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正直なところ、3日前まで生きていた人をいとも簡単に骨にしてしまう火葬に賛成ですか?

冷静に考えるとかなり残酷だと思います。火葬=焼却処分、ゴミ扱いですよね・・・

自分や家族が、と思うと気が狂いそうです。
海外では嫌うひとがやはり多いみたいですね。

土葬も気が進みませんが自然に分解されてゆっくり自然に帰っていくので火葬よりかはマシです。

A 回答 (13件中1~10件)

賛成反対でいうと、反対のほうに近いのかな?



子供のころは特にそう思っていたし、自分が死んだら海にでも投げ捨ててくれって、親にも言ったことがあります。

でも、歴史の積み重ねによる慣習化されたことですから、今はいやとかそういうのじゃなく、受け入れるべきことだと思っています。

宗教によっても、いろいろな考え方もありますし、肉体と魂のとらえ方から、輪廻転生、無に変えるなど、

考えたらきりがないので、、、、、、、、、、、
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【昨日の回答の訂正】


真宗の友人の話では、浄土教には昨日回答に書いたような考えは無いようです。
すみませんでした。
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私は、腐敗するイメージがあって土葬に否定的です。


焼いて浄化する、あるいは現世に対する執着を断ち切る、という浄土教的な感性から、火葬の方が腑に落ちます。
衛生面でもコスト面でも火葬が好まれています。
今上天皇も国家の財政に気を遣われて、火葬を希望しておられますよね。

火葬は日本だけではありません。
「米国は土葬の国」というイメージが定着していますが、近年は火葬が流行しています。
中国、韓国でも政府が火葬を積極的に推進しているそうです。
ただ、イスラーム世界では火葬に対する拒否感が拭えません。イスラーム世界における焼身自殺は他の文化圏よりもより深刻な影響力がある点からもそれは分かります。

遺体の埋葬方法は各人の信教や価値観に拠ります。
私はそれらの違いを否定するつもりはありません。
個人的には火葬を希望します。
写真はインドネシアの王族の葬儀の一場面。「炎による浄化」――それはアジアの美意識の発現なのかもしれません。
「正直なところどっち?」の回答画像12
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こんにちは。




火葬に賛成です。

土葬した遺体の一部を私が小さい時に祖父母の家に行った時に、お墓参りで見てしまい…

それも全然知らない方のを…。

小さい頃に、見てしまうと恐怖感が中々消えず今もお墓参りに行くたびに思い出します。

火葬した方が衛生的な事を考えても良いと思うし火葬したからと言って残酷だとは言い切れないかな…と。

心の中で故人を忘れなければ。
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私は事故で右足を切断したのですが、その本体から切り離された足一本は火葬場で焼いてもらい小さな骨壷に入れて現在は父親と一緒に我が家の墓に納めています。



私の場合もそうでうが火葬というのは気持ちにけじめをつける役割がありますね。
実際にはできませんが、腐らないよう冷蔵庫に入れていたり、アルコール漬けにして棚に置いたり、そのまま埋めたりしてしまうと「まだどうにか元に戻せるのでは?」とできるわけもない希望を引きずってしまい、それが枷となってきちんと現実と向き合ったうえで前に進むことができなくなるような気がします。

これは大切な人を亡くされたご遺族や近しい方々にも言えるのではないでしょうか。

私は右足が待っているので本体もその時が来れば火葬してもらいたいです。(笑)
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もし私が死んだと想像して、魂は抜けて49日間さまよってたとして考えると、



自分の腐っていく死体をみたくないのと、火葬にして骨を骨壷に入れて手を合わせてくれればありがたいかなぁっと思います。
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どちらでもいい派です。



元々散骨希望なので、体や骨が無くなろうと
家族や友人の気持ちの中で生きていくことは出来るからです。

お墓・供養のなどの為に、家族に負担をかけさせたくありません。
魂が抜けた体がどうなろうと、自分自身もその後は分かりませんし、
体とは所詮、借り物に過ぎないと思っています。
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火葬の他に


鳥葬   鳥の餌
風葬   風の吹くまま
土葬   埋めるだけ
ガ有りますが
貴方はどれが良いですか?
法律的には日本では一部を除いて火葬しなkればなりませんが
なぜ火葬にすることになったかというと、
臭いの他に、病気の蔓延を防ぐ目的も有りました
土地も狭いですしね
私は散骨はですので、お墓もいりません
焼骨した、骨も年月がたつと、骨壺の中で、水に成り、最後はすべて亡くなります
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 正直、2時間で焼き尽くされた姿を見るのは、あきらめさせてくれます。

交通事故で死んだ母の遺骨に、「ここに当たったんですね」と腰辺りに血がついた骨を見たときは、わからないことが見えた気分で、それが灰として崩れなくなったことは、むしろ痛みがなくなっただろうと思えて、ホッとしたことを覚えています。プロを感じたと共に、説明に聞き入りました。
 まぶたが鬱血でどす黒く変色して、リンパ液が涙のように流れ落ちていた母の姿だったので、余計でしたね。そのまま土に埋めるのは、息苦しそうでできません。
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残酷と感じるのは遺体を汚された場合ですね。



敬意を表して焼却は構わないです、その後の灰も捨てる訳ではありません。撒くのは捨てるのとは違います。

遺体が腐敗するのも問題です。鳥葬できれいに食べてもらってもいいんですが傷つく人もいるでしょうね。海に沈めて魚やタコの餌になっても嫌な人はいるでしょうね。

私自身は植物の肥料になりたいです。私を埋めた隣の椿が血がしたたるような真っ赤な花をつける、なんて詩的じゃないですか。
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