プロが教える店舗&オフィスのセキュリティ対策術

一週間前に父が末期の肺がんでこの世を去りました。余命宣告を受けたあとは一切の抗がん剤治療や延命治療を拒否し、最期まで自宅での闘病でした。今まで生きてきて一番辛い出来事に、もう帰って来ないとわかっていても、空虚感が凄すぎて頭がおかしくなりそうです。同じ経験をされた方にぜひ言葉を頂きたいです。いろいろ聞かせて下さい。よろしくお願いします。

A 回答 (6件)

はじめまして。



家族みんなが最後に頼れるお父さんが無く成った後って、ほんとに芯が抜けたように感じますね。

私の場合は、学校の後に家業を継ぐ為に同業者で修行して、帰った翌年に父が雲膜下出血で突然でした。

当時は頭に来たのですが、田舎の小さな商店街だったので、隣の店のオヤジが「商売辞めるのか! 忌中札剥がして、店開けろ~!!!」って言われ、葬儀終了後三日目に営業再開しました。

怒鳴り込んで来た様な隣の方はその後ガンで亡く成ってしまいましたが、今思えば亡く成る前に他人の私や家族に生きる力を与えてくれたと思います。

私の父が家族として突然亡くなったのですが、あれから十年以上の年月で、私が知らなかった多くの人から、やはり亡くなった父に言われて助けられたと言う方々のお話を聞くたびにいろんな想いがこみ上げて来たりします。

御質問者様がお父さんを無くされてどの程度の期間なのか、お年や性別、生活環境など、実際にはまったくわかりませんが、少なくとも亡くなったお父さんが気持ちを落として悩んでいる状況が長いという現状を望んでいたとは思えません。

年齢とか性別とか無関係に、親は子の笑顔が大好きです。

笑顔の為にたくさんの苦労も有るでしょうが、その後で笑顔が有れば良いんです。

無理な造り笑顔とか、営業用のスマイル顔ではなく、本当に心の底から一瞬出よいので、笑みが出るようになれるよう、何でも良いのでコダワッテ、努力して、他人との意思疎通も柔軟に成るようにしてください。

私もそうやって、がんばってます♪
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この回答へのお礼

ありがとうございます。泣きながら読ませていただきました。親は子供の笑顔が大好きです…という言葉、心に響き渡りました。本当にそうですよね。一日でも早く笑顔を取り戻せるよう頑張りたいと思います。温かいご回答本当に本当に感謝致します。

お礼日時:2011/11/01 10:05

こんばんは!


お父様のご逝去心よりお悔み申し上げます。

自分も今年の1月10日(成人の日)に父を亡くしました。自宅での急死でした。
五年ほど前に一度自宅で倒れ、救急車で病院に搬送され、重い胃潰瘍と十二指腸潰瘍と診断され、その出血による貧血で倒れました。幸い内視鏡での手術も無事に済みひと月ほどで退院できたのですが、退院してからは、外にもあまりでなくなり、寝たり起きたりの繰り返しでした。
起きてる時は、テレビを見たり、ジグソーパズルをしたり、というような生活が続きました。
段々と食欲もなくなり、晩年はご飯もお粥も食べず、カステラやパンばかりの食事でした。
日に日に弱ってくる父だったんですが、いくら説得しても医者にはいかない!と言い張ってました。
亡くなる前日に母と姉が説得して、「明日は病院休みだから、明後日いこうよ」と言い、渋々ながら「うん」といったそうです。それが突然・・・でした。
皮肉にも父との最後の会話は「あけましておめでとうございます」でした。思い出したら「また泣けてきました。
自分が仕事に行くときや帰ってくるときは寝ていて、自分が寝るころに起きて・・・という全くの逆の生活でしたので、会話する機会が全く無かったんです。
亡くなった日も母が夕方に声かけた時には布団が上下していたそうです。(夕方6時頃です)。
二階でテレビ見ていたら、いきなり母が部屋に来て、「父さん息してない」と泣きながら言いました。
慌てて階下へ行き父の部屋に行った時には既に少し冷たくなってました。これが夜の8時頃です。
急いで救急車呼んだのですが、勿論父は生き返るはずもなく、ただ隊員の方が死亡の確認をされただけでした。その後当番のお医者さんに駆けつけてもらい正式な死亡確認と警察による検死が始まりました。10時頃から翌日の2時半くらいまでだったと思います。その後葬儀屋さんに来ていただき、手配をお願いし、気が付けば朝でした。取りあえず職場に行き、報告し、そこから先は正直あまり記憶にないんです。友引挟んでしまったため、1日明けてのお通夜・葬儀となりました。
初盆も無事に済み、今やっと母との二人の生活に慣れつつあります。なので今年は年賀状も無しです(余談ですが)。ただ44年生きてきて、最も早い一年(まだ二月ありますが)でした。

未だに悔やんでます。何故?救急車呼んででももっと早く医者に連れてかなかったんだろうかとです。だから毎朝毎晩、遺影に手を合わせ謝ってます。
質問者様も今は何も手につかない状態だと思います。でも残された自分たちが精一杯頑張る事。それが何よりの供養になると思います。
父の代わりなど自分では到底役不足ですが、父を守れなかった分まで母を守っていきたいと思っています。気を落とさないで、っていうのは無理だと思います。
ただ、一日でも早く質問者様に「頑張ろう」という気持ちが生まれる事願っています。長文・乱文すいませんでした。
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この回答へのお礼

最初から最後まで泣きながら読ませていたただきました。自分と同じ辛い思いをされている方がたくさんいるんだ…と思うと大きな哀しみを共有出来ている感じがして少しだけ気持ちが楽になったような気がします。これからも何かある度に思い出しては泣いてばかりいるだろうとは思いますが泣きたいときには泣く…それでいいのかなって思います。本当にありがとうございました。

お礼日時:2011/11/01 09:55

辛い思いをされていることと思います…。



私も今年の一月に祖父を失いました。中学生なので子供じみた発想かもしれませんが、力になれたら幸いです。
お葬式の時は実感がわかなくて、隣で泣いている姉の涙を拭くばかりでしたが、式の終わったその晩に堪えていたものがどっと溢れてきました。
泣いても泣いても涙が止まらなくて、その日は明け方の5時までずっと一人で泣いていました。
それでも家族に泣いているのを見られたくなくて、昼間は必死になって涙は堪えました。
そんな日が一週間近く続いたと思います。今から思うと、目も腫れて毎晩泣いていたのは家族にはバレていたかもしれません。
時間が解決してくれる
なんて言葉がありますが、こればかりはそう簡単に消えるような悲しみではありません。
それでも 去る者は日々に疎し …少しずつ悲しみは日常の中に薄れていってしまう……そんな自分に憤りさえ感じました。
今でも遺影の前で一人涙を流すことがあります。ふとした瞬間にもう会えないことを実感して悲しくなることもあります。
でもいつもは遺影に笑って話しかけるよう心掛けています。今日は自分で炊いたご飯をお供えしました。
思いっきり悲しんだ後は、できる限りの笑顔をお父様に向けてあげて下さい。きっとお父様も喜ばれることと思います。

拙い文章ですみません。自分のことばかりで、kanjanisanさんのお気持ちに添うようなことは何一つ書けなかったかもしれません。
ですがもう画面が曇ってしまってよく見えません…この辺にさせていただきますね。
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この回答へのお礼

ありがたくて最初から泣きながら読ませていただきました。大切な人を失った人にしかわからない気持ち…全部私と一緒だと思いました。哀しいです。辛いです。涙が枯れるまで泣いて泣いて泣きたいと思います。優しい気持ちのこもったご回答本当に本当にありがとうございました。

お礼日時:2011/11/01 08:34

謹んでお悔やみ申し上げます。

力を落とさず、元気を出してください。

私の父が亡くなって、もう14年になります。質問文を拝謁しまして、ついこの間の出来事の様な気がしてきました。あの頃の思い出がまざまざと蘇ってきます。

私の父の死因は「メラノーマ」と「前立腺ガン」でした。放射線治療は行いましたが、抗癌剤も延命治療も拒否し、一旦は病院から退院し、自分の家の畳の上で・・・・という事になりました。腰骨や肩甲骨にまでガン細胞が転移し、動くのもままならない状況でした。そして余程辛かったのか、自分から入院したいと言い、再入院しました。再入院して2週間程で逝きました。忘れもしません、土曜日の午後に危篤になりました。病院の部屋に寝泊りして、家族全員で最後を看取ろうという事になったのですが、父は会社を経営しており、私は父の会社で専務を務めていました。土曜・日曜と持ちこたえ、さて月曜日の朝です。私はともかく会社に行かなければなりません。意識の無い父に「んじゃ、行ってくるわ」と言って病院から会社へ出勤し、そのまま打ち合わせ先へ行き、打ち合わせが終わった時に携帯のコールが鳴り、元嫁から「義父さんが亡くなった」という知らせを聞きました。最後を看取れなかったのは私だけでした。それになんとまぁ不運な事でしょう。元嫁のお腹の中には赤ちゃんがいたんです。あと3ヶ月頑張れば孫の顔が見れたのに・・・・。

湯灌の時に緊張感が抜けて大泣きしました。葬儀は社葬だったので、私が「施主」という事になり、何とか気丈に振る舞いました。葬儀も無事終わり「自分だけ看取れなかったのが残念でならない」と姉に打ち明けると「きっと、あんたがちゃんと会社へ行ったのが判って安心したんだよ」と言ってくれました。

葬儀が終わった後でも、ゴルフ好きだった父がひょっこりゴルフクラブと賞品を片手に帰宅するんではないか、と感じ、何か現実感がありませんでした。

私の場合は、会社をどうにかしなければならないと気ばかりが張って、虚脱感というものがありませんでした。いつまでもボヤ~ッとしてたら、亡くなった父から怒られそうで・・・・。

kanjanisanさんは私と立場が違うとは言え、お気持ちは察せます。でもいつまでも虚脱感から抜け出せないでいると、お父様が安心できませんよ。少しづつ元気を取り戻す事が最大の供養ではないでしょうか。私は実体験からそう思います。
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この回答へのお礼

本当にありがとうございます。号泣しながら読んでしまいました。14年前という事ですが、昨日の事の様に蘇るのですね。父親の存在がどれだけ計り知れない大きなものか実感させられます。誰にとっても父親は偉大です。そして最愛の人である事は一緒だと思います。同じ経験をした人だからこその、心からのありがたい言葉の数々…感謝致します。本当にありがとうございました。

お礼日時:2011/11/01 08:26

はじめまして 二児の母です。



親が何歳であろうが 親を失う事は とても辛いですね。

私の母は 数例しか無い 難病になりました。
当然 難病ですから 原因もなく 治療法もありません。
自宅での 対処療法のみ。
要するに 痛み止めだったり、。。。

もぅ5年になります。。。
今でも悔いる事はあります。
自宅静養、あの当時は たくさん一緒に過ごしたつもりです。
我が子の事も 夫の事も さほどせず 母と一緒に過ごしたいと言う半年でした。
だけど それでも悔いるんですよ、、、やってもやっても。
いつの頃からか 少し視点が変わったんです。
親が私を育てたのは 間違いない事です。
葬儀、法事、今後の親戚付き合い(母は6人兄妹の末っ子なので)をきっちりやる、
母が私を育てた様に 私が子供を育てなくてはならない。
いつか 私も死ぬ時が来て その時に 堂々と会いたいって思う様になりました。
ただ、一つ先に謝らなくてはならないのは 本人告知をしなかった事です。
健康の時に <余命宣告なんてしないでね、怖いもん>ってテレビドラマの流れで聞いていたので 余命宣告してないのです。
ですが 母は分かっていた様ですが。

お互いが 騙し合っていたんでしょう。
だけど 優しい嘘だと思ってます。
誰だって死ぬのは怖いです、全てを置いて逝かなくてはならないですから。
だから言えませんでした。。。
だけど いつか逢う時には 謝らないとなりません。
謝った上で <2人しか居ない孫を育てたよ、一人前だと思われる様な生活になり、、、、>って言う事が出来る様に 今も高校生の娘達を育ててます。
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この回答へのお礼

心あたたまるご回答ありがとうございます。親の死によって、私たちに受け継がれていく何かが確かに残されているのをすごく感じております。父は絶対に幸せな人生を送って旅立った…と思いたいです。

お礼日時:2011/11/01 08:14

寂しくなりますね…。

心よりお悔やみ申し上げます。

私の父も末期の肺がんで余命半年と宣告されてから、半年足らずで他界しました。
つい先月のことです。
遺体があった時はまだ父の存在を感じられていたのですが、
骨になってしまった時、心にぽっかり穴があいたような気持ちになりました。
遺影を眺めるたびに、ただただ寂しくて涙がとまらなかったのですが、
一か月経った今は、父親との良い記憶を思い出すことで心が満たされるような感覚に変化してきています。

私はあまり親孝行でも家族思いな娘でもなかったのですが、
父が病気になって初めて体をさすってあげたり、
初めて2人でじっくり話をしたり、優しい言葉をかけてあげたように思います。
そして父が死んでからは、同じように悲しんでいるだろう家族のことを心配したり、これからどうやって支えようとか考えたり。
これらは全て父の病気と父の死がなければ在りえなかったことだと思っています。

それに父は亡くなる前に、
「体はなくなっても心はいつも一緒だよ」と言っていて、
私は強くこれを信じています。

お父様という大きな存在を失って、質問者さまの悲しみはいかばかりかと思います。
「あの時こうしていれば」とか「生きていれば」とか後悔したり無念に思うこともあるかと思います。
でも、お父様の闘病を支えた日々は、特に自宅での看護は大変だったかと思いますが、
かけがえのないものになったのではないですか?
お父様との思い出がきっと質問者さまの心の穴を埋め、慰めてくれることを心からお祈りしています。
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この回答へのお礼

同じ経験をした人にしかわからない気持ちやありがたい言葉の数々、本当に本当にありがとうございました。泣きながら読ませていただきました。温かいご回答感謝致します。

お礼日時:2011/11/01 08:02

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