小出しには出来ますが、その程度なのです。

小説で言う、「顰蹙」を使った言葉。

この言葉を使ったこの一説は綺麗にまとまっていたな。
この人の発言は、これに比べると少し劣るかな。

つまり、
その単語を使いこなすまでは、
えーと、えーとなんです。

教わった用法に更に5例は学習しましょう。

>「暗記したものを思い出す」ときに使う脳の部分と、「自分の知識の引き出しから引っ張り出す」ときに使う脳の部分は違うのでしょうか?

違います。
自分の知識とは、常識化し、応用出来る物です。
徳川家康→江戸時代→身分制度
いわば、本の表紙のような物です。

問題を中身の奥深くとしますと、

表紙とは、すらすら哲学的に喋り続けられるレベル。
中身とは、専門家並の記憶が無くてはスピーチ出来ないレベル。

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Q「こんにちはを英語で何と言いますか?」 「”こんにちは”これを英語で何

「こんにちはを英語で何と言いますか?」 「”こんにちは”これを英語で何といいますか?」英語にしてくださいmm

Aベストアンサー

感覚的に訳します

「こんにちはを英語で何と言いますか?」
"How do you say Konnichiwa in English?"
こちらは日常的に使える英文だと思います


「”こんにちは”これを英語で何といいますか?」
"Konnichiwa" - How do you say it in English?
文章として書く分にはおかしくないのですが上記の方が自然かと思います

または
"What's (日本語の単語) in English?"
でも大丈夫だと思います

Hope it helps!

Q囲碁は脳に良いとよく聞きますが、脳科学的に根拠はあるんでしょうか?

良いとしたら、どれぐらい、どのように良いんでしょうか?

Aベストアンサー

こんにちは。
囲碁や将棋、チェスといった脳活動を研究している博士は世界中にたくさんいると思いますが、それが「脳に良い」と発表されたというのは、私はまだ聞いたことがないです。
囲碁では「論理的な思考」や「直感力」を養うことができます。ですが、未体験の問題に創造的な思考を行うには不向きです。

集中力や注意力を要しますので、「脳の活性化」に対しては啓発的な刺激を発生させることができるわけですが、これだけでしたら読書でもスポーツでも同じことです。脳科学ではこのような知的作業には「老化防止」や「認知症予防」の効果が予測されていますが、また統計的な結果しかなく、具体的な生理学的根拠といいますのはそれほどはっきりとは解明されていません。
では、囲碁や将棋といいますのは、決められたルールに従って思考を行いますので、この作業を繰り返すことによって「学習効果」が期待できます。そして、これによって獲得された思考力や直感力が他に応用できますならば、我々の脳の機能は向上するということになります。

「論理的な思考」といいますのは、「与えられた情報を基に論理的な結果を予測する」ということです。
囲碁や将棋といいますのは全ての情報が開示されていますので、できるかできないかは別としましても、十手二十手先を正確に読み、相手がどんな手を打ってくるのかも予測することが可能です。では、「直感」といいますのは、これは第六感ではなく、いちいち思考というプロセスに頼らなくとも「直ちに論理的な結果を選択することができる」ということでありまして、これには必ずや訓練というものが必要となります。そして、我々の脳内でこのような「訓練の結果」を学習しているのは「小脳」です。

全ての情報が開示されているのですから、論理的な思考ができさえすれば誰でも結果を出すことができるはずです。ですが、はっきり言って囲碁や将棋の複雑さといいますのは端から通常の人間のキャパシティを超えています。
大脳皮質が繰り返し思考を行いますと、その「手順」というのが小脳に学習されます。では、この思考の手順が学習されますと、細かいことは小脳が自動で片付けてくれますので、大脳皮質は更にその先を読むことができるようになります。果たして、プロの棋士といいますのは様々な手筋や局面を無数に体験していますので、論理的に矛盾のない一手をまるで超能力のように見付け出してしまいます。正に訓練の賜物であり、これが「直感」の正体ですね。

つい先日の新聞なんですが、将棋の棋士が詰の手筋を読むとき、「大脳基底核」というところに反応のあることが確認されたという記事が載っていました。大脳基底核といいますのは、例えばドアを開けるとか階段を昇るといった、我々の日常的な行動を補佐する中枢です。
これがどういうことかといいますと、プロの棋士といいますのは手筋を読むというのがほとんど日常生活のレベルになってしまっているということです。いったい、どういう脳みそなんでしょうか。

このように、我々の脳といいますのは考えることによって考えることが上手になります。そして、これだけ複雑な思考を繰り返し学習することのできるものといいましたら、囲碁、将棋、マージャンなどがその代表格ということになります。
では、このようにして獲得した学習結果が囲碁や将棋以外の思考に確実に応用できるとしますならば、我々の問題解決能力は飛躍的に向上するわけです。経験的な事実としましては、ある程度の体験が伴うならば別の問題に対処する能力も押し並べて向上するわけですが、このような学習結果が我々の脳内でどのように運用されるのかといったメカニズムはまだほとんど解明されていません。
プロの棋士といいますのは、みな頭が良いです、これは疑いようがないと思います。ですが、別な問題に対処するならば、そのための訓練を行った方が効果の高いことは明白です。
そして、囲碁といいますのは与えられた情報を基に結果を出す作業でありますから、未体験の問題に創造的な思考を行うには不向きということになります。まして言うまでもなく、脳が発達期にある子供の場合でありますならば、果たして論理的な思考だけではなく、「創造的活動」や「情操的活動」など、全てのバランスを整えることが必要となります。

こんにちは。
囲碁や将棋、チェスといった脳活動を研究している博士は世界中にたくさんいると思いますが、それが「脳に良い」と発表されたというのは、私はまだ聞いたことがないです。
囲碁では「論理的な思考」や「直感力」を養うことができます。ですが、未体験の問題に創造的な思考を行うには不向きです。

集中力や注意力を要しますので、「脳の活性化」に対しては啓発的な刺激を発生させることができるわけですが、これだけでしたら読書でもスポーツでも同じことです。脳科学ではこのような知的作業には...続きを読む


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