お笑いコンビのくりぃむしちゅーの有田さんって、性格がすごく優しそうだと思うのですが、どうなんですか?予想でもいいです(笑)
優しいのと同時に、繊細というか、弱いというか、こどものような心のまま大人になって、現在テレビではキャラクターを作って頑張っていると言う風に見えてかわいいです。幼少のころはかわいがられて育ったように感じます。実際は知りませんが。

A 回答 (2件)

ん?有田さんですか?


自分が好きなんだと思いますが(^^)
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

なるほど。自分が好きなんですね。自分のことが好きってすばらしいことですね。
自分のことが嫌いな人たち(私も含め)にも、、有田さんのように自分のことを好きになってほしいです。

お礼日時:2011/04/20 19:31

 私も、あるいは 私は、有田さんのファンです。



 照れたような (^_^) もいいですし、当意即妙な受け答えもウマイと思うし、上田さんの上に行こうという野心もないみたいで、一歩控えた態度だし、私的には好感のもてるイメージの人です。

 たしかに優しそうで、周囲に気配りしてくれそうな感じではありますね。子供の頃かわいがられたかどうかまでは推測できませんが、あの顔だから、いじめられたという経験はなさそうです (^o^;
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

ファンなのですね。たしかに、今太っているからだいぶ和らいでいるけど、有田さんの顔は鋭くてこわいですしね(泣)
有田さんって芸人さんの中でも普通のまともな人のように見えます。上田さんよりも(笑)

仲間内において優しそうに見えますが、実際のところどうなんでしょうね^ ^
気になります。本当だったらファンとしても嬉しいですね。

お礼日時:2011/04/21 15:34

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Aベストアンサー

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ただ一度死んでしまえばなにをしても永遠の無になるという事が怖かったです。
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Aベストアンサー

下記サイトなどを見ると、思っていたより、そういうお子さんは多いように見えますね。
http://mikle.jp/threadres/1741385/
わたしなどは鈍感だったせいなのでしょう、そういった幼時経験はしていませんが。
さて、その要因についてですが、これは、「タナトス」と関連性があるのではないか、という気がします。
タナトスはフロイトが主張した「死の欲望」のことで、対義語がエロスと呼ばれる「(性ではなくて)生への欲望」です。
たとえば、陶器やガラス製の皿などを叩き割るとスッキリした気持ちになるのは、このタナトスの欲求が満たされるからだ、という考えかたがあります。
茶碗は、その形を維持するために何らかの無理をしているわけで、砕けて粉々になることで安定性を回復するから、という論理。
「死の欲望」と言えば恐ろしげですが、言ってみれば、安定を求める欲望なわけで、これは、どんな生き物でも、というより、どんな存在でも所有している原初的な欲望である、とフロイトは考えたのだと思います。
自らが創始した精神分析の理論を深めるうちに辿りついた後年の理論であり、なかなか興味深いものがあります。

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子供は無から生じたばかりの存在ですが、これは、死から生へ向けて動き出したばかりの存在である、という見方もできると思います。
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生への欲望、遠大な未来への期待などが最も強い時期であるだけに、その反動とでもいうべき怖れが幼い心を襲う可能性はあり得ると思います。
どうしても欲しいと強烈に欲求する対象があるとして、それが失われることに対しては、通常以上の、極めて強い怖れ・心配が生じるはずで、これと似た理屈。
こうした感覚を得るのは、基本的に想像力の豊かな方のはずで、あとは、それを納得できる方法で解決できる(できた)かどうか、ということになると思います。

下記サイトなどを見ると、思っていたより、そういうお子さんは多いように見えますね。
http://mikle.jp/threadres/1741385/
わたしなどは鈍感だったせいなのでしょう、そういった幼時経験はしていませんが。
さて、その要因についてですが、これは、「タナトス」と関連性があるのではないか、という気がします。
タナトスはフロイトが主張した「死の欲望」のことで、対義語がエロスと呼ばれる「(性ではなくて)生への欲望」です。
たとえば、陶器やガラス製の皿などを叩き割るとスッキリした気持ちになるの...続きを読む


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