真珠湾攻撃は奇襲攻撃だったのですか?
確かめようはないのでしょうか?

A 回答 (8件)

ちゃんと日本は宣戦布告の電報は送ってたらしいですが当時アメリカ日本大使館はその電報をアメリカに提出(表現間違ってるかも)し忘れ、アメリカが知らない間に日本軍が真珠湾に攻撃してしまったので結果的に奇襲攻撃になってしまったのです。

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 アメリカの視点から見れば、もし西側から攻め込まれるとすれば、まっさきにハワイは思い浮かぶ(ミッドウェーは何にもないので占領されてもかまわん)。

だから、OSSのドノバンなどはうすうす感じてはいたけれど、それまで本土が戦場になったという意識がないので、びっくり。つまり結果として奇襲になった。結局は官僚による動きの鈍さが、ちぐはぐさを煽っているような気がする。
 ただ、当時ハワイ周辺のソ連の漁船が大挙していなくなったという話を聞いたことがあるが、こんなことを調べている人がいないので、今ひとつはっきりしない。
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アメリカという国は、モンロー主義でもわかるようにヨーロッパと関わりたくなかったんです。


第一次大戦でも最初は知らんぷりしていました。
でも結局ドイツ潜水艦による無差別攻撃に怒り参戦しました。
第一次大戦終了後もモンロー主義はまだ生きていて結局国際連盟に参加しませんでした。

このようなわけで第二次大戦時も日本と戦うのは比較的容易だけど、ナチスドイツも同時に相手にすることになるので渋っていました。
真珠湾攻撃も極秘情報としてつかんではいましたが、せいぜい大事な空母を退避させただけでした。アメリカは日本と戦争になれば空母は不可欠と読んでいました。知らぬふりをして日本に奇襲攻撃をさせ、国民を怒らせ、対独戦争に向かって国民の心を一つにしないとヒットラーとはとても戦えぬと考えていました。まあそういうわけでして一応歴史の上では奇襲攻撃となっています。
日本は不名誉な奇襲をかけたと言われていますが、パールハーバーなどの映画を見た外国人の言葉を借りると「よくもまあ、日本はあのアメリカ相手に奇襲とはいえここまでやれたもんだなあ」と感嘆の賛辞を述べてくれます。
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戦争というのは卑怯な手でも戦術のうちですから、感情的な受け取り方とルールマナー上の受け取り方(合法かどうか)という2種類があります。


「戦争」というものを冷静に見つめるためにぜひ覚えていただきたいです。

戦争というのは、明らかに越権行為があるか、または宣戦布告をするか、で開始されるものです。
先日タイとカンボジアで戦争(衝突)がありましたが、あの地域は国境が明確でなくどちらも自国の領土を主張して対立しているところですから、宣戦布告が無くても奇襲とはいえません。

北朝鮮がヨンビョン島に砲弾を撃ち込んだもの、もともとが「休戦」状態ですから休戦協定違反であっても奇襲とはいえません。

真珠湾の場合は、隠密行動によってアメリカ政府に宣戦布告をしたらすぐに攻撃を行う手はずでしたので、そもそもが「奇襲作戦」であったといえます。しかも、大使館員の手違いで宣戦布告が攻撃に後になってしまったので、ルール違反の奇襲攻撃である、という批難をうけることになってしまいます。
しかし、奇襲作戦自体はルール違反でもマナー違反でもありませんから、宣戦布告と同時に攻撃をすることが出来たなら「日本は汚い攻撃をする」という批難は当たらないことになります。

しかしです。
では、宣戦布告が時間的に間に合ったとして、アメリカが受けたダメージとその後の合言葉「リメンバーパールハーバー」は変化していたでしょうか?

ほぼ間違いなくしていないと思います。なぜなら、アメリカが建国以来、自国の領土を攻撃されたのは真珠湾攻撃が初めてだったからです。アメリカとしてはとても大きな衝撃を受けたのです。
そして宣戦布告が攻撃より遅かったという事実が、アメリカ人の「フェアプレイ精神」に火をつけます。アメリカは今でもフェアプレイを尊重していて「野球でも満塁の時にはバントをしない」という暗黙のルールがあるからです。
一般的なアメリカ人はこれによって対日本戦への決意を固めることになったわけです。

しかも、アメリカ政府とアメリカ軍は日本の無線等を傍受して真珠湾攻撃があることを知っており、艦船や人員の損害と、その後の軍人や国民の士気の鼓舞を天秤にかけて、真珠湾攻撃を「奇襲」であったとプロパガンダすることに成功しています。

いわば日本の失態を、自分たちの有利につながるように情報を操作したのです。

これが戦争の実態です。多くのアメリカ人は真珠湾攻撃を「奇襲だった」と信じています。だからこそ大空襲をしても原爆を落としても正当性がなりたつわけで、アメリカ政府の言うことを信じているわけです。
そこに事実を突きつけてもなにも変わりません。アメリカ人にしても日本人にしても「人は自分が信じたいものを信じる」からです。

真珠湾攻撃は事実としてルール上「奇襲」だったことは事実です。しかし、それをアメリカ政府がプロパガンダに利用したのも事実です。大きな力に翻弄される庶民としては、どちらの政府もやっていることは汚くみえますが、それが国際社会の、そして戦争の現実なのです。
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すでに確認されてますよ\(^^;).



奇襲の意味も、政治的・戦術的二つありますが・・・・
どちらも奇襲です


・山本連合艦隊司令長官は
「だまし討ち」と米国民の反感買うことおそれ、
真珠湾攻撃の三十分前までに、駐米大使から宣戦布告を米政府に通告するよう
軍令部・海軍省経由で、外務省に念押ししたが、
大使館員の油断で、一時間後に通告するに
なってしまった。
※実は真珠湾攻撃より前に、海軍の護衛で、陸軍のシンガポール攻略部隊が、中立侵犯してタイ方面や、
マレー方面に上陸交戦してるが\(^^;)..

・米軍に発見されぬよう、わざと主要航路から外れて悪天候多い進路でハワイ沖
真珠湾の北方360キロに達した機動部隊から発進した
零戦・九七式艦攻・九九艦爆総計350機は、
午前7時49分、真珠湾に到達した。完全に虚を突かれた米軍の反応は鈍く、対空砲火もまばらで敵戦闘機も上がってこない。攻撃隊を率いていた淵田美津夫中佐は、奇襲成功を確認。全機突撃を命じる。この時、有名な「トラトラトラ」という暗号を無線で打電した。その意味は「ワレ、奇襲に成功せり」である。(実は、オアフ島の山中に特設された電波監視所のレーダーは、とらえていたが、本土から、
B-17の増援が来ると知らされていたので、それと思い込み、報告を司令部に行わなかった)



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表面上の歴史上では「奇襲」とされてますが、実際はアメリカは日本が真珠湾を攻撃する事は解っていた様です。

大体、太平洋戦争自体、アメリカが日本潰しの為に策略したもので、軍部はそれに引っ掛かり、御前会議を経て「無謀な戦争」に突入したわけです。昭和天皇は最後までこの戦争には反対でしたが、軍部に押し切られ、止む無く開戦をする事になりました。真珠湾攻撃は事前にアメリカは知っていたと言います。わざとにアメリカが一方的に奇襲攻撃をかけられて、世界に「日本は卑怯だ」というイメージを植え付けさせ、世界を味方につけたわけです。このアメリカの作戦は功を奏しました。犠牲は多大なものでしたが、それ以上に「日本潰し」の大義名分を作る事に成功したんです。幾ら攻撃されたとは言え、余りにも、アメリカがあっさりやられた感があります。それは反撃を最小限にしたからです。

アメリカの機密文書(今でも極秘)にそれが書かれてる様です。証言者が少なくなった今、太平洋戦争の真実が語られる日は来ないでしょう。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
やはりそうなんですね。パールハーバー、パールハーバーというアメリカ人にも理解してほしいなと思います。ありがとうございました。

お礼日時:2011/04/23 06:12

米国が攻撃の恐れがあるとして空母だけは退避させたので、完全な奇襲攻撃とは言えません。


確か、米国の日本の資料を基にしたドキュメントテレビを遣っていた様な気が・・・。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
ドキュメント、探してみますね。ありがとうございました。

お礼日時:2011/04/23 06:10

現地の米軍にとっては奇襲でしたが、アメリカ政府はすでに暗号読解によって周知のものでした。



当時アメリカ国内の世論ははヨーロッパ戦線の疲弊で嫌戦ムードがあり、対日開戦には慎重論も多い状況でした。

そこで「卑怯な奇襲をした日本をやっつける」という大義名分を作り上げるためにアメリカ政府はあえて日本の攻撃を「黙認」しました。

こういう資料はたくさんありますので書店・図書館でお探しになるのも良いかと思います。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
>そこで「卑怯な奇襲をした日本をやっつける」という大義名分を作り上げるためにアメリカ政府はあえて日本の攻撃を「黙認」しました。

そうですか。。。アメリカ人でそれを知ってる人は少ないんですかね。。
図書館も行ってみますね!ありがとうございました。

お礼日時:2011/04/23 06:09

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Q真珠湾攻撃について

真珠湾攻撃について学校で習ったのは日本が闇討ちをしたと教えられましたが、米国側は事前に真珠湾攻撃の事を知っていたと言うのは事実ですか?事実だとしたら何故、日本が奇襲攻撃をしたと教えられるのですか?

Aベストアンサー

回答は出てると思いますが、蛇足を。
奇襲とは、相手が防御体勢を取ってない場合で、取ってる場合は強襲となります。

トラトラトラの電文は、攻撃開始前に淵田指揮官から打たれています。米軍が防御体勢を整えているかどうかが、大きな問題となるからです。勿論、攻撃の順番も変わります。奇襲の場合は、雷撃、急降下爆撃、水平爆撃の順ですが、強襲の場合は、急降下爆撃を先に行い、相手の対空砲火の鎮圧、基地機能の麻痺させることになるわけです。
ですから、トラトラトラでは、どれだけ相手に被害与えたかは、艦隊も大本営も解かってませんでした。
ただ、当時の航空搭乗員の技量を考えると、奇襲だとかなりの戦果が期待できることは確かでしたが。

フィリピンの航空基地は、真珠湾の攻撃報告を聞いて、戦闘機が上空に上がって迎撃体制を整えてましたが、台南基地が、霧のため離陸できず、かなり遅れてしまいました。
米軍機は日本軍が来ないので、給油のため着陸した頃に日本機が現れ、地上で撃破されてしまったと言うのが事実です。

どうも、米軍は開戦を覚悟していたようで、フィリピンには、漁船に砲を1門積んだ偵察艇をしきりに動かして、これを日本軍が先に攻撃するのを期待してたようです。
しかし、真珠湾にあれだけの航空機で空襲されることは、予想外で、痛すぎる出血となったことは確かです。

回答は出てると思いますが、蛇足を。
奇襲とは、相手が防御体勢を取ってない場合で、取ってる場合は強襲となります。

トラトラトラの電文は、攻撃開始前に淵田指揮官から打たれています。米軍が防御体勢を整えているかどうかが、大きな問題となるからです。勿論、攻撃の順番も変わります。奇襲の場合は、雷撃、急降下爆撃、水平爆撃の順ですが、強襲の場合は、急降下爆撃を先に行い、相手の対空砲火の鎮圧、基地機能の麻痺させることになるわけです。
ですから、トラトラトラでは、どれだけ相手に被害与えた...続きを読む

Q真珠湾攻撃は奇襲かそうではないか。

真珠湾攻撃は,奇襲説とそうではなかったとする説と2つあります。学生のころは,奇襲と教えられました。しかし,最近,奇襲ではなかったとの言を耳にします。
奇襲ではないの根拠や資料は何によるのでしょうか。
ご存知の方,教えてください。

Aベストアンサー

・日本から米国に対する宣戦布告は手配していたのだが、米側に渡るのが予定より遅れてしまったので、予告ナシの奇襲のようになってしまった。
(在米日本大使館の手違いか怠慢?と言われています)

・でも実はどっちにしろ、米国側は日本側の暗号を解読して、知ってたんじゃないの?という説。

どの程度正確か分かりませんが、ウィキペディアに「真珠湾攻撃陰謀説」というページがあります。
保護されたり削除依頼が付いたり荒れてはないようです・・・・・
参考文献が掲載されているので、そこらへんの書籍を見てみたらいいのではないでしょうか。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9C%9F%E7%8F%A0%E6%B9%BE%E6%94%BB%E6%92%83%E9%99%B0%E8%AC%80%E8%AA%AC

Qもしも、真珠湾攻撃をしなかったら・・・

太平洋戦争の発端は真珠湾攻撃と聞いています。
それでは、日本が真珠湾攻撃をしなかったら、日本はどのようになったのでしようか。
何が理由で、大国と戦争をしたのですか。

Aベストアンサー

 大東亜戦争(国際法上に於ける正式名称・East Asia War)の発端は真珠湾攻撃ではありません。ワシントンDC及びロンドンで米英蘭に対して日本が宣戦布告したのが発端です。
 この宣戦布告に基づいて真珠湾・フィリピン・マレーシアに同時攻撃を行いました。続いてインドネシアへの攻撃が行われます。
 もし真珠湾攻撃をしなかったらですが、米国太平洋艦隊が無傷だっただけのことです。米国国民が対日戦に賛同するかは微妙です。フィリピンを巡る戦いのために米国国民が2年も3年も戦争を支持するとは思えません。

> 何が理由で、大国と戦争をしたのですか
中国との戦争を止めるためです。米英が国民党政府をバックアップしていたのが判っていましたのでその供給元を戦争に引きずり出して彼らのアジアに対する影響力を排除しない限り安定がないと思ったから戦争したのです。

Q真珠湾奇襲攻撃が「だまし討ち」になる理由

事前の宣戦布告なしの奇襲攻撃で戦争がはじまる例は戦史上いくらでもあるのに、なぜ真珠湾攻撃だけが「だまし討ち」として批難されるのでしょうか。

Aベストアンサー

相手国との外交交渉中に奇襲攻撃をかましたのは、戦史上、日本が最初で最後です。
これは、まさに「だまし討ち」といえるでしょう。

ご存知だとは思いますが、おさらいのため当時の流れを記しておきますと、
当時の日本は、アメリカの経済制裁で屑鉄や石油が入らなくなり、ヒイヒイ言っておりました。このままではジリ貧の為、1941年初頭からアメリカと経済制裁解除のための交渉を始めます、日本側のぎりぎりまで妥協した提案(乙案、11月20日)に対する米側の対案(ハルノート、11月27日)が提示され、アメリカ側としてはその返答を待っているところでした。
本来であれば、日本は最低でも攻撃前に交渉決裂を通告しなければなりませんでしたが、それすら行なってません。真珠湾攻撃が問題視されるのは「宣戦布告が無かったこと」ではなく「交渉打ち切りの通告が無かったこと」が大きな理由です。

例えるならば、笑顔で握手をしようと手を差し延べながら、いきなり顔面パンチを喰らわすようなもので、こんなことをされればどんな相手でもブチ切れるのは当たり前な事です。

Q真珠湾攻撃の資料について。

どうも。
現在、真珠湾攻撃について調べているのですが、アメリカ側から見た真珠湾攻撃という感じの資料というのは無いものでしょうか・・・。
もちろん英語版でもかまわないのですが、なかなかいい資料が見つけられなくて困っています。
もしご存知の方が居ましたら教えてください。
また、これは当時の日本軍側の資料なのですが、「なぜわざわざアメリカを攻撃しなくてはいけなかったのか。なぜハワイだったのか。」などの資料も出来ればほしいです・・・。
私の探し当てた資料には、真珠湾攻撃とは何か。しかかかれていなく・・・前景がわからないのです。
どうぞよろしくお願いします。

Aベストアンサー

この辺りの事情から入っていけば、なぜ真珠湾攻撃になったのかがわかると思います。
日本、イタリア、ドイツはインドで出会う約束をしていたのです。

参考URL:http://www.tabiken.com/history/doc/N/N350R100.HTM

Q真珠湾奇襲攻撃

連合艦隊は、真珠湾奇襲時、真珠湾に米空母がいないことを知っていたのですか。
確かホノルル領事館員の回想録だったと思うのですが、また書名を思い出せないのですが、著者の領事館員は毎日小高い山の上から真珠湾に停泊している米艦船の様子を調べて東京に連絡していた、という話を読んだ記憶があります。
また、この本には、真珠湾攻撃の数日前に東京からの指示で極秘文書を焼却したと書いてありました。
米空母が停泊していたか否かについて、連合艦隊は事前に把握していたかどうか、教えてください。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

知るすべは、なかった。
吉川予備役海軍少尉が駐ホノルル・日本領事館員森村正と称し、
連日、真珠湾の港内の様子を暗号電文で知らせた、最後の
12月6日の電文には、空母が入港しているとは書かれていなかった。
が、当時近海にいたハルゼーの機動部隊は、急行すれば
日曜には入港できる位置にいた。
(なお、この暗号電文は、外務省から海軍省・軍令部・
瀬戸内海の連合艦隊旗艦上の司令部には伝達されたが、
南雲機動部隊には、連絡されなかった。
機動部隊が、空母がいないことを知ったのは、
第一次攻撃隊からの報告による。)

Q真珠湾攻撃のアメリカ軍の正確な死者数

表題のものについて知りたく思っています。

以前、テレビを見ていたとき、
アメリカの各地にいって原爆の被害を訴えていた方に、アメリカ人の女性が泣きながら「私の兄は真珠湾攻撃の時殺された、そんなことを言うならばホワイトハウスに言ってくれ」といっておりました。
幼い頃から、「はだしのゲン」等のドラマをたくさん見せられてきて私にとって、けっこうショッキングな映像でした。(もちろん軍人と民間人の違いというのはありますが)


「真珠湾攻撃はなかった」
「真珠湾攻撃はアメリカ軍が知っていて、わざと攻撃させた」
「自虐史観はウンヌン」
という議論はナシでできるだけ正確な事を知りたいです、お願いします。
また、民間人もまきこまれたのか、それも知っている方がいれば教えてくださ。

Aベストアンサー

死者は約2400人。民間人を含みます。
http://www.geocities.jp/torikai007/pearlharbor/shipimage.html

> もちろん軍人と民間人の違いというのはありますが

軍人と民間人の命の重さが違うということでしょうか。
殺した人数の多寡が問題なのでしょうか。
戦争の評価ってむずかしいです。

参考URL:http://www.geocities.jp/torikai007/pearlharbor/shipimage.html

Q真珠湾奇襲の成功はアメリカのおかげ?

次のような説があります。

日米開戦の劈頭、ハワイのアメリカ海軍基地を奇襲するために日本海軍の機動部隊(司令長官南雲中将)が密かに単冠湾から出撃してハワイに向かった。機動部隊の行動をアメリカ側に察知されないため、山本連合艦隊司令長官は機動部隊に対して無線通信機による電波発信を一切、厳禁した。部隊はこの命令を良く守り、アメリカ側に気付かれることなく真珠湾に到達することができ、奇襲に成功した、というのが戦後の通説でした。

ところが、ワシントンの米海軍省は無線傍受などの諜報活動を通じて、ハワイ攻撃の任務を負う日本海軍の大艦隊がハワイに向かって航行している状況を、刻々、把握していた。機動部隊は山本長官の命令に違反して電波を発信しながら航行していたという説があるのです。

そして、ノックス海軍長官はハワイの基地(キンメル大将)にその情報を知らせなかった。キンメル大将が警戒態勢を取らなかったため、機動部隊はハワイ奇襲に成功した。ハワイの基地に警戒態勢を取らせないという方針は、ルーズベルト大統領の方針であり、ハル国務長官もスチムソン陸軍長官も承知していたというのです。

そうなると、真珠湾奇襲に成功できたのはアメリカのお蔭という事になってしまうのですか、どうなのでしょうか。

次のような説があります。

日米開戦の劈頭、ハワイのアメリカ海軍基地を奇襲するために日本海軍の機動部隊(司令長官南雲中将)が密かに単冠湾から出撃してハワイに向かった。機動部隊の行動をアメリカ側に察知されないため、山本連合艦隊司令長官は機動部隊に対して無線通信機による電波発信を一切、厳禁した。部隊はこの命令を良く守り、アメリカ側に気付かれることなく真珠湾に到達することができ、奇襲に成功した、というのが戦後の通説でした。

ところが、ワシントンの米海軍省は無線傍受などの諜報活...続きを読む

Aベストアンサー

No.4です。

スティレットの本は面白いのですが、そういう謀略をして太平洋戦争に勝利した国が、どうして64年のトンキン湾事件で、先に撃ってきたベトナムに対する報復という政府の主張がでっち上げだったことがばれてしまうというドジをふむのか、かなり無理です。つまり、アメリカの陰謀演出能力が問われることになります。アメリカがそんなに巧妙な国ならば、太平洋戦争であれほどの犠牲を出さなくて済んだはずです。

また、アメリカはこの時期、外務省暗号は解読しており戦争はかなりの確率でありえる、と承知していました。しかし、海軍のD暗号は解読できていません。
なので、解読できない暗号が該当海域(北大西洋)にでてきたら、対応しないのは考えにくいです。特に、真珠湾のハイポ・ステーションは、太平洋艦隊に情報を流していました。

それと、戦争になった場合、日本の軍事力は南方に向く、と連合国は分析していました。アメリカもです。実際そうだったわけです。ハワイまでは遠すぎる、こないだろう、という「常識的判断」をしたと考えるのは、かなり妥当だと思います。
事実、奇襲艦隊は燃料消費がネックになり、長期滞留をさけ、二次攻撃隊を収容したらすぐに帰路についています(搭載航空機用油脂が欠乏したこともあります)。往路では、航行中の燃料補給に大変な手だてをしています。そして、このようにハワイを直撃するのが遠すぎると判明したから、ミッドウェー作戦(MI作戦)をやるに至ったわけです。それほど、真珠湾は上手くいった、奇襲だったのです。

だれかが何か知っていた可能性は、どこまで突き詰めても残ります。ただ、その肝心な情報が、スカ情報や、どうでもいい情報に紛れてしまった、というのが、やはり筋だとおもいます。

あと蛇足ですが、ソ連。
ソ連は日本側の行動をかなり読んでいました。いわゆる人的な諜報活動、ヒュミントです。ソ連が真珠湾関連を知っていたら、日本軍が絶対に北進しないように即刻アメリカに通報し、南方で戦争してもらう、という筋書きができます。また、情報ながしたのに無視されたとしたら、ソ連崩壊後の情報開示で、なにか面白いことがでてくるとおもいます。
日本と国境線を接していたソ連ですらつかんでいなかった情報を、アメリカがつかんで、しかも国内工作に使う、というのは、やはり無理があると思います。

No.4です。

スティレットの本は面白いのですが、そういう謀略をして太平洋戦争に勝利した国が、どうして64年のトンキン湾事件で、先に撃ってきたベトナムに対する報復という政府の主張がでっち上げだったことがばれてしまうというドジをふむのか、かなり無理です。つまり、アメリカの陰謀演出能力が問われることになります。アメリカがそんなに巧妙な国ならば、太平洋戦争であれほどの犠牲を出さなくて済んだはずです。

また、アメリカはこの時期、外務省暗号は解読しており戦争はかなりの確率でありえる...続きを読む

Q真珠湾攻撃の奇襲表現は、報道規制がある?

真珠湾攻撃から70年が経ちましたが、真珠湾攻撃は「奇襲」というのが、殆どのマスコミの一般的な表現です。
米国の陰謀説、誘導説等、色々な説がありますが、「奇襲」とは「正当な作戦」、「すぐれた作戦」、など、プラスにイメージしやすいと私は思います。

国際条約を破った、卑怯極まりない騙まし討ち攻撃を、「奇襲」と報道するのは、日本国が報道規制しているのでしょうか?

Aベストアンサー

報道制限は無いと思いますが、諸外国に配慮した報道だと思います。「奇襲攻撃」という表現があっても米国が交渉のテーブルに乗らなかったという表現はしないとおもいます。
 これは、幾つかの説があり、どれが正しいか現代でも判断できないのです。よって、マスコミも事実関係の報道にとどめ、自国に有利な説をあえて記載しない。韓○や中○と比べて紳士的な対応です。
「日本国政府はぎりぎりまで米国を交渉を続けたが、帝国海軍の先走りで真珠湾攻撃が行われ、先の大戦に至った」という説もあります。
 現代のように情報インフラが発達していなかった時代、ホンの数時間差の行き違いで開戦に至ったとの説もあります。
 Hiroshima・Nagasakiへの原爆投下についても、昭和天皇も「国際法上の大量虐殺兵器の利用はは遺憾」と敗戦の勅語で述べられています。
 
戦後、日本国は民主化国家があるべき姿だと米国にその将来を委ねたのです。共産主義にしたかったのであれば、連合国の一員であるソ連に助けを求めたでしょう。


総括:報道規制は無いとおもいます。米国の勧めた民主国家によって色々な意見も事由に発言できるようになったのです。「真珠湾奇襲」を語るには、その攻撃に至る日米の交渉やいきさつが大きく関わってきます。奇襲というのはどちらかといえば日本側が悪いという表現だとおもいます。しかし、現代の日米関係を鑑みると、米国の第一の友好国であり、米国民に対しての配慮ある日本の表現だとおもいます。日本が悪いとか良いとかいう論議以前に、現在の日米関係を考慮した表現だと思います。

報道制限は無いと思いますが、諸外国に配慮した報道だと思います。「奇襲攻撃」という表現があっても米国が交渉のテーブルに乗らなかったという表現はしないとおもいます。
 これは、幾つかの説があり、どれが正しいか現代でも判断できないのです。よって、マスコミも事実関係の報道にとどめ、自国に有利な説をあえて記載しない。韓○や中○と比べて紳士的な対応です。
「日本国政府はぎりぎりまで米国を交渉を続けたが、帝国海軍の先走りで真珠湾攻撃が行われ、先の大戦に至った」という説もあります。
 現代のよ...続きを読む

Q真珠湾攻撃の最初の攻撃ポイントは?

レポートに協力してください。

真珠湾攻撃では、僕はてっきり港を一番に攻撃したと
思っていましたが、こんな一文を発見しました。

真珠湾攻撃のトリオの一角で愛知の99式艦上爆撃機が
ハワイのヒッカム飛行場に開戦第一弾を投下した。
とありました。

質問です。
1、上記の文は本当でしょうか?

2、違うならば、どこに最初に攻撃したのですか?

3、戦闘機についてですが、零戦は三菱を始め全国的な企  業ですが、愛知(愛知時計でいいの?)の99式も
  有名らしいですが、愛知時計は当時は全国的に
  有名だったのでしょうか?
  また、愛知時計ってどんな会社だったのですか?

Aベストアンサー

まず、最初にお詫びを2つ。

似たようなタイトルの複数の本を開いていたので、本のタイトルを間違えてしまいました。正しくは、

『日本航空機総集』(出版協同社。値段は↓を見てください。私が買った十数年前と値段は変わっていないみたいです。)
http://www.ships-net.co.jp/backs/kyodo/aviationj.html

手元の『愛知・空技廠編』の最後の方のページを確認したら、全7冊ではなくて全8冊でした。(私は第8巻を持っていないということになります。)
初版が1959年(『愛知・空技廠編』)、改訂版が1981年(同)発行なので、今でも売っているというのが正直言って驚きました。でも、第1巻、第6~8巻が載っていないということはもう在庫が残っていないということなのでしょうか?(それだと私が困る(笑))

また、ANo.#2の『彗星』は空技廠の設計で、『愛知』は生産のみでした。(『愛知・空技廠編』によると総生産機数は4型式1812機だそうです。)

さて、補足の回答です。

>ということは、艦爆隊はきちんと2発の信号弾を見たということなのですね。

そうです。

>では、日本の戦争の第一発は99式の
一発目を合図に攻撃開始したんですよね?

合図と言えば合図でしょうか。艦爆隊が攻撃を開始したのを見て、艦攻隊は慌てて攻撃を開始したようです。

>あと、パールハーバーって映画ありますよね。(2年くらい前)
>あれを、見ても信号弾の勘違いや、ヒッカム飛行場の攻撃が出ていますか?私は『パールハーバー』を観ていないので、

私も観ていないので、わかりません。

>そもそも、何で、時計を作るメーカーが飛行機や兵器を作る事になったか分かりますでしょうか?

『愛知・空技廠編』の『愛知時計略史』によると(以下抜粋)、

名古屋伝統の時計工業から始まった精密技術を基盤に、古くから海軍の信管・機雷・魚雷発射管等を作っていたことから、大正9年に、横須賀海軍工廠設計のロ号甲型水上機の生産を始め、それ以来海軍指定工場として、水上機・小型飛行艇の生産を引き受け、後に艦上爆撃機の大部分を引き受けるようになった

とのことです。当初、水上偵察機や飛行艇の開発・生産を行っていた『愛知』が、艦上爆撃機の開発・生産を行うようになったのは、大正末期にドイツのハインケル社と技術提携を結んだことが大きいようです。『愛知』製九四式、九六式艦爆は、ハインケル社が開発したHe50(実際には同社がわざわざ日本向けに改造したHe66)を原型にしています。

参考URL:http://www.ships-net.co.jp/backs/kyodo/aviationj.html

まず、最初にお詫びを2つ。

似たようなタイトルの複数の本を開いていたので、本のタイトルを間違えてしまいました。正しくは、

『日本航空機総集』(出版協同社。値段は↓を見てください。私が買った十数年前と値段は変わっていないみたいです。)
http://www.ships-net.co.jp/backs/kyodo/aviationj.html

手元の『愛知・空技廠編』の最後の方のページを確認したら、全7冊ではなくて全8冊でした。(私は第8巻を持っていないということになります。)
初版が1959年(『愛知・空技廠編』)、改訂版が1981...続きを読む


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