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 こんにちは。よろしくお願いします。
 親鸞聖人は景教(東周りで東洋に伝わったキリスト教)の『世尊布施論』を読んでいて、その原本を西本願寺が隠し持っているという説なんですが、景教の研究者川口 一彦氏によれば武田科学振興財団杏雨書屋所蔵の『世尊布施論』の原本が発見されたことによって西本願寺に原本はなく、親鸞聖人が『世尊布施論』を読んでいたという説は崩れたと述べておられます。

 ここで、私が気になったのはなぜ『世尊布施論』だったのでしょうか?
 たとえば、『大正新脩大蔵経』の中には「景教」用語だけでも『波斯教殘經』『景教三教蒙度讃』 『大秦景教流行中國碑頌』の三つがヒットしますし、また景教書籍としては『序聴迷詩所経』というのも含まれています。しかし、『世尊布施論』はその中には含まれていませんし、『世尊布施論』は『一神論』という書籍の第三巻のようなんですが『一神論』も含まれていません。

 では、なぜこういった大正期以前に大蔵経に含まれていたことは判明している景教書籍ではなく、『世尊布施論』でなければならなかったのでしょうか?


 何人かの方がこのことを書籍に書いているようですが、その一人副島隆彦氏は『隠された歴史-そもそも仏教とは何か?-』の中p168で

 比叡山で読まれていた経典の中に、キリスト教の聖書そのものがあったのである。大谷大学・龍谷大学(浄土真宗の学問をする)では、皆でひそひそと語っている。京都在住で私の弟子だった葭川邦弘君が10年前にその経典(お経)を見つけて私に教えてくれた。
 その名を「世尊布施論」という。この経典が西本願寺に宝物として保管されているそうだ。(略)

と書かれているのですが、副島氏は法然聖人親鸞聖人が修業時代比叡山で『世尊布施論』を読んでいたというのですが、当時の比叡山の一切経の史料を私は未だ見たことがないのですが、どこかに『世尊布施論』の名前が書いてあるのでしょうか?また、副島氏のお弟子さんの葭川氏という方は、どこで『世尊布施論』を見つけたのでしょうか??


 またケン・ジョセフ氏は、『〔隠された〕十字架の国・日本』(こちらはインターネットの転載ですので、ページ数はわかりません)には、ジョセフ氏が西本願寺に尋ねた様子が載っています。

 私は実際、西本願寺に行って、この『世尊布施論』について聞いたことがあります。寺の人に、「景教の書物がこの寺に保管されていると、本で読んだのですけれども、それはありますか。見せてもらえないでしょうか」と聞きました。しかし、何人かに聞きましたけれども、「いいえ、そういうものはありません」と言う。
「でも、こうやって写真まで出ているじゃないですか」と、私が持っていた本を見せました。それでも「知らない」と言います。そのうち、私がねばっていると、奥の方から責任者らしいおじいさんが出てきました。
「はい、たしかにあります」
と言ってくれました。「でも、大切にしまわれているものですし、古くて傷みやすい状態なので、普通はお見せしていません」とのことでした。「でも、どうしてもと言われれば、お見せすることもしていますが、それを撮影した写真がありますから、普通はその写真を見ていただいています」と。
それで、写真を見せていただきました。それは私の持っていった本のものと同じでした。こうして、西本願寺に景教の書物があるのは本当だと知ったのです。あの浄土真宗の開祖、親鸞が、これを何時間も読んで学んだということは、私にとっても感慨深いものでした。

とあります。このジョセフ氏が持っていた本には『世尊布施論』が西本願寺にあって、親鸞聖人がそれを読んでいたことが記されているようなんですが、そちらの本が読みたいのですがなんという本なんでしょうか?


 長い文章になってしまってすみません。どなたかお分かりになる方教えてください。

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A 回答 (1件)

>どなたかお分かりになる方教えてください。



東ローマ帝国のキリスト教一派のネストリウス派がインドにおける浄土思想に影響を与えたということは知っていますが、文献まで探そうとは思いませんでした。この意味では、私には回答する資格はないかもしれません。

マグダラのマリアを認めるか?観音様、弥勒菩薩は誰々だ。新約聖書のどこそこのが『世尊布施論』と対応する。なんてどうでもいいのではないでしょうか?

親鸞が『世尊布施論』を読んでいた。なんてどうでもいいのではないでしょうか?確かに一生懸命読んでいたかもしれません。でもどうでもいいことではないでしょうか?

親鸞がいかにして「悪人正機説」を完成させたか?法然の思想にも「悪人正機説」はありました。しかしそれは一部の例外を含んでいました。阿弥陀菩薩の第十八願の但し書き「五逆罪謗法罪を除く」と「仏説無量寿経」「仏説阿弥陀経」に書かれてあった箇所を解決するために、「教行信証」を老年になるまで書き続けたのではないでしょうか?「大般涅槃経」に「五逆罪謗法罪」を免れるすべを頼りに、すべての人間を救おうとしたのではないでしょうか?これは、親鸞が当時の現実と向き合う際に、景教といかなる関係があるのでしょうか?

宗教・哲学・思想、その他人間に関わるものすべては、その時々の現実と向き合う人間の働きかけこそが一番大切なことではないかと思う今日この頃です。

禅宗しかり、老荘思想との区別が見分けられないほど類似しています。良寛は荘子の書を持ち歩いていたと言われています。

地球上の大陸・島々は人の住む場所、海はひとつ、世界にひとつ、海は人間の心、各大陸・島々に至る人間の心のつながっている場所。キリスト教の一派が浄土思想とつながっていたって何の不思議はない。

南方仏教(切一切有部)と大乗仏教の違いとて、インドの民俗宗教バラモン教との生き残り争いであったはず。イスラム教が、本来仏教がになうはずの役割を受け継いだのはなぜか?インドにおける仏教の形態の変遷。ついには、ヒンドゥー教の中のひとつの神になってしまった仏陀。なぜか?

かなりの大きなテーマです。景教と浄土思想。日本人がずっと信じてきた浄土思想は、実はキリスト教の一派ですと世界中に向かって叫んで、キリスト教の勝ちなのか、仏教を信じてきたアジア人の愚鈍さなのか?

日本人は実は騎馬民族なんです。南方民族なんです。それはそれ。今の日本人が現実にどのように働きかけるかが問題なのではないでしょうか?

副島隆彦氏は海のそこにある火山の小さな噴火口を見つけるのが上手な人です。しかしそこを見つけたあと長続きがしない。やりっ放し。いっときは小沢一郎氏を崇め奉ったあと、何かサポートしているのでしょうか?彼の高い能力に一時は驚嘆したものです。しかし、その研究は長続きがしない。龍樹のことを何やかやとおっしゃっていますが、なぜ龍樹の空思想が出てきたのか、つづきとして、なぜアサンガ、バスバンドゥが独我論とも言える「唯識」を論じたのか、インドでなぜ仏教は滅んだか、さまざまな研究課題は潜んでいるはずです。ごくごく海の底の火山の噴火口を見つけ、鬼の首を取ったように公言するのは悪い癖です。

もっと地道な課題として取り組むべきことは景教より他にあまりにも多くあります。。徳川幕府の本末制度が昭和の時代まで影響を残していたこと、現在の檀家制度。戒名・葬式仏教。現代の日本を取り囲んでいる仏教界の問題は山ほどあります。禅宗の葬式で「ナムアミトー」と「南無阿弥陀仏」を称名していること矛盾点はあまりにも多くあります。

学者であられるなら『世尊布施論』を公にし、どこぞやの「本学思想」論争のように、このような学会でもない場所で公にされるのは、私はあまりにも残酷なことだと思います。どこぞやの質問の回答の最後に「南無阿弥陀仏」という称名を残された意味は何なのでしょうか?
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この回答へのお礼

 回答ありがとうございます。
 ただ、ちょっと私の立場を誤解しておられると思います。

>>学者であられるなら『世尊布施論』を公にし、どこぞやの「本学思想」論争のように、このような学会でもない場所で公にされるのは、私はあまりにも残酷なことだと思います。どこぞやの質問の回答の最後に「南無阿弥陀仏」という称名を残された意味は何なのでしょうか?

 私は学者ではありませんよ。正確に研究者側の一線からはもう退いて、知識の泥棒に徹しています。それに、『世尊布施論』に関しては、私が公にするより前に上記のお二人が書籍にして発表されております。しかも、学会という点においては景教の研究者川口一彦氏の主宰する日本景教研究会が発行している学会誌で親鸞聖人が『世尊布施論』を読んでいたという説は崩れたと、私がどうこう言う前にすでに発表されています。まぁ、それに対して上述のお二人の返答は今のところないようですし、これからもないでしょう。

>>もっと地道な課題として取り組むべきことは景教より他にあまりにも多くあります。。徳川幕府の本末制度が昭和の時代まで影響を残していたこと、現在の檀家制度。戒名・葬式仏教。現代の日本を取り囲んでいる仏教界の問題は山ほどあります。禅宗の葬式で「ナムアミトー」と「南無阿弥陀仏」を称名していること矛盾点はあまりにも多くあります。

 こちらはこちらで取り組むとして、ちょっと禅宗における称名念仏に対する誤解がりますのですこしだけ書きます。そもそも、日本浄土教における主流は法然聖人に端を発する浄土教ですが、これは中国の道綽善導流の流れをくむものです。ちなみにこの道綽善師・善導大師は両名は禅僧です。道綽禅師に関しては呼称が「禅師」ですし、善導大師も日本においては「大師」と呼ばれることが多いのですがこれは法然聖人の影響であって大正大学の廣川堯敏氏の説によれば善導大師の呼称は中国においては「善導禅師」のほうがメジャーだったようです。つまり、浄土教において祖師と仰がれる方は本来禅僧なんです。そもそも、念仏自体、「仏を念ずる」ということですから、心のうちに仏および浄土を観想する禅観法の方がメインに説かれていました。浄土三部経の『観無量寿経』も「十六観経」という別名がありますから、称名念仏ではなく観想念仏の方が中心的に説かれています。そういった思想の中で、観想念仏はシロートさんには難しいので口で称える念仏をすればいいよってことになり、あくまで観想念仏のサブであった称名念仏を道綽善導流の流れの中で称名念仏こそが弥陀の本願であると積極的にとらえなおしたのが現在の称名念仏の流れです。ですから、禅宗で念仏称えても全くおかしくはないですよ。そもそも、禅宗から現在の念仏につながっているんだから、わざわざ称えない方が後々になってからの軋轢だの作為を感じますね。
 あと、南方仏教を「説一切有部」としておられますが、確かに部派仏教の中でも正量部の伝承には現在の南方仏教の流れである分別説部は説一切有部の主流派から分派したと記されていますが、大衆部なんかだとそうは考えられていないようですし、少なくとも現在の南方仏教の中でも日本において有名な日本テーラワーダ仏教協会さんは分別説部の流れをくむ赤銅鍱部の中でもスリランカで大成した大寺派がタイに伝わって、スリランカで一度仏教がほろんだあとタイから逆輸入したシャム派で、戦後にできたマハーシ式瞑想法を中心に置いた方々ですよ。ですから、正量部の伝承によっておられるのかもしれませんが、説一切有部というよりは分別説部とした方がよいように思います。

 質問内容に話を戻しますと、jjubilee氏は「そんなことはどうでもいいから、もっとほかに考えることがあるだろう」ということなのでしょうが、私はそんなどうでもいいことが気になるのですよ。あしからず。
合掌 南無阿弥陀仏

お礼日時:2013/05/26 14:02

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Q親鸞の『教行信証』の一説ですが。

「幸福の国を求めていって、もし疑いの網に覆われたなら、また元に戻ってきて 再び永い永い歳月の遙かな旅に出かけよう」という一節が教行信証の中にあると書かれていた本を読んだのですが、この一節は、『教行信証』の何処に書かれていますか?どこの巻に書かれていますか?
ご教示頂ければ大変ありがたいのですが。

Aベストアンサー

どこの巻に書かれていますか?
以下の文章に似ていますが意味は違います。

顕浄土真実教行証文類 序
http://labo.wikidharma.org/index.php/%E7%B7%8F%E5%BA%8F#P--132
「もしまたこのたび疑網(ぎもう)に覆蔽(ふへい)せられば、更(か)へてまた曠劫(こうごう)を逕歴(きょうりゃく)せん。」

解説参照:http://www.mnet.ne.jp/~k-yumi/newpage1.html
「もしまた、このたび疑いの網におおわれたなら、もとのように果てしなく長い間迷い続けなければならないであろう。」

Q親鸞聖人

地獄一定 について、教えて頂けると、幸いです。

Aベストアンサー

鎌倉時代は仏教の教えそのものがわからなくなってきた時代ですね。
優秀な若者が叡山や高野山で学んでも悟りそのものがなにか判らなくなっていたのですね。
仏教が形式に流れ始めた時代であるともいえますね。その中から新しい方向が生まれ、その一つが念仏ですね。法然の起こした念仏は当然、形式を重んじる他宗派から攻撃されたわけです。日蓮などは辛らつで、「念仏無間、禅天魔、真言亡国、律国賊」といってますね。日蓮本人の悟りもおぼつかないのにこれほどですから、他はさして余りありますね。
念仏などやっていれば無間地獄に落ちるというのですからひどいものです。仏教では無間地獄というのは一番長くて出てこれない地獄という意味なのです。まあ、地獄の中でも最悪の地獄という意味ですね。
さて、親鸞は法然の念仏を信じることにしたのですね。それが親鸞の信心ですね。
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そこに「いずれの行もおよびがたき身なれば、とても地獄は一定すみかぞかし。」があるのですね。
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仏教的にはほめられたものではありませんが「信仰、信心」というものはそういうものなのですね。
究極の信仰者の姿ともいえますね。これが無心、無我の信仰・信心の一つの形態でもあるのですね。
日蓮によれば禅天魔ですが、禅の悟り、「しんじんとつらく」、心が体から抜け落ちるという意味ですが、それに近い無我観が感じられますね。
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何かが得られる、何か良いことがある、死んだら天国に行く・・・だから信じるではないのですね。
親鸞の信心はあくまでも修行僧としての信心ですね。だから親鸞の信心は一代限りとご自身で言っている通りですね。でも親鸞の姿は信仰者のお手本ですね。

鎌倉時代は仏教の教えそのものがわからなくなってきた時代ですね。
優秀な若者が叡山や高野山で学んでも悟りそのものがなにか判らなくなっていたのですね。
仏教が形式に流れ始めた時代であるともいえますね。その中から新しい方向が生まれ、その一つが念仏ですね。法然の起こした念仏は当然、形式を重んじる他宗派から攻撃されたわけです。日蓮などは辛らつで、「念仏無間、禅天魔、真言亡国、律国賊」といってますね。日蓮本人の悟りもおぼつかないのにこれほどですから、他はさして余りありますね。
念仏などや...続きを読む

Q愚禿釋親鸞

[1] なぜ「愚禿」といふ名を選んだのですか。

[2] 「愚禿釋親鸞」は、「愚禿釋・親鸞」ですか、「愚禿・釋親鸞」ですか。
「ここに愚禿釋の親鸞、よろこばしきかな西蕃月氏の聖典、東夏日域の師釋、あひがたくしていまあふことをえたり、ききがたくしてすでにきくことをえたり。」
(親鸞『教行信証』金子大栄校訂 岩波文庫 24ページ 序)
と書いてあるので、「愚禿釋・親鸞」だとずつと思つてゐたのですが、ネット上では「愚禿・釋親鸞」もあるやうです。
http://ryoukakuji.net/04butuji/okamisori_index.html

Aベストアンサー

こないだはどうも。真宗のボーズと呼ばれているものです。

>>[1] なぜ「愚禿」といふ名を選んだのですか。
 この愚禿の「禿」の字ですが、今は髪の毛がない事ですが、ここでは禿は「かむろ・かぶろ」という事で、剃髪したあと伸びてきたから剃るでもなく、伸ばして髷を結うわけでもない、ぼさぼさ頭を指します。この「禿」という言葉の根拠を経典から調べますと、『涅槃経』(いわゆる大乗の『涅槃経』です)の中に、

戒を破り法を護らざる者を禿居士と名づく。
爾の時に多く飢餓の為の故に発心出家するもの有らん。是の如き之人を名づけて禿人と為す。

とあり、禿とはいわば「偽物の坊さん」という意味で説かれます。また、日本仏教においても伝教大師最澄は「入山発願文」の中で、自身の事を

愚中の極愚、狂中の極狂、塵秃の有情、低下の最澄

と述べ、この文中から「愚」「禿」双方の文字を読み取ることができます。こういった、自己反省は浄土教の流れの中には強く受け継がれ、 恵心僧都源信は『往生要集』序に自身の事を「予がごとき頑魯のもの」と述べていますし、法然聖人も自身の事を「愚痴の法然房」と述べています。
 特に愚禿という言葉は、親鸞聖人を法然聖人のもとへ導いた兄弟子聖覚法印が『十六門記』の中で

愚禿。此篇を記するに身毛爲竪て雙眼に涙を浮ぶ。

とあって、自身の事を愚禿と呼び、法然聖人の事を思い起こしながらその時のことを書いている最中に涙が浮かんでいると記しています。この聖覚法印は『唯心鈔』の著者であり親鸞聖人に大きな影響を受けた人物としても知られます。
 また、親鸞聖人は『教行信証』化身土巻に

僧にあらず俗にあらず。このゆえに「禿」の字をもって姓とす。

として、愚禿とは「非僧非俗」の名乗りとしておられますが、この非僧非俗の語は『徒然草』に影響を与えたといわれる『一言芳談抄』の中で

賀古の教信は、西には垣もせず、極楽との間をあけあはせて、本尊をも安ぜず、聖教も持せず、僧にもあらず俗にもあらぬ形にて、つねに西に向かいて念仏して、其餘は忘れたるが如し

とあります。この書物は1297年から1350年ごろ成立と考えられますので、1263年に亡くなっている親鸞聖人が御生前『一言芳談抄』自体を見たとは考えられませんが、『一言芳談抄』の中に登場している教信沙弥に親鸞聖人はあこがれていたようです。それは、三代目覚如上人は『改邪抄』の中で親鸞聖人が「我は是加古教信沙弥の定なり(私は加古の教信沙弥みたいになりたい)」と常におっしゃっていたとあります。きっと、この『一言芳談抄』に収録されている言葉をどこかで目にしておられたと考えられます。
 このように親鸞聖人の「愚禿」という名乗りは数多くの方から影響を受けて成立したお考えであることが分かります。そして、この愚禿という言葉を流罪より亡くなる直前まで使い続けたの親鸞聖人のお考えの根幹に通底てしているのは、浄土教的な自分自身への反省であると考えます。親鸞聖人の師法然聖人は『往生大要抄』の中で

初めには我が身のほどを信じ 後には仏の願を信ずるなり

と御示しになり、お念仏の教えの始まりはまず自分自身の愚かさを知ることとしています。そして愚かさを知るからこそ、そんな愚かな自分を仏にしてやりたいという阿弥陀仏の本願のありがたさを本当の意味でいただけるとしています。この深い自己反省こそがお念仏の教えにおいては大変重要になります。
 しかしながら、親鸞聖人のひひ孫存覚上人は『六要鈔』の中で

「 愚禿」というは、「愚」はこれ憃なり。智に対し、賢に対す。聖人の徳は智なり、賢なり。実には愚憃にあらず。今「愚」というは、これ卑謙の詞なり。「禿」は称して姓と為す。

として、いわば謙遜の詞としておっしゃったとし、また『歎徳文』のなかでは親鸞聖人自らが末法の世に住まう凡夫の状態を示して阿弥陀仏がそんな凡夫を救いたいという心を示すために「愚禿」と名乗られたのだともしています。しかし、この存覚上人の説には私は賛同しかねます。
 私は愚禿の名乗りはそういった謙遜や教化のための言葉ではなく、やはり親鸞聖人自身の深い自己反省からなる語であると思います。この愚禿が表す非僧非俗と似た言葉に半僧半俗という言葉がありますが親鸞聖人はお使いになりません。そう考えるとき非僧非俗という言葉の中には、現実の自己への否定と、他者への肯定が内在しているように感じます。
 まず「僧」とはどのような人々を指すかといえば、「親鸞聖人御消息」の中において

聖道といふは、すでに仏に成りたまへる人の、われらがこころをすすめんがために、仏心宗・真 言宗・法華宗・華厳宗・三論宗等の大乗至極の教なり。仏心宗といふは、この世にひろまる禅宗これなり。また法相宗・成実宗・倶舎宗等の権教、小乗等の教なり。これみな聖道門なり。権教といふは、すなはちすでに仏に成りたまへる仏・菩薩の、かりにさまざまの形をあらはしてすすめたまふがゆゑに権といふなり。

と説いて、親鸞聖人は他宗の自力の修行者たちの事を否定していません。他宗の修行者たちは人々に仏教とはこれほど厳しいものであると教えてくださる仏たちであると考えておいでです。そして、心の底から人々のため修行に励む人たちを尊敬し、「僧」としていると考えられます。
 そして、「俗」に関しては直接あらわした言葉を見出すことはできませんが、親鸞聖人は『一念多念文意』の中で

「恒願一切臨終時 勝縁勝境悉現前」といふは、「恒」は、つねにといふ、「願」はねがふといふなり。いまつねにといふは、たえぬこころなり、をりにしたがうて、ときどきもねがへといふなり。いまつねにといふは、常の義にはあらず。

として、お念仏の教えにおいて「つね」という時は、「常」ではなく「恒」という意味で、「恒」とは俗事に追われながらも、朝晩のお勤めや法要等の何かのおりに思い出して、お念仏を称えて極楽往生をねがう事とされています。まさにこれは俗人の姿です。このように世俗にまみれながらもお念仏に励む姿を「俗」していると考えられます。
 しかし、自分に目を向けてみれば、人々のために修行に励む僧にもなりきれず、俗事に追われながらもお念仏を称え素朴に生活を送る人にもなりきれない。そんな僧にも俗にもなりきれない自分を非僧非俗とし、「愚禿」と称しておられると考えます。


>>[2] 「愚禿釋親鸞」は、「愚禿釋・親鸞」ですか、「愚禿・釋親鸞」ですか。
 これはですね、いろいろ分類の仕方もあると思いますが、細かく分けるとしたら「愚禿・釋・親鸞」となるかと思います。愚禿に関しては上述の通りです。
 では、「釋」はどのようなものかといえば、これは中国の訳経家釋道安に由来する釈号と呼ばれるものです。釋道安には多くの功績がありますが、この方は四世紀頃の人なのですがこの当時の僧侶は安とか支とか竺とか康という姓を名乗っている人が多いのですが、釋道安は「すべての僧侶はお釈迦様の弟子(釋子)なのであるから、釋を姓とすべきである」として自らも釋道安と名乗っています。これは、釋道安独自の見解ではなく、経典によるもので『増一阿含経』の中に

四河は海に入りて、本の名字なく、同一鹹味の海水となる。四姓亦如来所において出家学道せば本姓なく、沙門釋子と称すべし

とあって、当時のインドはカースト制という身分制度に区切られておりましたが、名前を聞くだけでその身分が分かってしまったようです。ですが、お釈迦様は『スッタニパータ』第三章の中で

650 生まれによって(バラモン)となるのではない。生まれによって(バラモンならざる者)となるのでもない。行為によって(バラモン)なのである。行為によって(バラモンならざる者)なのである。

とあって、人は生まれによってバラモン(ここでは聖者というぐらいにとらえてください。)になるのではなく、行いによってバラモンになるとおっしゃっているように、真理を求めるのに身分は関係ないという立場でした。ですので、出家者となったならば、身分制度の名前を捨てて、仏弟子(釋子)であると名乗りなさいとしたようです。しかし、この経典が中国に輸入された際、仏弟子という意味であった釋子という言葉が釋道安によって姓として解釈されできたのが釋号という事になります。
 親鸞聖人が「親鸞」と名乗る前のお名前に関しては「綽空」「善信」という名前であったことが知られますが、元久元年(1204年)親鸞聖人が法然聖人から『選択本願念仏集』の書写を許された際、その書写を終えて法然聖人に提出すると、法然聖人がの冒頭に

「南無阿弥陀仏 往生之業 念仏為本」と「釋綽空」

と直々に内題を書いてくださったと『教行信証』化身土巻の後序に記しておいでです。またここには、次の年法然聖人の真影(姿を描いたもの)を制作し法然聖人に提出するときに名前を善信と改めたとあります。また、そのことについて親鸞聖人の門下である性真上人の『親鸞聖人血脈文集』の中で、その真影に法然聖人が

若我成仏 十方衆生 称我名号 下至十声 若不生者 不取正覚 彼仏今現 在成仏 当知本誓 重願不虚 衆生称念 必得往生 南無阿弥陀仏 釈善信

と書いてくださったとありますので、綽空の時代も善信(こちらの名前は晩年も使っています)の時代も親鸞と御名乗りになっても釋号は変わらず使っておられます。
 上述のように、「釋」の字は釋号というもので、わたくし個人的には「愚禿・釋・親鸞」と分解した方がわかりやすいように思います。

急ごしらえの為、誤字脱字乱文ご容赦ください。
合掌 南無阿弥陀佛

こないだはどうも。真宗のボーズと呼ばれているものです。

>>[1] なぜ「愚禿」といふ名を選んだのですか。
 この愚禿の「禿」の字ですが、今は髪の毛がない事ですが、ここでは禿は「かむろ・かぶろ」という事で、剃髪したあと伸びてきたから剃るでもなく、伸ばして髷を結うわけでもない、ぼさぼさ頭を指します。この「禿」という言葉の根拠を経典から調べますと、『涅槃経』(いわゆる大乗の『涅槃経』です)の中に、

戒を破り法を護らざる者を禿居士と名づく。
爾の時に多く飢餓の為の故に発心出家す...続きを読む

Qキリスト教における聖人

キリスト教において、聖人の果たしてきた役割とはどんなものなのでしょうか?「聖人」という存在自体についての説明も、わかる方お願いします。

Aベストアンサー

高校がカトリック系だったので、カトリック系のことしか詳しくは知らないのですが。
No.1の方もおっしゃっていますが、プロテスタントには、聖人というものはいないようです。これは、おそらく、簡単にいえば、
「神の前では人は平等。神がある特別の人を選りすぐって、他の人間より崇高である、などということはない」
というのが、プロテスタントの根幹にある考えだからです。したがって、プロテスタントでは、牧師さんも一般信者と対等な関係としてみられていて、皆をまとめる「まとめ役」ではあるが、他の人間より精神的に偉いわけではない、ということになっているようです。

この、ある意味徹底された「人間は神の前では平等」の思想は、一応カトリックにもあります。ただ、カトリックは、そう説いておきながら、「教会・宗教者の方が、一般の信者よりも宗教的に偉い」という考えをあからさまにして、腐敗してしまったことがあったため、その反感から生まれてきたのがプロテスタント、という感じです。ものすごく単純にしてしまっていますが。
カトリックは、ピラミッド型の教会組織を持っており、さまざまなことに関して「上が認定する・認定しない」、ということが絡みます。聖書の翻訳やミサで使われるお祈りの文章に関しても、ちゃんと認定されて統一されたものが使われます。拡大解釈などで、カトリックの名をかたりながら、違う教えを教えている、というような事態を避けるためです。
つい最近の話は、主の祈りの日本語訳が、古語訳から分かりやすい現代語訳にあらためられました。

そして、聖人に関しても、偉大な僧がなくなると、その人を聖人として認定すべきかどうか、ということに関してバチカンの方で会議を開くようです。一回聖人として認定した後、実は裏で不正をやっていた悪者だった、などということが発覚すると教会の権威が失墜しますから、一回の会議で済む問題ではなく、その人の一生の身辺調査を十数年以上かけてやるとかいう話を聞いたことがあります(ここ、不正確です)。
まぁ、いずれにしろ、一回の会議で済むような話ではなく、相当綿密な調査が行われるようです。
どんな人が聖人になるかとういうと、殉教者・宣教師・修道会を開いた人、などが聖人になるようです。
聖人、というと、年取った男性をイメージしますが、神父とは違い、別に男性である必要もなく、年をとっている必要もなく、純粋に「聖人」に値するかどうかだけで決まります。
15歳で夭折して聖人になった聖ドメニコ・サヴィオもいますし、女性では、聖xxx修道女、聖xxx乙女殉教者、などが多くみられます。
聖人は、亡くなった日が「xx聖人の日」となります。365日、ほぼすべてが「xx聖人の日」など、何らかの記念日になっていて、その日に生まれた子は、その日の聖人の名前がそのまま名前・クリスチャンネームなどに反映されることがあります(もちろん、そうでない場合も多いですが)。
http://www.pauline.or.jp/saint/

高校がカトリック系だったので、カトリック系のことしか詳しくは知らないのですが。
No.1の方もおっしゃっていますが、プロテスタントには、聖人というものはいないようです。これは、おそらく、簡単にいえば、
「神の前では人は平等。神がある特別の人を選りすぐって、他の人間より崇高である、などということはない」
というのが、プロテスタントの根幹にある考えだからです。したがって、プロテスタントでは、牧師さんも一般信者と対等な関係としてみられていて、皆をまとめる「まとめ役」ではあるが、他の...続きを読む

Q新約聖書と旧約聖書の違いは何でか。

 新約聖書と旧約聖書の違いは何でか。また、それぞれの聖書は、いつ誰が書いたのですか。宗教改革のときルターは、いわば聖書第一主義のような活動をしますが、そのときの聖書とはどちらでか、教えてください。

Aベストアンサー

>新約聖書と旧約聖書の違いは何でか。

キリスト教ではユダヤ書を古い神との契約としています。
その後神との契約しなおしたのが、新約聖書だとしています。

そしてキリスト教では救世主がイエスで、それによって人類は救済されたということを地球上全ての人に伝える書物が新約聖書だとしています。

新約聖書が神との新しい契約書というわけです。
(随分この契約書は難解で長いですが、もっと整理して人間にもわかるように書けなかったのでしょうか と私的に思います。)


ユダヤ教では神の救済は実現していないとしています。
キリスト教では2000年ほど前に実現し、もっとも深い罪である原罪は全人類から消えたので、今では誰一人原罪を持っていないとしています。
ユダヤ教は原罪うんぬんにこだわっていません。 
神の救済をひたすら今も待望している状態です、



新約聖書のイエスの言葉は、ほとんど旧約聖書からきています。
イエスが言ったとされた言葉も旧約聖書に既に書いてある言葉か、それ以前から口伝やラビ文学などで既に語られていたものです。
イエスの言ったとされたもので一番有名なのが山の上の教訓ですが、それも既に過去の人に言い尽くされていたもの。



旧約聖書が成立したのが、紀元1世紀頃です。

その前から文書はありましたが、沢山の資料・口伝の中から選んで編算したのがユダヤ書。(キリスト教が言う旧約聖書)


ユダヤ書は誰が考え出したのかは、よくわかっていません。
が、創世記の部分はバビロン捕囚でバビロンにつれていかれた祭祀たちが作り出したものだと考えられています。

洪水などの話は、その捕囚先の神話を元にしており、主という意味のエルもその場所で神のことをエルと呼んでいたからのようです。


捕囚先で自分達の民族を考えたとき、選ばれた民で神がいつか奴隷の地位から救ってくれるという信仰が生まれ、それでユダヤ教ができたと思えます。


ユダヤ書は作者不明なのですが、シラの書に関しては、実在の人物のようです。
確かシラの孫が作者だったと思います。
(彼はユダヤ書をギリシャ語コイネーに翻訳した一人)


ユダヤ書において、律法の解釈をめぐって、ヤハウエスト エロイストらの理解から書かれているようですが、どっちが勢力を持ったかで、若干違いが見られる。




新約聖書も誰が書いたのはよくわかっていません。
そもそも、イエスという人物が実在したのかも実のところわかっていません。
4福音書の内容が死海文書の中に痕跡が見られることから、イエスがいたとされるよりずっと前に後に福音書となる文章が書かれていたことになります。
従ってイエスという男が生まれる前から新約聖書はあったことになってしまいます。


イエスの概念が異教の神の概念に似ていることから、それらを習合した結果できた架空の存在の可能性もあります。


また、複数の人の話が一人の人に統合された可能性もあります。

いずれにせよ、ユダヤ書から内容がきている。


ユダヤ教とキリスト教の大きな違いは、ユダヤ教は律法の肯定、キリスト教は律法の否定。
ユダヤ教はイエスを神としていません。

キリスト教は神であるイエスを殺したのはユダヤ教だとしていますが、実在していたとしても、殺したのはローマでありユダヤ教ではない。
ユダヤ教の死刑は石打の刑ですから。
イエスを殺したのはユダヤ教だという考えが起源となり、20世紀のホロコーストは起こった。
福音(グッドニュース9)というより、、、、人類最悪の悲劇の根源の書ということになります。



歴史からするとその当時、支配していたローマのユダヤ地の提督は悪政で、そのためユダヤ人の中にはローマ軍にテロを起こしていたようで、そのレジスタンスの中にイエスというリーダーがいて、その人のローマ軍による処刑と話がごちゃまぜになった架空のストーリのような気がします。


新約聖書の編集はエイレナイオスらがやったそうです。
彼らが新約聖書を作ったわけです。
が、後にその作ることになった理由から、中世を暗黒時代にしてしまった。
異端審問など。
そしてそれがやがて後の魔女狩りの思想に発展していった。


>宗教改革のときルターは、いわば聖書第一主義のような活動をしますが、そのときの聖書とはどちらでか、教えてください。

ルターがユダヤ書の中で否定していたのが
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%AC%E4%BA%8C%E6%AD%A3%E5%85%B8


新約聖書は既にその概念が書かれていた。
ただし、イエスを神とした途端、人類最悪の悲劇がひき起こってしまった。
誰が既に書かれていた神の愛の概念を捻じ曲げ最悪の事態を引き起こしたのか。
解釈の問題であって、文章が悪いんじゃない。
人間の解釈でよくもなり、最悪の惨劇もひき起こる。


魔女狩りが行われた理由はユダヤ書に「魔女を生かしておいてはならない」と書いてあったかららしいです。
その魔女狩りを推奨したのがルターだった。


ご参考までに。

>新約聖書と旧約聖書の違いは何でか。

キリスト教ではユダヤ書を古い神との契約としています。
その後神との契約しなおしたのが、新約聖書だとしています。

そしてキリスト教では救世主がイエスで、それによって人類は救済されたということを地球上全ての人に伝える書物が新約聖書だとしています。

新約聖書が神との新しい契約書というわけです。
(随分この契約書は難解で長いですが、もっと整理して人間にもわかるように書けなかったのでしょうか と私的に思います。)


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Q東本願寺でおかみそりを受けたいのですが親鸞会の母が反対します

私の母は親鸞会に30年以上入信しています。先日、私は、東本願寺でおかみそりを受けたいと母に話しました。ところが、「母は本願寺は死んだら助けるけれど親鸞会は、生きている間に幸せになれるので、(信心決定、絶対の幸福というそうですが)本願寺なんかでおかみそりを受けるな。」といいます。「親鸞会の考え方こそ親鸞聖人の教えを正確に教えている」といいます。さらに古くからの母の友達という親鸞会の先生は、「本願寺はおかみそりという形だけの儀式によって仏門に入ったように見せかける。」などといっているそうです。私としては生きている間におかみそりを東本願寺で受けて法名を手に入れ、大谷派の門徒として教えを聞いていきたいと思っています。どのようにすれば、母に理解してもらえるのでしょうか。
 また、母曰くおかみそりを受けた人は100万円単位の出資を本願寺にしなければいけないとか、お寺の行事に全部出なくてはいけないとか言っています。また、初詣も行ってはだめだと言っています。実際におかみそりを受けたことのある方や大谷派の僧侶の方のご意見を伺いたいです。
 同じ浄土真宗なのにこんなに考え方が違うなんて不思議でなりません。どちらが正しいのか私にはわかりません。教えてください
 

私の母は親鸞会に30年以上入信しています。先日、私は、東本願寺でおかみそりを受けたいと母に話しました。ところが、「母は本願寺は死んだら助けるけれど親鸞会は、生きている間に幸せになれるので、(信心決定、絶対の幸福というそうですが)本願寺なんかでおかみそりを受けるな。」といいます。「親鸞会の考え方こそ親鸞聖人の教えを正確に教えている」といいます。さらに古くからの母の友達という親鸞会の先生は、「本願寺はおかみそりという形だけの儀式によって仏門に入ったように見せかける。」などとい...続きを読む

Aベストアンサー

 再び失礼します
>>善因善果、悪因悪果、自因自果
>>前世、現世、来世の三世にまたがるものらしいのですが
>>大谷派の教えでもこのようなことが説かれているのでしょうか。
 これは仏教の基本的な理論ですからね。親鸞会さんでなくとも仏教であれば、因果応報、自業自得、自因自果という考えは存在しているはずです。

>>なんだかこれでは、自分のしたことは仏教的に良いことなのか悪いことなのかということで心配になってしまい気分が沈みがちになってしまいます。
 親鸞聖人は『歎異抄』のなかで「悪をもおそるべからず、弥陀の本願をさまたぐるほどの悪なきゆゑに云々」と説いておられます。仏教的に善い行いを完全に出来るようなれるくらいなら、阿弥陀仏など必要ありません。自分で自力の修行をすればよいではないですか??阿弥陀仏はどうにか仏教的な善い事をしようとしてもなかなか出来ない悪凡夫だからこそ、救いたいとおっしゃってくださっています。
 しかし、それは「悪をじゃんじゃん犯しなさい」という意味ではありません。法然上人は『念仏往生義』に

たとえば母の愛というものは、よい子でも悪い子でも分け隔てなく愛し育てます。けれども、子供たちがよいことをすれば嬉しく思い、悪いことをすれば悲しむでしょう。阿弥陀仏は全ての衆生を分け隔てなく哀れみ、その慈悲においては悪人も善人も救ってくださいます。けれども、善人を見れば喜び、悪人を見れば悲しむことでしょう

と、お説きになられます。私はこの言葉を聴いたとき、阿弥陀仏の私のような愚か者でも救おうという思いを知ったからには、愚かであることには変わりはないし、煩悩が無くなって仏教的な善を完全に行えるわけではないけれども、阿弥陀様が悲しむようなことはできるだけしないようになりたいと思いました。私のような愚かな人間は仏教的な完成者にはなれるはずもなく、仏教的な悪を造り続けています。けれども、そんな私を阿弥陀様はお念仏によって極楽へ往生させ仏に仕立ててくださるとお誓いくださった。その本願信じていれば、常に「仏教的な悪を犯すのではないか」とびくびくしながら生きる必要はなくなります。けれども、悪を犯せば阿弥陀仏が悲しまれるのならば、出来るだけ悪を犯さないようにしようと思える。それが、浄土教的な「因果応報、自業自得、自因自果」の理解のしかたではないでしょうか。

>>また、一向専念無量寿仏ということで親鸞会(高森氏)のみを信じよ。とおっしゃっています。(ほかの真宗の考え方は排除せよということです。)
 私は教団を信じているわけではありません。阿弥陀様を信じているのです。そして、浄土宗であろうと親鸞会であろうと大谷派であろうと、わけ隔てなく阿弥陀仏の大悲の心は包んでくださると考えています。愚かな私が阿弥陀様のお心を拝察するのはおこがましいことでありますが、「誰かが往生できて、誰かが往生できない」というのが阿弥陀様の御本意であるとは私は思えません。

>>親鸞会で不思議なのは先祖の墓参りも手を合わせてはいけない(南無阿弥陀仏と書いてあればいいらしいです)初詣なんかもってのほかという考え方のようです。
 原理主義的なことを言えばそういう解釈も出来るでしょうね。
 けれども、私はお墓参りのときは手を合わせますよ。その理由の一つは、墓石に南無阿弥陀仏と刻まれているのですから、そこに御名号があるということは阿弥陀様がいらっしゃるわけです。また私の亡くなったご先祖様は極楽浄土で仏様となって、愚かな私をどうにか仏に仕立ててやろうと阿弥陀様のお手伝いをしてくださっているはずです。そういったご苦労を思うと、思わず手を合わせお念仏してしまいます。しかもそれは、私が普段の忙しさにかませてお念仏を忘れているからと、阿弥陀様がお墓の前まで連れ出すことでお念仏の貴さを思い出させて下さったのだと思うのです。
 また、初詣に関しましても、神社に行こうが浄土真宗以外の仏閣に行こうが、親鸞聖人の御和讃の中に「天神地祇はことごとく 善鬼神となづけたり これらの善神みなともに 念仏のひとをまもるなり」と説いておられます。また、「五濁悪時悪世界 濁悪邪見の衆生には 弥陀の名号あたえてぞ 恒沙の諸仏すすめたる」と説いておられます。初詣に行ったって、全ての神々、全ての仏は、私たちに念仏させようとしてくださっているのですから、そういった方を敬いお念仏しに行って何が悪いんでしょうかね??ただ、私はどこへ行ってもお念仏を称えますけどね(笑)
>>こういうことになると親鸞会は、厳しすぎて現実離れし、理解できないのですが、
正しいか間違っているかはさておき、こんな風にも考えられるわけです。どうですか??こんな考え方も面白いでしょ。私の理解が浅い正かもしれませんが、親鸞聖人や法然上人の言葉を読むと「愚かな凡夫は阿弥陀仏を信じてお念仏しなさい」としかおっしゃっておられないように思います。「あれが駄目これが駄目と」あまり難しいことを言われても疲れちゃいますよねぇ。

>>大谷派でも真宗のみを信じよ。初詣や墓参りなんかしてはだめだといっているのでしょうか。たぶんそんなことを大谷派で説くことはないと思いますが。教えてください。
 大谷派さんでもといていないと思いますよ。私は今の大谷派には詳しくないので直接聞くといいのではないでしょうか。

また長々お邪魔しましたが、まとまりきらず申し訳ないです。参考にしていただければ幸いです。
 合掌 南無阿弥陀佛

 再び失礼します
>>善因善果、悪因悪果、自因自果
>>前世、現世、来世の三世にまたがるものらしいのですが
>>大谷派の教えでもこのようなことが説かれているのでしょうか。
 これは仏教の基本的な理論ですからね。親鸞会さんでなくとも仏教であれば、因果応報、自業自得、自因自果という考えは存在しているはずです。

>>なんだかこれでは、自分のしたことは仏教的に良いことなのか悪いことなのかということで心配になってしまい気分が沈みがちになってしまいます。
 親鸞聖人は『歎異抄』のな...続きを読む

Q英訳聖書を読むのは英語学習に役立ちますか?

本屋で偶然、旧・新訳の対訳聖書を発見しました。
中を見たところなかなか出来が良さそうな本だと感じたのですが、英語学習にこのような聖書を読むのは英語力の向上につながるでしょうか?
なにせ2000ページを超えてるので、英語の量をこなすという意味では申し分なく、簡潔な言い回し等も聖書にはふんだんに含まれているのだろうと思うのですが・・・。
どなたかアドバイスをくださると嬉しいです。よろしくお願いします。

Aベストアンサー

こんにちは、実際に聖書を英語で読んだことがある者です。基本的に英語を極めたNo5様の意見に賛成です。

個人的結論:英文学全般的には『読解で役に立つ』けど、神や預言者の言葉なので『全体的に命令調』なのでスピーキングやライテングには役に立ちません。

(1)英文学的には、例えば、英詩ですと、Wendell Berryという著名な方が書いた詩の題名に下記のものがあります。
And now to the Abyss I pass
Of that Unfathomable Grass...

これ等は、「そして、いま私が向かうかの深き(理解しがたい)草の深淵」じゃあ、何のことか分かりませんよね?

全文を読んでも草については殆ど触れられていませんから、分からないと思います。
全文を読みたい場合は↓
http://www.poemhunter.com/poem/testament/

聖書の知識があると、イザヤ書の「たしかに人は草だ。草は枯れ、花はしぼむ。」(日本聖書協会の口語訳40:7~8から抜粋)の「草=人」だから、「私が向かう人の深淵→人の死後に向かう世界」の事を言っているんだなと分かります。 

別に難解な英詩でなくても、キャッキコピー(標語)なんかで普通に聖書の知識が必要なものが出てきます。

具体例:Remember, amateurs built the ark; professionals built the Titanic.

これは、有名なノアの箱舟の逸話からできたものです。

と、このように「読解」の助けにはなります。

(2)さてライティング・スピーキングに関して申しますと、何度も申しましたように「命令調」です。

例えば、「陰口はあんまり好きじゃないな。」を聖書の言葉で言おうとすると、

箴言25:9「隣り人と争うことがあるならば、ただその人と争え、他人の秘密をもらしてはならない。」(日本聖書協会の口語訳聖書より抜粋)になります。

日本語版もそうとう上から目線のキツイ言い方ですが、現代英語の聖書でも、そうとうキツイです。

When you and someone else can't get along, don't gossip about it.
http://www.biblegateway.com/passage/?search=Proverbs+25%3A9-10&version=CEV

まとめ:こういうわけで、なんとなく英語力アップという目的でしたら、あんまりお勧めはしませんが、教養的にいつかわ読まないと分からない英文も出てくると思います。 

ご参考まで、

こんにちは、実際に聖書を英語で読んだことがある者です。基本的に英語を極めたNo5様の意見に賛成です。

個人的結論:英文学全般的には『読解で役に立つ』けど、神や預言者の言葉なので『全体的に命令調』なのでスピーキングやライテングには役に立ちません。

(1)英文学的には、例えば、英詩ですと、Wendell Berryという著名な方が書いた詩の題名に下記のものがあります。
And now to the Abyss I pass
Of that Unfathomable Grass...

これ等は、「そして、いま私が向かうかの深き(理解しがたい)草の深淵...続きを読む

Q親鸞の悪人正機説とキリスト教の「心貧しい人は幸い」と言うのは同じこと?

「悪人でも救われる」ということをどちらもいっていると思われるのですが、違いはあるのでしょうか?

Aベストアンサー

知識の文字通り貧しい者からの回答では、博学な人たちからは、バカにされるのがオチなのかもしれませんが、

bakaAliceさんのハンドルネームのbakaというところを、 謙虚な姿勢という意味にとらえるなら(どんな視点にも学ぶ姿勢ととらえるなら)、

もしかしたら、こんな私とも対話が可能なのかなとも思って回答させていただくことにしました。

まず、正直に言いまして、悪人正機説というのは、高校生の時に何かの小説、倉田なんとかとかいう作家だったと思いますが、それで知っただけです。

あまり憶えてもいません。

ただ、 「善人さへ救われるのだからまして悪人を仏が救わないはずが無い」といった意味合いのことでしたので、

なんでこんな当たり前の事を こんなにひねって言うのかな?と思ったところでした。

あまりいい印象が無かったことを憶えています。

《もし仏が最高に慈悲深い存在ならば、 悪人のような“悪にいたる複雑な過程や 長い苦しみや余裕の無さとも関る因果を持った人を” そのぶん、善人よりも深く関心を持って接し理解してあげるのは当然だろう》という意味なら  素直に受け取れるのですが^^、

むむむ。となってしまって それ以上探索する気がなくなってしまったところでした。


しかし、一方キリストの言葉の中の山上の垂訓での 「心の貧しい人は幸いである」という部分も 同じ高校生の時に聞いたことですが、

これはその時に、間違った訳だとも聞いていて 正しくは「貧しさに安んずる人は幸いである」の誤訳とのこと、

その真偽は確かめませんでしたが、 私は それで納得してしまったことを憶えています。

ネイティブ・アメリカンの思想と似ている感じで、

 その人その人の能力に応じて、人は出来る限りのことをすればいいのだ。 という意味合いに受け取ったのです。

出来ることには勇気を、出来ないことには安らかにそれを受け取る静かな心を神よ私たちに与えてください。 というのがネイティブ・アメリカンの思想です。

それと同じ意味合いのことを言っているのだと思ったからです。

キリスト教の神学とかには興味はありませんでしたが、 そんなふうにして私はキリストの言葉を それまでの旧約の神話も物語や道徳への反逆の思想として受け取りました。

その後、後の学者達によって、神に祭り上げられてしまいましたが キリストこそ、たとえば孔子のように、現代でもまだまだ学ぶべきところがたくさんある方(かた)なのだと思っています。

キルケゴールもカントもダンテもニーチェも知らない高校生程度の知識で何をたわごといってるんだと思われてしまうかもしれませんが、

ともかく、まったく別なことと思っていましたので、一応、書いておきました。

知識の文字通り貧しい者からの回答では、博学な人たちからは、バカにされるのがオチなのかもしれませんが、

bakaAliceさんのハンドルネームのbakaというところを、 謙虚な姿勢という意味にとらえるなら(どんな視点にも学ぶ姿勢ととらえるなら)、

もしかしたら、こんな私とも対話が可能なのかなとも思って回答させていただくことにしました。

まず、正直に言いまして、悪人正機説というのは、高校生の時に何かの小説、倉田なんとかとかいう作家だったと思いますが、それで知っただけです。

あまり憶...続きを読む

Q嫉妬心がすごくて悩んでいます。

私は21歳の男子学生ですが自分は嫉妬心がすごくて悩んでいます。
付き合っている子が他の男と話していたりメールを自分の前でしていたり
元彼の話とか聞くだけで嫉妬心がすごく出てしまいます。
周りの人や彼女には嫉妬心はまったくないって嘘をついて嫉妬とか
しないよう見せかけているんですが内心はかなり嫉妬心が出ています。
正直彼女が他の男と話しているだけで嫉妬心が出て嫌な気持ちになっていたら
精神的にも持ちません、どうすればこの嫉妬心消えるんでしょうか?

Aベストアンサー

今、丁度読んでいる本ですが、
『嫉妬とつきあうにはコツがある』というのには、
嫉妬の効用とか、付き合い方、
どうしてそんな風に考えてしまう火など
興味深いものがたくさん書いてありますよ。
それにも20代前半の恋愛は
その後の本格的な恋愛の練習で
そういう子どもっぽい嫉妬も練習の一つであるらしいです。
悩みを持っているときは大変ですが、
自覚をしつつ、自分に自信を持ってくると大丈夫なんだろうけどね、
そこが難しいんだよね、きっと。

あ、それと嫉妬をいつも見せられると嫌だけど、
たまにやきもち程度に嫉妬を見せられると女性って嬉しいんじゃないかな?

Q空海と景教

あるいは台密と景教

関係あるんでしょうか?

Aベストアンサー

小さなヒントになるかどうかですが・・・

私が初めて高野山を訪れた時です
もう何十年も前になりますが
霊宝館に行って、貴重な資料を見てきました
その時に、大変印象に残るものがありました
それは n という墨で書かれたアルファベットでした
説明も忘れてしまいましたが
間違いなくアルファベット文字でした

1200年余り前に、一人の日本人僧侶によって書かれたアルファベット文字です
総合の天才といわれる人が残していったものです
二年間の留学の間に学んだ事の中には景教もあったのでしょう
アルファベットは、その証の一つだったのかもしれません
高野山大学にでも問い合わせてみれば何か分かるかもしれません

今もそのアルファベット文字は霊宝館にあるはずです
桁外れの総合力の片鱗です
空海の教えと景教との関係は分かりませんが
n という一字は私の目に今も焼き付いています。


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