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150床ほどの個人病院に勤務して3年。
以前は大学病院にいた為か、この3年間、個人病院の様々な裏事情を知りました。

現在ICUに入院中の患者様。直接的な親族は甥。
かれこれもう数ヶ月もの間、レスビ装着中。病状からして決して回復の見込みはなく、ただ「生かされている」という感じ。一応、延命希望されている為、今後もレスビ及び昇圧剤を断続的に行なっていく事になりそうです。
主治医は病院の経営者ゆえ、毎日のように検査目的の採血やレントゲン・CT撮影の指示が出ます。が、実際にはそれらの検査結果など治療方針には生かされる事なく、明らかに営利目的といった感じ。
採血など数人掛かりであちこちからトライするものの、もう既に血管はどこにもない状態。そんな時、最終手段として「IVHカテーテルからの逆血」を採取するか、はたまた婦長の手によって「動脈血採取」となります。
どちらも問題行為であり、ましてや「動脈血採取」は完全な医療行為。

本人及び家族が望むなら、当然「延命」も大切な治療・看護の対象ではあります。が、この患者様のように、そこまでして採血する意味が果たして本当にこの患者様の為に良い事なのか・・・毎日不思議で仕方がありません。
まぁ医師の指示ですので、それに従うのが私達看護師の責務ではありますが、営利目的がみえみえの指示であり、何だか無意味な気がしてなりません。

まぁ今回の患者様の場合は親族がいるので何とか納得(?)できるとしても、以前同じように延命していた患者様は「生活保護」の人。「生活保護」者は基本的に「延命」となるようですが、まさに一体誰の為に延命しているのか??という感じでした。家で待っている人がいるわけでもなければ、何より多額の医療費は全て税金で賄われ、この世にはしたくても経済的に望む治療を受けられずにいる人達も多くいるというのに。
皆様のご意見お聞かせ頂きたいです。

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A 回答 (9件)

私も個人病院勤務(200床)の看護師です。


何のための延命か・・・ということは日常茶飯事です。
病院の営利目的ではなく、患者家族が得したいからというケースがほとんどです。
病院サイドは最新医療を多くの患者にがモットーなのでベッドの回転をあげ、早期退院を目指しています。
患者家族が得というのは、私の勤務する病棟の患者のほぼ全員が身障者手帳を持っているため長く生きればその家族に税金免除などの恩恵があるからです。
医療費もほぼタダ同然、延命治療をして長期入院になっても病院に払うお金より家族が得をする部分が大きいのです。
1年・2年とレスピをつけIVHだけで生きている患者を見ると看護のむなしさを感じます。同時に家族への憤りも。
どんなに回復の見込みがないと話そうが、延命による患者本人への負担を説こうが「延命する」と決断する家族の気持ちは何年この病棟にいてもわからないですね。お金が絡むと人間は変わる・・・そんな感じでしょうか。
腎臓病の病棟なので発症・透析開始後数十年で患者には寿命がきてしまいます。
その間生活上かなりの規制を受けて生活するんですから最後くらい楽に・・・と思っても、一番辛さを目の当たりにしてみた家族が金勘定をしているかと思うと、この世界に足を踏み入れてしまったこと・知らなくていい裏を知ったことを本当に後悔します。
あまり延命への疑問をもって仕事をすると早く「燃え尽き」てしまいます。ほどほどに。
お仕事頑張ってくださいね。
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>毎日のように検査目的の採血やレントゲン・CT撮影の指示が出ます。

が、実際にはそれらの検査結果など治療方針には生かされる事なく、明らかに営利目的といった感じ。

まず本当にこのような医療行為が行われていたならば、支払い基金が医療機関の請求を間違いなくカットするでしょう。医療費が切迫している現状では、必要な検査でも認められない事が多くあります。その結果、megu_7さんが営利目的と思っている検査が医療機関の自腹になり、逆に損を出して患者さんの為に行っている事になります。

レセプトがどのくらい減点をされているかの確認をしていますか?それが判らないのであれば、安易に営利目的と断言する事は出来ません。

全患者さんの1%の方が日本の総医療費の25%を使い、5%の患者さんで総医療費の55%をが使われています。その意味でmegu_7さんが言われる事も解からない訳ではありません。

その為今後はマルメ制度が多くなるでしょう。その結果必要な医療も打ち切られるような時代が来るかもしれません。

日本の医療費が先進国中ほぼ最低の価格で、世界で一番の平均寿命を達成している事はご存知だと思います。これにはmegu_7さんがおかしいと思われている、どのような所得の人でも同じ医療が受けられると言う国民皆保険制度があります。

しかしアメリカの高額所得者は日本の平均寿命より長生きをしています。それはお金持ちが高度の医療を受けられる事によります。

アメリカでERに救急搬入をされるとまず保険の確認がされ、この保険ならば何処までの治療が可能かを把握してから治療方針が立てられます。保険に入れない4000万人の人は悲惨な状況ですし、低所得者の為の公的医療保険制度では日本のような医療は望むべくもありません。megu_7さんはその様な制度が理想と考えているわけですね?
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少々、疑問がありますのでお教えください


>生活保護者の延命が無意味であるという私の見解としては、彼らは人としての「義務」を果たさずして、「生きる」という「権利」だけを容易に得る事が出来るという・・・この世の中の矛盾に対し、私なりに疑問を感じているというわけです。

と、お書きになっておられますが、よく意味がわかりません。

この回答への補足

これは私の個人的思考がかなり入っており、それ故、一部の人にとっては大変失礼な・・へたすれば人権問題に関わる事かもしれません。が、敢えて書かせて頂くとすれば・・・。

「生活保護者」といえども、それに至るには様々な経緯・理由があったとは思います。もちろんやむなくして、本人はもとより周囲の親族からの支援を受ける事ができず、結果「生活保護」の申請を受ける事になったわけですが・・・。
一旦「生活保護」の権利を得れば、当然多くの制限もあるとはいえ、それら生活上の制限など当たり前の事であり、むしろ医療費は全額税金で賄われ、住居面の支援も受ける事ができ、彼らには毎月一定の金額が支給される事になります。
今の世の中、老後の保障など何ら期待出来ないこのご時世。彼らは半永久的に最低限の生活の保障を得る事が出来るのです。
「生活保護」申請が受理されたその日から、彼らは国民の義務である納税さえする事なく(義務を果たす事なく)、それなのに、人としての権利(「生きる」という権利:今回の場合「延命」という究極の権利ですが)を必然的に得る事が出来るという矛盾を私は感じているのです。

既に書いていますように「生活保護者」の場合、いざ延命の選択をする際、仮に親族がいたとしても、彼らにはその者の支援等全ての関わりを既に放棄しているわけですから、当然彼ら親族には延命の有無を選択する権利はなく、よって必然的に「延命」する事となります。
が、この際の多額の医療費は全て国の税金で賄われる事になります。

長々と書かせて頂きましたが、私の考えが少しでも伝われば幸いです。
是非ともご意見お聞かせ頂きたく思います。

補足日時:2004/02/26 22:36
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毎日たくさんの患者さんを見。


そして、いろんな思いを抱きながらお仕事されているんですね。

病院経営のからくりやら、生活保護の方が受ける恩恵やら、初めて知った私ですので
アドバイスになるかわかりませんが。

「そんなの、正しくないじゃん!」
って声に出せないジレンマの中で、
日々の仕事に追われて
いらっしゃるのでしょうね。

私はこれまで15~16回の入院経験がありますが。
人の生死にあまり縁のない病院は
病院の空気も違いますし、看護士さんもピリピリした感じがないんです・・・。
患者の立場の私が感じるのですから
毎日、人の死を目の当たりにされている人が
いろんな事を考え、感じるのは当然でしょうね。

さて、延命についてですが
私にとって愛する人ならば延命してもらいたいと
思うかもしれません。生きていてくれるだけでも・・・と。残される者のエゴに他ありませんが。
私自信なら延命は不要です。

お仕事大変でしょうが、病院経営も生活保護の方の
医療費補助(で、いいんでしょうか?)も
変わらない限り質問者さまの環境も変わりませんね。
なるべく考えないようにされるしかないのでは
ないのでしょうか?

お休みの日は気分転換して、ストレス解消!!!
して下さいね!
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こんにちは。



以前臨床工学技士で病院勤務していました。延命については永遠の課題となると思います。臓器移植もです。実際、私生活に戻れる見込みのないPtの治療にあたり、安楽死、尊厳死が頭をよぎりました。でもこれは、家族、親族が決めることであると思っています。病院は営利目的です。透析では、入院患者と通院患者とで、抗凝固剤が違うのです。あからさまでした。

機械によって生かされてる人間の臓器はかなり疲れきっています。レスピ(人工呼吸器機の略した言い方)の回路の交換時にこのPtの本心をききたいっておもいました。
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人は殺されるか、自殺するか、病死するか


しか死ぬ事はありません
死にそうなのに放置すると罰せられます
無意味な延命でも放置すると誰でも
罰せられます
それ以外の方法は今は許されていません
あなたは回復の望みがないとわかっても
放置出来ますが また 本人が望んだとして
殺してあげますか とても出来ないでしょう
今は、少しきつい治療をするしか無いと思いますが
それで体が耐えられなくて死ぬと病死扱いになります
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こんばんは



>レスビ・・・がなんのことか、わからないのですが。

患者さんに、色々説明しているのでしょうか?

治療法、その効果のほど、余命、支払い、すべてをありのままお話して、どうしたいかを、患者さんに決めてもらう。

1パーセントの可能性でも、やってもらいたいと言えば行う。いらないと言えば、しない。

生きるか死ぬかということに、なった事はありませんが、生かされるのも、意識がなくても、肉体的に苦しいと聞きます。私は、余命が確定したら、治療でなく、苦痛だけ取り除いてもらいたいと思いますし、医師が決めるのではなく、自分で決めたいと思います。

今の法律では、これでもか、これでもかと、死の直前まで、ありとあらゆる治療をほどこさないと、死んでから、遺族に医療ミスだと、訴えられてしまうのではないでしょうか? 病院も儲かるかし、国の基準もないし、歯止めが無い状況だとおもいます。

少子化で、健康保険が破綻するまで、続くとおもいます。
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この回答へのお礼

ご意見ありがとうございます。

「レスビ」とは「人工呼吸器」の事でして・・。心臓は問題なく動いてはいるものの、自らの力では呼吸が難しく、気管内に管を通し、機械を介して人工的に呼吸管理を行なう・・・つまりは「延命」の1つといえます。

もちろんこれらの段階に至る迄に、医師より病状説明や今後の見通し、それに関わるリスクや医療費等の説明を行なっています。が、それらは患者様ご本人は既に理解出来る状態ではない場合が多く、結果それらの説明は、大抵ご家族に行なわれます。
その際、頻回に面会に来ているご家族が、いざ延命に関しては「本人にとって苦痛となる事は望まない:延命しない」と仰る事があり、はたまた今まで1度も面会に来た事のないご家族が「是非とも延命して欲しい」と言ったり、中には露骨に「年金が頼りなので・・・延命して欲しい」と、何とも理解し難い理由を仰るご家族もいたりします。

私自身、人の生死にダイレクトに携わるこのような職業に就き、本来ならば知らずに済んだであろう様々な裏舞台を垣間見て来ました。が、同時に、自分だったらどうありたいか・・・という事や、人としてどのように生きるか・死にたいか・・・本当に難しい問題ではありますが、人としてこの世に生まれた限り、決して「死」から逃げるわけにはいかず、それ故、誰もが必ず1度は経験する現実なのです。
人権や尊厳等、以前にも増して問題視される事の多いこの世の中ですが、反面、倫理的に問題ではあるとはいえ、人の「命」を人工的に操る事も可能になり、これから先、益々複雑化していくような気がしてなりません。

支離滅裂な文章、申し訳ありませんでした。

お礼日時:2004/02/25 00:58

延命は意味がないと僕は思います。

自分自身や、家族が脳死などになれば、即死なせます。これから書くことは宗教的なものですが、死とは怖いものではなく、神の下へ帰るだけのことで、しばしの別れだと考えています。
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この回答へのお礼

ご意見ありがとうございました。
「延命」といっても一言ではいいきれず、ましてや個々によって、また状況によっても様々です。まして宗教的な考え方によっても「死生観」は異なり、大変難しい問題ではあります。

お礼日時:2004/02/25 00:58

こんばんは。


私は専門的な知識がないので、この投稿を読んだ感想みたいになってしまいますが、思ったことを書きますね。
私は自分が、生かされてでも、生きていたいんです。
何がなんでも、とにかく生きていたい。
なので延命を無意味だとは思いません。
それと、待っている人がいない生活保護の人なのに・・
というのは、なんともさみしい言い方だな、と思いました。
多分、自分が、待ってる人もいない老後になると思うので、
生きていても仕方ない人間と思われるのかな?
それでも私は生きていたいです。
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この回答へのお礼

率直なご意見、ありがとうございます。
やや語弊を招く書き方をしてしまった為、不愉快な思いをさせてしまい申し訳なく思います。

私自身も「延命」全てが無意味だとは思ってはいません。ご本人様が事前にそれを望んでいれば、当然私自身も看護師として、心からのケアをしたいと思います。
が、少なくとも私がこれまで見てきた患者様の場合、延命の決定権は、ご本人ではなく、周囲の人達に委ねられている事例ばかりです。それは患者様の大半が痴呆老人であり、自らの意思を確認する事が既に難しく、その後徐々に全身状態が衰弱し、結果「延命」の決定権という難しい課題を否応なしにご家族に委ねなければならないのが現状です。

ご家族の形も実に様々です。
私の病院は、入院時、殆ど全てのご家族が「ここの病院は死ぬまで入れてくれると聞いたので・・・」と念押しして来られます。恐らくご自宅での介護に限界を感じ、やむを得ずして入院してこられるのだとは思いますが、やはり案の定、入院後、面会に来られるご家族はほんの一握りです。ひどい場合だと、患者様の死後、丸1日ご遺体を引き取りに来ないご家族もいらっしゃいました。

私自身、1番悲しいと感じたのは、生活保護の患者様が死亡した際、当然お迎えの親族は誰ひとりなく、福祉の人が2名・・・まるで犬や猫の遺体を処理するかのような淡々とした対応でご遺体を車に積み込み、ひっそりと去っていった光景・・・やはり悲しいものがありました。

高齢化が進む一方で、少子化も未だ改善されず、今後は高齢者の孤独な死が益々増えていくような気がします。
生きるのもお金がかかるものですが、死ぬのもまた同様お金がかかるものです。自然死ならまだしも、延命治療をするともなれば、様々な薬剤を否応なく投与され、それ相当の医療費がかかり、まして人工呼吸器(レスビ)装着ともなれば月に100万円近くの医療費がかかるといわれています。

生活保護者の延命が無意味であるという私の見解としては、彼らは人としての「義務」を果たさずして、「生きる」という「権利」だけを容易に得る事が出来るという・・・この世の中の矛盾に対し、私なりに疑問を感じているというわけです。

お礼日時:2004/02/25 00:57

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